鋼の意志でヒーローを目指す障子君を絶対に曇らせる妹   作:アキ山

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AFOに勝つ方法(OFA無しで)=ハメるしかなくね?


第8話

 神野市の片隅でひっそりと経営している前時代的な雰囲気のバー。

 

 裏通りに位置している事から夜になればヴィランにチンピラ、裏取引専門の商人や日雇い労働を請け負う浮浪者を求める手配師などの怪しい人間が屯する場所だ。

 

 そんな店に現れた一人の男。

 

 複製腕の個性を持つ元雄英生、障子目蔵だ。

 

 障子は荒くれ者でごった返す店内をスルスルとすり抜けるように進むと、一人の男の前に立つ。

 

 店の奥の席で一人グラスを手に持つ金髪でサングラスをかけた、見ようによっては動物の腸のように映るマフラーが特徴的な男。

 

 彼は己の眼の前に立つ大柄な男に視線を上げる。

 

「アンタが義爛か」

 

「ああ。そういうお前さんは障子目蔵か。元雄英生がこんな所へ何の用だ?」

 

 義爛と呼ばれた男がそう返すと、店の中は俄かにざわめきが大きくなる。

 

「雄英生だと!?」

 

「おいおい! ヒーロー様の卵がこんな所に来てよぉ! トチ狂っちまったか!?」

 

 席を立ちあがり、障子に絡み始めるチンピラ達。

 

 そうなるのも当然だ。

 

 何せ、ここにいるのは裏稼業の人間ばかり。

 

 ヒーローや警察は蕁麻疹が出る程嫌いな連中の集まりなのだ。

 

「……放せ。俺はこの男に話があるだけだ」

 

 そこいらにある高校のヒーロー科ならビビって声も出せず、雄英や士傑の人間でも尻込みするであろう圧倒的アウェイ感。

 

 そんな中でも障子は馴れ馴れしく肩に手を回すチンピラへ冷静に言葉を返す。

 

「分かんねえ野郎だな。場違いだから有り金置いて消えろって言ってんだよ!」  

 

 障子の返答が気に食わなかった男は、肩に回していた手を外すと彼へ殴りかかる。

 

 次の瞬間、店内に鈍い音が鳴り響いた。

 

 しかしそれはチンピラの拳が障子の顔を捉えたモノではない。

 

 それよりも早く障子の足刀がチンピラの膝の側面に食い込み、反対側から砕けた骨が顔を出すほどに蹴り折っていたのだ。

 

「ぎゃああああああああっ!?」

 

「野郎ッ!!」

 

 チンピラの悲鳴に触発されて殺気立つ客達。

 

 そのうちの一人は机の角で酒瓶を割ると、鋭利な凶器となったそれを手に障子へ襲いかかる。

 

 しかし障子は突き出された酒瓶の切っ先を紙一重で躱すと、その手を男の背中に張り付くように捻りあげて肘からへし折り、同時に奴の顔を机の上に叩き付ける。

 

「いでぇぇぇぇぇぇっ!!」

 

「舐めやがって! クソガ──げへっ!?」

 

 三人目のチャレンジャーが挑もうとしたが、奴の手にあった粗悪品のデリンジャーが火を噴くことは無かった。

 

 奴が構えるより早く障子が放った食用ナイフに喉を貫かれたからだ。

 

 そして相手が銃を抜いた事で障子の動きも変わる。

 

 ナイフに喉を貫かれた男の元へ走ると、自らが生み出した血だまりで溺れる男の傍らにあったデリンジャーを奪い、少し離れた場所でナイフを抜いたチンピラの額へ弾丸を叩き込む。

 

「好き勝手しやがって! 叩き潰してやる!!」

 

 脇から腰へ牛がベースの異形型個性のヴィランがタックルをかましてくれば、即座に重心を落として足を開くことで倒されるのを防ぐ。

 

「ぎゃあっ!?」

 

 そして複製腕で右目を一突きする事で腰に回された相手のクラッチを引きちぎると、その鼻づらへ膝を叩き込む。

 

