湖の乙女と夢魔の祝福   作:タキヤコ

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第8話 3月 - クリスマスのお返し

 

 寒さが和らぎ雪解けも間近という頃。ヴィヴィアンは、授業が終わって先生もいなくなったあとの教室に、アリアドネと二人で居残っていた。先生から特に命じられたわけではないが、出たばかりの課題を早々に片付けるためだ。

 

「ここの、豆の入れ方がね、わからないんだよねぇ……」

「それは刻んでから入れるの。汁を多く出すためよ。ほら、書いてあるわ」

「だったら、刻むより潰したほうが良くない?」

「ダメよ、教科書通りにやらなきゃ。そうやって前に大鍋を溶かしちゃったこと、忘れたの?」

「へへっ、なにごとも(ちょう)せ──ん?」

 

 アリアドネがふいに振り向いた。入口のほうだ。

 

「どうしたの?」

「今、誰か居たような……」

 

 ヴィヴィアンも一緒に入口のほうを振り返る。誰もいない。けれど、もしかして……と思う。

 

「レギュラス? いるの?」

 

 呼びかけてみると、開いていた入口からローブの裾がちらりと見えた。そのローブの主は教室の中へ入ってこようとはしない。だが、誰かが去っていくような足音もしない。迷っているのだろうか。アリアドネも呼びかけた。

 

「こっち来てよ! 今ね、今日出た課題をやってるんだ!」

 

 疑いなく呼びかけられ、もう隠れておけないと思ったのか、案の定、レギュラスが姿を現した。仕方なくというように、わざとらしくため息をつき、教室の中へと入ってきた。

 

「……僕は手伝ってあげないからね。あんまり甘やかしちゃ駄目だよ」

 

 そう言いながら、レギュラスはヴィヴィアンたちの隣の机に軽くもたれかかった。親が言うような台詞に可笑しく思いながら、

 

「気をつけるわ」

 

 と返すと、アリアドネが隣で不満そうに呻き、レギュラスが呆れたような顔をした。ヴィヴィアンは堪えきれずにクスクスと笑った。

 

「それより……ちょうど良かったわ。このあと探しに行こうと思っていたのよ」

 

 ヴィヴィアンは鞄の中を覗き、教科書に潰されないよう気をつけてしまっておいた()()()()をそっと取り出した。

 

「はいこれ、クリスマスプレゼントのお返し」

 

 机の端に置くと、レギュラスはこちらに一歩近づいた。秘密にしていた甲斐があったのか、彼は素直に驚いているようだった。

 

「お返しだなんてそんな……送り主は書いていなかったはずだけど?」

「ふふ、バレバレよ」

「スニッチの、でしょ?」

 

 アリアドネが訳知り顔でニコニコとする。それには目をくれず、レギュラスが「開けても?」と確認するので、ヴィヴィアンは頷いた。

 

 リボンを解くと箱がひとりでに開く。中には魔法のかけられた、手のひらサイズの雪だるま。箱の押さえから解放された雪雲が、ふよふよと浮かび、雪が舞う。もちろん本物の雪ではないから、机の上がビショビショになる心配はない。

 

「動いたり喋ったりはできないけれど、夏になっても溶けないはずよ」

 

 ヴィヴィアンの説明を受け、レギュラスは雪だるまをじっくりと眺めている。ホグズミードの端で三人で作ったものだということには気づいているだろう。しばらくして顔を上げ、

 

「ありがとう。いい魔法だね」

 

 と、雪雲をツンツンつついた。褒められちゃった。アリアドネと、顔を見合せて笑った。

 

「アリアドネが教えてくれたの。魔法のセンスがあるのよ」

「えへん!」

 

 腰に手を当てて得意げだ。レギュラスは、みるみる唇を尖らせて、複雑そうな顔になった。

 

「前言撤回、する?」

 

 ヴィヴィアンは身を乗り出し、彼の顔を覗き込む。

 

「……いいや。ちゃんと大事にするよ」

 

