鋼の意志でヒーローを目指す障子君を絶対に曇らせる妹 作:アキ山
熱中症など体調不良には注意していただくよう、お願いいたします。
それはそれとして、今回も無駄にクソ長い。
どうしてこうなった?
蛇腔病院での異変から遡ること1週間前、エレン・リプリー捜査官は日本へ向かう為に空港にいた。
飛行機待ちというのもそうだが、今回の調査に同行する政府職員を待っているのだ。
「お待たせ、エレン」
ロビーのベンチでプラスチックのカップに入ったコーヒーを飲み干そうとした時、二人の男が彼女の前に現れた。
一人は職場の同僚であるギルバート・ケイン。
しかしもう一人の顔は見覚えが無い。
「今回の調査は貴方が同行するの、ケイン?」
「いいや、行くのは彼だ」
「初めまして、アッシュという」
ケインに促されて前に出たのは、紺色のスーツを着こなした40代後半から50代手前に見える白髪の白人男性。
一見すれば、理知的な学者系の男に見えるだろう。
しかしリプリーの個性から来る優れた聴覚は、彼の声と身体から異音を掬い取っていた。
「……声に微かなノイズ、それに動いた際に金属の擦れる音がしたわ。なにより生き物としての気配を感じない。──何者なの?」
猜疑に満ちた視線を向けられたケインは、降参とばかりに両手を上げた。
「さすがだな、リプリー。アッシュはウェイランド社が開発したサポート・アンドロイドだ」
「サポート・アンドロイド?」
「ああ。あのシールド博士も開発に関わっている優れモノさ」
ケインの話ではサポート・アンドロイドはヴィラン逮捕や災害区域での救助や原子炉での作業など、命の危険がある仕事を人間に代わって行うパートナーとして開発されたらしい。
そして、今回の任務にアッシュが同行するのは、警察やヒーローの主任務の一つである捜査に関してのデータを取る為だと。
「できれば、今回の件は得体の知れないモノは連れて行きたくないんだけど?」
「悪いが彼の同行は上からの命令だ。置いてけぼりは無理だぜ」
ケインの言葉にエレンは深々とため息を吐く。
「……わかったわ。でも、現地では私の指事に従ってもらう。勝手な行動はしないで」
彼女も政府機関の一員、命令が絶対という事は頭の芯まで叩き込まれている。
「改めて自己紹介を。W・湯谷社開発のハイパーダインシステムズ・120ーA/2、コードネームはアッシュだ。よろしく頼む、リプリー」
「ええ、よろしく」
差し出された手をおざなりに掴んだリプリーは、20分後にはアッシュを連れて機上の人となった。
そうして日本の土を踏んだ二人が最初に訪れたのは、ヒーロー公安の本部だった。
米国政府の人間とは言え、国外で調査を行うにはその国の許可が必要になる。
旅行などと偽れば、スパイと思われても文句は言えない。
その為に事情を説明して、現地調査の許可を得ようとしたのだ。
「貴方の話を纏めると障子皐月の不明とされていた個性は宇宙生物由来であり、それは人間に寄生して食い殺す事で誕生する訳ですね」
「ええ」
「しかも、あの少女が産んだのは個性由来の紛い物ではなく宇宙生物そのもので、それらが繁殖すれば人類は窮地に陥ると」
「その通りです、公安委員長」
エレンから受けた説明を整理して反芻した公安委員長の言葉に、エレンは真剣な顔で頷く。
眼前の女傑が示す反応からして少しは手ごたえがある、そう考えていた。
しかし、彼女の期待は裏切られる事となる。
「それで、証拠はあるのですか?」
「……え?」
「そのゼノモーフでしたか。障子皐月の個性、そして彼女が産んだ生命体が貴方の言う通りの生態をしているというデータです。そこまで断言する以上は、米国では件の生命体を捕獲して調査を行っているのでしょう?」
公安委員長の問いかけにエレンは自分の手に嵌めた厚手の手袋を取り外す。
「本国にゼノモーフは存在しません。ですが、私は彼女と同種の個性を持っています」
「だから、障子皐月の個性を理解できると?」
「はい」
「では、貴女の子供もゼノモーフ?」
「いえ、見ての通り私は個性が体に及ぼす影響が少ないので」
バツが悪そうに答えるエレンに公安委員長は小さく息を吐く。
「でしょうね。あの子は外見上四肢のみが異形となっているけど、診断書によると例の虐待騒ぎによって体内は7割が人と違う組織になっているそうです」
「7割…そこまで……!」
ヒーロー公安を束ねる女傑が告げた事実にエレンは戦慄する。
それでは、ほとんどあの怪物と同じではないか。
「それに対して貴方は同じ個性とは言え、身体に及ぼしている影響は一割が精々。仮に同種の個性だとしても、ここまで差があっては先ほどの話を信じるのは難しい。それは分かりますね」
「……はい」
「それを踏まえて訊ねましょう。貴方達は何を調査するつもりですか? 障子皐月の事を調べて、アメリカに何の得があるのです? まさか、先ほどの与太話を基にして日本国民である彼女を本国へ連れて帰る、などとは言わないでしょうね?」
「それは……」
圧が増した公安委員長の言葉にエレンは言いよどむ。
彼女としては皐月が生み出した化け物も含めて見つけ次第駆逐したい。
娘であるアマンダの為にも人類を脅かす存在を放ってはおけないのだから。
しかし公安委員長は障子皐月を日本国民と言った。
ここで馬鹿正直に話せば国際問題になるのは必定。
下手をすれば逮捕からの国外追放もあり得る。
「サツキ・ショウジの個性は異形型の中でも極めて異質なモノだ。しかしリプリー捜査官の例もあるように、それは彼女のみに発現するモノではない。ならば将来的には彼女と同種の個性が国内で多く現れる可能性もありうる。だからこそ何かあった時の為に多くのデータを得たいのですよ」
口を噤んだエレンの代わりにアッシュが淀みなく答えを返す。
そのとってつけたような返答に公安委員長の機嫌が一段悪くなる。
「現状において障子皐月は異形型個性達に差別反対の神輿とされています。さらに言えば伝説の大物ヴィラン、オール・フォー・ワンに彼の新しい体を生み出す母体ととしても狙われている。彼女の保護は公安にとって危急の任務、だからこそ無関係な人間に関わってほしくない」
彼女はすでにオール・フォー・ワンの目的の為に人体改造の被害にまであっている。
最悪な形での婦女暴行もオマケ付きでだ。
皐月の子供にも犠牲者が一定数出てしまった。
それを為したのが表向きは慈善事業家で知られる大病院の経営者という事もあり、差別反対派の活動は火に油を注いだような状態だ。
蛇腔病院での事件がライブで放送された事もあり、日本全国でデモが頻発している。
日本の政財界にヴィランの息が掛かった者が他にもいるのではないか!?