「ぶげぇぇぇぇぇっ!? ───ぎぃっ!?」

 

 さらに鼻骨と前歯を失って悲鳴を上げる男の頭頂部、古武術において『天道』と呼ばれる人体の急所へ剛力を乗せた肘を落とす。

 

 顔の七孔全てから血を吹き出して崩れ落ちようとする異形型個性の男。

 

 障子は男が胸にぶら下げた物に着目する。

 

 少し古い型の破砕手榴弾、違法に輸入した代物だろう。

 

「持ってろ」

 

 複製腕で手榴弾を拾い上げた障子はピンを抜いたそれを男の胸ポケットへ収める。

 

 そして側頭部から生えた角を掴んで男の頸椎をひねり折ると、障子はそのまま巨体を自身に向かってきていた他の悪党たちへ投げつける。

 

 剛腕によってバックホームさながらの速度で飛んだ男の巨体は、悪党どもを7~8人単位で巻き込んで店の壁を突き破って外へと飛び出すと一拍子置いて悲鳴と爆音を生み出した。

 

「な…なんだよ、アイツ!?」

 

「何の迷いもなく人を殺りやがったぞ!」

 

 そんな障子の危険さに慄く荒くれ者達。

 

「なにが雄英生だよ! あんなヤバい奴がヒーロー志望な訳ねーだろうが!!」

 

「クソッ! 逃げろ!!」

 

 法に背を向けて弱肉強食の世界で生きる彼等は相手の強さには敏感だ。

 

 だからこそ、障子の標的から逃れるべく我先に逃げ出した。

 

 そうして店内から義爛と障子以外の人間が無くなると、障子は床に転がった者達の財布から有り金を全部引き抜いた。

 

 そして倒れた椅子を起こして目的の人物の前に座る。

 

「何の迷いもなく人をブチ殺すとはな。雄英辞めたからってドロップアウトし過ぎだろ」

 

「アンタと話すには少々騒がしかった。あの手の輩を黙らせるにはぶん殴るに限る」

 

 そう答えると障子は先ほどの金と自分の財布から取りだした札、そして一枚の写真を合わせて義爛の前に置く。

 

「この娘を探してほしい。名は障子皐月、見ての通り異形型個性の持ち主だ」

 

 義爛が札束の上に置かれた写真を手に取ると、そこには両手足が黒い外骨格に覆われた黒髪の少女が映っている。

 

「おいおい、俺は探偵じゃないぜ。人探しなら他を当たってくれ」 

 

「分かっている。その子も表だと生きていけない事情があるから、情報を小耳に挟んだら教えてくれればいい。───本題は別だ」

 

 スッと障子がサングラスを外すと、その奥から現れたのは刺すような鋭い視線。

 

 それを受けて義爛も気を引き締める。

 

 眼前の男の危険性は今しがた見たばかり、下手な答え方をすれば自分もタダでは済まない。

 

「荼毘というヴィランと接触したい。渡りをつけてくれ」

 

「……理由は?」 

 

「少し大きな仕事を仕入れる事が出来てな、その手伝いを頼みたい」

 

「仕事内容を聞いても?」

 

「守秘義務があるヤマだ、参加する人間にしか話せない。荼毘には合流した際に説明する」

 

 そう答える障子に義爛は眼を凝らす。

 

 人を派遣するとなれば、仮に罠や誤情報があった場合は義爛自身の信用問題となり得る。

 

 長年のブローカー生活で培った観察眼を駆使して、障子の言葉に偽りは無いかを見極めようとしたのだ。

 

 痛いほどの沈黙が店内を包む事数分。

 

「ふぅ……わかった」

 

 深いため息と共に義爛は障子の依頼にOKを出した。

 

「罠に嵌めようって魂胆じゃないようだ。荼毘に繋ぎを取ってやるよ」

 

「頼む。連絡が付いたら、この住所に来るように伝えてくれ」

 

 言葉と共に一枚のメモを義爛へ手渡すと障子はサングラスを掛けながら席を立った。

 

