湖の乙女と夢魔の祝福   作:タキヤコ

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第9話 4月 - スリザリン対レイブンクロー

 

 春の訪れを感じさせる暖かな日曜日。スリザリン対レイブンクローの試合が行われた。今年のクィディッチ杯も終盤戦で、この試合に勝ったチームが現状一位に浮上する。寮を問わず観客席は大いに盛り上がっていた。

 

 人混みがあまり得意ではないヴィヴィアンだが、そんなことも気にならないくらいにハラハラしていた。ビーターによるブラッジャーの打ち合いは、練習で見たよりもずっと激しく、相手選手を本気で殺しにかかっているようだった。今までクィディッチの試合を見たことはあったけれど、こんなに冷や汗をかいたのは初めてだった。友人が試合に出ているのだ。しかも、ブラッジャーに狙われないキーパーや打ち返せるビーターではなく、クアッフルを抱えるチェイサー、そして一番の餌食であるシーカーだ。ちょうど読んでいたクィディッチの本に、シーカーが最も怪我が多いと書いてあったので、余計に不安にさせられた。

 

 試合はレイブンクローの優勢が続いていた。アリアドネが何点も獲得している。レギュラスはまだスニッチを見つけられていないようだった。とにかく二人に怪我がなく、楽しく試合を終えられますように。そう祈ることが、ヴィヴィアンなりの応援だった。

 

 やがて点差が100点にまで開いた。焦って不注意になったのか、スリザリンのチェイサーの箒にブラッジャーが直撃し、タイムがかかった。怪我はなかったようで、箒を交換するだけで済んだ。

 

 試合再開後、ヴィヴィアンは観客席にいる誰よりも真っ先に、異変に気づいた。──アリアドネの様子がおかしい。いつもスイスイと手足のように箒を操っていた彼女が、まるで操られる側の操り人形になったかのように、ぎこちない動きをしている。箒が言うことを聞かないみたいだ。誰かがアリアドネの箒に細工をしたのだろうか。

 

 ヴィヴィアンは杖を構えた。どうすれば止められるかと考えて、手をこまねいているうちに、異変に気づいた観客席がざわつき始めた。先生たちも杖を構える。だが、箒の動きが複雑で下手に手を出すとアリアドネを巻き込んでしまう。

 

 箒に振り回されながら、助けを求めるように、アリアドネがレイブンクローの観客席のほうを見た。そして叫ぶ。

 

「……っ助けて! ヴィヴィアンっ!!」

 

 同時に、彼女の身体が箒から放り出された。ヴィヴィアンは杖を握りしめる。だが、呪文を唱える前に、落下するアリアドネの横からひとりの選手が飛び出してきた。緑のユニフォーム。レギュラスが受け止めたのだ。

 

 ヴィヴィアンは、ほっと力が抜けて、座席にへたり込んだ。レギュラスがこちらを見て頷く。競技場内に拍手が巻き起こった。全ての寮の観客席から、レギュラスのファインプレーをたたえる声が口々に聞こえた。

 

 結局、試合はレイブンクローの勝利となった。勝敗などヴィヴィアンにはもう、どうでもよかった。

 

 試合終了後、アリアドネは念のため医務室へと連れて行かれた。ヴィヴィアンも彼女に付き添った。ショックを受けた様子ではあったものの、幸い怪我などはなかった。医務室にはレギュラスも現れた。受け止める際に怪我をしているかもしれないので、診てもらうそうだ。その必要もあるだろうが、本当はアリアドネを心配して見に来るための口実なのだろう。

 

「ありがとう! レギュラス!」

「私からも礼を言うわ」

「……友だちとして当然のことをしたまでだよ」

 

 照れたように鼻の頭をかく。が、すぐに真剣な顔になった。

 

「それどころか、謝らなければならないかもしれない。君の箒に細工をしたのは、スリザリンの生徒の可能性がある。レイブンクローのほうが優勢だったからね」

 

「やっぱり、そう考えるのが筋よね」

 

 ヴィヴィアンも考えていたところだ。誰かの仕業だということはまず間違いない。それが誰かを突き止めなければ気が済まない。レギュラスも同じ気持ちであるというのは、彼の目を見ればわかった。

 

「で、でも! そうだとしても、レギュラスが謝る必要は無いよ!」

 

 アリアドネがあわてて言った。その様子が、どこか妙だった。いつも左上がりに唇が弧を描く下手っぴな笑顔が、今は()()()弧を描いているのだ。

 

 何かを隠している。ヴィヴィアンは確信した。アリアドネは誰が自分の箒に細工をしたのかを知っているのだ。

 

