湖の乙女と夢魔の祝福   作:タキヤコ

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第6話 1月 - もうひとりの友だち

 

 クリスマス休暇が終わり、帰省していた生徒たちがホグワーツに戻ってきた。この休暇中に、ヴィヴィアンの生活は変わった。今までより少しだけ遅くに寝て、少しだけ遅くに起きるようになった。同室のアリアドネの目を気にする必要がなくなったからだ。

 

 大広間ではアリアドネと二人で、レイブンクローの同級生たちから離れたところに座った。そしてアリアドネも談話室のソファに座らなくなった。

 

「あなたまで馴染めなくなってしまうわよ」

「平気平気。あたしが居なくても、誰も気にしないよ! だって小さいからね!」

 

 どこか誇らしげに言う。アリアドネの身長は、平均的な身長であるヴィヴィアンの目の高さくらいだ。けれど、本人が思うよりも彼女の存在は大きかったようだった。

 

 

 

 夕食のあとにシャワーを浴びて、いつものように談話室を通り過ぎ、脇目も振らず自室に入る。しばらくするとアリアドネも帰ってくる。いつもなら、そのはずだったのだが、今日はなかなか帰ってこない。嫌な胸騒ぎがして、ヴィヴィアンはそっと自室から出た。

 

 談話室へ足を踏み入れようとしたとき、アリアドネの姿が見えた。そして、悪い予感は的中していた。彼女が自室に帰ってこなかったのは、レイブンクロー寮の同級生である四、五人の女の子たちに、囲まれていたからである。

 

「最近、あの女と一緒にいるわよね? アタシたちへの当てつけなの?」

 

 そう言ったのは彼女たちのグループの中でリーダー格である女の子だった。

 

 ヴィヴィアンの恐れていたことだ。夢魔の力を怖がる彼女たちは、ヴィヴィアンを避けたり陰口を叩いたりはするものの、直接的な攻撃や害のある嫌がらせをしてくることはなかった。報復を恐れてのことだろう。そうすると、行き場をなくした彼女たちのストレスはどうなるか。元凶の近くにいる、無害なものに向けられるのだ。

 

 アリアドネは壁際のソファに追い詰められ、小柄な体をもっと小さくしていた。つつかれる亀のように身体を強ばらせ、耐えようとしている。アリアドネはきっと、こうなることをわかっていながら、勇気を出して話しかけてくれたのだ。ヴィヴィアンの、無意識にぎゅっと握った手が震えていた。これは怒りか、それとも恐れか。

 

 ソファに埋まったアリアドネを見下ろしながら、相手の女の子は声を高くして言った。

 

「あんたもあの()()女と同じで、魔法使いの血が濃いんだもんね。バカなフリして、ほんとはアタシたちのこと、バカにしてたんでしょ!」

 

 談話室に彼女たち以外の生徒はいない。みんな揉め事の気配を察して自室へ閉じこもったのか、あるいは誰もいないのを見計らって仕掛けてきたのか。彼女たちを止められる者はヴィヴィアンしかいない。

 

「バカになんてしてない……! あたしがバカなのは元からだよぉ……」

 

 アリアドネは自分を信じてもらおうと、笑顔を作った。その唇は、無理に弧を描こうとして震えていた。

 

「そういうのがムカつくんだよ!」

 

 女の子は手を振り上げた。ヴィヴィアンは我慢できずに飛び出した。

 

「やめなさい!」

 

 彼女たちの後ろから、杖を構えて言った。ヴィヴィアンに気づいた女の子たちが、ひぃっと小さく悲鳴をあげてたじろいだ。彼女たちの顔を見ながら、順番に杖を向け、距離を詰めていく。あれだけ強気にアリアドネを責めていたリーダー格の女の子も、言葉を失っている。ヴィヴィアンは小さく深呼吸をし、努めて声を低くした。

 

「杖より先に手が出るなんて、あなたたちって本当に野蛮なのね」

 

 半分は本音、半分は虚勢だ。レギュラスが初めてキッチンに来たときは杖を出す振りだけで済んだが、今回はそうはいかなかった。咄嗟に杖が出た。もう引っ込めることはできない。手が震えそうになっているのを見破られないよう、鋭く睨みつける。怖く恐ろしく、威圧的に見えるように。

 

 彼女たちは、あからさまに怯えたように後ずさった。もう誰もアリアドネのことを気にしてはいなかった。互いに目を見合せてから、逃げるようにして女子寮のほうへと去っていった。

 

 ヴィヴィアンは杖をローブのポケットにしまい、アリアドネの前に膝をつく。視線を合わせると、ぽかんとしていた彼女は安心したように眉を下げた。

 

「ヴィヴィアン……ごめん……」

「大丈夫だった? 怪我はない?」

 