 去っていく逞しい後ろ姿は暴力に生きる裏社会の男として何とも堂に入っていた。

 

「障子目蔵か。ヴィラン連合亡き中、今後の台風の目になるかもな」

 

 障子を見送った義爛は裏社会に現れた新たな新星に、そう評価を付けるのだった。

 

 一方、障子は薄暗い裏通りを進みながらサングラスの内側で目を細める。

 

「これで仕掛けは整った。荼毘、いや轟燈矢。お前にはせいぜい餌になってもらうぞ」

 

 小さく呟く声には鋼の芯が通っていた。

 

 

 

 

 ボクがお客さんの来訪に気が付いたのは、その日の午後の事だった。

 

 女王であるボクは巣にいる間はその全てにアンテナを張っているんだけど、その人が来た瞬間は本当に驚いた。

 

 何かの本で読んだ『背中にツララを刺しこまれる』って感覚、まさにそれを味わったのだから。

 

 巣へ足を踏み入れた男の名はオール・フォー・ワン。

 

 壁に擬態して入り口を警戒していた娘の一人から視覚情報を受け取った燈華も認めていたのだから間違いない。

 

 なにより、オールマイトなるマッチョマンに匹敵する程の存在感が、奴の力の強大さを雄弁に物語っていた。

 

『これは……まるで生物の巣穴のようだ。彼女が作ったのか、それとも別の要因か。個性がここまで人格や習性に影響を及ぼすとは、実に興味深い』

 

 そう言いながら歩を進めるオール・フォー・ワン。

 

 入り口の防備を任せていた娘達は彼の首を掻き切る為に息を潜めていたけど、ボクは彼女達に手を出させなかった。

 

 あの子達では勝手知ったる何とやらと言った感じで巣穴を進む男に敵わないのは分かっているからだ。

 

『朧、お願い』

 

「ギィィっ!!」

 

 ボクがテレパシーを送ると、朧はオール・フォー・ワンの前にワープゲートを開く。

 

『これは黒霧の……。僕の気配を感じて救援を求めてきたか、それともすでにあの娘の手に落ちたか。どちらにしても回収はしないとね』

 

 オール・フォー・ワンは臆することなくワープゲートへ足を踏み入れる。

 

 彼の為に特別に誂えた応接室に繋がる黒い霧の中へ。

 

 そうして対峙した巨悪は、一目見ただけで圧し潰されそうな怪しげな覇気を纏っていた。

 

 闇を焼きつけたかのように黒い背広に顔を覆う同色の鉄仮面、そして長身の身体。

 

 なるほど、燈華が口にしたヴィランの神なんて大層な異名は伊達じゃないようだ。

 

「ようこそ、お客様。ボクがこの巣の主、障子皐月だよ」

 

「これはご丁寧に。……ん?」

 

 絵本で見たうろ覚えだけど、マタニティドレスのスカートを摘まんでカーテシーを行うと、オール・フォー・ワンは返礼を返そうとして口をつぐむ。

 

 そして胸元からメモとペンを取り出すと、開いた紙面へ筆を走らせ始める。

 

 どうやらこちらが気付いてほしかったモノを察知したようだ。

 

『スカートに仕込まれているのは盗聴器だね?』

 

『うん。雄英体育祭に乗り込んだ時に付けられたモノだと思う。発信機も付けられていたけど、そっちは巣の壁が妨害してくれている』

 

 それに対してボクは用意していた勉強用ノートを使って筆談を返す。

 

『なるほど、つまり奴も聞いているという事か。それはいい!』

 

 オール・フォー・ワンは愉快そうに肩を揺らすと素早く筆談を進める。

 

『ボクも無断でこんな物を付けるヒーロー達にはイラってきてるんだよね。だから、一泡吹かせたいんだ』

 

『OKだ、なら僕に任せてくれ。奴等へ絶望を与えてあげよう』

 

 そう書いたメモを見せると、オール・フォー・ワンはマタニティドレスのスカートのすそへ付けられた盗聴器に指先を当てる。

 

『それでも子供が一人で育児するなんて負担が大きすぎるもんさ。誰かが傍で支えてやらないとダメだ』

 

 すると盗聴器からおばあさんの声が漏れだした。

 

『これはリカバリーガールだね。雄英で保険医をしているヒーローの声さ』

 

 なるほど、盗聴器の音声をこっちから雄英への一方通行から双受信できるようにしたのか。

 

 いったいどんな個性を使ったんだろうね?

