湖の乙女と夢魔の祝福   作:タキヤコ

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第4話 12月 - 秘密の冒険

 

 晴れてレギュラスと友だちになってからも、二人は変わらずキッチンをたまり場にしていた。ヴィヴィアンがキッチンを見つけてから、レギュラスが現れるまで誰も来なかったように、二人以外の訪問者が来ることはなかった。特に口止めしたわけではないが、レギュラスはキッチンのことを誰にも教えていないようだった。他の誰とも仲良くしていないヴィヴィアンならともかく、普段からスリザリン生に囲まれているような彼が、どうしていつも一人でここまで来られるのか。そして、そうまでして、なぜ自分と友だちになりたがったのか。ヴィヴィアンは疑問に思っていた。

 

「チェックメイトだ」

 

 レギュラスの声とともに白のナイトが落馬した。

 

「言ったでしょう……得意じゃないって」

 

 満を持して対戦したチェスの結果は、二回連続で彼の圧勝だった。

 

「君は……守りに徹するタイプだね。初めは完璧に固めるんだが、一度崩されたらもう諦めてしまう」

 

 手心のない分析に、返事をせず唇を尖らせた。この手のゲームは戦略を通じて内面をさらけ出されるところが良くない。

 

 ヴィヴィアンは誤魔化すように聞いた。

 

「前から不思議だったのだけれど、あなたがここに来ていること、誰も知らないの?」

「あぁ、誰にも知られていないよ」

 

 秘密の場所だからね、と人差し指を口元に当てる。

 

「よく見つからずに来られるわね」

 

 感心と呆れを混ぜるように言うと、彼は褒められたととらえたのか、少し上機嫌になって自慢げに答えた。

 

「気配を消すのは得意なんだ。昔は家の中でよくクリーチャーとかくれんぼをして……」

 

 そこまで言って珍しく言葉を詰まらせる。その様子を不思議に思いながら、ヴィヴィアンは何気なく質問をした。

 

「クリーチャーって? ご家族かしら」

「……あぁ、家族だよ」

 

 どこか歯切れ悪く言いながら、レギュラスはそっぽを向いた。いや、違う。仕事をしている屋敷しもべ妖精たちを見ている。その視線に彼の言いたいことを察した。

 

「そういうこと……だからこの子たちに挨拶しようなんて思いついたのね」

「君には隠しごとができないな」

 

 レギュラスは恥ずかしそうに頭をかいた。

 

「そうだよ。クリーチャーはうちの屋敷しもべ妖精だ。僕の生まれるずっと前からブラック家に仕えてくれている」

 

 忙しなく働くキッチンの妖精たちを眺めながら、誇らしげに言った。彼が穏やかに微笑むのに釣られて、ヴィヴィアンも少し頬を緩ませた。

 

「仲がいいのね」

「そうなんだ」

 

 レギュラスは嬉しそうな顔をするも、何かを思い出したように軽く俯いた。

 

「……昔、他の生徒に屋敷しもべ妖精の話をしたとき、苦い顔をされたことがあってね。忌み嫌われている存在だということは知っていたけれど、僕は少しみんなとは違うんだと思い知らされたよ」

 

 ヴィヴィアンは黙って聞いていた。

 

「だから、ここを探そうにもひとりで探すしかなかったんだ。そのせいで4年生になるまで見つけられなかったんだが、おかげで君に会えた」

 

 急に自分のことに触れられ、ヴィヴィアンは鼻を鳴らして目をそらした。レギュラスは気にせず続ける。

 

「それに、このキッチン以外にも皆が知らないような場所を色々見つけた。今度教えてあげるよ」

「そう。楽しみにしているわ」

 

 二人の会話が途切れると、屋敷しもべ妖精のひとりが紅茶のおかわりを持ってきてくれた。二人が礼を言うと、彼女は深くお辞儀をしてからトコトコと持ち場へ帰っていった。それを目で追いながら言う。

 

「あなたが、私と友だちになりたがった理由がやっとわかったわ。あなたの家族の話がしたかったのね」

 