 アリアドネは、こくんと頷く。

 

「うん、ありがとう……」

 

 彼女は力が抜けたように、へにゃりと笑った。しかし、ヴィヴィアンは首を横に振った。

 

「ごめんなさい。もっといい方法があったでしょうに」

 

 彼女たちとアリアドネを完全に決裂させてしまった。これでアリアドネも孤立してしまう。

 

「ううん、謝らないで。助けてくれて嬉しかった」

「もし、また彼女たちに何かされそうになったら、大声で私を呼ぶのよ? いい?」

 

 アリアドネがこくこくと小動物のように頷き、唇が不均等につり上がる下手っぴな笑顔で笑った。これが彼女の心からの笑顔だ。ヴィヴィアンはアリアドネの前に手を差し出し、腕を引っ張って立ち上がらせる。

 

「フフ……きみ、ヒーローみたいだね!」

 

 ヴィヴィアンのせいで怖い思いをしたのに、彼女は朗らかにそんなことを言うのだった。

 

 

 

 

 授業が終わるとアリアドネといることが多くなった。結果的に、レイブンクロー生たちの目を気にする必要もなくなったので、寮の自室だけでなく人目のあるところでも話をするようになった。

 

 しかし、“もうひとりの友だち”──レギュラスとは、話す機会を逃し続けていた。アリアドネとともに教室を最後に出たとき、待ち構えていたであろうレギュラスと目が合ったが、まるで知らない人かのようにすぐに去って行ってしまった。すれ違ってもぷいとそっぽを向かれる。おおかた、アリアドネの存在が気に入らないのだろう。

 

 そんな状態のまま、かれこれひと月以上が経った。そろそろどうにかしないと、このままレギュラスと疎遠になってしまうかもしれない。もし、そんなことになればアリアドネは気にしてしまうだろうし、何よりヴィヴィアン自身が嫌だ。そう危機感を覚え始めたとき、ちょうどアリアドネがクィディッチの練習に行くというので、ヴィヴィアンはひとりで放課後を過ごすことになった。

 

 彼女もまた()()()()と同じように、今年度のレイブンクロー寮のクィディッチ選手になっていた。今年度に入ってからクィディッチの試合を一度も見ていないヴィヴィアンは、本人から聞くまで知らなかった。ポジションはチェイサー。小柄で活発そうな見た目通り、体を動かすのは得意だという。クィディッチの選手同士、“もう一人の友だち”とは気が合いそうなものだが、肝心の彼が捕まらないのである。

 

 ヴィヴィアンは、レギュラスの居そうなところを探すことにした。彼は彼でクィディッチの練習があるはずだが、レイブンクロー寮が練習の日はスリザリン寮は練習しないはずだ。その予想は当たり、レギュラスはキッチンにいた。こんな時期は暖かい場所に限る。

 

 久しぶり、と挨拶をするも、返事がない。あからさまに機嫌が悪かった。

 

「あの子は、君と釣り合わないんじゃないか?」

 

 開口一番これだ。誰のことを言っているのかは考えなくてもわかる。

 

「お父様みたいなことを言うのね」

 

 からかいの意味を込めてヴィヴィアンはクスクスと笑った。ヴィヴィアンの父は常々、レイブンクロー寮に入れられた娘の交友関係を心配していた。娘が寮生の中で馴染めるか、ではなく、友人とするのに相応しい者がレイブンクロー寮にいるのか、という点で。父もその父も息子たちも皆、スリザリン寮出身だからだ。

 

 レギュラスはため息をつく。

 

「まったく、人が心配してるっていうのに……」

「ふふ、ごめんなさい。でも、心配はいらないわ。あの子は夢魔の血を怖がらなかった」

「だがレイブンクロー生だろう? 君をひとりにした」

「恥ずかしがりな子なのよ。悪気なんてないわ」

「……どうだか」

 

 レギュラスが何をもってアリアドネを、釣り合わないと訝しんでいるのか、父の教えを思い出すとよくわかる。父はウィングス家の血を誇りとしている。それは何も、夢魔の血のことだけではない。

 

 今度はヴィヴィアンがため息をついた。

 

「言いたいことはわかっているわ……あの子は完璧な純血とは言えない。けれど、少なくともここ数百年、家系図にマグルはいないそうよ。これ以上、聞く必要があるかしら?」

 

 『いないんじゃないかなぁ……たぶんね!』というのがアリアドネの談だが、それは言わないでおく。レギュラスは、ふんと鼻を鳴らすも、少し溜飲を下げたようだった。

 

「わかった……もう何も言わないよ。僕だって、『聖28一族』ばかりにこだわっているわけではないさ」

 

