狩人が獣狩りに用いる、工房製の銃。
獣狩りの銃は特別製で、水銀に血を混ぜ
これを弾丸とすることで、獣への威力を確保している。
また、短銃は散弾銃に比べ素早い射撃が可能なため
迎撃などに適する。
開戦直後から、体育館や図書館、そして校庭などの広いかつ人の集中しやすい地点は混沌を極めていた。魔術が飛び交い武器が飛び交い、正しく激戦といった有様だ。
それを踏まえるなら、人が比較的少ない廊下という中途半端なポイントは運のいい場所なのかもしれない。
とはいえ廊下は通り道。必然、移動中の敵と鉢合わせることはある。
「はぁ!」
無駄のない構えから放たれる素早い袈裟斬り、すかさず逆袈裟が放たれ隙が消される。この2つの斬撃からなる無限の剣技。それが目の前の刀使いの戦法だった。
こちらが杖である以上、リーチは少々負けている。下手に飛び込んで殴ろうとすれば、すかさず一刀両断されることだろう。
故に、私はこの”仕込み杖”のもう1つの顔を解放する。
それは、多くの刃片が連なった、蛇腹剣。
リーチは逆転する。
「なっ」
「終わり」
斜めに一閃。連なる刃が複雑に肉を裂き、辺りに血をばらまいていく。2度目の攻撃で首を断ち、程なくして、敵はポリゴンのように砕けて消えた。
これで、丁度10人目だった。
不思議なことだ。恐らくは戦闘訓練を受けていて、あるいは戦闘経験のあるだろう他の生徒を、素人も素人の私が圧倒できてしまう。
加えてこの武器。今朝のことから、私がある程度これらを扱えることは分かっていたが、予想以上だった。
私を選出した人間は、別に目が腐っていたわけではないらしい。
ともあれ、こうして廊下を歩いているだけで、そこそこ敵を倒せてかつ順位も稼げる可能性が高いと分かった。腕自慢は皆激戦区へ向かうだろうし、しばらくリタイヤすることはないだろう。
・・・このとき、私は失念していた。
能ある鷹が爪を隠すように、あえて激戦区を避けて、敵が減るのを待つ猛者もいるということを。
【狩り】
<死ぬよ?>
私の中で誰かがそう言った。
横に飛ぶ。少し前まで私の首があった場所を、スローイングナイフが通り過ぎた。
「マジ、あれ避ける?」
ゆっくりと姿を現したのは、フェネックの獣人。それは、私も知っている有名人だった。
「尾丸ポルカ、だったかしら」
「へぇ、知ってんだ。有名になったね〜ポルカも」
彼女は、とあるサーカス団の団長。経営が低迷していた小さなサークル団を、たった一代で世界を跨ぐ大サーカス団に成長させた稀代の天才。それも当時は子供というのだかったという。ニュースでもうるさいくらいに紹介されていたので、記憶に残っている。
まさかこの学園にいたとは。
「背後から奇襲なんて、酷いわね」
「だってさ、ルールなしって監督が言ったじゃん?」
「確かに」
尾丸ポルカを正面に捉え、蛇腹剣に変形させた仕込み杖を構える。
「ところでさ」
彼女の不敵な笑みに、嫌な予感が働いた。
「監督さん、チーミングもありって言ってたんだよね」
後ろか。
咄嗟に振り向く。誰もいなかった。
<死ぬよ?>
「嘘だよ」
「っ!」
咄嗟に腕を盾にし、飛来するナイフからかろうじて首を守った。
「うっそだ、これ反応する!?」
「酷いわね」
続くナイフを短銃で撃ち落とし、両手にもうナイフがないことを確認。持ち直される前に近付く。
「あ、ちょっと、待っ───」
蛇腹剣の間合い。既に振り切り、確かな手応えとともに血が舞った。狙いは首、完璧な形で命中している。
これで、終わり。
「なんてね」
死体がナイフを投擲してきた。避けきれず、腹部に深く突き刺さる。
「不思議ね。確実に斬ったし、血も出た。なのにどうして、傷がないの?」
「やだなお客さん、マジックは分からないから面白いんじゃん」
勝ちを確信した道化が、私を見下して笑っていた。
(あっぶな!!)
