湖の乙女と夢魔の祝福   作:タキヤコ

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第24話 夏季休暇 - 訪問

 

 “退屈”という言葉は、今このときのためにあった。

 ホグワーツで過ごす時間が楽しくなればなるほど、家に帰ったときの落差が、滝のように激しくなる。滝を登れないヴィヴィアンは、滝壺の中から空飛ぶ鳥を見上げている鯉のような気分だった。

 

 ここはウィングス家の屋敷。ヴィヴィアンは私室の鏡台の前に座り、ふわぁと欠伸をした。勉強机代わりに教科書を広げ、6年生で習う範囲をペラペラとめくりながらである。家に帰ってきてからのヴィヴィアンは、いつもこんな感じだった。

 

 レギュラスからもアリアドネからも、家に遊びにおいで、と誘われてはいたが、ヴィヴィアンは、期待しないで、と答えるほかなかった。

 

 家に閉じ込められているわけではない。だが、外出するとなると、父の目が光る。根掘り葉掘り聞かれるだろうし、許してもらえるかも怪しい。だからといって、無断で外出するような度胸なんて持ち合わせていない。

 

 さらにヴィヴィアンの肩身を狭くさせているのは、去年まで部屋にこもりきりだった次兄が、最近ではフィールドワークと称して外へ出るようになったことだ。父と長兄、それから妹のヴィヴィアンにさえ、劣等感を滲ませている次兄である。そんな彼でも、何だか知らないがやりたいことを見つけて、好きなように生きられているのが、ヴィヴィアンの目には羨ましく映るのだった。

 

 家にいるときの唯一の心の支えは、屋敷しもべ妖精のメープルだ。話し相手になってもらったり、例のごとくキッチンで料理を作るのを後ろでぼんやりと眺めていたりした。だが、彼女ひとりで家を切り盛りするというのは大変な仕事なので、構ってもらってばかりとはいかなかった。

 

 

 

 そんな夏季休暇が始まって、二週間も経たない頃。ある朝、コツコツとふくろうが窓を叩いた。ヴィヴィアンは最初、OWL試験の結果が来たのかと思った。だが、それにしては早すぎるし、普段のふくろう便の時間には少し遅かった。

 

 となると考えられるのは……。ヴィヴィアンは半ば確信を持ちながら、ふくろうの嘴から手紙を受け取った。ひと仕事終えたふくろうが、器用に毛繕いをしたあと、再び空へと飛び立っていく。それを見届けてから、ゆっくりと封筒を開けた。ヴィヴィアンの元に直接運ばれてくる手紙といえば、送り主はごく少数に限られている。

 

『近々、遊びに行きます。レギュラスも連れて行きます』

 

 二文だけの簡単な手紙。丁寧な口調で書かれているが、肝心の送り主の名前を書き忘れている。間違いなくアリアドネからだ。

 

 それを受け取った直後のことだった。

 

 コツコツと再び窓が叩かれた。ヴィヴィアンは、手元から顔を上げて、反射的に窓のほうを見た。そして、手に持っていた手紙を、思わず取り落としてしまった。二階の窓にも関わらず、人の顔が覗いているのである。ピンクがかった栗色の髪。唇の左端がつり上がる下手っぴな笑顔の女の子だ。

 

「アリアドネ!?」

 

 開け放たれた窓から顔を出すと、アリアドネが箒に乗って浮かんでいるのがわかった。

 

「あたしだけじゃないよ!」

 

 元気よく言うと、彼女は箒を操って横に退いた。

 

「……突然訪ねてしまってすまない。驚かせたいとアリアドネが聞かなくて」

 

 アリアドネと入れ替わって、レギュラスが顔を見せた。

 

「どうしてここが?」

 

 遊びに行くことも来てもらうことも諦めていたヴィヴィアンは、ウィングス家の屋敷の場所を教えることもしていなかった。

 

 待ってましたと言わんばかりに、アリアドネが再び窓の前へ割り込む。

 

「ふふふ……アリアドネさんの情報網を舐めてもらっちゃ困るね」

「ふくろう便を追いかけるだなんて、馬鹿なことを言ったのは誰だ?」

 

