翌日、【グリモア】本部で七瀬さんから事の顛末を聞く。
「やはり、【赫銅の信徒】のようだね」
「やっぱり……」
【赫銅の信徒】とは、《赫銅の魔術師》を中心とした魔術師の一派であり、いわゆる過激派というものに該当する危険な集団でもある。
「かくどう……?」
「魔導物質、赫銅のことよ」
魔導物質は赫銅、蒼銀、橙金の三種類。元となった金属と、その発色によって名称がつけられた。それぞれ金属に魔術素子を断続的にぶつけて錬成する。そして、発見者はその魔導物質の名を冠した魔術師として名を広く知られることとなる。
「
「物騒な人たち引き連れてるのに名前はかわいいんだね」
「名前は、個人に紐づけられた文字列でしかないからね」
話が横道にそれるが、七瀬さんがそれを引き戻す。
「ごほん。緋華璃くんが動き始めるのかどうかは不明だが……用心に越したことはないと儂は思う」
「七瀬さん、《赫銅の魔術師》を知っているんですか?」
「あぁ。緋華璃くんは10年ほど前、雛鳥ラボにいた頃の教え子であると同時に、共同研究者でもある」
衝撃が走る。
──雛鳥ラボ。
魔術師の中では知らないものはいないとされる現代魔術全ての理論が生まれた研究室である。
「当時儂は雛鳥教授の第三予言について研究しておった。じゃが、これといって成果は上げられず、学界からも追放されたのじゃ」
「学会からの追放……論文の不正とかですか」
「月夜、気にするところはそこじゃないわ」
学会という言葉を聞いて気にならないわけはない。魔術師にも学会があるのならその方向で魔術を研究するのは大いにありだと思う。でもそれは私の主観で、本題じゃない。
「第三予言……ってことは第一、第二もあったってことですか?」
「うむ。当時、魔導物質は橙金のみとされていた。が、貴金属である金を用いることに研究資金の大半が使われ肝心の研究が進まなかったのじゃ」
「人件費が足りなかったわけですか」
「生々しい話ね」
「雛鳥教授はそんな中、予言として3本の論文を書き上げた」
──雛鳥の第一予言。
新たなる魔導物質の存在。
──雛鳥の第二予言。
新たなる魔術属性の存在。
「そして第三予言が、魔術素子の複素運動性の存在じゃ」
「複素……!?」
思わず驚く。複素ということは実空間だけでなく虚数範囲においても魔術素子は存在するということになるということ?それは、現代魔術が魔術素子の運動によって引き起こされるという定義そのものを脅かしかねないものではないか。
「月夜くんならわかると思うが……三次元実空間上においての運動しか我々は観測できない。つまり、たとえ魔術素子に複素運動性があったとしても、観測ができないから証明のしようがないのだ」
「虚数は実数ではないから観測ができないということですね」
雛鳥の第三予言は今も研究はされている。第一、第二予言を寸分の狂いもなく的中させているのだから、第三予言も当たっているはずだと。だが、それを確かめる術は誰も持ち合わせていない。
「……老人の長話に付き合わせてしまったな」
「待ってください。《赫銅の魔術師》は火属性魔術師のはず。確かに【グリモア】では火属性魔術師は穂星が初めてですが、七瀬さんが《赫銅の魔術師》を知っているのなら、多少の火属性魔術の理論はわかるはず、なのになんで……」
水羽の言うことはもっともだ。火属性魔術には疎いというようなニュアンスで話していたのに、実際には教え子だったなんてそんなことって、あれ?
「水羽ちゃん、あの時いた?」
「いなかったわよ。あとから聞いた話だけれど……月夜も何かおかしいと思わない?」
「思うけど……でも、だから七瀬さんは装置を途中で止めたんだって納得はしたかな」
「え、私が乗ってたあの機械のこと?」
よくよく振り返れば魔術属性判定装置は機械が判定を下すものだ。それはモニターに出力されるものなのに、それよりも前に七瀬さんは止めてほーちゃんを火属性魔術師だと認定した。……何かがおかしいことは明白なのに、なんで今まで気づかなかったんだろう。同時に、《赫銅の魔術師》が共同研究者ならきっと火属性魔術における魔術素子の運動は何度も観測したことだろう。それをほーちゃんでも見たから機械を途中で止めてもよかったという納得もあった。
「……聡いな、君たちは。では聡いついでにもう一つ答えるとしよう」
七瀬さんは一つ息をつく。
「なぜ【赫銅の信徒】が月夜くんを狙うのか……それは、月夜くんの体質だよ」
「『魔術素子の運動情報そのものに干渉し、付与した魔術効果が歪曲させられる』という月夜の体質。これが雛鳥の第三予言に繋がると考えて……?」
驚いた。でも納得はした。高揚もしている。私にも誰にもわからない私だけの謎が、より大きな謎を解くための鍵になっているというのはうずうずする。
「そういうこと」
──不意に、女の人の声がした。
同時に、七瀬さんが水の壁を作る。
「わ、わぁっ!?」
「いったい何……っ!?」
熱を感じて水の壁から距離を取ると、さっきまであった水の壁は蒸発していた。
「手荒な歓迎ですね、七瀬センセ?」
「君のほうは柔らかくなったのではないかな?緋華璃くん」
張り詰めた空気が流れる。濃いオレンジ色の髪、緑とピンクが混じった不思議な輝きのある瞳。そして腰に付けている二つのT字の金属が目立つその人を、七瀬さんが今までになく険しい目で見据えている。
「では名乗りましょうか?初めまして、《蒼銀の魔術師》のお気に入りちゃん。ワタシは凪月緋華璃。《赫銅の魔術師》よ」