あの娘だけでなく、自分達も知らぬ間に実験台にされているのではないか!
彼等の上げる主張は的外れな陰謀論だが、殻木球大という前例があっては一笑に付すことはできない。
そんな事情から障子皐月は日本個性社会の台風の目となっているのだ。
仮に彼女がオール・フォー・ワンに返り討ちにされたり、別の理由で命を落とそうものならデモ参加者が暴徒となる未来は想像に難くない。
ヒーローや日本政府に見捨てられたと難癖を付けられる差別と不幸塗れの哀れな少女など、あの手の活動家から見れば錦の御旗として打ってつけだからだ。
そんな時限爆弾のような存在へ他国の人間に干渉する機会を許すなど、委員長からすれば正気の沙汰ではないのだ。
「ですが、あなた方の捜査については外務省の方からも便宜を図るようにと通達が来ています。随分とアメリカは彼女にご執心のようですね。そちらではロリコンは蛇蝎の如く嫌われると記憶していたのですが?」
「随分と手厳しい。ですが我々はアメリカ国民の為に動いているだけですよ。ミス・ショウジに危害を加えるつもりはありません」
公安委員長が吐いた毒を笑顔でいなすアッシュ。
その張り付けた作り物めいた笑みを、公安委員長は鋭い目で睨みつける。
ここでエレンはようやく気が付いた。
今まで行われていた会話は全て茶番であったという事に。
「初めから捜査許可は出ていたのね」
「ええ。でも、この大変な時期にのこのこと顔を出した貴方達が気に入らなくてね、少し意地悪をしただけです」
「貴方!」
「あら、私達は何も法に外れた行為はしていないわ。異国で捜査をするというのなら、その理由や目的を治安維持組織が把握するのは当然の事。貴方達だってそれを理解しているから、ここへ来たのでしょう?」
少なくない時間を無駄にした事に怒りを露わにするエレンだったが、公安委員長から正論を叩き付けられては怒気を飲み込まざるを得ない。
「話はこれで終わりよ。ただし、我々の邪魔だけはしないように」
「もし、その言いつけを破ったら?」
「予定よりも大幅に早く本国の土を踏むか、場合によっては本国の土を二度と踏めなくなるかもしれませんね」
にっこりと笑う公安委員長に、エレンは背筋が凍る思いだった。
笑顔の奥にある彼女の眼は、自分の発言が冗談でないことを如実に表していたからだ。
公安委員長の執務室を出たリプリーは、扉を閉めると同時に深々と息を吐きだした。
「ふぅ…緊張した。アッシュ、私は少しお手洗いに行ってくるわね」
「ああ」
こうしてアメリカから訪れた二人は障子皐月の足取りを追う事になった。
『A/2から司令部へ、これより目標αの追跡を開始。見つけ次第、捕獲作業に入る』
しかしエレンは己の周りで蠢く様々な思惑に気が付いていなかった。
◆
蛇腔病院での騒動は世間に激震を齎す事となった。
頻発する異形系個性差別反対のデモや資産家に名士、政治家などの特権階級がヴィランに繋がっていないかという不信。
他にも障子皐月が口にしたエンデヴァーの家庭事情に関して、週刊誌などのマスコミがこぞって暴き始めたことやプレゼント・マイクの失言なども取りざたされた。
前者については大学に在学している次男から概ね事実であるという証言を得た為に、時代遅れの個性婚を実行したうえに妻にはDV。
さらには子供にはネグレクトや訓練と称した虐待を加えていたという事で、エンデヴァーはヒーロー活動が危ぶまれる程に炎上してしまった。
後者の方は雄英の根津校長が発言の経緯を説明した事で、エンデヴァーほどに炎上する事は無かった。
それでも人とは違う外見の子供を化け物と呼んだことは異形型個性保有者には許しがたいようで、一定数のアンチを抱える事になり副業のラジオにも嫌がらせの便りが増える結果となった。
同時にオールマイトの雄英におけるヒーロー学の授業も減った。
これに関しては皐月が彼の宿敵である超大型ヴィラン復活のカギになると報道された為、生徒や保護者はもちろんマスコミからも非難の声は無かった。
それどころか、これを切っ掛けに過去のオール・フォー・ワンが行った凶行が再び世に知られる事となった為に彼を後押しする声の方が多かった。
そんな中、職場体験を終えたヒーロー科の生徒達が再び学校へ登校していた。
「デク君、職場体験どうやった?」
「うん……結構厳しかったよ。戦闘訓練がメインで」
麗日お茶子に問いかけられた緑谷は苦笑いでそう答える。
しかし彼の内心は職場体験などと言っていられる場合ではなかった。
【オールマイトに大怪我を負わせたヴィランが障子君の妹を狙っている。グラントリノも絶対に彼女を渡すなって言っていた。それにかっちゃんの事もある。のんびり学校に来ていていいのか?】