 レギュラスはそう言って、ぎこちなく、ではあったけれど、アリアドネのいる前で初めて笑顔を見せたのだった。

 

 

 

 

 ヴィヴィアンは城内で見つけたいろんな場所に、アリアドネを連れて行くことにした。レギュラスももう反対しなかった。彼から教えてもらったことを、今度はアリアドネに教えている。秘密の発見を共有するのは楽しいことだと知った。

 

 彼女は天文台を気に入ったようだった。立ち入り禁止の場所に入ることに、初めは乗り気ではなさそうだったが、そんなことも忘れた様子で、山々と湖を望む景色に目を輝かせていた。

 

 反対に、例の『望みを映す鏡』のある部屋では、わかりやすく肩を震わせ怯えていた。ヴィヴィアンのとき以上にレギュラスは張り切って鏡の能力を脅し、派手にリアクションをするアリアドネをからかっていた。最終的には、もう二度と来ないもん! と言わしめてしまったので、これにはヴィヴィアンも同意した。

 

 また別の日には、『灰色のレディ』ことヘレナ・レイブンクローのゴーストがいる廊下にも、アリアドネを連れて行った。ヘレナは相変わらずレギュラスがいるとすげない態度だったが、レイブンクロー生の二人だけで訪れるときは、話をしてくれるようになった。

 

「ヘレナはどうしてレギュラスを避けているの?」

 

 一度思い切って聞いてみた。すると、ヘレナの纏う空気が一瞬にして張り詰めた。アリアドネが目を丸くして口を噤んだ。けれど、好奇心を隠しきれず、期待に満ちた眼差しで見つめていた。

 

「……『彼』に似ているの。思い出したくもないわ」

 

 ヘレナはそれだけを言って、どこかへ行ってしまった。『彼』とは誰なのだろうか。生前のヘレナと関係があり、嫌われていそうな男性といえば、彼女を殺害した『血みどろ男爵』が思い浮かぶ。彼もまたスリザリン憑きのゴーストだから、レギュラスと関連してはいるけれど、大昔の男爵だ。似ているようには思えない。

 

 これ以上、ヘレナの心の奥に踏み込むにはきっと、相応の理由と覚悟がいるのだろう。ヴィヴィアンたちが興味本位で聞けるのはここまでだった。

 

 

 

 一箇所だけ、アリアドネに教えられなかったのがキッチンだ。レギュラスは、ここに関してだけは教えるのを躊躇した。アリアドネが屋敷しもべ妖精をどう思っているのかを懸念してのことらしい。ヴィヴィアンはそのことに関しては、あまり心配していなかった。優しい彼女のことだから、邪険に扱うはずがない。だが、このとっておきの憩いの場所が『キッチン』であることが、ヴィヴィアンにとっての最大の気がかりだった。食べることの大好きなアリアドネが、食べ物の宝庫とも言うべきキッチンの存在を知れば、入り浸って二度と出られなくなるかもしれない。

 ハニーデュークスでの彼女の様子を垣間見ていたレギュラスだ。ヴィヴィアンの懸念もすぐに察して、あぁ……、と遠い目をした。ゆえに、キッチンだけはまだ、二人の秘密の場所だった。

 

 

 

 

 そうこうしているうちに、クィディッチの次の試合が近くなってきた。次の試合はスリザリン対レイブンクローだ。

 

 レイブンクローチームの練習の日。今日は、休日の午前中いっぱいを貸し切ることができるそうで、アリアドネは一段と張り切っていた。せっかくなのでヴィヴィアンも見物することにした。本番の試合も今回は観に行くつもりだ。友だちが二人も出場するのだから、見逃すのは惜しい。

 

 練習の様子を見に来ている生徒はちらほら居たが、広い競技場であるから、観客席にぽつんと座るヴィヴィアンの姿に気づいたのは、アリアドネだけだった。

 

 箒に跨りながら、彼女がこちらに手を振る。よく片手を離して箒に乗れるものだ、と飛行訓練の授業が大の苦手なヴィヴィアンは思う。こちらが手を振り返すと、彼女は満足したように下手っぴな笑顔を見せ、箒の柄を両手で握り直した。そのまま練習に戻る……のかと思えば、何故だか再び観客席に向かって手を振りだした。