 

『それじゃあ、ある程度セリフや質問を筆談で示すよ。君はそれに従って話をしてくれ』

 

『わかった。あ、その前に一つお願いがあるんだ』

 

『なにかな?』

 

『その仮面、取ってくれない? 一緒に悪だくみをする相手の顔は知っておきたいから』

 

 そうノートに書いて見せると、オール・フォー・ワンは少し考えるそぶりを見せる。

 

 そして頭の先から首の根元までを覆っているマスクに手を掛けた。

 

 そうして引き抜かれた鋼の面の奥から現れたのは、口以外大半を失った肉色とそこに刻まれた傷痕がほとんどを占める歪な顔だった。

 

『どうだい。あまり年頃の子に見せられる顔じゃないだろ?』

 

 そう笑うオール・フォー・ワンの顔に自虐は全く見えない。

 

 あれはただ言っている…いや、それっぽい心情を書いているだけだろう。

 

『人間はどうかは知らないけど、ボクは気にしないよ。ボクにとって魅力的なのは姿かたちの美醜より、付き合って面白いかどうかだからね』

 

 彼の肉団子のような顔を見たボクは、ここで一つの決意を固める。

 

 万が一の事を考えておいて本当に良かった。

 

『人間なら、か。まるで君は人間ではないかの言い様だね』

 

『そうかも。それじゃあ、ヒーロー達に対する嫌がらせを始めようか。脚本はできてる、名監督?』

 

『もちろんだとも。アカデミー賞級の演技を期待するよ、クイーン』

 

 ボクとオール・フォー・ワンは互いにニヤリと笑うと、ヒーロー達への意趣返しを始めた。

 

 ある程度アドリブを入れながらもオール・フォー・ワン改め先生のメモに書かれたシナリオ通りに会話を進め、盗聴器の先にいるヒーロー達へ聞かせたい事柄を暴露する。

 

 そんな僕達の演技に対する歓声は、盗聴器から発せられるヒーロー達の怒号や悲哀の声だ。   

 

 というか、ウチの朧の事を化け物だの何だのと連呼されるのはムカつく……。

 

 この無駄にデカい声は、実況席にいたガラの悪い金髪親父だな!

 

 今度絶対に仕返ししてやろ!

 

 そしてマッチョマンのエグい慟哭をスタンディングオベーション代わりに、僕達の演劇は幕を閉じた。

 

「お疲れ様、先生」

 

「君こそ見事な演技だったよ、皐月君」

 

 盗聴器を指で潰した後、ボクと先生は互いに労いを掛ける。

 

 先生はマッチョマンが死ぬほど嫌いなようで、彼の絶望に染まった声を聞いた後なので酷くご満悦だ。

 

 そして彼がこの巣を訪れたのは、演技の開幕で提示した通りボクに子供を産んでもらうため。

 

 なら、先生には一つの事実に向かい合ってもらわないといけない。

 

「それじゃあ、見せたいものがある場所へ案内するね」

 

『朧はゲートを開いて。他の皆は後の事よろしくね』

 

 血族由来の念話を娘達に送るとボク達の前にワープゲートが現れる。

 

「こ…これは……」

 

 ゲートを通り抜け、飛び込んできた光景に絶句する先生。

 

 それも仕方がない事だろう。

 

 何故なら眼前に広がっているのは人間にとっての地獄と言っても過言ではないのだから。

 

 壁に上半身だけが出た状態で塗りこめられたヴィラン達。

 

 その数人は胸の大穴を開けて事切れており、他の者達も血色を失い土気色になった顔に絶望を浮かべている。

 

「あぎっ!? ぎがぁぁぁぁぁっっ!!」

 

