吹雪が視界を白く染め上げ、雲に遮られた日光が薄暗く照らす大地を、フォグランプで切り裂き
凍り付いた川を踏みしめ、旧文明の橋が崩壊したのであろう
「静かなモンだな、ダイゾウ…」
「確かにオリヒメまですぐだろうが油断すんな、HELIOSの力場に入るまでは荒野のウエスタンだぜ。」
「こんな雪まみれじゃカウボーイも行き倒れてるっての。」
俺は
ダイゾウは荷台に溶接したパイプ製の手すりに身を預け、愛銃のHELL-44"イコールライフ"*2を抱えていた。
ふとダイゾウが顔を上げる。
「…おいエンカル、今の聞こえたか?」
「何が?」
「鳴き声だよ、多分オニグマ*3だな。」
「まぁ縄張りに踏み込まなきゃ問題はねえだろ、仮に襲ってきても今の火力なら近づく前に終わるさ。」
「楽観的だねぇ」
「冷静なんだよ」
それを自分で言うか、と苦笑しながらダイゾウは念のため、抱えていた銃をいつでも構えられるように持ち直した。
俺は運転してれば良いだけなので、やる事は変わらない。引き続きステアリングを握って前の車両を追いかける。
…が、前を走る車両から無線が入ってくる。
「
「クソ、撃て撃て撃て!」
それを聞いたダイゾウは、すぐに左前方に向けて銃を構える。俺も念の為、護身用のR45*4をダッシュボードから出して持っておく。
サーマルスコープを覗いたままダイゾウが悪態を吐く
「フザけんな、明らかに4メートル近くあるじゃねえか!」
「嘘つけ、ユキヒグマじゃあるまいに。」
「いや、アレ多分ユキヒグマだ!」
そう言いながら相棒が発砲。
反動で車が少し揺れ、空中を舞う吹雪にレールガンの閃光が照り返す。
「ぅし、命中!やったか…?」
「おいダイゾウこの馬鹿、それフラグだっての!」
俺のツッコミに応えるように、白い帳の向こうから雄たけびが聞こえる。
ああクソ、コール&レスポンスもバッチリですってか!?要らねえんだよそういうの!
だが思い出した、ユキヒグマは賢いと聞いたことがある。それこそ車や銃というものを理解しているほどに。
「ダイゾウ!
「フルチャージまであと6秒!」
「分かった、掴まってろ!」
俺は吹雪の先、奴の出てくるであろう方向に車を向ける。
そして思いっきり床まで踏み込んだ。
「エンカル何やってんだ!?気でも狂ったか!」
「んな訳あるか…よ!」
ステアリングをガッツリ限界まで切り込み、ケツを振る。
無限軌道が雪を巻き上げ、その場で車体が回っていく。
そこへユキヒグマの巨体が突っ込んでくるのが見えた、この最悪な視界で目視できる距離だ。
そして予想通り、車の進行方向に合わせて突進のルートを"置き"に来てる。
「おいおいおいおいおいマジでヤベエぞエンカルぅううう!!!」
「いいや、計算通りだ!」
瞬間、ステアを逆方向に持っていく。
車体はカウンターのお釣りを喰らってその場で逆転、一瞬前とは逆方向へと動き出す。
当然、偏差で軌道を取っていたユキヒグマの突進は空を切った。
すぐ脇を白い巨体が掠め、ダイゾウの初撃で負ったであろう頭の傷が窓ガラスを赤く汚していく。
「ダイゾウ、銃は!」
「え…あっ!フルチャージ完了!」
「っしゃ、殺れェ!」
荷台から銃声が響き、再び電光が閃く。
弾丸は寸分たがわず、俺達とすれ違って反転中の横腹へと突き刺さった。
オ”オ”オ”オ”オ”ォ”ォ”ォ”………!!!!
