月の標に浮かべて   作:Feldelt

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久しぶりに更新します、ようやく仕事と執筆のバランスが取れそうなのです……


第13話

傍から見ればそのショッピングモールに様子は平穏そのもの。

それもそうだろう。一般の人間には魔術素子を感知することはできない。

魔術素子を感知して、それを利用する現代の魔術師だけがこの異様な魔術素子で覆われたショッピングモールの異常性に気づくことができる。

 

……にしても、やはりこの魔術素子はおかしい。

通常、魔術を通した場合、魔術素子は発動した魔術の属性に合わせた運動を見せる。振動、回転、移動。七瀬さんレベルの魔術師になればその魔術素子の運動だけで発動される魔術の系統や規模がわかるらしいんだけど……この魔術素子は触れるまで全く分からない。そしてなぜか、私が触れるとただの魔術素子に戻る。

これはつまり、この魔術素子にはすでに魔術が付与されているということと、発動している魔術に私が触れて魔術が歪曲するという事象が、今回は打ち消しという形で起きていることを表している。

 

「休日昼間だけあって、人が多いね」

「そうだね、そうなると……」

 

この状況を作り出した魔術師はどこにいる?このショッピングモール全体に魔術をかけたのだとしたら、そんな規模の魔術だなんて聞いたことがない。そもそも、魔術は魔術素子に直接干渉しないと発動すらままならないのに、こんな広い範囲で同時に魔術素子を動かすなんて、理論上不可能だ。だから、何かタネはあるはず。魔導物質?それとも、別の何か?

 

「つーちゃん、顔怖いよ?」

「さすがにこの状況で平静は保てないよ、ほーちゃんだってそうでしょ?」

「そうだけど~」

 

桜ちゃんと買い物するっていう約束もあるからね、とほーちゃんは言う。そうだね、だからとっととこの状況を解決したい。

 

「何が起きてるか分からないのは確かに怖いけど、それがわかるのは私たちだけ……だったら、桜ちゃんを優先しない?」

 

ほーちゃんはスマホの画面を見せてくる。桜ちゃんから連絡が来ている。合流することになったから、心配はかけたくない。

 

「それもそうだね」

 

今の時点じゃ情報が少なすぎる。手の打ちようもないんだったら、いっそ何もしないという選択肢。私ひとりじゃ思いつかないから、ほーちゃんがいてよかった。

 

「そうと決まれば、善は急げだよ〜!」

「待った、水羽にも連絡しよう。多分、人手は多い方がいい」

「わかった、……じゃあ、今度こそいこう」

「うん」

 

まだ少し震えが残る手で私の手を握って、ほーちゃんは歩き始める。やっぱりまだ怖いよね、わかるよ。

 

「──見つけた」

 

 


 

 

「お待たせ、桜ちゃん」

「あ、お姉さんたちだ。行ってくるね」

 

私たちを見つけるや否や、駆け寄ってくる桜ちゃん。ご両親とはもう何回も会ってるしお話もしてるから改めて話をすることもなく笑顔で挨拶するだけとなっている。

 

「よし、待たせちゃったぶんお姉さんたちがおやつを奢ってあげよう!」

「いいんですか?」

「今度行きつけの喫茶店にも連れてってあげるよ」

「行きつけてるんですか!?おしゃれ〜」

 

そんな会話をしながら、ショッピングモールの軽食コーナーにやってくる。私たちは3人だから、4人のテーブル席に座る。そこでゆっくりドーナツを食べることにした。

 

「いやー、やっぱり美味しいねドーナツは。そうそう、ドーナツとマグカップは同じ形って話、あなたならわかるよね月夜ちゃん?」

「え、誰……ですか……?」

 

──警戒を解いてたわけじゃない。何かしらの異変があったらすぐに対応できるように、せめて桜ちゃんは守れるように気を張っていた。なのに、その魔術師は空いている席、桜ちゃんの隣の席に座って私のチョコレートドーナツを食べている。

 

「あぁ、気づかなかったって顔してるね。無理もないよ、君たち3次元実空間上の魔術師じゃ、私の魔術を正確に知覚することはできない」

 

魔術師は次にメープルドーナツにも手を伸ばして食べる。いつの間に……?って、もしかしてこいつが【グリモア】が監視していた特異魔術師……!?

 

「いいの?ここには私の支配下の魔術素子が量子もつれの状態であるんだよ?光信号の乱反射でカウンターなんて容易だよ?」

「っ……」

「それにしても、可愛い子だね。この子」

 

魔術師は桜ちゃんの顎に手を伸ばす。桜ちゃんの端正であどけない顔は今、理解不能と恐怖が混ざった表情を出力していた。

 

「その子から手を離してよ」

 

聞いたこともないような怒気のこもった声がほーちゃんから出る。それは私でも一瞬誰の声か分からないほどだった。

 

「まぁまぁそんな怒らないでよ。落ち着いてもらうついでにひとつ、私の魔術を開示してあげる」

 

その魔術師は桜ちゃんから離れるや否や、有視界範囲から消える。

 

「え、消え……!?って、お姉さん後ろ!」

「え!?」

 

消えたと思ったらほーちゃんの後ろからほーちゃんに抱きついていた。こいつ、妙に距離感が近い......!