「もー! せっかくかっこよくキメてたのに!」

「え、ふくろう便を?」

 

 確かに、ウィングス家の屋敷にはマグル避けの呪文しかかけられていないから、ふくろうを見失いさえしなければ、たどり着くことは不可能ではない。二人の飛行技術をもってすれば、ふくろうにピッタリと追いつくことも可能なのだろうか。

 

「いや、実際は僕が──」

「『ブラック家の情報網を舐めてもらっちゃ困るね』だってさ! きみの家の場所を調べてもらったんだ」

 

 アリアドネが誇張気味に、レギュラスの口調を真似した。真似された本人は、箒のしっぽをわざとアリアドネにぶつけた。

 

「アリアドネが、君の家に行くなんて手紙を寄越したから……許可も得ず、すまない」

 

 レギュラスが箒の上で律儀に頭を下げる。

 

「いいのよ。来てくれて嬉しいわ! どうぞ入って」

「だが、窓から部屋に入るのは、さすがに……」

「いつまでも飛んでるつもりー!? さっさと入る!」

 

 アリアドネが仕返しのように、箒のしっぽでレギュラスを促す。彼は渋々といった顔で、窓から入ってきた。続いてアリアドネも、すとんと部屋の中に着地した。

 

「おお〜すごい!」

「立派な家系図だね。うちのといい勝負だ」

 

 ヴィヴィアンの部屋で一番目立つものがそれだ。入口の隣の壁に飾られているので、窓からだとなおさら真っ先に目に入る。

 

「窓から入っておいて何だが、家の方にご挨拶は……」

「大丈夫よ。今はお父様もお兄様達もいないの」

「お母さんは?」

 

 アリアドネにそう聞かれて、一瞬、言葉につまる。母は一階の自室にいるはずだ。

 

「……きっと気づかれないわ。私のことには無関心だもの」

「そんなことないよ! ほんとに無関心だったらドレスなんて贈らない!」

「君のお母様は、どんな方なんだい?」

 

 ヴィヴィアンを励ますようにレギュラスが優しく尋ねた。

 

 自分の生まれ育った家に彼らが居ることは、ちょっぴり恥ずかしくて、いつも以上に心を見透かされるような気がした。隠し事なんてできないのだから、話してみようと思えた。

 

「お母様はね、研究者だったの。魔法生物の──主にヒトの形をした()()のね」

 

 現在の魔法界において、『ヒトたる存在』に分類されるのは、姿形がヒトに似ているかどうか、ではなく、魔法社会の法の中で生きるに足る知性を持つかどうか、で定められている。それに当てはまらないとされた生物は、主に『動物』に分類される。夢魔もその中に含まれる。研究対象のひとつであった夢魔がきっかけで、母は父と出会ったらしい。

 

「でも、お父様が当主になられてから──私が生まれてから、お母様がフィールドワークで遠くへ行ったり、研究発表で表舞台に出たりすることに、お父様が良い顔をしなくて」

 

「だから君を恨んでいると?」

「……恨まれても仕方がないって、思ってる」

 

「ちょっと待って。それじゃあ、きみが生まれたから、お父さんが当主になったってふうに聞こえるよ?」

 

 ヴィヴィアンはどう説明しようかと口を開きかけたが、それをやめて壁際に近づき、指をさした。

 

「家系図をよく見て」

 

 目立つ名前はすぐに見つかる。一番上で、一番多くの糸と繋がっている。

 

「ん? 『ヴィヴィアン』……きみのご先祖さまにも、同じ名前の人がいたんだね!」

 

 アリアドネが背伸びして指をさした。同時に、レギュラスが右下のほうにある、ヴィヴィアンの名前を見つけた。指でたどって呟く。

 

「これが君か。なら、君の高祖母にあたる人だね」

「ほかにもいないかなぁ」

 

 間違い探しでもするみたいに、アリアドネは背伸びをしながらくまなく眺めた。レギュラスも腕を組み、真剣そうに目を細めて探していたが、ふと、なにかに気づいたように目を丸くした。

 

「妙だな……高祖母の時代から、君が生まれるまで、一人も女性の名前がない」

「ほんとだ! こんなにたくさん子どもがいるのに!」

「君の名前があるから、女性を記さないわけではないのだろう……つまり──」

「きみの家には、女の子が生まれにくい?」

 