蛇腔病院で騒動があった時、実は緑谷は職場体験先の監督者であるグラントリノという老ヒーローと共に現場へ向かったのだ。
到着した時には皐月達は姿を消していたが、そこでオールマイト達と意見をすり合わせた事で緑谷は事の重大さを改めて知ることとなった。
さらに爆豪が個性を使って皐月に襲いかかるという犯罪行為を犯し、返り討ちにされたうえに左腕切断の大怪我を負ったのもショックだった。
母親伝いに聞いた情報では、爆豪は転校した勇学園もヒーロー科の除籍が決定しており、腕の方も接合手術は成功したものの個性の使用どころかまともに動くかも分らないらしい。
重傷を負った幼馴染の事も気になるが、緑谷の心を占めていたのはやはりオール・フォー・ワンや障子皐月の事の方だった。
『あの娘っ子を奴にくれてやるわけにはいかん。奴を瀕死に追い込んだ傷は俊典が現役生命と引き換えに与えたもんだ。それが癒えてオール・フォー・ワンに復活なんてされた日にゃあ、世の中は暗黒時代に逆戻りになっちまう』
『緑谷。お前もワンフォーオールを受け継いだ以上、必ずあの野郎と対峙する日が来る。そして、その時は絶対に負けられんのだ。勝つ為に打てる手は全て打つ覚悟を固めろ』
蛇腔病院に向かう電車の中でグラントリノから伝えられた言葉。
オールマイトの師匠の一人であり、彼の先代ワンフォーオール継承者と共に巨悪と戦った歴戦の古強者の忠告は、出久にとって酷く重いモノだった。
【まだオールマイトやグラントリノから彼女を見つけたって連絡はない。いったいどこへ行ったんだ、障子さん?】
騒ぐクラスメイトの声も聞こえない程に、緑谷は思考の渦へとハマって行った。
その頃、クラスメイト達の話題は職場体験から蛇腔病院の一件へと移っていた。
「障子さんの妹さんは、自分もお子さんが亡くなったと言っていましたわ」
「USJの時はビビったけど、やっぱ死んだって聞いたら気の毒になるよな」
「ケロ。私はまだ子供がいないけど、小さい弟や妹がいるから少しは気持ちが分かるわ。あの子達がヴィランに殺されたら、私も復讐したいと思っちゃうもの。」
「異形型差別だって他人事じゃないしね」
「うん。街を歩いていたら、やっぱりそういう目で見てくる人はいるもん」
八百万、切島、蛙吹、芦戸、口田は障子皐月の事を同情的な目で見ていた。
元になったとはいえ、クラスメイトの身内に加えて年下の女の子があまりに惨い仕打ちを受けた事実は大きいのだろう。
たとえ彼女が殺人を犯していたとしても。
「けどさ、あの子って本気でオール…なんだっけ?」
「オール・フォー・ワンだ。かつては裏社会の帝王とまで言われていた超大物ヴィランだな」
「そう、本気でソイツと戦うつもりなのかな? 一度負けてるんだから、保護した方がいいと思うんだけど」
「───アイツ等は止まらねえよ」
常闇と耳郎が話す中、その声に確信を持って意見を口にしたのは轟だった。
「轟、どうしてそう言えるんだ?」
「俺はアイツから仇討ちの決意を聞いたんだ。あれは他人にどうこう言われて曲がるようなもんじゃなかった」
そう返しながら轟は数日前の出来事を思い返していた。
◆
あの日、轟は蛇腔病院からの報道を母の病室で見ていた。
当時の轟は父との確執に加えて生きていた長男の非道から、炎の力を完全に封印する決意をしていた。
その決意は固く、職場体験も炎対策として救助系のプロヒーロー・バックドラフトを選んだほどだ。
そんな中、バックドラフトの事務所が休みという事で平日に自由な時間を得た轟は今まで行けていなかった母親の冷、そして長姉である冬美の見舞いに来ていたのだ。
彼が母の元を訪れる決意をしたのは、炎・すなわち父であるエンデヴァーとの決別と母から受け継いだ氷結の個性だけでプロになる事を彼女へ伝える為だった。
冬美との会話を楽しんでいた冷は轟の急な来訪に驚いたものの、末の息子が定めた己の道を否定せずに歓迎した。
彼女が轟へ虐待を行ってしまったのは、当時夫の炎司や長男の燈矢から向けられた己を責める視線、それが轟の顔を見た瞬間にフラッシュバックしたからだ。
距離を置いて時間が経ったことで精神が落ち着いた冷にとって、轟はもう拒絶する存在ではない。
そうしてぎこちないながらも久々の親子の時間を楽しんでいた轟達だったが、偶然つけたテレビから流れる映像はそんな空気を容易くブチ壊した。
「……なんで、ウチの事情をアイツが知ってるんだよ?」
エンデヴァーの逮捕宣言へ売り言葉に買い言葉で放った皐月の暴露、それを聞いた轟は驚きを隠せなかった。
「たぶん、燈矢兄さんから聞いたんだわ」
