月の標に浮かべて   作:Feldelt

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第7話

──《赫銅の魔術師》

そう名乗った彼女は左腰に付けている銅のようなT字の金属に触れる。

 

来る。

思うが早いか《疎密壁》を展開する。次の瞬間、強烈な熱波が全身を駆け巡る。

 

「熱い……」

 

長袖だから。いや、そんな言い訳はきかない。わざわざ熱波にしたのも魔術素子が直接私に触れないようにするための策……《疎密壁》も意味をなさない物理的な分子振動……!

 

「君たちは下がり給え。少し荒っぽくなるぞ……!」

 

七瀬さんは熱波を逆に利用して蒸散作用を引き起こす。と同時に私たちの退路を作るように氷の壁を作る。

 

「相変わらず、センスが光ってますねっ!その頭はいつ光るんですっ!?」

「失礼な教え子じゃな、輝きとは光のみに非ず……っ!」

 

軽口を叩きあってるのに、魔術の応酬は重い。

熱波とともに火球が楕円軌道で七瀬さんに向かうも、七瀬さんはその軌道を読んで水弾を放って全て撃墜する。

 

「すごい……」

 

そんな声がほーちゃんから漏れる。けれど、のんびり眺めてられるほど私たちは安全な場所にいない。もう少し距離も取りたいし、できることなら【グリモア】本部から《返却》を使って脱出したい。でも、それは水羽に止められた。

 

「あいつ、蒼銀も持ってる。うかつに使えば誘引されてものの見事に捕まるわよ」

「……だから七瀬さんは脱出しろとは言わなかったわけか……」

 

頬を伝う汗が落ちていく。七瀬さんの張った《氷結結界》といえど延々と続く熱波に晒されてもはやただの壁としての意味しかなしていない。

 

「でも、下がったおかげで状況は見やすくなった……」

 

今は確実に《赫銅の魔術師》が押している。けれど、七瀬さんは全ての攻撃を無効化して迎え撃っている。【グリモア】本部の温度計は36℃を示しているけれど、これだけの応酬で36℃で済んでいるのは確実に七瀬さんの腕によるものだろう。

 

「だめだあっつい……」

「穂星、さすがにキャミソールとスカートだけってのは暑くてもやめたほうがいいわよ……」

「えー……」

 

もはや制服を床に放り投げてるほーちゃんだけど、そんなほーちゃんの柔肌に魔術素子がまとわりついているのに気づく。

 

「……穂星、感じる?」

「なにを?」

「魔術素子だね。……魔術師は魔術素子の運動に干渉することで魔術を使えるから……」

 

魔術素子は素粒子だ。当然肉眼では見えるものではないが、魔術師である条件のうちの一つが魔術素子を感知することができること。まずはそれをクリアしないと魔術なんて使えない。

 

「あぁ、これ?なんかふわふわしてるのあるなーって思ったけどこれが魔術素子ってやつだったんだね」

「……とっくに感知はできていたわけね」

「じゃあ、使うだけだけど……ほーちゃんは火属性魔術師だから基本は熱運動に準拠した魔術が使えるはず……」

「う……熱運動ってこれ以上暑くするのはやだよ……」

 

温度計はじわじわと上がっていく。

七瀬さんの応戦は続いているけれど、きっと《赫銅の魔術師》の本当の狙いはこの高温状態。蒸し焼きにして私たちを無力化しようとしてる。でも、そんなことをしたら自分だって等しく蒸し焼きのはず。なのに《赫銅の魔術師》は汗一滴たりとも流してない。まるで、熱を受けていないかのような……

 

「もしかして、あいつは熱を相殺してる?」

「蒼銀と赫銅を同時に使って空間全体に熱波を出しているって状況で?」

「うん。熱運動がベースなら、熱力学第一法則や状態方程式にも従うはず。だったら……」

「気体の分子運動を抑制するのもまた熱運動って解釈、ね……ぶっつけ本番で穂星にやらせるの、難易度高いわよ?そもそも魔術を一回も使ったことがないのに、火属性という文字列から想起される魔術とは真逆のことをやらせるのは……ただでさえ高等技術なのに、無茶なことを思いつくのね」

 

またハテナが浮かんだままのほーちゃんを横目に思いつきを現実にするための案を水羽と考える。今は魔術素子の操作だけやってくれればそれでいいから、範囲指定やその他ノイズ情報は私と水羽で受け持つこと、ほーちゃんに定義拡張魔術をぶっつけでやってもらうしかないことを伝える。

 

「定義拡張……?何言ってるかわかんないよ!?」

「そうね。それでいいわ。詳しい話はおいおい話すとして、今はこの空間を冷やす……せめて常温に戻すことを考えてくれればそれでいいわ」

「具体値を挙げるなら17℃から21℃くらいをイメージして。そのくらいの温度をイメージして、魔術素子を動かすの。大丈夫、細かいところは私と水羽で何とかするから」

 

ほーちゃんの手を握る。実際にほーちゃんが魔術を使う時は私は邪魔になるから手を離すけど、こうすることでほーちゃんは集中できる。そう信じてる。

 

「すぅ、はぁ……要は『涼しくすればいい』んだよね?」

「そういうこと。頼むわよ」

 

じっとりとした汗が頬を伝う。早く帰ってシャワーを浴びたい。その間にアイスを大夢くんに買ってきてもらって、お風呂上りに食べたい。なんでこんな暑いところにいるんだろう。視界がぐらついてきた。

 

「月夜!?」

「つーちゃんっ!?」

 

熱中症だ。膝からの力も抜ける。

──朦朧とした意識の中、冷たい風が横から吹いたような気がした。

 

 

 

 

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