純白の廊下。バリアフリーかつ幅広い種を受け入れるその広く長い実験棟の廊下が、急速に紅色へと模様替えしていく。原因は、山陰寺影丸。手にした凶器たる槍は盗難品である。疾駆する影丸に一拍遅れて廊下を染めていくのは、無論彼の凶刃に倒れた生徒たちの血。筆は敗者たちの裂かれた喉ぼとけだ。
(手斧と短刀二本目!これでノルマ達成だ!)
が、本人にとっては気にするほどの神業ではなかった。祖父の修行を易々と熟した影丸に、この程度はまさに朝飯前。
ともあれ狙った武器類は盗み終わり、一度冷静になって考える。
「この学園、案外ピンキリなのかな」
この男が強いだけである。
理由は様々。だが最たる理由は、格上との戦闘経験の多さ。
いつだって影丸はチャレンジャーだった。
「さて、そうこうしてるうちに到着だ」
掛札の化学準備室の文字を確認し、最大限の警戒でもってドアをノックする。もしかしたら自分が最初で中には他の生徒がいるかもしれない。あるいは――彼女たちに、騙されているのかもしれない。臨戦態勢、すぐさま槍で目の前の扉を串刺しにできるよう構えながら反応を待つ。
返答は――――
『ロック、シザース、ペーパー』
「『1、2、3!』」
「いやじゃんけんって英語版かよ!」
獅白ぼたんの提示した合言葉はならぬ合
もちろん、約束では日本版である。
「うっわ反応しちゃうの?」
「焦ったマジで、勘弁してくれよ」
扉を開けて現れたぼたんに、思わず苦言を呈する。ごめんごめん、と謝るような素振りだが、実際はケタケタと愉快そうに笑っていた。
少しして、2人は何かに勘づいた。
「さて、あとはラミちゃんの合流待ち、なんだけど・・・どう思う?」
「そうだな、春先にしては、な」
「「寒い」」
2人が感じたのは冷気。日が眩しく、桜の花弁が舞うこの時期に、アウターが欲しくなるほどの低気温。
それが指すことは即ち、雪花ラミィが戦闘している。
「場所は」
「上の階、雑に魔力を吐いてるせいで詳しい位置が分からん」
「大丈夫、同じ階に行けば私の肌感で探せる」
「了解」
情報交換、即行動。ぼたんの背後に影丸が着くようにして、2人は駆け出した。
雪花ラミィの本意気は、広範囲高威力の氷魔術。その分、魔力の溜めが必要であり、その時間稼ぎのために、ぼたんが(ついでに影丸も)いる。
つまり、1人で戦うのは得意ではない。
まして相手は───。
「ド」
「っ!」
視認すら難しい程の速度の突進。かろうじて回避するも、風圧に体勢が崩される。
そこに、追撃。埒外の脚力がピタリと突進の勢いを止め、振り返りながら再発進・・・・・・
1歩目から、
「このっ!『凍れ』!!」
3枚の氷壁で無理矢理減速させ、またもかろうじて回避する。
そう、今ラミィが相対しているのは、ゴリッゴリの前衛。名を、角巻わためという。
彼女のギフト<
頭突き、突進を得意とする羊の特性を最大限活かすギフトである。
が、弱点もある。1つは
が、これは接敵前に
即ち
そのはず、だった。
「まだまだぁ!」
「なんでよ!」
わためは、ラミィを見失わない!常に把握!常に補足!縦横無尽に走り回りながらも、目線はラミィを捉えつ続ける!
否!捉えているのはラミィではない!
わためが捉えているのは────
「何が!?」
彼女が捉えているのは、今も揺れ続けるラミィの立派な胸部装甲!揺れるたわわな胸が見たい!そのためにひた走るのである!
突進、避ける、突進、避ける。その度に彼女の求める景色が産まれる。
(嗚呼、この学園に来てよかった!)
最早、人生の絶頂とさえ言わん勢い。
だが、彼女の天国は終わらない。
「雪花!」「ラミちゃん!」
そう、ぼたんのたわわの追加である!
「おっほ!?」
わためのギアが、もう1段高まる。同時に、異様な気配を感じた影丸の警戒心が強まる。
「気を付けて!あの子速いよ!」
ラミィを庇うようにぼたんが立ち、更にその前に影丸が立った。いつもの2人の立ち位置に、前衛の影丸が加わった形だ。
対して、わため。クラウチングスタートの構え。互いに出方を伺うこの均衡状態を利用した速度の
狙いは、速攻。おそらくは前衛と思われる男子を即座に倒し、残り2人を速度で圧倒しながら制圧。
(勝てるね)
スタートアンドフルスピード。
10秒の
「え?」
最初に感じたのは、謎の抵抗感。次いで極自然に変えられる進行方向。向かう先は、窓。場所は4階。この高さから地面に叩きつけられれば無事では済まない。
伽羅昏流『流仙』。
力の向きが、その体勢ごと外に流された。
(ブレーキは、間に合わないか)
外へ投げ出されるのを感じながら、わためは敗北を理解する。
(相手を甘く見た、わための負けいやいや普通に初見殺しに対応した挙句初見殺しで返してきたあの男の子がやばいのであってわためは悪くな───)
───角巻わため、
「っぶねぇギリッギリだけど流せた〜」
「え、え、何が起きたの?なんで勝手に落ちてったの!?」
「流したから」
「それが分からないんだけど!?」
いや〜驚いたね。影丸くんが今やったのは、力の方向を操る中国武術に見られる技。右手であの獣人の頭を軽く抑えて減速し、その際に受けた衝撃を身体を通して左腕に伝達、そのまま押して右側窓方向に流す。理屈は分かるけど、あたしもほぼ反応できなかったあの突進に合わせるなんて。
人間の影丸くんがあたしを超える反射神経を持っているとは思えない。おそらくは、『先読み』。あらゆる武術に存在する、相手の先を予測する境地のひとつ。相手が動き出してから対応する『後の先』かな。
とはいえ初見で対応できるものかね。
これは、少し警戒を強めないとかな。後々戦わないといけないわけだし。
棚ぼたでいいカードを拾ったわけだけど、ここまでとはねぇ。楽しくなってきたじゃん。
その首、あたしが貰うよ、影丸くん。
もちろん、ラストダンスでね。
揺れるπを見て「おっほ」するわためぇが書きたかった。
反省はしてる、後悔はしてない。