 アリアドネが結論を横取りした。レギュラスは拗ねるかと思いきや、そんなことよりもまず答え合わせを求めるように、ヴィヴィアンの顔を見つめた。ヴィヴィアンは二人に向かって頷いた。

 

「高祖母はね、前の当主なの」

 

 家系図を見上げながら語る。

 

「彼女は100歳で亡くなるまで当主であり続けた。子どもがたくさんいたから、後継者争いが激しくなると予想していたのね。だから、できるだけ長く当主であろうとしていたけれど、高祖父──彼女の夫が病気で亡くなって、あとを追うように彼女も亡くなってしまった」

 

 偉大な当主を失ったウィングス家。その後のことは、家系図の中の解かれた糸が物語っている。

 

「案の定、激しい後継者争いが行われたと聞くわ。一族から追放された人も少なくはない。命を落とした人だって……。でも、一年も経たないうちに女の私が産まれて、後継者が決まった」

 

 相続権の順位はさして高くなかったにも関わらず、父が当主となることに異を唱えた者は、誰もいなかったという。娘は前当主の生まれ変わりだと言われ、一族の伝統に従って『ヴィヴィアン』という名前をつけられた。

 

「──じゃあ、君も当主になるのか?」

「私は……当主になんてなりたくない。でも、それ以外にどんな道を歩めばいいのか、わからない……」

 

 ずっと心にわだかまっていた不安を、初めて誰かに話した。ヴィヴィアンは居た堪れなくなって目を伏せた。口に出してみると、自分の情けなさが浮き彫りになったかのようだった。幻滅されるかもしれない、なんて、考えるのはもう遅い。

 

 視界の端で、ヴィヴィアンよりも少し小さな手に、ぽんと肩を叩かれた。それに促されるように、ゆっくりと顔を上げる。

 

「将来なんて、わかんなくて当然だよ! あたしだってそう! レギュラスみたいにしっかりしてる人のほうが珍しいんだから!」

 

「そう……かしら?」

「そう、らしいね?」

 

 例えに出されたレギュラスが、呆れたように笑う。アリアドネがピースサインをするように、右手の指を二本立てた。

 

「わかんないのが二人! 二対一だよ!」

「それは敵わないな」

 

 レギュラスが肩をすくめる。二対一には言い返せない。三人のお決まりの流れだ。ヴィヴィアンはすっかり心が軽くなって、二人と一緒にクスクス笑った。

 

 

 

 

 自分の部屋で友だちとお茶をするなんて、信じられない光景だった。二人に気づかれないよう手の甲をつねってみたが、赤い跡がつくだけだった。

 

 アリアドネのお腹が鳴ったので、メープルを呼び出し、お茶とお菓子を用意してもらったのである。メープルは初め、部屋に知らない人がいるのを見て、50cmは飛び上がるほどびっくりしていたが、ヴィヴィアンが友だちだと説明すると、かしこまってお辞儀をした。

 

「お出迎えができなくて申し訳ございません。どちらからお入りになられたのですか?」

「あー……窓からなんだ。気にしなくていいよ」

 

 レギュラスが膝をついて視線を合わせる。慣れているような仕草だった。

 

「かしこまりました。では、今後は窓からのご来訪にも注意を向けるよう精進いたします」

 

 そう言ってもう一度深々と頭を下げると、彼女は部屋をあとにした。

 

「メープルっていうの。真面目な子でしょう?」

「うちのクリーチャーも、負けてはいないよ」

 

「いいなー、きみたちは。部屋を掃除しろって怒られることなんて、ないんでしょ?」

「あぁ、そうか。屋敷しもべ妖精がいないと、自分でやらないといけないのか」

 

「でも、そのほうがあの子たちの気持ちがわかって、いいかもしれないわ。今度一緒にやらせてもらおうかしら」

「そうだね。僕もクリーチャーに頼んでみようかな」

 

「『やらせてもらう』!? 『頼んでみる』!? ハァ〜〜」

 

 頓狂な声を上げてアリアドネは天井を仰いだ。「あぁ〜綺麗な天井だなぁ〜」と、うわ言のように呟き、しばらくして気を取り直したように顔を正面に戻した。

 