家族の中で最も早く皐月を知った冬美は確信を込めて呟く。
小学校の教諭をしている彼女にとって、年端のいかない女の子が母親にとって最大の責め苦である子の喪失を味わい、復讐の炎を宿す様は見ていられなかった。
いまさら言っても仕方が無いが、やはり小学校で出会ったときに保護しておけばよかったと後悔が尽きない。
「ああ……」
最後に冷は罪悪感で死にそうだった。
死んだと思っていた長男が生きていたのは親として嬉しいが、ヴィランになったうえに未成年へ性的暴行を加え、挙句の果てに父親の責務を全て投げ捨てて逃げたとなれば話は別だ。
もし今目の前に燈矢がいたら、冷は息子を刺し殺して自らも自裁する事だろう。
家族のだんらんを楽しむ空気も死に絶えて沈黙が病室を包む。
しかし、そんな静寂も長くは続かなかった。
突然、窓ガラスと壁の一部を破って何かが室内へ飛び込んできたからだ。
「きゃああああああっ!?」
「母さん! 冬美姉!!」
「駄目! 焦凍! 危ないわ!!」
ガラスと瓦礫がモノの少ない病室内へ飛び散る中、姉と母を護ろうと轟が前に出る。
「ギィィィッ!(くそっ! やってくれるぜ!)」
そして壁面が砕かれた事で発生した粉塵が吹き込む風で流されると、その奥から現れたのは蒼い甲殻に身を包んだ異形だった。
「お前……」
何者かに吹き飛ばされたのだろう、少し緩慢な動作で体を起こすソレを轟は知っていた。
「シィィィッ!(誰かと思ったら、アンタかよ)」
それは障子皐月が産んだ娘の一体で、血縁的には自分の姪になる燈華だ。
「今、頭の中に声が……」
「コイツはテレパシーが使えるんだ。喋れない代わりにそれでコミュニケーションを取っているらしい」
「焦凍は、この…えっと……彼女のことを知っているの?」
「ああ、障子の妹と燈矢兄の子供だ」
轟の言葉に冷と冬美は息を呑む。
存在は知っていた。
母体の影響で化け物としてしか生まれてこれなかったのも。
だが、正直言ってここまでとは思わなかったのだ。
「キィィィィィッ!!(そんな事言ってる場合じゃねえ!)」
そんな轟母娘のことなど気にする余裕もなく、燈華は自分が突き破った窓の端へ立つ。
それに一拍子遅れて病室を強襲したのは、蒼く尾を引く炎弾だった。
「くそっ! なんだってんだ!!」
咄嗟に家族を守るために自分の前へ氷の障壁を展開する轟。
しかし蒼炎が放射する熱は、炎弾が着弾する前から轟の氷壁を容易く溶かし始めた。
「っ!? なんて熱量だ!!」
ただ氷を生み出すのではなく複数の層を重ねる形で防御力を強化したのに、襲い来る蒼はそれを嘲笑うかのように壁を消し去っていく。
「ぐ…ぁ……ダメだ!?」
防ぎきれないと判断した轟は咄嗟に姉と母に覆いかぶさった。
炎の個性が使える自分の方が、他の二人より炎熱耐性が高いと判断して我が身を盾にしようとしたのだ。
「シャアッ!!」
しかし炎弾は氷壁を貫く寸前で横殴りに放たれた蒼い炎によってかき消された。
唖然とする轟達を護るように射線へ立ち塞がったのは燈華だった。
「グォォォォ!!(おい! その二人を連れて逃げろ!!)」
振り向くことなくそう返しながら、燈華は炎弾の第二波を両手と尻尾を使って打ち払っていく。
「いったい何が起こっているの! 攻撃してきたのは誰!?」
「グゥゥ……(それは──)」
冬美の叫びに言い淀む燈華。
しかし、問いかけの答えは自ら彼等の前に姿を現した。
「腐れ化け物と最高傑作だけかと思ったら、お前等もいたのかよ」
「え……」
青い炎を推進力に宙を浮く男に冷は思わず息を呑んだ。
何故なら眼前の人物は今最も逢いたくない人間だったからだ。
「なんだよ。俺の顔を忘れたか? まあ、仕方ねえか。轟家の女はどいつもこいつも使えない奴ばかりだし。だから行方不明になった長男をろくに探しもせず、死人扱いで仏壇まで置けるんだ。そう思わねえか、お母さん、冬美ちゃん?」
「と…燈矢……」
そう顎の下半分が焼け爛れた顔で嘲る男、荼毘を前に冷は思わず動悸が激しくなった自分の胸を押さえる。
冷にとって息子が自分に向ける蔑みと憎悪の目は凶眼というべきものだ。
どれだけ時が経とうが見間違える事も忘れる事もできるわけがない。
「ちょうどいい機会だ。あのクソガキの報道でお父さんも地位が落ちちまったし、ここで面倒くさいモンはまとめて処分しちまおう」
まるで軽い所用を済ませるかのように言うと、燈矢の全身が炎を纏う。
そして手足を大の字に広げると蒼炎は勢いを増しながら収束していく。
「ギィィィィッ!(テメエ、正気か? ここにいんのは自分の家族だろう!)」
「はっ! バケモンがそんな事を言うとはな! 笑わせんなよ!!」
「燈矢兄! 何考えてんだ!!」