 

「気づくの早いね〜まぁ今回は分かりやすく真後ろまで歩いただけなんだけどさ」

「歩いた……?」

「メンガーのスポンジ、って言えばわかるでしょ?」

「ッ!?」

 

メンガーのスポンジ。簡単に言えば、表面積が無限大に発散し、体積が0に収束する自己相似図形。

 

「魔術の発動定義域がメンガーのスポンジってこと……?だからこんな意味不明な範囲で魔術を!?」

「そういうこと」

 

再び桜ちゃんの隣に座り、3つ目のドーナツに手を伸ばす魔術師の手を桜ちゃんが止める。

 

「あの、私たちのなんですけど」

「あぁ、そうだったね」

 

素直に手を引いてはくれるものの、依然として気を張らざるを得ない。

魔術の定義域だけがわかっても、魔術の効果、属性は全くわからない。

 

「しかし、やっぱり君は凄いね、水鷺月夜。まさか私の複素魔術が実数範囲に戻るなんて……」

 

私を見据えながら魔術師は悪そうに笑みを浮かべる。

 

「ねぇ、私と行かない?」

 

ずいっと身を乗り出した魔術師は私を見据える。まるで取り込もうとするように。

この距離でも量子化されている魔術素子がある以上「月紅の瞳」は効果を見いだせない。手詰まり……?

 

「だめ!」

 

がたん、と音を立てて立ち上がり、ほーちゃんが私を抱き寄せる。……そうだね。一緒にいるよ、私も。

 

「残念。じゃあ、しょうがない。力づくでも貰っていこうかな」

「いいわけないでしょ!」

 

言うが早いかほーちゃんは桜ちゃんも連れて駆け出していく。全く状況がつかめてない桜ちゃんを置いていくわけにもいかないし、これから始まるのは魔術戦。しかも、とんでもなくこっちが不利な。

 

「あれ、誰なんですか、お姉さんたちの知り合いですか!?」

「初めましてだよ。──ごめんね桜ちゃん。すぐにご両親と合流して脱出して」

「脱出?」

「来るよ……!」

 

視界の先、桜ちゃんのご両親が見える。

せめて桜ちゃんだけでも無事に逃がすことができたのなら、あとはどうにかできることを祈って抗うしかない。

 

「"集合"・"雪片"・"スポンジ"・"シダの葉"・"ロマネスコ"」

 

肌を震わせる魔術素子の振動。これ、まさか詠唱……!?

現代魔術で詠唱を必要とする規模の魔術なんて、一つしかない……!

 

「360度全方位に《疎密壁》張って、間に合って……!」

 

私達の前に、魔術師が現れる。

 

「《位相解析・発散》」

「え、きゃぁぁぁぁぁ!?」

 

刹那、量子化されていた魔術素子は全てその状態を顕在化し、実空間上のあらゆるものの状態を上書きして壊していった。結果、魔術師を中心とした半径5mの範囲内の構造物は形象崩壊し、重力に引かれて私たちは落ちる。

私たちが無事なのはひとえに《疎密壁》で魔術素子の侵入を許さなかったからなんだけど……2階の高さから落ちてしまえばそれも意味をなさない。防壁魔術はこの速度だと貫通しちゃうから……!

 

「《マテリアス・ネット》ッ!」

 

地面に激突する……と思ってた矢先、柔らかな網が私達を支えて無事に着地することができた。

 

「生き、てる……?」

「みたいだね……桜ちゃんは気絶しちゃったけど……助かったよ水羽」

「ほんとに間一髪じゃない……急いで来たからせっかくカットもセットもした髪が台無しよ」

「それはごめん……」

「貸し一つよ。それで、って……河穏……!?」

 

どうにか水羽が間に合って私たちは九死に一生を得たわけだけど、水羽の口から出たのは名前。それは、あの魔術師の名前。

 

「なんで、あなたがここにいるのよ、河穏!」

「あぁ、月見台にいたんだ。水羽。なんでここにいるんだって?それ、アタシのセリフ」

 

さっきまで会話していた様子からは考えられないどすの効いた低い声。それだけで、私とほーちゃんのお互いの手を握る力が強くなる。

 

「アンタこそ、どうしてのうのうと魔術師してるのよ、同じ落ちこぼれの分際でッ!」

 

 

──それは、私たちの知らない確執の話。

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