「ねぇ! 部屋の中、見てもいい?」

 

 彼女はメープル特製のお菓子でお腹が膨れて、元気がありあまっているようだった。

 

「いいわよ。ご自由に」

「あんまり触って壊すんじゃないぞ」

「触らないよ!」

 

 ヴィヴィアンの部屋には古い家具が多いから気になるのだろう。ヴィヴィアンにとっては生まれる前から部屋にあったものだから、自分の一部を見られているようで少し照れくさい。

 

 対して、レギュラスはまだ家系図が気になっているようだった。そこばかり見ている……いや、違う。あまり部屋の中をジロジロ見ないようにしているのだ。ヴィヴィアンはそれに気づいて、クスクスと笑った。

 

「ふふ、そんなに緊張しなくていいのに」

 

 図星だったのか、レギュラスはバツが悪そうに目を逸らした。

 

「緊張なんてしていないさ。ただ、友人の……それも女の子の部屋に入るのは、初めてだから……どう過ごせばいいのかわからなくて」

 

「普段通りにすればいいのよ。少しはアリアドネを見習ったら?」

 

 アリアドネはちょこまかと部屋の中を回り、今は鏡台に興味津々だ。「ほほう、こんなところにまで装飾が……」と職人気取りで感心している。レギュラスは苦笑いした。

 

「あれを真似するのは気が引ける──」

「ん? んん〜〜?」

 

 ちょうどそのとき、アリアドネが不思議そうに唸った。首を傾げて鏡台の側面を凝視している。

 

「どうかしたの?」

「まさか本当に壊したんじゃないだろうな」

「指一本も触れてないよ!……まだね!」

 

 見て見て! と、アリアドネが手招きをする。

 

「ねぇここ、外れそうじゃない?」

 

 ヴィヴィアンはアリアドネと場所を入れ替わる。後ろから彼女が指をさしたのは、鏡台の机になっている部分、その側面の板。板の向こうに引き出しのある辺りだ。

 

 鏡台の側面にも、ご丁寧に装飾が彫られていた。こんなところまで、まじまじと見たことはなかった。その中で、鏡台の背側に近いほうの、花の飾りが彫られている部分。そこだけ不自然に切り込みのような線が入っているのが見える。板が繋がっていないのだ。

 

 まさかとは思いつつ、花の飾りを少し押し込んでみた。案の定、何かがハマるような手応えがあった。重力に従い、板を下にスライドさせると、手のひら二枚分くらいの板が簡単に外れた。板のあった場所を恐る恐る覗き込む。ちょうど引き出しの側面が見えるはずなのだが、暗くてよく見えない。

 

「灯りをくれないかしら?」

 

 レギュラスがルーモスの呪文を唱え、後ろから手元を照らした。未成年は魔法を使っちゃいけないなんて、咎める者はこの場にいなかった。

 

「どうぞ」

「ありがとう」

 

 灯りに照らされると、そこは空洞になっていた。どうやら引き出しが、少し短い造りになっているらしい。背面の板との間に空間ができている。もう少し近づいて覗き込んでみると、奥に何かがあるのが見えた。手を入れられそうだが、暗い闇の中に手を伸ばすのは躊躇われた。

 

「僕がやろうか?」

「お願いしてもいいかしら」

 

 レギュラスから灯りのついた杖を受け取り、場所を代わる。彼は臆せず手を突っ込み、何かを引っ張り出した。小さいが分厚い、皮のカバーのかけられた手帳だ。それをヴィヴィアンが受け取り、杖を返す。レギュラスが杖を懐にしまいながら言う。

 

「隠し収納だろうか」

「知らなかったわ。よく見つけたわね」

「えへへ」

 

 ひとまず、鏡台から外した板を元あった場所に戻した。お茶セットをテーブルの端によせ、二人にも見えるよう、隠し収納から出てきた手帳を真ん中に置いた。

 

「きっと高祖母のものよ」

「日記だろうか」

「開けて、みちゃう?」

 

 他人の日記を見るのは忍びないが、自分の部屋から出てきたものだ。ヴィヴィアンは意を決して手帳を開いた。

 

