【獣狩りの斧】
狩人が獣狩りに用いる、工房の「仕掛け武器」の1つ
斧の特性はそのままに、変形により状況対応能力を高めており
重い一撃「重打」と、リゲイン量の高さが特徴となる
元がどうあれ、獣は既に人ではない
だがある種の狩人は、処刑の意味で好んで斧を用いたという
校舎別棟、3階西廊下。フレアと引き離された玲香は、一応合流を目指すために、下の階へ向かっていた。尤も校内の地図などまともに見ていないため、宛もなく彷徨うこととなっていたが。
(私は人ではない?)
反芻する、大鎌女の言葉。何を言うのだと唾棄すべきそれが、どうにも説得力のあるものとして、脳の片隅に引っかかっていた。
孤児院の院長は私を拾ったと言っていた。仮に人でないとするなら、考えるべきは孤児院の前で何があったか。
しかし記憶にないものが分かるわけもなく、やはり苛立ちが募るばかりだった。
そして、ここは戦場。呑気に考え事をしながら歩けるほど、平和ではない。
「───っ」
<避けて>
頭を下げる。一瞬前まで首があった場所を、二振りのナイフが斬り裂いた。
「あれ、当たるように斬ったんだけどな」
相手を直視して、
音もなく、存在も希薄で、まるで陽炎のように不確かな少女。
「食えないなぁ」
『掃除屋』沙花叉クロヱが、その牙を玲香へ向けていた。
【血と感情】
それは、沙花叉クロヱの忌まわしい記憶。
ギフト贈与説。ギフトという存在が認知され始めた頃に生まれた、一つの論説。要は、ギフトはある上位存在によって与えられた権能の一部である、とするものだ。説と呼ぶには妄言に過ぎたそれは、すぐに否定され語られなくなったが、上位存在の提言は、あるカルト教団を発足させてしまった。
そのカルトは、ある少女──正確に言えば、少女が魅入られた邪神──を信仰する。彼らに祈り、生贄を捧ぐことで、ギフトを得ようとしたのだ。
実験体に選ばれたのは、同年代の少女達。彼女達は、非人道的実験により、大半が命を落とし、また狂気に飲まれて自死を選んだ。
そして生き残った者は、ギフトを得た。即ち、ギフテッドモデルの誕生だ。
そう、その首に薄らと刻まれた272の数列が示すように、沙花叉クロヱはカルト教団の元実験体であり、ギフテッドモデルの一人である。
彼女は見た、玲香の目の内に、かのカルト教信者が抱えていた狂気を。異なる、だが似ているそれは、怒りを向けるに足る理由であった。
「さっさと死んでね」
「嫌よ、絶対に」
クロヱが、深く構えた。
<防いで>
脳裏の言葉にほぼ反射で応え、杖を振る。火花が散り、重い手応えが腕を痺れさせた。と、同時に玲香の左腕は短銃を取り、背後に向かって撃ち抜く。
銃弾は、回り込んでいたクロヱの耳を掠めた。
「速いわね」
「嫌だなぁ、勘が鋭いタイプ?」
「言うと思う?」
杖を蛇腹剣に変化。急激な武装変更に驚くクロヱに対し、容赦なくそれを振り抜く。
時に、鞭と同様の扱いを要求される蛇腹剣は、やはり鞭の特性を備えている。即ちその先端の最高速は、音速を超える。
「なっ」
不意を突かれたクロヱにそれを避ける術はなく、並んだ刃が、その身体を袈裟に斬り裂いた。
複雑な傷は多量の出血を強いる。求めた紅色に昂奮する玲香は、さらに血を浴びようと追撃に走った。
「────はぁ」
血霧が、吐息に混じって空に消えた。ついで、頬を裂くような狂笑が浮かぶ。
「っ!」
再度言うが、蛇腹剣は鞭の性質を持つ。つまりは剣やら槍やらよりも柔らかく、弾きやすい。
玲香は見た。クロヱの腕がぶれる瞬間を。そして、ぎぃんという金属音とともに、黒い軌跡が刃を逸らす光景を。
「けほっ」
血の塊が喉から溢れた。腹部には2本目のナイフが深々と刺さっており、その傷は誰が見ても内臓まで到達する致命傷。投げたのは、やはりクロヱである。
水棲生物の獣人は、その本領は水中、海中で発揮される。そこは彼らの独壇場であり、他の種族が付け入る隙はほぼない。反して、地上ではその圧倒的な身体能力を活かすことはできず、多少運動神経のいい人間の範疇に収まってしまう。
だが、沙花叉クロヱは鯱の獣人。血の香りに誘われた鯱の凶暴性は言うまでもない。
地上でなお、血に飢えた海獣の暴力を阻む術はなかった。
同様に、玲香もまた、血によってその刃をより鋭利に変貌させる。
「どうして、こうも、上手くいかないのかしら」
溶岩のように沸き立ち、溢れ出す激情に反して、その脳内の片隅の冷静な部分が思考した。
これが憤怒なのか、と。
不快感からなる苛立ちは、彼女の人生の中で初めて、明確な感情の形をとった。
血の高揚と怒りがアドレナリンの分泌を加速させ、彼女から痛みと疲労を奪い取り、代わりに戦意を注いでいく。奇しくもその凶暴性は、眼前の海獣と似通っていた。
腹部から胸へ逆袈裟の複雑裂傷を抱えたクロヱ。多量の血を流し、内臓を射抜く2本のナイフに苦しめられる玲香。
双方満身創痍にして万全。
そして、第2回戦の幕を上げた。
<怒りに呑まれないで>
<そうだね>
<今度は、ちゃんと教えてあげる>
<狩りの作法を、ね>
「うーん、お見事」
フブキは、監視対象である玲香に対して無意識に感嘆していた。ノエルとの戦いから、完全に監督から観客へ変わってしまった彼女は、対クロヱの2度目の攻防を賞賛する。
勝敗は、呆気なかった。
驚異的な脚力によって、十歩程の距離を一瞬で詰めたクロヱの喉を狙った手貫を、一歩下がることで深手を防ぎながら、逆にクロヱの喉に向けて杖を
まさに神業。見事の一言。
が、疑問は残る。というよりも、増えた。
「素人が一戦とも言えないあの短時間の交戦で、こうまで見切ること、ある得るのかな。それに、白銀ノエルと戦ったときもおかしかった。あんな戦を知らないような細腕で、あの耐久を抜けるとは思えない───何より、彼女自身の耐久力。常人ならもう死んでる出血量だ」
つまり、何らかの回復手段があると考えるのが妥当。そして最たる候補は、血だった。
「あの血への妄執は、多分それが何らかの理由で回復手段になり得るから?とすればギフトかな?いやでも戦ったことのないのにギフトが発現するとは思えないし。もしかして尾丸ポルカみたいな例外?」
やはり謎が多い。今後も監視を継続する必要アリ。
ただし、背後に何らかの組織が存在する、なんてことはないだろうと思う。今までの監視で怪しい行動がなかった故の結論だった。
「とりあえず上に報告かな」
ひとまず思考をまとめたフブキは、また一人の観客に変わる。観るのはもちろん、期待の新人である玲香。
未だかつて見てことのない絶対的な戦闘の天才は、次はどのように魅せてくれるのか、楽しみで仕方ないというように、その尾を揺らした。