湖の乙女と夢魔の祝福   作:タキヤコ

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第14話 10月 - お誘い

 

 この日もアリアドネはクィディッチチームに呼ばれていった。去年の試合で良くも悪くも観客の目を引いていたアリアドネは、先輩後輩や他寮のクィディッチ好きの生徒にも名前と顔を覚えられているようだった。ヴィヴィアンの知らない生徒から声をかけられたときも、アリアドネは特に驚く様子も怯える様子もなく、唇が不均等に弧を描くいつもの下手っぴな笑顔を見せていた。彼女が無理な笑顔を作っていないという何よりの証拠だ。シャイな子ではあるが、人懐っこい性格でもある。レイブンクローの同級生たちから孤立してしまったのは、ヴィヴィアンの友達になったからなのだった。

 

 手を振る暇もないまま駆けていったアリアドネの背中を見送って、ヴィヴィアンはひとりで教室を出る。今日の最後の授業はグリフィンドール寮と一緒だったため、レギュラスとは別々だ。こういう日はそれぞれの教室へそれぞれが向かい、途中で合流するのが5年生になってからの放課後のお決まりだった。大抵はヴィヴィアンたちがのんびりと最後まで居残るので、レギュラスが教室の前で待ち構えているのだが。

 

 去年のように居場所探しで遊ぶことはなくなった。楽しかったなぁ、と懐かしむことはあるけれど、その気持ちを口にしたことはない。彼に知られればきっと、子どもっぽいと呆れられるだろうから。

 

 教室を出ても、まだレギュラスは来ていなかった。授業が長引いているのだろうか。なんとなく、レギュラスのいるであろう教室ではなく、レイブンクロー寮のほうへと足を進めた。途中で寮への道を外れ、たどり着くのが、寮憑きのゴースト、ヘレナ・レイブンクローのいるところだ。

 

 あまり人と関わりたがらないヘレナは、姿を見せないこともある。が、今日は姿を見せていた。

 

「こんにちは、ヘレナ」

「あら、ヴィヴィアン。ごきげんよう。今日はひとりなのね」

「ええ。アリアドネは、またクィディッチの練習なの」

 

 初めに比べれば、ずいぶんと和やかに話してくれるようになった。ただし、レギュラスがいれば話は別だ。

 

「……ここにいたんだね」

 

 背後から声がかかった。ヴィヴィアンが振り返る間もなく、ヘレナがひゅっと一回転して、壁に消えていった。それを見てレギュラスが肩をすくめる。

 

「すまない。邪魔をしたかな」

「いいえ、挨拶をしていただけだから」

 

 ヘレナの扱い方は心得ている。焦らず少しずつ仲良くなること。それから、レギュラスが来たら諦めること、だ。

 

「今日は遅かったじゃない? どうかしたの?」

 

 挨拶がわりに聞くと、彼はひと息つくように、廊下の窓枠へ腰かけた。ヴィヴィアンはその隣に座った。

 

「ちょっとしたお誘いを受けていたんだ……スラグ・クラブへの」

「スラグ・クラブ?」

「スラグホーン先生が主催されている集まりだ。懇親会、とでも言うべきかな。彼の気に入った生徒を呼んで、ささやかな食事会を開いているらしい」

 

 スラグホーン先生は魔法薬学を教えているベテランの教授だ。スリザリン寮の寮監でもある。優秀な寮生であるレギュラスとは接点も多いのだろう。

 

「へぇ。良かったじゃない」

 

 彼がそのクラブへの誘いを喜んでいるのかは、よくわからなかったが、当たり障りなく相槌を打っておいた。彼自らが説明したように、クラブに誘われるということは、先生に気に入られているということでもある。さすがはレギュラス。ヴィヴィアンには縁のないことだ。そう思うのを、彼の言葉が遮った。

 

「君も一緒にって」

 

 一瞬にして他人事気分が打ち砕かれた。ヴィヴィアンの顔がみるみると曇っていく様子が、レギュラスの目には映っていることだろう。

 

 スラグホーン先生とは授業以外で話をしたことがない。授業でも特段褒められるような行動をしたこともない。それどころか、一緒に調合するアリアドネがやらかして、先生の手間を取らせることがしばしばだ。杖を使った実技はレギュラスよりも得意なアリアドネだが、魔法薬学での調合は苦手な部類らしい。

 

「私、たいして良い生徒じゃないわよ」

「でも、君の魔法薬学の成績は学年2位だ」

「ええ。1位はあなただけれどね」

 