尾丸ポルカは内心安堵していた。実際のところ、彼女は開始直後の時点で玲香に目をつけていた。髪色のカラフルなこの学園でも珍しい銀髪に、人形みたいな無機質な整った顔立ちが目立ったのは確かにそうだが、何より獣人としての野生の勘が、あれは危ないと警鐘を鳴らしたからだ。
そして、勘は的中していた。間隔の長い独特のフットワーク、当たれば鈍いダメージを残す杖、そしてリーチに優れた複雑な切り傷を与える蛇腹剣。
(奇襲なら余裕だろと思ってたけどまさか1発食らうなんて)
短剣を構え、膝をつく玲香に油断なく近付いていく。無名の相手、しかも今日初めて見た敵。それでも既に、最大級に警戒しなければならない危険な相手。
不用意に近付けば一杯食わされるという確信が、ポルカにはあった。
「ところで、チーミングあり、だったわよね」
「命乞い?それとも騙そうとしてる?」
「まさか、貴女が一度やった手だもの。貴女が騙されるはずがない」
「当たり前じゃん」
玲香の瞳が動いた。
「だから今味方を作ろうと思って。助けてくれるわよね?」
「なんかいんのかよ!」
背後を振り向く。
「嘘よ」
「マジ!?」
一瞬の迷いの後、ポルカは回避を諦めた。そして防御も捨てた。
(衝撃と痛みに備えろ!耐えれば、耐えれば勝てる!)
彼女の思考には根拠があった。
ギフトという概念がある。それは、魔力による魔術や霊力による霊能力、神力とも違う異能力。ある日、突然に宿るそれは、世界からの努力の報奨と言われている。
ポルカは、自身に宿ったギフトを”アクター”と呼んだ。
”アクター”の能力は、嘘。彼女は無傷を演じることで降りかかるダメージを無効化できる。
一撃耐えれば演じられる。そして、演じれば勝てる。
(耐えろ!耐えろ!耐えろ!)
玲香は、考えていた。何故無傷なのか、
もしも仮に、その一撃で、何かしらの欠損を負わせることができたなら。もしも仮に、内側にダメージを入れられたなら。
彼女は無傷でいれられるだろうか。
2秒経った。衝撃はなく、痛みもなく、静けさだけがあった。
警戒対象が、分かりやすい隙に何もしてこない。奇妙な状況に、ポルカは短剣を振り切りながら反転する。
してしまった。
眼前、否。
声はなかった。代わりに、喉から空気の抜ける音がした。
トリガーが引かれる。
「──────ぁぁあああ!!」
咄嗟の回避が間に合うも、銃弾が眼球の表面を抉っていった。
「欠損は治せない」
それはさながら実験のように、玲香は次に移る。杖に戻したその武器で、肺の上を突き貫いた。
「ガッ!!」
尤も、刃物ですらない杖に刺し貫くなどという芸当はできるわけもなく、衝撃は全て内側へ流れ込み、暴れ出す。視界欠損、呼吸困難。まともな”演技”などできるわけもなく、傷はそのまま。
「詰みね」
もう一度銃口が突きつけられる。今度は、額。ちょうど脳を撃ち抜ける位置。
「化け、物・・・!」
最後に、この道化の少女を支配していた感覚は、恐怖だった。
「知ってる」
引き金が引かれた。
「いやー、身代わり作っといてよかったぁ」
尾丸ポルカが消える様を見ながら、
彼女のギフトは”嘘”。その効果は、
今回玲香が倒したのは、ポルカがその口八丁によって”自分は尾丸ポルカだ”と信じ込んでしまったそこらの一生徒である。”アクター”による治癒も、実際は演じれば治ると信じ込んでいたからで、本物のポルカが信じ込んでも意味はない。
「にしても、怖すぎるだろ」
あれも自分だからこそ、彼女はその恐怖を理解できてしまった。さながら狩人に追われる獲物の気分だった。
「よし、あれに手を出すのはやめよう」
軽く震える足を尻目に、ポルカは玲香から離れるように走り出した。