 そしてその中の一人が苦悶の声を上げると、次の瞬間には鮮血と共に胸からボク等の幼体が飛び出して来る。

 

「キィィッ! キィィッ!!」

 

 血に塗れた幼体は感覚でボクを認識したのだろう、胸から降りてスルスルとこちらへ寄ってくる。

 

「がんばったね。はじめまして、お婆ちゃんだよ」

 

「お…おばあ…ちゃん?」

 

 ボクが幼体を手に取って額にキスを落とせば、先生は呆然とした声で疑問符を漏らす。

 

 それに対してボクは視線で孵化場となった部屋の奥を示す。

 

 薄闇に覆われた先に鎮座する者、それは仲間たちの粘液樹脂で天井に体を固定し、自らから生えた産卵管の上に座す癒威の姿だ。

 

 あれから順調に成長した癒威はようやく産卵という女王の責務を果たすことが出来るようになったのだ。

 

 今のあの子は3m強にまで成長したけど、最後の脱皮も終わったからもう少し大きくなると思う。

 

 自分に対してインナーマウスまで見せて威嚇の声を上げる癒威、それをみた先生の顔に映るのは様々な感情が入り混じったものだ。

 

 今の彼なら口元しか表情を表せなくても、その内面を読むのは難しくない。

 

 これでも生まれてこの方ずっと他人の顔色を窺って生きてきたから、そこから相手の考えを伺い知るのは得意なんだ。

 

 それができないと、あの村じゃ皆に袋叩きにされて早々に死んでいたからね。

 

 加えてゼノモーフ特有の生体フェロモン探知や嗅覚、さらには聴覚まであるのだ。

 

 汗や心音に分泌されるフェロモンを辿れば、相手の心理状態を掌握するのは簡単さ。

 

「先生、怖い? ボク達のことが気持ち悪くなったかな?」

 

「……心配いらない。この程度、異形型の個性を星の数ほど見てきた僕ならどうって事ないさ」

 

 ハイ、嘘。

 

 先生が感じているのは嫌悪と驚愕、そして僅かな恐怖だ。 

 

 悪の帝王としてはクールに笑って切り抜けたいんだろうけど、浮かべた笑みから引きつりが隠せてない。

 

 まあ、それも仕方ない事だろう。

 

 なにせここでは人間という種は被捕食者でしかないのだから。

 

 脳みそ君や黒霧を見るに、先生は非合法な実験や人体改造には何度も立ち会ってきたんだろう。

 

 その中には言葉にもできないような外道な行いがあったに違いない。

 

 けど、それは人間の知識と探求の果てにある物だ。

 

 唾棄しても嫌悪しようとも行為の意図は理解できる。

 

 けれどここで起こっているのはそれらとは全く違う。

 

 人の尊厳など一切介在しない野生の営み。

 

 ここでは人は食料や繭など用途に違いはあれど、獲物という弱者でしかないのだ。

 

 だから如何に力を突けようと、どれだけ智謀に長けていようと、人間である以上はこの場所で感じる生理的嫌悪と恐怖からは逃れられない。

 

 それは理屈ではなく本能によるものだから。

 

「先生、ボクに子供を産んでほしいって言ったよね?」

 

「……そうだね」

 

「ボクは自分の子に父親の個性を受け継がせることができる。けどそれには割合があるんだ」

 

「割合? 無条件で全てという訳じゃないのか」

 

「うん。ただ産んだ場合は受け継がれる個性の出力や汎用性は父親のモノの4~5割。父親と同系統の個性を持つ者を『繭』とした場合は6~8割。9割以上の遺伝を目指すなら、父親が『繭』になる事が絶対条件」

 

 そこで言葉を切ると、ボクは先生の前に回ってこう尋ねた。

 

「さあ、どれにする先生?」

 

 笑顔で問いかけるボクに先生は一瞬息を呑むと、こう言葉を紡いだ。

 

「少し……考える時間を貰えないかな?」

 

「いいよ。それじゃあ戻ろうか」

 

 尻込みしている彼にそう答えると、ボクは朧にお願いしてゲートを開く。

 