「俺をそんな風に呼ぶなよ、最高傑作。俺はな、お父さんを幸せにしてやりたいだけなんだ」
「な…なにを……」
「お前は知らねえだろうが、何もかもを失うって事は幸せなんだぜ? 下らない柵を全部脱ぎ捨てて、本当の自由を得られる」
戸惑う轟に燈矢が見せたのは、蛇腔病院のロビーで立ちすくむ蒼ざめた顔のエンデヴァーが映るスマホの画面だった。
「見ろよ、このツラ。エンデヴァー、かつてない程のピンチってやつだ。個性婚に実子虐待、これじゃあNo1どころかヒーローを続けるのも難しいだろうな」
吐き捨てるように言葉を紡ぐ燈矢。
そんな口調とは裏腹に顔に張り付いた楽しそうな笑みが不気味だ。
「今お父さんが窮地に立ってるのは暴露したクソガキだけじゃねえ、お前達の所為でもある」
「な…何を言ってるの!? 私達が何をしたって言うのよ、燈矢兄さん!」
「わかんないかなぁ、冬美ちゃん。俺だけなら、こうはならなかったんだよ。俺はいくら訓練がキツくたってそこの最高傑作みたいにピーピー文句言わないし、他のガキがいないんだからネグレクトも起こらない。お前やお母さんやみたく簡単に壊れるほど脆くもないしな」
高らかにそう告げる長男に冷は何も言えなくなった。
何故なら燈矢に兄弟を作ろうと炎司へ提案したのは自分だからだ。
エンデヴァーの後継者にして彼を超えるヒーロー、夫が息子に望む道は長く険しい。
その道を歩み続けるには一人ではなく兄弟の助けがあった方がいいと思ったのに、まさかこんな風に言われるとは……。
「轟炎司の子供が俺一人なら、エンデヴァーの地位を揺るがすスキャンダルは何一つ起こらなかった。だから、アイツを追い込んでいる原因は他でもないお前達ってわけだ」
「ギシャァァァ(いや、個性婚でお前産んだ時点でアウトだろ。アホか、コイツ)」
思わず漏れ出た娘のツッコミだが、燈矢は敢えてそれを無視した。
本人からすれば、冷のような軟弱な母親から生まれたこと自体が恥なのだから。
「エンデヴァーはそこの最高傑作にオールマイトを超えさせる腹積もりだったんだろうが、今回の事で奴の息子って事実は大きなマイナスになった! 焦凍がプロになってもエンデヴァーの後継者と目されれば大きなデバフが掛かるだろうさ。本当ならお前がNo1になった時点で俺がお父さんの目の前でぶっ殺して、テメエが捨てた息子の燈矢だって正体をバラしてやるつもりだったのに、ソイツもご破算って訳だ!!」
そして語られた燈矢の計画に轟家の面々は戦慄した。
まさか長男がこんな悍ましい事を考えていたとは、想像だにしていなかったからだ。
「けど、コイツはチャンスだ。奴は今ヒーローって身分を失いかけている。ここでお前達を片付けたら、お父さんは家族という下らない縛りからも解放される。俺も過去の汚点や邪魔者も片付けられるから一石二鳥だしなぁ。あとは夏雄君も始末すれば、エンデヴァーは地獄の苦しみの後に自由に、幸せになる。そうなれば唯一になった肉親である俺に目を向けるって寸法だ」
「ふざけんな! そんな事でクソ親父がテメエに関心を向けるわけがねえだろ!!」
「見るさ! 身内から出たヴィランで家族の仇なんだから!! 他の事なんざ全部放り出して、俺を殺す為に血眼になるに決まってる!!」
「イカレてんのか、テメエ!!」
「そうだよ。兄ちゃん、何にも感じなくなったんだ。だから、お前達も簡単に殺せるのさ!!」
轟の必死の叫びを嘲笑いながら、燈矢は溜めに溜めた炎を放った。
それはエンデヴァーが決まり手としていたプロミネンス・バーン。
先ほどの炎弾など比べ物にならない炎の奔流に轟は無駄と分かっていながら氷壁を作り出す。
「母さん! 冬美姉! 逃げろ!!」
「逃げろって、焦凍は!?」
「俺は何とかなる! だから早く!!」
あの炎を防ぐ手立てはないと分かっていながら、姉達へ逃げるよう必死に促す轟。
しかし、その間にも炎は逃れられない位置にまで迫っていた。
一瞬で蒸発する氷壁とそれを貫いて襲い来る蒼炎。
我が身を焼かれる痛みに耐える為にキツく歯を食いしばる轟達だったが、その辛苦が襲い来る事は無かった。
三人がきつく閉じていた目を開くと、そこには両手を広げて轟達を炎から守る燈華の姿があった。
「お前……」
「ギィィッ!!(なにやってんだ! さっさと逃げろ!!)」
USJでは辛辣な態度を取っていた燈華が身を挺して自分達を庇っている。
あまりに理解できない光景に轟は思わず声を荒らげた。
「なんで…なんでだ!? お前は俺達の事が嫌いなんだろ!」
そんな轟や後ろで呆然と見ていた冷達の脳裏に燈華の声が響く。
(ああ、大っ嫌いだよ、あのクソ野郎の家族なんてな!!)
