夢を見る者
夢を見た。
顔のない乳母が私を見ていた。
オルゴールが子守唄を奏で。
私は夢の中で眠りについた。
夢を見た。
私は薄汚れた外套に包まれて。
暗い部屋で血を抜かれ。
私は夢の中で命を閉ざした。
夢を見た。
私は女に抱えられ。
ひたすらに彼女の懺悔を聞き。
その心臓に刃を刺された。
夢を見た。夢を見た。夢を見た。
夢を、見た。
夢は、いつも私の避難場所だった。私は現実を嫌悪している。より具体的に言うのなら、私の周囲の人間を嫌悪している。皆一様に、怪物を見ているかのような目を私に向けるからだ。
私の現実は楽しくない。食事に味はなく、音楽も雑音に聞こえ、あらゆる趣味趣向が私の不愉快を助長させる。
私に感情はない。喜びはなく、悲しみもなく、あるのは不快感と苛立ちだけ。故に現実とは、私を苛立たせ、不快にさせるだけのものだ。
けれど、夢だけは、私をそういったものから遠ざけてくれる。ともすればそれは穏やかであり、たとて夢の中で殺されても、その感覚が鮮烈だとしても、私は夢を帰る場所と定めた。
【夢を見る者】
ホロライブ学園。
国内各地のエリート学生を集めた育成機関。その多くは軍備や国防、警察幹部や要人警護など、防衛保安においての重要ポストへ就職している。
つまりは、私のような凡人には関係のない私立高校ということだ。
そのはずだったのだが、なんの縁があったのか、そのホロライブ学園が私に特待の席を設けた。裏のありそうな話だが、今住んでいる孤児院から一刻も早く出ていきたかった私には、断る理由はなかった。
出立の日、見送る者はいなかった。せいぜい気色の悪いやつがいなくなった程度に思っているのだろう。もう興味はないが。
孤児院から2つほど県境を越えた先に、学園はある。幸いにも私が暮らすアパートは学園にほど近く、通学の便も悪くない。周辺の商業施設も豊富で、また最寄り駅も歩いてすぐ。なかなかいい立地のアパートに住めるものだ。
明日の入学式、その後に控える学園の恒例行事、バトルロワイヤル。とても正気とは思えないが、実際、戦闘能力や不測の事態への対応力、予測能力などの育成のため、また生徒自身の意欲向上のため、序列を作る”戦闘”行事は大きな意味を持っている。
ますますもって、何故私が特待生なのか分からない。縁に思い当たる節はなく、戦闘なぞしたことがない。
まあいい。分からないことはいくら考えても仕方がない。元来謎の多い学園である。何かしらの方法で埋もれた才人を選出する方法でもあるのだろう。きっと私はその誤ちで選ばれたのだ。
荷解きを終え、寝具やテーブルなどが追加された質素な部屋を見渡す。とりあえず、引越し完了だ。
さて、件のバトルロワイヤルは明日だ。やる気はないとはいえ、疲れを残さないためにも、早めに寝ておくべきだろう。
そう思い、簡単にシャワーでも浴びようと風呂場に足を向けたときだった。
ふらり、と。立ちくらみに似た感覚と、抗えない程の眠気が私を襲った。
そして、倒れるように、私は眠った。
夢を見ている。感覚的に私は理解した。気付けば私は石畳の上で、その道の先に家がある。足元には奇妙な、白い小人が集まっていて、警戒するように、あるいは歓迎するように私を見上げていた。
私は家へと足を進めた。道の端に立ち並ぶ墓。柵で区切られた先の大樹と花畑。先の小人が遊ぶ水盆。
知らないはずの光景が、不思議と懐かしく感じだ。まるでここが私の故郷かのように思えた。
家は、扉が開いていた。そこは家と言うにはあまりに小さく、何かの作業台と物入れと、壁一面の本棚があるだけだった。
ギッ、という音がして、その方向へ目を向ける。
「───おや、君か」
車椅子に座った爺が、私を見て懐かしむようにそう言った。私はいくつかの疑問を、彼に問い詰めることにした。
「私を知っているの」
「知っているとも、知っていないとも言える」
「ここはどこ」
「悪夢だよ。尤も、誰のものかは分からないがね」
「貴方は誰」
「ゲールマン、そう呼ぶといい」
煮え切らない回答ばかりが返ってきて、結局知れたのは彼の名前だけだった。
「ここに来たのも何かの縁だ。君に、頼みがある」
孫にでも語りかけるように、彼はそう言った。内容を聞くよりも先に、私はまた、あの立ちくらみに襲われた。
「君には、この先多くの悲劇が待っているだろう」
霞む視界の先で、ゲールマンが悲しそうに私を見ていた。
「全てが終わったあとに、また会おう」
私はベッドの上で目を覚ました。カーテンの隙間から光が差し込み、朝が訪れたことを知らせてくる。
夢にしては、あまりにも現実味があった。絶えない疑問に苛立ちが募るが、ともあれ入学式の朝だ。初日から遅刻するわけにはいかない。
とりあえず顔を洗おうと立ち上がり、ようやっとそれらが目に入った。
折り畳まれたノコギリ刃の鉈。在るだけで威圧感を放つ片手斧。妙な重みを感じる杖。そして、古式の短銃と長銃。
見たことがないわけではない。あの夢の中の家、そこにあった作業台に乗せられていた何らかの刃物たちが、この斧や鉈と似通っていた。
何が私にそうさせるのか、私はその武器の使い心地を確かめることにした。鉈のグリップを握って軽く振り、或いは斧を振り、杖を振った。初めて使うはずのそれらは、古くから愛用していた武器かのようによく手に馴染んだ。
いくつかの疑問を残しながら、それでも武器を持っていなかった私にとっては渡りに船だ。やる気のないバトルロワイヤルだが、仮にも重大行事。多少頑張るくらいならやってもいいだろう。
そうしている内に、気付けば家を出なければいけない時間になった。私は、学園給付の武装ケースなるものにこれらを詰め込み、初めての道を歩き出した。
正直もう書かないと思ってたけど、初めて愛着が持てたオリキャラだったので、ちゃんとこの子の物語を書き上げないといけないって思っちゃったんです。