 アリアドネとは反対に杖を使った実技が苦手なヴィヴィアンだが、魔法薬学は得意な分野に入る。かといって、わざわざレギュラスを通じて、研究会に誘われるほど、自分が目立つ生徒であるとも思えない。

 

「もしかして、あなたが……!」

「事実を言っただけだよ」

 

 図星だ。つまり、()()()()()()のスラグホーン先生の前に、目立たないが成績の良い、()()()()()の名前をチラつかせたのは、レギュラス本人なのだ。従順な生徒の振りをして、僕から声をかけますよ、とでも言ったのだろう。

 

「道連れにしようって魂胆ね!」

「人聞きが悪いな。スラグホーン先生は良い先生だよ」

「私がこの手の集まりを好むと思って?」

 

 レギュラスは少し苦い顔をした。承知の上だったようだ。けれど、彼も負けじと言い返す。

 

「君は優秀なんだから、もっとそれを表に出してほしいんだよ」

「それだけ?」

 

 心の中の本音を覗くように、レギュラスの顔を覗き込む。しばらくじっと見つめると、根負けしたように目を逸らしながら口を開いた。

 

「僕はただ、君が一緒に来てくれると、より楽しめるんじゃないかと思って……」

 

 恥ずかしそうに目を伏せている。ヴィヴィアンは、はぁ、と息を吐き、呆れた気持ちで頭を振った。最初からそう言ってくれれば、多少は乗り気になっていたかもしれないのに。

 

「素直じゃないんだから、もう……」

「本音と建前だよ。両方言ってしまったら、意味がないんだけどね……」

 

 彼はバツが悪そうに頭をかいた。本音と建前だなんて、大人の駆け引きじゃないのだから、隠したってすぐにバレる。今みたいに余計に気恥ずかしくなるだけだ。5年生になってからだろうか、レギュラスは子どもっぽいと思われるのを避ける傾向にある。

 

「本当なら即答で断りたいところだけれど、あなたの本音に免じて、少し考えさせてもらうわ」

「そうしてもらえると嬉しいよ」

 

 レギュラスはあくまで前向きに、と捉えたらしい。よろしく頼むと言わんばかりに、ヴィヴィアンの手を取って半ば強引に握手をした。まるで知らぬ間にアリアドネの元気の良さが移ってしまったみたいだ。律儀なのか無遠慮なのか、どっちつかずであった。

 

 そのとき、噂をすればなんとやら。聞き覚えのある明るい声が、静かな廊下に響いた。

 

「……あ! ここにいたー! 探したよぉ!」

 

 声のほうへ振り向くと、アリアドネが手を振って駆け寄ってきた。

 

「アリアドネ? 今日はクィディッチの練習じゃなかったの?」

「雨と雷がすごくてさー。本番前に雷に打たれちゃ大変だって、中止になったんだぁ」

 

 彼女は杖を取りだして、髪とローブに残っていた水気を払った。同じクィディッチ選手としてレギュラスが同情の言葉をかける。

 

「それは災難だったね」

「そう! しかも練習場の予約が埋まってて、次は来週になっちゃうんだよねぇ……そこでレギュラス()! お話が……」

 

 わざとらしく手を揉み合わせながら、アリアドネは胡散臭い商人のようにレギュラスの前で腰を低くした。ヴィヴィアンにも、彼女の言いたいことに察しがついた。明日はスリザリン寮の練習の日だ。取引相手のレギュラス()は慣れた様子でにこやかに、よそ行きの綺麗な笑みを浮かべた。

 

「残念だが、譲ってはあげられないよ。天候は運、運も実力のうちだ」

「だよねぇ……」

 

 断られるのがわかっていたように彼女は、えへへ、と鼻の頭をかいた。ヴィヴィアンはレギュラスと顔を見合せクスクスと笑った。アリアドネは気を取り直すように両手を腰に当て、ぴょこんと小さく跳ねた。

 

「……で、きみたちはなにを話してたの?」

 

 二人に向かって問いかける。窓枠に座ったヴィヴィアンたちを見下ろしているからか、小柄な彼女から普段は感じることの無い迫力めいたものを感じた。

 

「あぁ、それは……」

 

 レギュラスが答えようとして、言葉を詰まらせた。アリアドネはスラグ・クラブに誘われていないから、躊躇したのだろう。助けを求めるようにこちらの顔を見てきたが、ヴィヴィアンは何も言わず肩をすくめた。恨めしげな目をしつつ、彼は言葉を選びながら続けた。