「だったら!?」
(──けど、アンタ等は俺と血が繋がった身内だ)
「!?」
そんな燈華の答えに息を呑んだのは3人の内のいったい誰だったか?
(いくら嫌いだからってそれを切り捨てたらアイツと一緒になっちまう。それにママが言ってたんだ。家族は大切にしろ、俺の力は家族を守るためにあるって!)
その言葉と共に、燈華は身に受けていた炎の奔流を押し返すように1歩前へ出る。
(だから、俺はアンタ等を見捨てねえ! たとえ血が繋がっているだけだとしても!!)
そう宣言すると同時に燈華の肩と肘、そしてふくらはぎの甲殻が展開する。
その展開した場所には吸気口のような穴があり、次の瞬間には我が身を焼いている蒼炎を吸い込み始めたのだ。
「なっ!? 俺の炎を吸い込んでいるだと!?」
「おい、無茶するな!!」
(この身体はママから貰ったモノだ! この程度の炎なんて屁でもねえ! それに俺の体の中には氷の個性がある! だから熱は籠らないのさ!!)
その宣言を聞いた燈矢と冷は息を呑む。
何故なら燈華の告げた個性の使い方こそが、轟炎司が個性婚を行ってまで生み出そうとした理想だったからだ。
(そして! この蒼い炎をテメエから奪い取る!! 出所がムカつく個性でも、これでテメエをぶっ倒せば少しは気に入るだろうからなぁ!!)
その宣言と共に窓枠から宙へと飛び出した燈華は、己の身を包むように円形の蒼炎を生み出す。
(こんな名言があるのを知ってるか? 『型をしっかり覚えた後に、型破りになれる』)
「ぐっ!?」
自身のプロミネンス・バーンを完全に防いでいる娘に燈矢は怒りと悔しさで歯を食いしばる。
その顔に燈華は炎の中で不敵に口角を吊り上げた。
(テメエからパクったプロミネンス・バーンは完全に覚えた! なら今度はその型を破る番だ! より進化させてな!!)
「ふざけんな! エンデヴァーの…お父さんの必殺技をテメエみたいなバケモンが……!?」
燈華の不遜な物言いに思わず怒声を放つ燈矢。
しかし、それは燈華が纏う炎の変化によって遮られてしまう。
(炎・竜・焼・牙!)
燈華の掛け声と共に炎はうねり、渦を巻きながらその身を作り替えていく。
己が主の思うように、蒼く燃え盛る竜へと。
これは以前から燈華が心の中で温めていた奥の手だ。
元ネタは前世で偶然読んだ古い漫画の一コマ。
内容はほとんど覚えていないが、この技だけは酷く印象に残っていた。
自身に炎の個性があると知った時から、何時かは再現したいと試行錯誤を繰り返していたのだ。
(サラマンドラ……バァァァァンッッ!!)
裂帛の気合と共に燈華が右手を突きだすと、それを合図とするかのように炎の竜が空を駆ける。
「ぬぅ……うおおおおおおっ!!」
己のプロミネンス・バーンを真っ向から食い破りながら迫り来る炎竜を、燈矢は必死に押し返そうとする。
父から受け継いだ必殺技を、父を超えて最強の炎使いになる為の蒼炎を、こんな化け物に破られるわけにはいかないと。
しかし、その決死の努力は逆に燈矢へと牙を剥いた。
「ぐぅっ!?」
自身の放つ炎に高温に体が耐えきれなくなったのだ。
過去の事故で痛覚がほとんど死んでいるとはいえ、身体を焼かれる事に全く害がない訳がない。
己の身が内側から焦げる事で、ほんの一瞬だけ気が逸れた事が燈矢にとって致命的だった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
炎の竜は彼の蒼炎を全て食らい尽くし、燈矢へ牙を突き立てると遥か彼方へ飛び去っていった。
それを見届けた燈華は一度冷達がいる病室へ戻る。
「ギィッ! グゥゥゥゥ(えっと……巻き込んで悪かった)」
「いや……」
「助けてもらったし、私は気にしていないわ」
深々と頭を下げる燈華に轟達は戸惑いながらも答えを返す。
2m越えの見た目怪物がおおよそ90度に頭を下げる姿はシュールではあるが、轟達は真剣に謝る相手に告げない程度のモラルは持ち合わせている。
「それより体の熱を何とかしましょう。貴方の踏んでいるところ、床のリノリウムが溶けているわ」
燈華の前に立つと、冷はかざした手から氷を伴った風が送られてくる。
「わ…わかった」