 屋敷しもべ妖精の仕事場であるキッチンに入り浸るような人間だ。ヴィヴィアンが彼らに悪い感情を抱いていないことは、初対面から明らかだった。レギュラスが自分を友だちに選んだのは、彼の()()について、心置きなく話せる相手だと思ってのことだろう。胸にわだかまっていた疑問が解消され、ヴィヴィアンは勝手に納得していたが、レギュラスはまだ何か言いたげだった。

 

「それもあるけれど……君をひとりにしておくのは、もったいないと思ったんだ。君の血は稀有な血だ。稀有な血をもつ者は尊ばれるべきだ」

 

 改まったように言い、彼は控えめにヴィヴィアンの顔を窺った。今の自分はきっと驚いた表情をしていることだろう。

 

「夢魔の血が、魔法使いより尊いものだっていうの?」

 

「その答えは、簡単には出せないな……だが、夢魔を始めとした魔法生物が、魔法使いに劣るとは言いきれないと、僕は思っている」

 

「魔法生物が好きなのかしら?」

 

「そうだな……強いて言えば、彼らの操る魔法に興味があるんだ。彼らは、ともすれば魔法使いよりも強力な魔法が使える。なのに、その能力を評価されていないんだ」

 

 考えたこともなかった。確かに屋敷しもべ妖精たちは、杖なしで魔法を発動できる。夢魔も伝承通りならば、獲物を金縛りにあわせたり、好みの姿に変化して惑わせたりといった、並の魔法使いでは破れないほどの強力な魔法を使うと聞く。

 

「彼らの魔法を理解し、協力し合えれば、魔法界はもっと発展するのに……」

 

 どうして誰も気づかないんだろう? と、レギュラスは心底不思議そうに呟いた。ヴィヴィアンは素直に感心してしまった。屋敷しもべ妖精を家族のように慕っているという、彼の純粋さから、“魔法界の発展”なんていう大それた話に繋がるとは、思いもよらなかった。まだ自分と同じ14歳であるにも関わらず、日頃からそんな小難しいことを考えているのだろう。彼の勤勉さが現れていて、尊敬の念を覚えたが、同時にヴィヴィアンは少し恐ろしくも感じた。なぜだろう、と咀嚼するには、掴みどころのない不確かさで。つかの間に生じた感情は、胸の内に留まることはなく、レギュラスの純粋な眼差しを前にかき消えていった。

 

 

 

 

 授業が終わり、ヴィヴィアンはいつものように、ゆっくりと片付けをしていた。教科書と羊皮紙を鞄の中にしまい、立ち上がろうとしたとき、後ろから声がした。

 

「やぁ、おつかれさま」

 

 振り返ると、教室の入口にレギュラスが立っていた。

 

「えぇ、あなたもね」

 

 二人は先程まで同じ授業を受けていた。ホグワーツで最もつまらないと言われている、魔法史の授業。担当教員はゴーストのビンズ先生だ。

 

「魔法史だって面白い科目なのに、もったいない。僕のほうがきっと良い授業ができるよ」

 

 ヴィヴィアンが教室の入口をくぐるのを待ち構えながら、レギュラスは言った。

 

「珍しいわね、外で話しかけてくるなんて」

 

 友だちになってからも、二人はキッチンの外で話すことはなかった。レギュラスの周りにはいつも誰かしらスリザリン寮の生徒がいたので、話しかけるという選択肢がなかった。レギュラスもそれを知ってか、話しかけてくることも近づいてくることもなかった。今までは。

 

 他の生徒がいるのでは無いかとヴィヴィアンは辺りを見回した。

 

「僕ひとりだよ。忘れ物を取りに行くとか何とか言って、抜け出してきた」

 

「そしたら、戻ってこないって心配されるんじゃないの?」

 

「大丈夫。今頃、他の友だちといるんだろうとでも、思われているはずだよ。まさか相手が君だとは、誰も知らないだろうけれど。いつもそんな感じだ」

 

 軽い口調で肩をすくめる。彼の交友関係が少し垣間見えた。ヴィヴィアンは、ふうん、と興味のなさそうな素振りで相槌を打った。

 

「それで? 何か用があって、ここで声をかけたんでしょう?」

「あぁ。君を連れて行きたい場所があるんだ。前に言っただろう?」

 