 

「ええっと……スラグホーン先生がね、ちょっとした集まりを主催されるんだけど、僕と彼女が誘われていてね」

 

 それを聞き、顎に手を当てて考えるような仕草をしてから、アリアドネがぷいっと目を逸らした。

 

「ふーん。二人で行ってきたらいいよ」

 

 なぜだろう。彼女の身体が小刻みに揺れている気がする。耳を澄ますとコツコツコツと彼女の靴が絶えず床を叩いていた。ヴィヴィアンはそっと聞き返す。

 

「怒らない?」

「ん〜? なんで?」

「今まさに、怒っている気がして」

 

 アリアドネの身体がピタリと停止して、しばし時が止まってしまったかのように、瞬きさえしなくなった。

 

 レギュラスと二人で顔を見合せ、声をかけようとした、途端。アリアドネは糸が切れたみたいに肩を落とし、眉毛も、縦になってしまうんじゃないかと思うくらい、眉尻を下げた。

 

「だってぇ……二人が楽しそうに話してたから……! さっきだって、なかなか声をかけられなかったんだもん! やっぱり、あたし抜きで美味しいもの食べるんだぁ……」

「美味しいとは限らないよ」

「ええ。それに、行くって決めたわけじゃないわ」

「へ?」

「え?」

 

 二人ともに驚かれるヴィヴィアン。なんでそんなに驚かれるのか、こっちが驚きたい気分だ。

 

「僕は一人でも行くよ……僕から君に声をかけるって先生に約束したんだからね……」

 

 今度はレギュラスが悲しそうな顔をしている。アリアドネも「あぁ、そんなつもりじゃ……」と悲しそうにしている。二人は悲しそうな顔で一緒にヴィヴィアンを見つめる。

 

「私にどうしろって言うのよ……」

 

 さしものヴィヴィアンもお手上げである。「困ったときは甘いものだよ」と、アリアドネが自分のことを棚に上げて、チョコレートを差し出してきた。レギュラスにも渡して、三人でしばし、おやつタイムとした。

 

 チョコレートの甘さにお腹の中が熱くなったところで、レギュラスがぽんと手を叩き、顔を明るくした。

 

「そうだ、アリアドネだって優秀な生徒に変わりはないんだ。実技では僕に()()()()()()の成績だってこと、先生に話してみたら──」

「でもスラグホーン先生は魔法薬学の先生よ?」

 

 ヴィヴィアンは彼のひらめきを遮り、アリアドネを見つめる。思い出すように遠い目をしてアリアドネが呟く。

 

「……魔法薬学って、教科書通りに作るより、直感で鍋に入れたほうが、面白いと思うんだぁ……」

「この通りよ」

 

 アリアドネを指さして、レギュラスに諦めさせた。彼女の魔法薬学の成績は下から数えたほうが早い。これが薬草学(おばあちゃんちの畑で習った!)のほうであれば、まだ望みはあったのだが。

 

「……君がレイブンクロー生であることを、ときどき不思議に思うよ」

「あたしもー」

 

 他人事のように相槌を打って、アリアドネはもうひとつチョコレートを頬張った。ヴィヴィアンは苦笑いしつつ、お誘いへの返事を決めた。

 

「私、やっぱり行かないわ。もともと乗り気じゃなかったし」

「そうか……残念だが仕方がないね」

 

 レギュラスは今度こそ聞き分けが良かった。しかし、その返事に待ったをかけたのはアリアドネだった。

 

「レギュラスをひとりで行かせるの!?」

「この人ならひとりでも上手く立ち回れ──」

 

「あぁ、さらに言えば、連れてくると先生に約束した手前、恥をかくことになるね」

「ちょっと待って、声をかけるって言っただけって──」

 

「よし! わかった! あたし、もう駄々こねない! 喜んで二人を見送るよ!」

「ありがとう、アリアドネ。この埋め合わせは必ずするから」

 

 ヴィヴィアンを無視して勝手に話を進める。置いてけぼりにされたまま、二人ががっしりと握手をするのを見せつけられるのだった。

 

「……もしかして、あなたたちグルだったの?」

「なにが?」

 

 アリアドネはキョトンとし、レギュラスは肩をすくめる。アリアドネが勝手に乗せられただけか、それとも、レギュラスがそう仕向けたのか。どちらにしてもヴィヴィアンは、スラグ・クラブに参加することになってしまった。

 

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