 

 

 ヴィヴィアンは自室に戻って考え込んだ。アリアドネは大事をとって、一晩は医務室で過ごすらしい。なので今日はひとりだ。

 

 犯人がスリザリン寮の生徒だと予想したレギュラスに対し、アリアドネは()()()()()()()()笑顔を見せた。誤魔化すときの癖なのだろう。

 

 レギュラスの予想が間違っている? だとすると、犯人はスリザリン寮の生徒ではない。となると、レイブンクロー寮の生徒……いや、あるいは、

 

(レギュラス本人……)

 

 彼が自作自演でアリアドネを救ったという可能性。頭によぎった考えに吐き気がした。友だちを疑うなんて、自分が嫌になる。それでも考えることをやめられない。犯人がレギュラスなら、目的は信頼を得るためか。確かに、レギュラスが救ってくれたことにヴィヴィアンもアリアドネも感謝している。彼がいなければどうなっていたことか。

 

(最低ね……私は……)

 

 友だちを救ってくれた彼に疑いをかけるなんて。頭から布団を被った。今日はこれ以上考えたくなかった。

 

 

 

 

 月曜日の授業にはアリアドネも通常どおり出られた。最後の授業はちょうどスリザリン寮との授業だった。教室からヴィヴィアンとアリアドネの二人以外がいなくなったあと、レギュラスが戻ってきた。

 

「今、話せるかい?」

「ええ……」

 

 目を見て答えられなかった。

 

 話したいことは言われなくてもわかっている。念のため、場所を変えることにした。天文台がいいだろうとレギュラスが言った。鍵がかかる場所だからだ。長い階段を一歩一歩上る間、三人の口数は少なかった。風が強かったので、望遠鏡のあるデッキの下に入った。そこは薄暗くて、じっと見ないと二人の表情がわかりづらかった。

 

 例の件だが、とレギュラスが話し始める。

 

「こちらで調べてみたが、それらしい人物は見つかっていない。すまない」

 

 アリアドネに向かって頭を下げる。同じ寮の生徒が犯人だと思っているからだろう。アリアドネは手をパタパタと振って頭を上げるよう促した。

 

「いいよ! レギュラスは悪くないもん! それどころか、助けてくれたんだし!」

 

 そう言うアリアドネの顔をヴィヴィアンは注視した。左上がりに唇が弧を描く、いつもの()()()()()笑顔だ。さっきの言葉。『レギュラスは悪くない』。これは本当。つまり、レギュラスは犯人ではない。

 

「……ごめんなさい」

 

 レギュラスに続いてヴィヴィアンも頭を下げた。頭を上げると二人が不思議そうに見ていた。

 

「私、一瞬でも、あなたが犯人なんじゃないかって、疑ってしまった」

 

 レギュラスのほうへ向き直る。

 

「ごめんなさい、レギュラス。私は友だち失格だわ」

 

 もう一度頭を下げた。

 

「顔を上げて。僕は気にしないよ」

 

 ゆっくりと顔を上げて、最初に目に入った彼の表情は、少し寂しそうに見えた。だがそれは一瞬のことで、

 

「いついかなる時でも、あらゆる可能性を考慮する。君のその冷静な判断力は誇るべきものだ。僕も見習いたいよ。何せ、僕は狡猾なスリザリン生だからね」

 

 と、おどけるように言った。ヴィヴィアンは、ありがとう、と無理にでも笑顔を見せた。

 

 その反面で、アリアドネが顔を曇らせていた。ヴィヴィアンは彼女に向き直り、単刀直入に聞いた。

 

「……アリアドネ。あなた、犯人を知っているわね?」

「ど、どうして……!?」

「あなたは隠し事が下手なのよ」

 

 そう言って口元を指さした。アリアドネが不思議そうに自分の口元に触れるのを見つつ、ヴィヴィアンは続ける。

 

「レギュラスがスリザリン生を疑っていると言ったとき、あなたの様子がおかしかった。それでレギュラスを疑ってしまったのだけれど……」

 

 レギュラスをちらりと見ると、なるほど、という風にこくこくと小さく頷いた。

 

「僕ではない。と、ここではっきり言っておこう。となると考えられるのは……」

「レイブンクロー寮の生徒ね?」

 

 アリアドネは口元を触るのをやめて、ギクリとした。やはり図星だ。

 

 あのときのことを思い返してみる。彼女は暴れる箒の上で、レイブンクロー寮の観客席のほうを見た。もしかしたら、そこで犯人に気づいたのかもしれない。そして、ヴィヴィアンの名前を大声で呼んだ。