 

 ぎょっとして辺りを見回すと、空いた観客席の合間を縫って、黒髪に緑のローブ──レギュラスがこちらに来るのが見えた。手を振り返す、というよりも、手で払い除けるような仕草でアリアドネに返事をすると、彼はヴィヴィアンの隣に座った。

 

「君も見に来ていたんだね」

「あら、敵情視察かしら?」

「そんなところさ」

 

 しばらく練習の様子を眺める。レギュラスは言葉通り敵チームの情報を掴むためか、真剣な顔をして見ていた。

 

 アリアドネはチェイサーとして、ときには両手を箒から離し、身体全体をのびのびと動かしてパスやシュートをしていた。

 

「あんなことして、怖くないのかしら……」

 

 縦横無尽に飛ぶアリアドネを眺めながら、さっきも思っていた疑問を独り言のように呟くと、レギュラスが返事をした。

 

「君は、箒に乗るのが怖いのかい?」

 

 彼が不思議そうに言うものだから、ヴィヴィアンは少しムッとして、

 

「そうよ。あなたたちみたいに優秀じゃないもの」

「そんなことはないさ……これは、向き不向きや、慣れの問題だよ」

 

 宥めるように言われ、ヴィヴィアンは思い返してみる。

 

 生家のある森の中では、マグルに見られる心配がなかったので、ホグワーツ入学前から箒に乗る練習はしていた。だが、何度乗っても上手くバランスを取れず、あわや湖に落っこちかける、という出来事があってから、箒とは犬猿の仲だ。仲良くしたいとは思わないし、たぶん向こうも乗せたくないと思っているに違いない。杖のように箒も人を選ぶのかは知らないが。

 

「じゃあ、あなたはどういう感覚で飛んでいるの?」

 

 レギュラスの言い方から察するに、怖いとは思っていないのだろう。興味が湧いてきたので、素直に疑問を投げかけた。

 

 彼は箒で乗る感覚を思い出すように、しばし目を閉じ、手をふわふわとさせてから答えた。

 

「僕の場合は……杖を使うのと同じかな。杖を振れば魔法を使える。箒に跨がれば空を飛べる。それだけの違いだ。杖を振るのを怖いと思ったことはないだろう?」

 

「でも、空を飛ぶのよ? 箒一本じゃ心細いじゃない。翼も生えていないのに」

 

「慣れればそう簡単に落ちやしないさ。杖だって、何もされていないのに手からすっぽ抜けるなんてことは、まず起こらないだろう?」

 

「そういうものかしら……」

 

 ちょうど、アリアドネがすぐ近くまでクアッフルを追いかけてきて、空中で華麗に一回転をした。得意げな顔でこちらに目配せだけして、またすぐに飛んでいった。彼女もレギュラスと同じように、怖いとは思っていなさそうだ。杖を使うのが得意だから、きっと箒も自分の手足のように動かせるのだろう。

 

「だが……ふむ、確かに。あのプレーはなかなか攻めたな……。ああ見えて案外、勇敢なのかもしれない」

 

 ──レギュラスが素直にアリアドネを褒めている! ヴィヴィアンは驚きつつも顔に出さないよう、そうね、と短く相槌を打った。

 

 彼の視線がまた敵情視察に戻るのを見て、こっそりとほくそ笑む。ホグズミードで二人が対峙したときはどうなる事かと肝を冷やしたが、わだかまりは雪のように溶けたと考えてよさそうだ。

 

 アリアドネは先輩たちとハイタッチしている。続けざまに点を入れた彼女を見ながら、レギュラスが言う。

 

「クィディッチの才能があるようだね……悔しいけれど」

「ふふ、彼女がシーカーじゃなくて良かったわね」

 

 スニッチをめぐって直接対決となっていたところだ。小柄で身軽なアリアドネがシーカーではないのは、「シーカーなんてやったら、プレッシャーに負けちゃうよ!」とのこと。そこはやっぱり臆病なのかもしれない。