 そうして帰ってきたのは少し前までいた応接室だ。

 

「う…ぐぅっ!?」

 

 けれど、そこに足を踏み入れるとすぐに先生は具合が悪そうに片膝を突いてしまう。

 

『どうしたの、先生?』

 

「皐月君…いったい何を……」

 

 ボクがノートに書き込んだ言葉を見て、パクパクと口を開閉する先生。

 

 なにせ、今この部屋は音が聞こえないからね。

 

 筆談したり口の動きで言葉を読んだり、意思を伝えるのもひと手間が必要なのだ。

 

『ああ、そっか! 先生は人間だから0気圧には耐えられないんだね!! 忘れていたよ!』

 

 ボクがノートに書いた文字を見た先生の顔色が一気に悪くなる。

 

 実はこの応接室は特別製で、周囲全てを特殊樹脂で完全に密閉している。

 

 そこに工作班の長である依子の個性『吸引』を使って空気を吸い出し、極高真空状態に持って行ったのだ。

 

 極高真空は銀河系空間、すなわち宇宙と同じ状態を指す。

 

 完全生物と言われたボク達ゼノモーフなら問題ないけど、地球生まれの生き物には堪えるだろうさ。

 

「ぐっ!? うおおおおっ!!」

 

 ようやくボクの害意に気付いた先生は個性で右手を肥大させると、壁を壊そうと拳を振るう。

 

「ぐはぁっ!?」

 

 けれど、放たれた衝撃波は主の命を果たすことは無い。

 

 弾美が仕込んでいた『弾性』の個性によって跳ね返されたソレは、先生の身に襲いかかるとその身を大きく吹き飛ばしたからだ

 

「げほっ!?」

 

 そうして壁に叩き付けられた先生は、次の瞬間には口と申し訳程度に残った鼻の穴から鮮血を吐き出すことになる。

 

 何故なら彼の胸から槍のように鋭利な尾の先が突き出ていたからだ。

 

「こ…れは……」 

 

「シィィィィィッ!!」

 

 呆然と己の胸を見下ろす先生、その肩を背後から壁に擬態して隠れていた娘の一人がガッチリと掴む。

 

 今彼はきっとこう思っているだろう。

 

 どうして娘の存在、いやこの部屋の変化にすら気づけなかったのかと。

 

 その秘密は部屋を構成する壁にある。

 

 この壁を作っている樹脂はボクと工作班の娘達が生み出した複数の個性因子を多分に含んだ逸品だ。

 

 この壁は目に見えない粒子と共にランダムかつカオスに混ぜ合わされた個性因子をまき散らすようにデザインしてある。

 

 それが個性保有者の体内に侵入すると、ジャミングの効果を示して個性の使用を阻害する事が出来るのだ。

 

 『繭』として捕獲したヴィランで何度も実験しているので、その効果は折り紙付き。

 

 ボクが先生に仮面を取るようにお願いをしたのは、これをより多量に摂取してほしかったから。

 

 孵化場見学をしている間に施した応接室の仕込みに気付かれるのは拙いからね。

 

 さらに言えば盗聴器を彼に示したのも計画の一環だ。

 

 先生がマッチョマンことオールマイトに悪感情から執着しているのは、燈華から聞いていたからね。

 

 彼がいる雄英が仕掛けた盗聴器を見せて仕返しをしたいと申し出れば、嬉々として乗ってくると踏んだんだ。

 

 予想通りにヒーロー達の心を蹂躙した先生は気付かない。

 

 ボク達が毒を盛っていることに。

 

 その毒は先生の個性を完全に封じることはできなかったけど、それでも感覚系のモノを狂わせることができた。

 

 そこに孵化場や癒威を見た心理的ショックを加えれば、この部屋が自分にとってのデスルームと化している事を先生相手でも隠し通せるという訳だ。

 

『今だよ、みんな』 

 

 私がそう指示を出すと、壁から這い出た娘達が一斉に先生へ向けて酸を吐きかける。

 