「冬美姉、俺がやるよ」
「焦凍がやったら彼女が氷漬けになるじゃない。そんなの身体に悪いわ」
そう言いながら冬美も母に倣って燈華の身体を冷やし始める。
「シィィィィ(ありがとう。そうか、どっから生えてきたのかと思ったら俺の氷の個性は婆ちゃん達から貰ったモノだったのか)」
「わかるの?」
「ギィ!(俺達は群れで生きるからな。血縁は直感的に分かるんだ)」
そんな事を話しながらも、先ほどまで陽炎が立ち上っていた燈華の身体がある程度冷えてくると、冬美がこんな事を言い始めた。
「あの……一緒に住めないのは分かるけど、これからも会う事はできないかな?」
冬美は今回の事で姪の姿かたちに偏見を持っていた自分を恥じた。
兄が容赦なく自分達を消そうとした事もあって、身を挺して護ってくれた姪に親愛を感じていたのだ。
それについては程度の差はあれ、轟や冷も同じ気持ちだった。
だからこそ、血縁もある事から障子家と親戚付き合いをしていきたいと提案してみたのだ。
「キィィィッ!(いや、悪いけど逢うのはこれっきりだ)」
しかし、冬美の言葉に燈華は首を縦に振らなかった。
「どうして?」
「シャアアアアッ!(俺達は姉さん達の仇を取る為に、オール・フォー・ワンと戦う事になる。それに婆ちゃん達を巻き込むわけにはいかない)」
そう告げられて3人は蛇腔病院の中継内容を思い出した。
「それは警察やヒーローに任せられないの?」
「キュゥゥゥゥ(俺や姉さん達は出生届が出されていない。法律的にはいない人間なんだ。ああ、ママを怒らないでくれよ。俺達を産んだ時ママは小学生だったんだ、そんな手続きが必要だとは知らなかったんだよ。それに手続きの時に俺達の事が知られたら、研究所送りになる可能性もあったし)」
「それは……」
「シャアアアアっ!(せめて家族の俺達が仇を討ってやらないと皆が浮かばれないだろ。だから、これだけは絶対にやり遂げないと行けないんだ)」
そう告げると病室から離れた燈華は再び己の炎を噴出させて宙へ舞う。
「シャアアアアッ!(迷惑かけちゃったけど、婆ちゃん達に会えてよかったよ。──それじゃあな!)」
そう言い残すと、燈華は蒼い軌跡を残して空の向こうへ飛び去って行ったのだ。
「障子の妹は人間を信用していないし、家族を殺された恨みは俺達が想像するより深い。だから、それを晴らすまでアイツ等は絶対に諦めねえよ」
血縁に対して情の深い自分の姪は特に。
心中でそう付け足した轟が再び前を向くと、今度は戸惑いがちに口田が声を上げる。
「ねえ、飯田君が来ていないんだけど誰か聞いてる?」
「そう言えば来てねえな」
「飯田君は何時も誰よりも早くに教室に来て、委員長の仕事をしていたのに……」
佐藤との言葉に緑谷が訝しめば、教室の空気は重いモノへと変わる。
入学以来自分達の身に降り掛かるトラブルを思い出して嫌な予感が降り切れないのだ。
そういえば、体育祭の障子妹の件に伴うバタバタに埋もれてしまったが、終わった後から飯田の様子がおかしくなかったか?
思い当たる節がある生徒達は徐々に顔色を悪くする。
そんな沈黙の中、担任の相澤が教室へ入ってきた。
その顔は何時ものような気だるげなものではなく、苦汁を呑んだように厳しいモノだった。
「授業を始める前にお前達に伝えておかなければならない事がある」
そう前振りをすると、相澤は告げるべき事実の重さで鈍った舌を動かす。
「───飯田はヒーロー殺し・ステインによって殺害された」
彼等の予想を大きく超えた最悪の報告に、1-Aの生徒達は言葉を失うのだった。
◆
さて、轟家の人間と別れた燈華は皐月の元へ向かう道中で口角を吊り上げる。
己の企みが上手くいったと。
今回、冷と冬美がいる病院を戦場に巻き込んだのは偶然ではない。
ゼノモーフ特有の生体フェロモン探知と直感で燈矢を見つけ出した彼女が、そうなるように敢えて仕向けたのだ。
そも父親の主戦力である蒼炎が殆ど効果を成さない燈華が、相手の攻撃で吹っ飛ばされるという事がおかしいのだ。
種族的能力差に加えて、日々母親の母乳による強化を受けている燈華は父親に劣る部分など何もない。
そんな彼女が劣勢を装ってまで轟家の人間を巻き込んだのは何故か?