「……何も書かれていないわ」

 

 めくってもめくっても、ずっと白紙のページが続いていた。

 

「なぁんだ」

 

 気の抜けたアリアドネの声とともに、ヴィヴィアンは肩の力を抜いた。どうやら日記ではなかったようだ。そうして、気楽にペラペラと半分ほどまで開いたとき、ようやく初めて手帳の中に文字が現れた。

 

 

 あなたに悪夢が訪れるとき

 あなたの中に流れている血が

 あなたの助けとなるでしょう

 

  私の可愛い子孫へ

 

 

 経年劣化のせいか、ところどころ掠れていた。ようやく現れた文字。しかし、それよりも目を引いたのは、見開きのもう片方のページだった。それより先のページが奇妙にくり抜かれており、真ん中にペンダントのようなものが収まっていた。

 

「手帳というよりは、これをしまうための入れ物なのかもしれないな」

 

 レギュラスが指をさして言う。クルミほどの大きさのペンダント。装飾の施された金色の淵に囲まれて、褐色の琥珀……のようなものが嵌っている。宝石と呼ぶには惜しい、くすんだ色をしている。こちらも劣化して輝きを失ってしまったのだろうか。よく見ると、ペンダントのほうにも何か書いてあった。金色の装飾の中に混じって、小さな文字が刻まれている。

 

「『おそれずに飲むこと』……飲むこと?」

 

 意味がわからず、ヴィヴィアンはペンダントを持ち上げてみた。宝石かと思ったが、言われてみれば褐色の薬瓶によく似ている。確かにチェーンの根元が蓋になっているようにも見える。完全に密閉されているのか、気泡などは見えない。

 

「こんな、いつから放置されていたのかもわからないものを、飲めって言うの?」

「熟成されて美味しくなってたりして」

「ワインのようには見えないが……中身については書かれていないのか?」

 

 ペンダント型にくり抜かれたページをめくっていっても、やはりページは白紙のまま。手がかりは最初に見つけた文章しかない。口に出して読んでみた。

 

「『あなたに悪夢が訪れるとき、あなたの中に流れている血が、あなたの助けとなるでしょう。私の可愛い子孫へ』」

 

「てことは、やっぱり、これを残したのはきみのひいひいおばあちゃん?」

 

「そうでしょうね。ここは高祖母の部屋だったもの。それよりもわからないのは言葉の意味よ。『あなたに悪夢が訪れるとき』……怖い夢を見たら『おそれずに飲め』ということ?」

 

「気付け薬のようなものだろうか。何だってこんな厳重に……」

「なぞなぞかなぁ?」

「答えがないんじゃ意味がないわ」

 

 ()というと、嫌でも思い浮かぶのは()()だ。『あなたの中に流れている血』──夢魔の血が、自分の『助けとなる』なんて思えない。皆に嗅げない匂いを嗅げる、変な能力を授けた血だ。これ以上ほかに厄介な能力でもあるというのだろうか。そんなこと考えたくもない。

 

「──これ、あげるわ」

 

 ヴィヴィアンはアリアドネの手を取り、手のひらの上にペンダントを乗せた。

 

「えぇ!?」

「元はといえば、あなたが見つけたのだし」

「でも、大事なものなんじゃ……」

 

「いいの。私が持っていても、元の場所に戻してしまうだけだもの……って、こんなもの貰っても困るわよね」

 

 ヴィヴィアンはペンダントを手帳の中に戻した。不意に現れた高祖母からの贈り物を、正直どう扱えばいいのかわからない。きっと、意味のあるものだということはわかる。けれど、夢魔の血を恐れる自分が、持っていてはいけないと思ったのだ。

 

 手帳を閉じようとするのを、アリアドネが引き止めるように、わたわたと両手を振った。

 

「困るわけじゃない! けど……でも、あたしなんかには荷が重い、というか……」

 

「だったら、()()んじゃなくて()()()、ということにしたらいいんじゃないかな?」

 

 レギュラスの提案に、アリアドネはパチンと指を鳴らした。

 

「うん、それがいい! あたしが責任をもって預かっておく! ついでになぞなぞの答えも考えておくよ!」

「ええ、ありがとう。なぞなぞだとは限らないけれど……好きに使ってちょうだい」

 