 以前、ひとりになれるような場所をいくつか見つけたと言っていた。教えてくれる、とも。レギュラスはこちらの返事も聞かず「ついて来て」と手招きし、ホグワーツ城内の小さな旅へヴィヴィアンを誘い出した。

 

 

 

 二人はなるべく人の少ない廊下を、少し離れて歩いた。レギュラスが前を歩きヴィヴィアンが追いかける。彼は気にしないと言ってくれたが、夢魔の悪い噂に他人を──友だちを巻き込みたくはない。特に男の子といるところを見られるのは避けたかった。それを知ってか知らずか、レイブンクロー寮にほど近いところを通ってきたのでヒヤヒヤさせられた。

 

 着いたのは薄暗い静かな廊下だった。人の来なさそうな場所だが、不気味さよりもどこか神聖さを漂わせている。

 

「そこで待っていて」

 

 レギュラスは言うと一歩前へ出た。

 

「そこにいますか? ヘレナ」

 

 何も無い行き止まりの壁に向かって呼びかけた。しばらくして、突然の冷気を感じたかと思うと、壁を通り抜けてゴーストが現れた。

 

「……また来たのね」

 

 蔑むようにレギュラスを見下ろすゴーストに、ヴィヴィアンは驚いた。

 

「ヘレナ? もしかして、ヘレナ・レイブンクロー?」

「そうだ。彼女はよくここにいるんだ」

 

 ヘレナ・レイブンクローは『灰色のレディ』という呼び名で知られている、レイブンクローの寮憑きゴーストだ。積極的な性格ではないのか、グリフィンドールのサー・ニコラスがするように生徒と楽しげに話すところなどは、あまり見た事がない。

 

 ヴィヴィアンに目を向けるも、ヘレナはツンとそっぽを向いた。

 

「レイブンクローの生徒を連れてきたって無駄よ」

 

 冷たい氷のような声でそう言うと、ひゅっとどこかへ消えてしまった。

 

「行ってしまったか……君と気が合うと思ったんだが」

 

 僕がいたのが悪かったかな、とレギュラスは自虐気味に呟いた。ヴィヴィアンは状況が掴めないまま、首を傾げて問いかける。

 

「あなた、彼女に何かしたの?」

「僕のほうが聞きたいよ。最初からあんな態度なんだ」

 

 困ったように眉を下げて彼は肩をすくめた。

 

 ヴィヴィアンは初めてレギュラスと話したときの自分の態度を思い出していた。誰も寄り付かないところにやって来たスリザリンの生徒、というだけで、警戒する気持ちはわかる。だが、ゴーストの、しかもホグワーツ創設者の一人であるロウェナ・レイブンクローの娘ともあろうヒトが、ただの生徒をここまで警戒するなんて……。理由はそれだけではないように思えた。

 

「ひとりのときにまた来てみるわ」

「そうするといい。互いに良い話し相手になれるんじゃないかな。彼女も少し寂しそうに見えたから」

 

 彼女()ね……。口をついて出たであろうその言葉の真意は、聞かないことにした。

 

 

 

 

 別の日にも二人は、人知れずホグワーツを巡った。ヴィヴィアンの知っている場所もあったが、レギュラスに連れて来られると、城の中を冒険しているかのようで、なんだか新鮮な気分になれた。

 

 たとえば、図書室の禁書棚の近くの席。禁書棚から漏れ出すような怪しい空気と、禁書を持ち出そうとしているのではと疑われるのを怖がって、誰も近づきたがらない。

 

 ほかには、湖のほとりにある船着場。長い階段を降りてようやく辿り着く。一年に数回しか使われないボートが保管されているだけの場所。わざわざ来るような生徒もいない。湖の穏やかな波の音や、ほのかな水草の香りが、懐かしい気持ちにさせてくれて、悪くない居心地だった。

 