心臓に入ったのだろう、ドクドクと規則的に流れる血が雪を溶かしていく。
断末魔は小さくなっていき、やがて絶えた。
生暖かい湯気を昇らせる雪解けに沈む白い毛皮、良い土産が出来たな。
「相変わらずとんでもねえ命中率だな」
「お前の運転も大概だけどな」
相棒の戦いぶりを讃え合いながら、解体用のナイフを手に俺達はいそいそと車を降りた。
【2951/08/15 ホットスポット"オリヒメ"外縁部】
ホットスポットって奴はそれぞれ、立地や環境や集う人々の性質によって異なる生活様式や文化を持っている。
例えばHERIOSを地盤に固定した定住型のホットスポットは、移動ができない分強固な拠点を築いた要塞型が多い。
オリヒメもその例に漏れず、力場の境界に沿って黒光りする隔壁が
上部や側面に設置されたタレットが一様にこちらへ睨みをきかせていた。
車列がゲート前に到達したところでプラウさんがオープン回線で話しかける。
「こちらなかつくに所属部隊、責任者のプラウだ。オリヒメに交易および補給のため訪問した。ゲート開放願う、オーバー」
「こちらオリヒメ
「了解…寒いから手早く頼むぜ。
雪に吹かれながら待っていると、1分もしないうちにゲートが開放される。
そして先頭から次々に車両が入っていく。
ダイゾウは移動中ずっと冷風に吹かれていた顔面をさすって、わざとらしく震えてみせた。
「ブルブルブル…やっと温まれるぜ。風呂屋は空いてるかな?」
「多分な…俺はコイツの処理を手配してからのんびりするわ。」
荷台を占領するクソデカい物体―――皮を剥いで血抜きされたユキヒグマを見ながら俺は答える。
結局あの後、駆け付けてくれた仲間たちの出番は無く、仕留めた俺達の手柄という事になった。
プラウさんには無茶すんじゃねえと若干釘を刺されたが…毛皮はオリヒメの職人に
肉は売る、デカすぎて食いきれん。
「さて…皮職人のところに、いや肉が先だな。ホットスポットに入ったから気温で腐っちまう。」
車を降りて風呂屋へダッシュするダイゾウを苦笑しながら見送り、肉屋へと向かった。
【同日 オリヒメ内"クリバ精肉店"】
店の隣にあるスペースに車を停めて店に入ると、おばちゃんの声が聞こえてきた。
店番のチヤさんである、接しやすくて気のいい方だ。
解体師で店主のクリバさんは見当たらないが、おおかたバックヤードに居るか狩りに出てるかのどっちかだろう。
「おやエンカル、久しぶりだねぇ。また
「それもあるけど、今回は肉を卸しにね。」
「お、何か仕留めたんだね?」
「聞いて驚くなよ…ユキヒグマだ。」
それを聞いたチヤさんは目を丸くした。
「こんな南の方にかい?」
「珍しいとはいえ、聞かない話じゃないさ。」
「アンタより30年は長生きしてるけど、アタシは一遍も聞いたこと無いよ。色んな所を巡ってりゃそりゃ、変わった事の一つや二つあるだろうけどさ…」
言われてみれば…珍妙な事態が起きても驚かない気風は、移動式ホットスポットに住まう俺たち特有の物なんだろうか。
「とりあえず、肉載せたハーフトラックをすぐそこに停めてある。確認してくれ」
「はいよ、台車出すから待ってな。」
―――幸運かな、肉は新たに補給したジャーキーの分を差し引いてもそこそこの額になった。
具体的には6万エナほど。*5
折角の稼ぎだ、貯蓄に回す分を勘案しても少しは使える…奮発して美味い物でも食おうか。
【本編で語らなかった世界観設定など】
『通貨について』
赤道戦争以後、貨幣の価値を担保する国家や政府が尽く滅亡したため、どこに行っても一定の価値を持つ資源や実用品が実質的な通貨として通用しはじめた。
主に弾薬、保存食、アウターワンから採取される外宇宙資源などの物々交換が主流であったが、いつしかアウターワン由来の"エナ"と呼ばれる部品が世界的な通貨として一般化した。
『エナ』
アウターワン機械の残骸を漁れば各所に設置されており、有色透明・棒状で親指大の物体である。
破壊することで断面から膨大な放電を起こす性質があり、後述の高性能バッテリーをはじめとした各種機械に充電できるエネルギー源でもある。
アウターワンによって規格化されているらしく、色ごとに内蔵した電力量が丁度10倍ずつになっている。
最低量の赤がもつ電力量を1としたとき以下のようになり、そのまま額面としてあらわされる。
赤:1
橙:10
黄:100
緑:1000
青:1万
紫:10万
白:100万
一度破壊・放電すると黒く変色して使い物にならなくなる。
『HELL-44 Equal Life』
2844年に技術研究者の集まる日本のホットスポット『
HELLはハイブリッド・エレクトロニック・リニア・ランチャーの略であって地獄ではないのだが、ブラウザーからはもっぱら"等活"の愛称で呼ばれている。
『複合電磁投射器/ハイブリッドガン』
レールガンの銃身で初速を付けた弾丸を、銃口から先のコイルでさらに加速する銃。
レールガン特有の銃身の焼け付きを防ぎ、リニアガンの加速性能の微妙さを改善している。
もちろん莫大な電力を消費するが、アウターワンから採集された素材による高性能バッテリー(同体積でリチウムイオン電池の約3100倍の蓄電量、100倍の瞬間放電能力を持つ)のおかげで実用化した。
『R45 AdvancedArms』
製造者不明、設計者不明という謎に包まれた銃。使用弾薬は.45ACP
…なのだが比較的高い信頼性とコンパクトなサイズに見合わぬ高いストッピングパワーから、ブラウザーの間でも広く普及している対人向けの個人防衛火器。
同様の設計で9mm弾を用いるモデルが旧文明時代から違法に流通していたらしい。
『オニグマ』
日本在来の熊が寒冷地に適応した種、気性は獰猛だが頭蓋骨を避ければ旧文明時代の猟銃弾でも通るので脅威レベルとしては中の上程度。体長2mというサイズを誇るがこれでも小さい方。
『ユキヒグマ』
北海道地域に生息する大型の熊、大きいものでは6mに迫ることもある。
陸上への積雪による海水量減少と慢性的な氷床化によって海峡に天然の橋がかかり、まれに本州へと渡ってくる個体がいる。
『動物の大型化』
熊に限らずこの世界の野生生物は2000年ごろと比べておおむね大型化しているが、これは大型化するほど体積あたりの表面積が小さくなるため、体温維持の面で有利であるためと言われている。