《赫銅の魔術師》の襲撃から一週間が経った。
あの襲撃が嘘だったかのように、何も起きていない。
もっともそれは魔術師としての話であって、そもそも私たちは魔術師である以前にただの高校生なのだ。それに、弟が中学生で総体に出場するともなると、その忙しさは尋常じゃなかったりする。
「お姉さん、起きてください。朝ですよ」
「ん~……わー、桜ちゃんだ~おはよ~」
「寝ぼけてるんですか?昨日、私に起こしに来てって合鍵渡してきた人の姿ですかこれが」
「そうだったね~……待って今何時?」
寝ぼけた頭で本来いるはずのない美少女を眺めてかわいいな~って思ってたけど、昨日の記憶を掘り起こすと目が覚めた。
「明朝五時四十五分です。大夢も起こしますか?」
「うわぁぁぁ!?今日大会じゃん!弁当作らなきゃ!お願い桜ちゃん!」
飛び起きる。確か大夢の集合時間は朝七時だったはず。ゆっくり寝てる場合じゃない。
「あ、間違ってもつーちゃんは起こさないでね!?すこぶる不機嫌だと思うから!」
「大夢の部屋は間違えませんって。起こしてきまーす」
部屋を後にする桜ちゃんを横目にとっとと着替えて朝ごはんと弁当を作る準備をする。全くもう、どうして二年も三年も両親は海外出張なのかなぁ!?
「にょわあぁぁぁ!?」
大夢の叫び声と鈍いガタゴトとした音が聞こえる。大方起こされた大夢が桜ちゃんを見てびっくりして壁に身体をぶつけたんだろう。今日試合なんだから変に怪我しないでほしいんだけど……
「ほら大夢、お姉さんがごはん作って待ってるからさっさと支度する!活躍、見せてよ私に」
「わぁったから閉めろ!着替えらんねーだろ!」
「はいはい」
くすくす笑いながら桜ちゃんはリビングに戻ってくる。
「ごめんね~、朝から騒々しい弟でさ。ご飯食べてきた?」
「はい。自分で作って弁当も用意しました」
「じゃあだいぶ早起きだったんじゃない?眠れた?」
「まぁ6時間くらいは。でもやっぱり眠いですね」
何気ない会話をしながら、味噌汁を作っていく。確か焼き鮭は冷凍庫にあったからレンジで解凍してオーブンで焼こう。
「つーちゃんのポケットエナドリでも拝借していく?あんまり健康にはよくないけどさ。あとはコーヒーもあるよ?」
「カフェイン苦手なんですよね……気持ち悪くなっちゃうんで」
「そっか。それじゃあ味噌汁だけでも飲んでってよ。起こしてくれたお礼ってことで」
「……ありがたくいただきます。手伝いますか?」
「座ってて~」
IHコンロをいったん切り、電子レンジとオーブントースターの準備をする。解凍している間に炊飯器から茶碗にご飯を盛り付け、味噌汁も二杯お椀に注ぐ。
「おはよう姉貴、桜も」
「おはよう大夢、あんた準備はいいの?」
「昨日のうちに済ませておいたよ。桜、確認するか?」
「じゃあ確認させてもらおっかな~」
お盆にお椀二つと茶碗一つを乗せ、電子レンジから皿を取り出し解凍された焼き鮭をオーブントースターに入れてつまみをひねる。
「そろそろできるよ~」
『はーい』
二人の返事を確認して、ふぅと一息つく。私もお腹が空いてきた。つーちゃんも起こしてあげようかな。それよりもまずはお茶を飲もう。
お茶をコップに注いだところで弁当の用意をしていないことに気が付いた。つーちゃんを起こすのはも少し後だ。
オーブントースターから音が鳴るや否やできたよと声を出し二人をテーブルに座らせてお盆と鮭を運ぶ。箸は大夢に出してもらって、次は弁当と水筒だ。
八時三十分。疲れ果てた私は机に突っ伏していた。
どうやら大夢と桜ちゃんを見送ったあとすぐこうなっていたらしい。
「いたた……」
姿勢が悪かったのか首と背中が痛い。大きく反り返るように伸びをすると、正面に人影が見えた。
「おはよ、ほーちゃん。お疲れ様」
「おはよう、つーちゃん。眠れた?」
「おかげさまで。その様子だとご飯はまだみたいだね」
つーちゃんは立ち上がり味噌汁を温め、鮭をオーブントースターに入れる。
「ご飯の準備ならやるのに」
「休んでて、気持ちだけ受け取っておくから」
言うが早いかつーちゃんはご飯の準備を整えて食卓にお皿を並べる。
「片づけもお願いしていい?」
「いいよ。終わったら着替えて、大夢くんの応援行こうか」
「そうだね」
ご飯と味噌汁と焼き鮭。THE・朝ごはんって感じだけどそれがいい。
『いただきます』
平穏な土曜日の朝、自然に笑みがこぼれた。