 『聖28一族』というのは、“間違いなく純血である”とされる一族のことだ。ブラック家のような純血主義の一族は、そこに数え上げられた一族同士で婚姻関係を結ぶことが多い。しかし、本当は『聖28一族』も完璧ではない。20世紀の今、魔法界のどの一族にも、家系図を辿れば必ずマグルが現れるというのは、もはや暗黙の了解だ。それが公に露呈していないのは、彼ら『聖28一族』──マグル好きの変わり者たちを除く──がマグルの血を引く者を一族から追放し、徹底的に隠蔽し、無かったことにしているからである。他人の家の血筋をあれこれ深堀するのは、レギュラスにとっても気分のいい話では無いはずだ。

 

「まぁ、私の家だって、『聖28一族』ではないものね」

「君の場合は……また事情が違うだろう」

 

 夢魔の伝承が色濃く残るウィングス家は、『聖28一族』に数えられていない。『純血一族一覧』という本が出版されたとき、当時のウィングス家の人々がどれほど怒り狂ったかを、ヴィヴィアンは散々聞かされてきた。

 

 確かに、夢魔の血は魔法族の血ではない。しかし、それをマグルの血と同等にされてしまったことが、夢魔の血を誇りに思う一族の逆鱗に触れたという。それでも代々ウィングス家の者たちが、純血主義者の多いスリザリン寮で幅を利かせてきたのは、悪魔と同一視されることもある夢魔と、かの寮との相性が良かったからである。

 

 純血主義で有名なブラック家のレギュラスが、夢魔の血をどう思っているのかは──改めて聞くまでもなかった。

 

「君はもっとそういうことに関心を持ったほうがいい……スリザリン生ではないのだから、なおさらだ」

「どういう意味かしら?」

 

 呆れたようにレギュラスが言うので、ヴィヴィアンは意地悪でもなんでもなく、疑問に思って聞き返した。しかし、彼は少しムッとして、ため息をついた。

 

「気づいているんだろう? 夢魔の血を引く君を怖がり拒絶したのは、マグル出身か半純血の者たちばかりだ。スリザリン寮であれば、こんなことは起こらなかった」

 

 考えてみる。人の生気を吸い尽くし殺してしまう夢魔の力を、スリザリンの男の子たちは素晴らしい悪魔の力だと称えるのだろうか。異性を誘惑するという夢魔の力に憧れ、スリザリンの女の子たちは仲良くなりたがるのだろうか。想像するのは容易い。羨ましがりこそすれ、恐怖することはないかもしれない。実際に夢魔の力を持っているわけではないけれど、それはきっかけにすぎない。きっかけさえあれば、友情を育むことができる。代々、ウィングス家の者たちがそうしてきたように。

 

 しかし、ヴィヴィアンはレイブンクロー寮の生徒だ。スリザリン寮の生徒は他寮の生徒と関わりたがらない。レギュラスのような、もの好きでない限り。

 

「君はレイブンクロー寮であったがために苦しんだ。いや、マグルの血を引く者たちのせいで苦しんだ。なのにどうして憤らないんだ」

 

 そう言いながら憤りを隠せないのはレギュラスのほうだった。

 

「彼らが君を恐れるのは、夢魔という生物を知らないからだ。無知であるから過剰に恐れる。そもそも君は夢魔そのものではないのに、それすらも忘れて……」

 

「私がきちんと説明しなかったからよ。彼女たちの恐怖を、取り除いてあげる気がなかったの。私が勝手に孤独になったのよ」

 

 宥めるように言うと、レギュラスは困ったように眉を下げ、肩の力を抜いた。

 

「君は優しすぎる……」

「面倒くさがりなだけ。あなたこそ、私の代わりに怒ってくれてありがとう」

 

 ヴィヴィアンが微笑みかけると、彼は真剣な顔をした。

 

「……礼には及ばないよ。僕がいつも考えていることだ。このまま無知な者たちが増え続ければ、魔法界のあらゆるものが、いずれ淘汰されていくだろう」

 

 それはまるで、ヴィヴィアンが同級生たちの輪から外れてしまったように。

 

「今は問題がないように見えても、その無知な者たちがいつか、魔法界の発展にとって足枷となるかもしれない」

 

 また。まただ。レギュラスが難しいことを考えている。それを目のあたりにしたとき、心にモヤがかかったみたいに、気持ちが迷子になる。「そうよね」と答えることも、「違うわよ」と答えることもできない自分に、不安と、焦りと、何より恥ずかしさ。私は自分の周りのことだけで精一杯なのに、彼はずっと広く先のほうを見ているみたい。

 

 ヴィヴィアンの気持ちを知ってか知らずか、レギュラスが意見を求めてくることはなかった。そのことにホッとしている自分に気がつき、ヴィヴィアンはまた少し居たたまれなくなるのだった。

 

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