月の標に浮かべて   作:Feldelt

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第8話

──目を覚ますと、見慣れた天井だった。

 

「頭痛い……たしか、【グリモア】本部で熱中症になってそれで……」

「どーにか追い返して水羽ちゃんに送ってもらったんだよ。私もつーちゃんのこと冷やしながら大夢に熱中症対策の色々準備してもらってさ」

 

まだ枕に半分埋まっている頭を回すと、氷枕があらゆるところに置かれていた。意識を戻した今となっては冷たいと感じるくらいに。

 

「お、つきねぇ起きたか。よかった……」

 

2L入りのペットボトル2本、スポーツドリンクを携えて大夢くんが部屋に入る。ほかにもレジ袋らしき袋の中にはゼリーやアイスなどがたくさんあった。

 

「それ、一人で買ってきたの?重くなかった?」

「澪に手伝ってもらったよ、少しだけな」

 

起き上がろうとする私をほーちゃんが支えて、それを横目に大夢くんはコップにスポーツドリンクを注いでいく。

 

「まずは水分を取って、だな……正直今の時期で熱中症になるなんて驚いたけど、年中長袖のつきねぇならありえなくはないか……」

「あはは……」

 

スポーツドリンクの入ったコップを受け取り、一口、二口と口に入れる。口の中から身体中に染み渡るような感覚がして、脳がクリアになっていくような気もした。

 

「しっかし大夢、よく熱中症の処置なんててきぱきできたね。姉ちゃんほんと助かったよ」

「部活でもしょっちゅう桜のやつがうるさくてな……逆にあいつがいの一番に熱中症になって大変だったのを思い出しただけだ」

 

大夢くんが二杯目を注ぐ。桜ちゃん、か。元気かな。

 

「大夢、終わった」

「あぁ、ありがとう澪。んじゃ戻るか?」

「うん」

 

部屋の外から大夢くんを呼んだのは大夢くんの彼女、澪ちゃん。男女の違いはあれど同じバスケ部で、毎日部活終わりに自主練をする仲だそう。

 

「日が長いとはいえ、根を詰めすぎないでね?」

「わかってる、総体も近いしな……んじゃ行ってくる」

「いってらっしゃ~い」

 

そうして、部屋には私とほーちゃんだけになった。

 

 


 

 

「まっさか、ずっと一緒だった桜ちゃんじゃなくて同じバスケ部の澪ちゃんだなんて、大夢のカノジョ予想、すっかり外れちゃったな~」

「それ、予想してたのほーちゃんだけだよ……」

 

桜ちゃんというのはバスケ部のマネージャーで、小学校から9年間ずっと大夢くんと同じクラスの女の子、枢木桜ちゃんのこと。家も近くで、ちょくちょく遊びに来ていたし、一緒に勉強会をしたこともあった。私たちもよく知っている、いわば大夢くんの幼馴染み。

 

「ま、澪ちゃんもいい子だから心配はそんなしてないけど」

 

対して、さっき一緒に自主練に向かったのが大夢くんの彼女、鴻木澪ちゃん。"異能の風"とも呼ばれる超攻撃的なプレースタイルを持つ選手で、霜月中学校女子バスケ部躍進の立役者らしい。

 

「……ねぇ、ほーちゃん」

「ん、なぁに?つーちゃん」

 

そんなことより、今がある理由を知りたい。

私たちはどうやって、あの《赫銅の魔術師》から逃げることができたのだろうか。

 

「つーちゃんが熱中症で倒れてから、私が部屋全体を常温に戻して、直後に水羽ちゃんが《バインディング・マテリア》で動きを数秒止めて、《魔術・返却》で緊急脱出したんだって」

「そう……きっと、《バインディング・マテリア》は腰に付けていた蒼銀を弾き飛ばしたか無力化するために使ったんだと思う」

「そうでないと、誘引されるって水羽ちゃん言ってたもんね」

 

脱出は無事にできたからまぁ、私たちは無事だけど……七瀬さんは?

 

「七瀬さんもへとへとになりながら《赫銅の魔術師》を撃退できたみたいだよ」

「そっか……」

 

とはいえ、《赫銅の魔術師》が【グリモア】本部に直接乗り込んできたことを考えると……安心はできないかもしれない。

 

「しばらく【グリモア】本部に行くのはやめようかな」

「それだけど、あの《赫銅の信徒》がいたからそれを辿ってきたらしいよ。【グリモア】本部に飛ぶための《魔術・返却》は本部の床に蒼銀を置いていて、それを特定の魔術師のみに干渉できるように細工してるんだって」

「へぇ……それいつ聞いたの?」

「いまさっき、水羽ちゃんから」

 

そう言ってほーちゃんはスマホの画面を見せる。

音声入力か。

 

「そっか、それっも水羽の差し金?」

「そうだね~」

 

目が覚めたらきっと私が疑問を投げかけるだろうという読みが綺麗に当たった感じか。

 

「まぁ、いっか」

 

スポーツドリンクを飲み、壁にもたれかかる。

まだ熱中症の影響か脳が完全に回ってないけれど、とりあえず現状安全は確保されたのなら、心配することはこれ以上はないだろう。

 

「それじゃあ、つーちゃん。ご飯作るけど、何食べたい?」

「うどんかな。たしか冷凍のがあったよね」

「おっけー」

 

……ほーちゃんは魔術師として色々なことを経験してる。私が経験してきたものよりも速いその経験は……きっとほーちゃんのリズムを崩している。けれど、ほーちゃんはいつもと変わらずに過ごしている。

 

「あ、つーちゃん。ネギと海苔と生姜があればいいよね?」

「胡麻を忘れないでよ。ざるうどんにするならさ」

 

 

 

 

 

 

 

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