 

 大声で、呼んだ……私を──。

 

 ヴィヴィアンは、思い出してハッとした。犯人がわかった。

 

「──だからあのとき、私の名前を呼んだのね! 私がそう言い聞かせたから」

「ぅ……」

 

 アリアドネは呻くだけで、口を開かない。

 

「また()()()()()なのね?」

「どういう事だ?」

 

 レギュラスに話した。アリアドネがヴィヴィアンと友だちになってすぐ、彼女がレイブンクロー寮の女の子たちに囲まれていたこと。ヴィヴィアンが真っ向から助けに入り、彼女たちを追い払ったこと。そして、

 

「アリアドネに言ったの。また彼女たちに何かされそうになったら、大声で私を呼んでって……すぐに気がつかなくてごめんなさい」

 

 謝ると、アリアドネは首を横に振った。だが、ヴィヴィアンが言ったことを否定はしなかった。それから、確証は無いけれど、と前置きをした上で、犯人に気づいた経緯を話し始めた。

 

「あの子がね、瞬きもせずにこっちを見ながら、何かぶつぶつ言ってた……」

 

 談話室でアリアドネを追い詰めていた、リーダー格の女の子。彼女が犯人だ。助けを求めて観客席を見たとき、皆の心配そうな顔の中で、ひとりだけ不自然だったその子の姿が目に入ったという。

 

「きっと、箒に呪文をかけていたのね。そうするときは目を離してはいけないのよ」

 

「だが、あんな事ができるのは闇の魔術しかない。一体どこでそんな呪文を……」

 

「──それは、本人に聞けばわかるわ」

 

 

 

 

 次の日の授業が終わったあと、ヴィヴィアンは教室を出る前の彼女に声をかけた。怖がられていることなど、もはや関係なかった。ほかの女の子たちはその子をおいてさっさと出ていった。教室に残ったのはその子とヴィヴィアンだけ。アリアドネには先に出ていくように言った。彼女が告げ口をしたことを悟らせないためだ。もしかするとレギュラスが教室の外にいるかもしれない。

 

「あなたでしょう? アリアドネの箒に細工をしたのは」

「な、なんの根拠があって……」

「私、見たのよ。あなたが必死に呪文を唱えているところを」

 

 もちろん嘘だ。アリアドネからの情報をもとに、ハッタリをかけた。しかし、当たりだったようだ。悔しそうに呻いて、誤魔化す言葉を紡げなくなっている。

 

 ヴィヴィアンはため息をついて言い聞かせた。

 

「あなたが私を怖がっているのは知ってる。でも、私はあなたに何もしないわ。あなたが私たちに何もしない限りね」

 

 彼女たちに恐怖を植え付けてしまったばかりに、彼女たちはそれをアリアドネに返そうとした。ヴィヴィアンが止めたことで、この負の連鎖が再び繰り返されようとしている。このままではイタチごっこだ。

 

「あなたを痛めつけたいわけじゃないの。ただ、もう二度と同じようなことをしないって約束してほしいだけ」

 

 杖を取りだし、机の上に置いて、敵意がないことを示した。そこまでするのを見れば、ようやく彼女も諦めたようだった。

 

「……あなたたちに、仕返ししてやろうと思って……いい魔法がないかって、スリザリンの生徒に聞いたの」

 

 先生たちも容易に手出しのできなかった魔法だ。レギュラスが不思議がっていたが、誰かの助言があったようだ。

 

「誰に?」

「……セブルス・スネイプっていう、一つ上の先輩よ」

 

 

 

 

 二度とアリアドネに危害を加えないこと、それから、自ら犯人だと名乗り出ることを約束させ、彼女を解放した。

 

 そのあと、入れ違いでレギュラスが教室に入ってきた。ヴィヴィアンは力が抜けて、壁にもたれかかった。深く息を吐く。やっとまともに息ができたような気がした。

 

「大丈夫かい?」

「ええ……こういうの、得意ではないの」

「僕に任せてくれればよかったのに」

 

 ヴィヴィアンは首を横に振る。人と争うのは得意ではない。けれど、自分で解決しなければならなかったことだ。レギュラスにも彼女から聞いたことを話した。

 

「──スネイプ先輩だって?」

「ええ。知っているの?」

「あぁ。確かに優秀な人だが──」

 

 言いづらそうに目を伏せた。

 

「仕返しができるような魔法、か……確かに、彼なら知っているだろうね」

「どういうこと?」

「見てもらったほうが早い……少し心苦しいが」

 

 レギュラスは、今まで見たことのないくらいの苦々しい顔で言った。

 

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