 手帳型の入れ物ごと彼女に手渡した。厄介事を押し付けたようになってしまったけれど、二人が遊びに来てくれた痕跡が、ペンダントとなってアリアドネの元に残る。それを嬉しくも感じた。

 

 

 

 日が暮れてきて、父と兄たちが帰ってくる前に、と名残惜しくも二人は帰る支度を始めた。ヴィヴィアンが部屋から出て様子を見、一階の広間に降りても母の姿はなかったので、玄関から帰ってもらうことにした。最後にメープルにも挨拶をして、一緒に見送った。

 

「またホグワーツで」

 

 そう言い合って、手を振る。二人は来たときと同じく、手馴れた様子でそれぞれの箒に跨り、地面を蹴って飛び上がるとすぐに見えなくなった。

 

 残り香のように風が舞って、夏の青い草木が鼻をつんと刺激する。寂しい気持ちの匂いって、こんなふうなのかしらと思った。

 

 家族に内緒の思い出。家でも優等生を気取っているヴィヴィアンらしからぬ、大胆なことをしてしまった。けれど、ちょっぴりスリリングで、気分がすっとした。たまにはこういうのも悪くないかもしれない。

 

 そう思いながら、玄関を振り返ると──そこには、母が立っていた。ヴィヴィアンは危うく悲鳴が出そうになるのを押しとどめた。

 

「お母様……! ごめんなさい……」

 

 いつから見られていたのだろう。たぶん、バレている。勝手に人を家に入れたのだから、ここは素直に謝るしかない。ヴィヴィアンはとっさに頭を下げてから、見咎められるかと身構えていた。が、何の叱責も罵声も飛んでこないので、そろりと顔を上げた。

 

 とはいえ、母が声を荒らげたところを見たことはない。娘を恨んでいるのだとしたら、それをぶつける絶好のチャンスなのではと思ったのだが……。

 

 母の表情には怒っている様子も、嫌悪感を抱いている様子も見受けられない。少なくとも表面上は。いつもの感情の読み取れない、どこ吹く風という顔だ。ヴィヴィアンの顔をじっと見つめてから、母は口を開いた。

 

「さっきの子たちは?」

 

 やっぱりバレていた。

 

「……友だちよ。遊びに来てくれたの」

「そう……」

 

 それだけ聞いて満足したのか、母は背を向けて部屋に戻ろうとする。ヴィヴィアンの脳裏に、ふと、さっき見送ったばかりの友人二人の顔が浮かんだ。彼らに母の話をした。励ましてくれた。今しかないと思い、ヴィヴィアンは母の背に向かって声をかけた。

 

「あの、お母様……! ドレスを……贈ってくれてありがとう」

 

 母は背を向けたまま立ちどまった。どんな顔で娘の言葉を聞いているのだろう。ヴィヴィアンが一歩近づくと、凛とした声が聞こえた。

 

「……早く大人になって、どこへなりとも行ってしまいなさい」

 

 ヴィヴィアンの顔を見ずにそう告げると、母は自室へと戻っていった。

 

 

 

***

 

 

 

 ──僕にとっての強さとは、闇の魔術しかなかったんだ。

 

 でも、どれほど強い魔法を使えるようになったって、どれほど強い魔法に抗えるようになったって、それだけじゃどうしようもないことだってある。

 

 僕が思っていた以上に、君は夢魔の血に──いや、ウィングスの家に囚われていた。

 

 参ったよ。生半可な気持ちで君を懐柔しようだなんて思っていた、かつての自分がとても恥ずかしくなった。

 

 当主になんてなりたくないと、君は泣きそうな顔で話していた。僕とは正反対だ。僕は当主になることを疎ましく思ったことはない。成り行きとはいえ僕の望んだ道だ。でも、君はそうじゃない。

 

 普通の女の子のように、友だちと出かけたり、夢を見つけたり、恋をしたり。何にも縛られない。君にはそんな自由な人生を送ってほしいと思った。

 

 願わくば、その傍らにいつまでも、僕が居られたら──。

 

 そう思った理由を、もっと深く考えていれば、君を傷つけずに済んだのだろうか。

 

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