答えは父親である燈矢から家族の信用を引き剥がす為のダメ押しだ。
その為に燈華は冷と冬美の入院する病院を探し出し、そこまで戦いながら燈矢を誘導したのだ。
燈華は原作知識から父が焦凍を憎悪し、また自分が行っていたヒーローの鍛錬を邪魔する轟家の女を見下していた事は知っていた。
生きている自分を探しもせずに亡き者として扱った事から家族全員を恨んでいる事や、その反面、奴が心の奥底で家族の元に戻りたがっている事も。
だからこそ燈華は、自分や焦凍がいれば燈矢は家族を慕う本音よりも憎悪を優先させ、母と妹を巻き込んで襲いかかると踏んだのだ。
結果は大成功。
ヴィランになった事や母に行った無体もあり、今回の事で轟家が燈矢に持っていた信頼や家族への情を根切にする事が出来た。
これで奴は帰るべき場所を完全に失ったわけだ。
「まだだ! まだ!! ママに恥を掻かせたお前を許さねえ! お前から何もかもを奪い去ってやる!!」
高速で空を渡りながら怨嗟を垂れ流す燈華。
その手口と粘着性が原作の燈矢とよく似ている事に、彼女はまだ気づいていない。
◆
一方、燈華の炎で吹き飛ばされた燈矢はまだ生きていた。
数時間ほど気を失っていた彼を目覚めさせたのは、義爛からの仕事の依頼を伝える携帯への着信だった。
「チッ! 面倒臭ぇ……」
すでに夜闇が辺りを支配する中、ヴィランの仕事という事で荼毘に己の認識を改めた燈矢が裏路地を歩く。
自身のプロミネンスバーンを跳ね返した事で威力が減衰したのだろう、炎竜の一撃は動けない程の怪我ではなかった。
とはいえ、憎悪する最高傑作の前で気にくわない化け物に敗北した事は彼のプライドを痛く傷つけた。
「やる気がしないが、この手の信用を失うと後が厄介だからな。──この際だ、依頼人は罠だったって事で焼き払うか」
荼毘がそう決めたところで、約束の場所へ到着した。
「アンタが荼毘か?」
すると路地の奥に出来た暗がりの中から、一つの人影が荼毘へ近寄ってくる。
「ああ。だが、仕事の契約は破棄させてもらうぜ。──気乗りしないんでな!!」
そんな影に荼毘は嗜虐の笑みを浮かべながら蒼炎を放つ。
「ぐおおおおおっ!?」
こんな事になるなんて考えてもいなかったのだろう、為す術もなく炎に呑まれた人影はそのまま地面へ倒れた。
「ちょっと火力が強かったか? まあ、少しは憂さ晴らしになったからいいがな」
メラメラと青い炎に全身を焼かれているのは、頭の先からつま先まで黒のボディースーツを着た奇妙な男だった。
もっともヒーロー全盛の現代においてボディスーツを着用するモノは珍しくない。
コイツもその類と判断した荼毘は、焼死体へ変わっていく躯に背を向ける。
その時だった、火達磨となった依頼者が音も無く立ち上がったのは。
奴は全身を炙られているとは思えないほどしっかりした足取りで荼毘の背後に迫ると、その頭を常人よりも大きな掌で鷲掴みにする。
「て…テメエッ!?」
突然の事に混乱する荼毘だが、それ以上は何もできなかった。
もの凄い力で頭を前に圧されると、露出した首に鋭い何かが打ち込まれたからだ。
瞬間、荼毘は首の内側から固いモノが砕ける感触を味わった。
それに次いで自分の首から下が突然自分の制御下から外れたかのように指一本動かせなくなる。
「南条流古武術、殺法が一『呪い蜂』。今お前の第二頸椎を破壊した。砕かれた頸椎の破片は内側に飛散し、脊髄及び神経節へ多大な損傷を与えている。もはやお前は指一本動かせん」
「な…なぁ…なんで……?」
へたり込んだ荼毘の髪の毛を掴んで顔を上げさせると、その視線の先で男は顔を覆うマスクを取る。
現れたのは白髪をオールバックにした頬の傷と鼻の無い事が特徴の異形型個性保持者の顔。
それは障子皐月の兄、障子目蔵だった。
「お前が炎使いだという事は分かっていた。なら、対策をするのは当然だろう」
もっとも、依頼者を問答無用で燃やしに来るようなイカレ野郎とは思っていなかったがな。
そう、障子は皮肉げに笑う。
障子が荼毘の炎に耐えられた絡繰りは簡単だ。
彼が全身に纏っていたスーツが災害時に消防などで使用される最新鋭の耐火繊維でできており、その上に耐熱ジェルをたっぷりと塗りつけていたからだ。
「轟燈矢。お前は皐月の娘の一人から狙われているな。あの子を釣るために協力してもらうぞ」
触れれば切れるような眼光にサングラスで蓋をすると、障子は襟首を掴んだ荼毘の身体を引き摺って裏路地の闇へと消えていく。
呪い蜂は別名7日殺しと言われる技だ。
異名の由来は神経節が損傷した事で呼吸や消化などの自律神経による体の作用にも齟齬が出始め、結果として7日後には衰弱死するという絡繰りにある。
荼毘にとってそれは死刑宣告に等しいモノだったが、障子はまったく気にも留めない。
「そんな…ふざ…けるな……!」
「これはお前にとって人生最後の仕事になる。せいぜいいい餌っぷりを見せるんだな」
妹を辱めた下種に憐みや慈悲など必要ないからだ。
今回のNGシーン。
「……わかったわ。でも、現地では私の指事に従ってもらう。勝手な行動はしないで」
リプリーの言葉に黒革のジャケットを着た筋肉モリモリマッチョマンなサングラスをかけた男は頷いた。
「改めて自己紹介をしよう。スカイネットによって開発されたT-800モデル101 サイバネティック生命体、コードネームはボブだ。アスタ・ラ・ビスタ、ベイビー(地獄で会おうぜ、ベイビー)」
「ねえ、ケイン。これ、口悪くない?」
デデンデンデデン!!