 

「……次の試合、君はやはりレイブンクローを応援するのかい?」

 

 敵チームに目を向けたままレギュラスが聞く。観戦することしか考えていなかったが、クィディッチ選手からすると応援の有無は気になるところなのだろうか。ヴィヴィアンは、うーん、と少し考えてから答えた。

 

「勝敗に興味はないの。二人とも応援するわ」

「君らしいな」

 

 曖昧な答えに、レギュラスはこちらをちらりと一瞥しただけだったが、その横顔には嬉しさが滲んでいるように見えた。

 

 練習はひと段落着いたのか、ブラッジャーの襲撃が止み、選手たちは箒に乗ったまま、つかの間の作戦会議でもしているようだった。アリアドネは同じポジションの選手たちと集まり、誰よりも大げさな身振り手振りを交えつつ、それでも真剣な様子で議論に参加していた。クィディッチチームの中には上級生も多い。アリアドネがヴィヴィアンと仲が良いことや、もしかすると夢魔の噂自体も、知られていないのかもしれない。あるいは上級生らしく、噂なんて気にしないという大人な考えなのかも……。ともかく、彼女がちゃんとチームに馴染めているようで安心した。

 

 そのとき、選手のひとりがヴィヴィアンたちのいる観客席のほうを向き、チームメイトと何やらこそこそと話していることに気がついた。思ったそばから夢魔の噂を? と身体に緊張が走る。だが、観客席まではかなり距離がある。アリアドネのように知り合いでもない限り、遠くからでは誰だかわからないはずだ。きっと勘違いだろう。私自身が気にしすぎている。それで納得しようとした途端、

 

「まずいな……」

 

 隣でレギュラスが呟いた。かと思えば、急にぎこちなく腕組みをし、不自然にローブの襟元を寄せた。緑の裏地。それから蛇のエンブレム。誰であるかはわからなくとも、敵チームのシンボルである緑色は見えていたのかもしれない。

 

 ヴィヴィアンは、なるほどね、と苦笑いで頷いた。レギュラスは不服そうに眉をひそめながら、こそこそと身体を縮めた。練習を見学してはいけないという決まりはないが、本人が敵情視察だと認めていたくらいだから、相手チームが警戒するのも無理はない。

 

 それを知ってか知らずか、作戦会議を終えたアリアドネがまた二人に向かって手を振った。ヴィヴィアンは手を振り返した。難しい顔をしていた隣のレギュラスを肘で小突くと、不格好な腕組みの振りをしたまま、小さく手を挙げて応えた。

 

 こそこそ話をしていた選手たちは何気なく練習に戻っていった。その場しのぎの誤魔化しが、案外効いたのかもしれない。アリアドネは、負けないぞー! と拳を突き上げるような動きをし、煽るようにくるりと一回転してから練習に戻った。微笑ましく思いながらレギュラスと目を合わせると、彼はおかしな腕組をやめ、呆れたように肩をすくめた。

 

 

 

***

 

 

 

 ──僕たち二人の時間を奪った、()()が憎かった。

 

 子どもじみた嫉妬さ。

 

 アリアドネが、君に悪影響を及ぼす者なら、すぐにでも引き剥がすつもりだった。もちろん、ただの私怨なんかじゃなく、君の血を取り込むことになるブラック家の未来のために……そう、当時の僕は思い込もうとしていたわけだ。

 

 本当は──何の打算もなく君の信頼を勝ち得たアリアドネが羨ましかった。ただ純粋に、君への憧れを口にした彼女が眩しく見えた。

 

 アリアドネがいなければ、君の友だちは僕ひとりだっただろう。いずれ、君を僕に依存させることもできた。あのときの僕にはその自信があった。しかし、アリアドネを遠ざければ、君の信用を失う恐れがある。結局、僕は後者のリスクを避けたんだ。

 

 その判断がどう転んだかは……君も知ってのとおりだ──。

 

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