涼風が頬を撫ぜる。
薄い雲が満月の光をおぼろげにしていって、包まれるように漂う、そんな夜。
足の裏に石の冷たさを感じながらそんな月を眺めていた。
「やぁ」
不意に、隣に座る人。
水色の髪、紫の瞳。どこから現れたのかもわからない、整った顔と正装じみた服装の人。
「あなたは、だれ……?」
怯えが出る。知らない人に話かけられても反応してはいけないと、頭ではわかっている。
でも、今目の前にいるその人は何故か"知らない"とは思えなかった。
「君は、月の申し子か」
私の右目を隠すように、長い指と大きい手のひらが触れてくる。
言葉はわからなかった。暖かさも冷たさも感じたその手のひらからは何も感じなかった。
ただ、その日から私は──
「おはよ、月夜」
月見台第一高校、2年3組の教室で声がかかる。
「ん、おはよ……」
窓際の席、直射日光はカーテンで遮る。まどろみの中から世界に戻りながら、眩い彩りと喧騒を横目に涼風を浴びる。
「眠そうね。相変わらず、朝は苦手?」
「当たり前でしょ……水羽……」
話しかけてきた友人、
今日の教科、課題、学食と購買のメニューなどなど。
起き上がり身体を伸ばしながら話半分に生返事しつつ、重要な話が始まる。
「それで、穂星には伝えた?」
「ほーちゃんに?……そうだね。伝えてはいるよ」
「含みのある言い方ね」
「私は……驚かないし、この瞳が全て物語っているけどさ」
私の瞳は紅い。右目だけが。
それが私の力で、私の呪いで、祝福。
「巻き込みたくはないよ。大事な幼馴染みを」
「わかるけれど……その気持ちは大事にするべきもので、尊重したい」
「……そうも言ってられない、って言いたいの?」
「そうね。魔術師の卵は、早めに見つけて正しい力の使い方を教えないと、何が起こるかわからないわよ」
「……狙われるから?」
「それは月夜だけよ……」
魔術師。古来より存在している魔術を操るもの。
現代にも魔術師は存在し、理論によって体系化された魔術を操る。
「特異魔術師、か……なんでそうなっちゃったかな……ほんと……」
魔術師は魔術機関【グリモア】により、ランク分けされている。
その中で、【グリモア】が保護ないし監視する必要のある存在として特異魔術師というランクがある。
「《蒼銀の魔術師》が接触した少女、それが魔術師の適性があってかつ通常の魔術師が持ちえない力が二つある、なんて……【グリモア】は頭を抱えるわよ」
「その【グリモア】が……七瀬さんが今度はほーちゃんも魔術師だって言うの?」
「みたいよ」
「……まぁ、私みたいなことにはならないか」
チャイムの音が反響する。
あの子が、大切な幼馴染みが……もし魔術師になって私のごたごたに巻き込まれたら……きっと絶対に隣で抗ってくれる。それはわかっている。でも、それは私は望まない。できるなら、こちら側には来てほしくない。
……でも、それを許してくれるほど世界が優しくはないことも、私は知っている。嫌というほどに。
放課後、私はほーちゃん……幼馴染みの
「つーちゃん、ここのビルが目的地?」
「そう、詳しいことは中の人から聞くといいよ。でも……」
私の葛藤に決着をつけることはできなかった。結局……この子を、ほーちゃんを巻き込むことに抵抗しか感じていない。だからだろうか。いや、遅かれ早かれ結末は変わらなかったと思う。
ただ、気づくのがもう少し早かったのなら、悩む時間がもう少し増えて、もう少し納得できたと思う。
「……つーちゃん、ここ、どこ……?」
呆れてしまう。ため息も出る。諦めもついた。だから隣の幼馴染みに向き直り、口を開く。
「ようこそほーちゃん。魔術師の、世界に」
今から始まる物語は、魔術という概念と魔術師という存在、現実と虚構じみた現実の中で、変わっていくもの、変わらないものがあるということを知って、体験して、痛感していく、そんな物語。
私の始まりと、私たちの始まり。
始まったからには終わりがあるけれど、それはいつかの話。
振り返って綴っていく、始まりの物語。