 人間の血液よりも粘性があり、高い噴射圧で吐き出されたソレ等は真空状態の中でも問題なく先生へ襲いかかった。

 

「ぐああああああああああっ!?」

 

 そして全身に酸のシャワーを浴びた先生は溶解した己の体組織と衣服の成れの果てをまき散らしながら悶絶する。

 

 その体は溶けた先から徐々に回復しているようだけど、酸の方が威力は高いらしく再生した組織をもう一度溶かして身体の奥へと浸透していく。

 

 そこへ更に襲いかかった他の娘達は、インナーマウスや繭になった脳みそ君由来の剛力を駆使して先生を拘束し解体し始める。

 

 酸無効なんて個性を持っていたらどうしようかと思っていたけど、効いているようで一安心だ。

 

 まあ、一言で酸と言っても成分や効能は千差万別だし、仮に全部の酸に対応できたとしても地球原産の生物なら適応するのも地球のモノと考えるのは筋。

 

 宇宙生物であるボク達の酸を無効化できる道理なんてないって事だね。

 

「な…何故……」

 

 娘達に集られている中、その隙間から微かに見える先生の口が問いかけるように動く。

 

 何故、か。

 

 その理由は簡単だ。

 

『先生、ボクに産ませた子供を乗っ取る気だったでしょ? その体のスペアにする為に。そして、あわよくばボク達も支配下に置く気だった』

 

「……」

 

 顔を覆っていた子に退いてもらってノートを見せると、先生が息を呑むのが分かった。

 

 彼が大きく傷ついた自分の身体のスペアを欲しがっていたのは燈華から聞いている。

 

 そして彼の個性は段階を踏めば、他人の身体を乗っ取る事が出来る事も。

 

 けど、それが彼の子供だけとどうして言える?

 

 個性黎明期から生き続け、他者の個性を奪い続けた怪物。

 

 そんな物を懐へ迎え入れる程、ボクの肝は太くない。

 

『ボクはこの子達の母親であると同時に女王だ。だから、群の乗っ取りには敏感なのさ』

 

 だからこそボクは先生に満面の笑みを見せるんだ。

 

 その奥にあるのはもちろん全力の嫌悪だけどね。

 

『どれ程有用な個性だろうと、どれだけ優秀な遺伝子だろうと群を危険に晒すならいらない。先生、君はボク達にとってゴミ以下だ』

 

 ボクの意思を受けて娘達は仕上げに掛かる。

 

 工作班が先生たちの周りに速乾性の樹脂粘液で器を作ると、そこへ溺れる程の酸を注ぎ込んだのだ。

 

「が…ごぉ……!? 僕が…こんな……こと…で……」

 

 ゼノモーフの酸は地球より遥かに優れた文明である『狩人達』が使う合金を溶かす程に強力だ。

 

 そのプールに入れられれば、いかなる個性があろうとも耐えられるモノじゃない。

 

 ああ、先生を抑え込んでいる娘は無事だよ。

 

 ボク達の甲殻は自分の酸では溶けないからね。

 

「よし、最後の仕上げだ。──燈華」

 

 そうして先生の身体が完全に溶けきったのを確認したボクは燈華を呼び出した。

 

「キィィィィィッ!【むこうは引っ越し完了だよ、ママ】」

 

「癒威や卵達も大丈夫?」

 

「キシャッ!【うん。全部朧が連れてった】」

 

「よし。依子、工作班を朧に引っ越し先へ送ってもらって! 燈華は後始末をお願い! ド派手にね!!」

 

「キシャアアアアッ!!【了解! 赫灼熱拳! プロミネンス…バァァァン】!!」

 

 燈華の放った蒼炎が酸の海ごと先生を灰にしていく。

 

 正直言って真正面から戦ったらボク達は先生の足元にも及ばないだろう。

 

 けれど、ボクには大きな幸運があった。

 

 燈華の知識から先生の情報が知れたこと。

 

 その反面、先生はボク達について殆ど何も知らなかったこと。

 

 そして何より、先生はボク達程度ならどうとでもできると慢心していたこと。

 