 あるいは、城の一番高い塔にある天文台。授業のとき以外は立ち入り禁止とされている。塔のてっぺんへと登る階段の手前まで来たとき、まさか無断で立ち入るつもりなのかと思えば、そのまさかだった。これにはヴィヴィアンも驚いた。優等生に見えるレギュラスが、と。だが彼の兄の悪名を思い出し、案外似たもの同士の兄弟なのかもしれないと納得した。レギュラスには秘密だけれど。

 授業のときに来られるのは星の見える夜だけなので、遠くの山まで一望でき、風が気持ちよかった。

 

 それから、少し不気味な場所があった。ひと気のない廊下を抜け、目印のようにぽつんと甲冑が立っている空き教室。今は使われていないにも関わらず、教室の中は何故だか埃をかぶっていなかった。()()があるからだろう、とレギュラスは入口の向かいの壁を指さした。隠すように布が掛けられた大きな鏡。なぜ鏡だとわかったかというと、レギュラスがそう説明したからだ。

 

「見ないほうがいい。あれは、望みを映す鏡だ。軽率な気持ちで見ては、身を滅ぼしかねない」

 

 空き教室であるにも関わらず部屋が比較的綺麗なのは、自分たちの他にもここを見つけた者がいるからだろう、というのが彼の見解だった。そして、鏡の虜になってしまったのではないか、と。

 

「知っているってことは、あなたはこの鏡を見たの?」

 

 身を滅ぼしかねないと警告したのは彼自身だ。少しの心配とともに聞くと、レギュラスは笑った。

 

「僕は大丈夫。望みのない者には、そのままの自分が映るんだ。君も試してみるかい?」

 

 はぐらかされたような、本当か嘘かわからない言い草だった。

 

「……遠慮しておくわ。夢に囚われたくはないもの」

 

 少し不気味な魔法道具のある、この薄暗い雰囲気がレギュラスにとっては好ましいそうだ。彼が鏡を見ようとしないか、目を光らせておこうと思った。

 

 それ以外にも、5階の大きな鏡──これは普通の鏡だ──の裏には広い空間があって、城の外まで続いていること。トロフィールームにはいつも鍵が掛けられていなくて、簡単に入り込めてしまうこと。次第に二人はキッチンだけでなく、それらの場所を転々としながら過ごすようになった。クィディッチの練習やら何やらでレギュラスがいない日にも、ヴィヴィアンはひとりでキッチン以外の場所へも足を運んでみる気になった。

 

 しまいには、今日はどこにいるのか、互いに探して遊ぶようになった。見つからなくて会えない日が続くこともあったが、それもまた楽しかった。レギュラスがすれ違いざまにこっそりと手紙を渡してくることもあった。今日はここにいるよ、という文字とともに、なぞなぞのような文章が書かれていた。ヴィヴィアンも負けじとなぞなぞを作ったが、難しすぎたのか、次の日の授業終わりに待ち構えられ、チクチクと文句を言われたりした。

 

 ときどき、一緒にいるところを他の生徒に見つかりそうになると、隠れてやり過ごす。そんな習慣がいつの間にか付いていた。初めは夢魔の噂を考えての事だったが、それすらも楽しく思えるようになっていた。

 

 

 

***

 

 

 

 あの頃──君と出会った頃、ブラック家では兄のシリウスと両親との関係が、もはや修復できないところまで悪化していた。必然、僕が次の当主になると決まったようなものだった。僕は一族のためにできることを真剣に考えるようになった。そのひとつが、誰と関わりをもつべきか、だ。

 

 夢魔の血に興味があると言っただろう? 本当の理由は、君に話したような、純粋な興味などではなかった。もっと打算的だったんだ。

 

 ただの純血よりも、もっと希少なものを。夢魔の血を手に入れられたら、ブラック家のためになる──。君の血をブラック家の糧にしようと近づいたんだ……意味はわかるよね?

 

 まったく……恋も知らない男の子が、夢魔の血を引く女の子を誘惑しようだなんて、思い上がったものだよ。

 

 君と会うのはいつも、ひと気のない場所ばかりだったね。初めはそれも、君をその気にさせようと思ってのことだった。でも、次第に僕は……童心に返ったかのように、君との秘密の会合を楽しむようになっていたんだ。

 

 ──だから、そんな僕たち二人の時間を奪った()()が憎かった。

 

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