 だから、ボクはそのアドバンテージを活かして先生をハメ殺した。

 

 相手の力を封じ、こちらが一方的に殴れる環境を用意し、相手が対抗できない必殺の方法で止めを刺す。

 

 卑怯者と言いたければ言えばいい。

 

 ボク達にとって戦いとは生存競争。

 

 ヒーロだのヴィランだのといったお遊びとは違うのだ。

 

 負ければ滅びる戦いに手段など選んでられるわけがない。

 

「それじゃあ行こうか、燈華」

 

「ギィッ!!【うん!】」

 

 先生が燃え尽きて応接室の壁や天井に火が回り始めるのを確認したボク達は、朧のワープゲートで巣の本体へと移動する。

 

「これで最後だから盛大に燃やしちゃおう! 孵化室は念入りにお願い!!」

 

「キシャア!【了解!】」

 

 燈華が巣の内部を燃やし尽くしている間、私は地上に集まる大きな気配たちを感じていた。

 

 どうやらヒーロー達がここを特定しかけているようだ。

 

 どうしたものかと考えていると、巣の奥から爆発音が聞こえてきた。

 

 下水道のメタンガスに火が引火して誘爆が起こっているらしい。

 

「燈華、もういいよ」

 

「シィィッ!!【分かった!】」

 

 私がテレパシーを送ると、目の前に黒い霧を模したゲートが展開される。

 

 さて、行先は蛇腔総合病院だっけ。

 

 皆の安全と巣の繁栄の為に、もう少し女優を続けないとね。

 

 

 

 

 

 焼津市に集まっていた雄英高校の教師達。

 

 ドローンの情報解析によって障子皐月がいる位置を大まかには把握したものの、その場所はもちろん周辺にもオール・フォー・ワンや障子皐月の姿は無い。

 

「チッ! どこにいるんだ!?」

 

「周辺の店やビルに聞き込みをしてみたけど、目撃証言は得られなかったわ!」

 

「いったいどうなっているんだ!?」

 

「おい、パワーローダー! ホントに位置情報はあってんだろうな!?」

 

 オール・フォー・ワンと障子皐月の会話の余韻もあって、ヒーロー達の幾人かは苛立ちを隠そうとしていない。

 

 そんなギスギスした空気の中、不意に地面から大きな振動が伝わってきた。

 

 爆発音に次いでマンホールのふたが宙を舞う。

 

「地下だ! 彼等は地下にいる!!」

 

 そう言うや否や、オールマイトは自身が立つアスファルトに拳を叩き付ける。

 

 一撃で崩落する道路。

 

 瓦礫と共に地下へと降り立ったオールマイトが見たものは、爆発と蒼い炎が辺り一面を覆いつくす灼熱地獄と化した地下道だった。

 

「くっ! 障子少女! 返事をしてくれ、障子少女!!」

 

 オールマイトは必死に声を張り上げるが返事は無く、それどころか階下の爆発によって彼が立つ位置も崩落を始めた。

 

「オールマイト、脱出してください!! そこにいたら貴方まで巻き込まれる!!」

 

「しかし障子少女が!!」

 

 上からの相澤の呼びかけに脱出を渋るオールマイト。

 

「オールマイト! オール・フォー・ワンが彼女に用があるのなら、もうそこにはいないのさ。彼等の足取りを追う為にも戻ってきてくれ」

 

 しかし根津の言葉を受けて断腸の思いで地下道を後にする。

 

 その後、ヒーロー達が離れると間もなく下水道は炎を伴って完全に崩落した。

 

「これからどうしましょう?」

 

「一度雄英に戻ろう。警察も捜索に動いてくれているから、何か情報があれば入ってくるかもしれないのさ」

 そうして一団が引き上げようとした時だった。

 

「大変です! 蛇腔総合病院で対象らしき少女が血まみれで現れたと地元警察から連絡が!!」

 

 警官が上司に向けた報告に一行は凍り付くことになる。                




エイリアン娘「ディズニープリンセスの母親なのに、ラズベリー賞!?」
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