獣狩りの銃で使用される特別な弾丸
通常の弾丸では、獣に対する効果は期待できないため
触媒となる水銀に狩人の血を混ぜ、これを弾丸としたもの
その威力は血の性質に依存する部分が大きい
「いやー今年は豊作って聞いてたけど、まさかここまでとはね」
各地点で激化し続ける戦闘、その全てを観測しながら、フブキは率直な感想を呟いた。今でこそ学園最強の一角を担ってはいるが、果たして、入学当初の自分にこの戦場が生き残れたかと考えると、その頬を冷や汗が流れ出す。
「年に5人といれば多いってレベルの才能がゴロゴロと」
学年上位を目指せる逸材が、次の瞬間には吹き飛んでいる。その様に頬が引き攣るが、この程度で頭を抱えてはいられない。
何せ特待生4人全員が、まだ本格的な戦闘を行っていないからだ。
「──1人目、”白銀騎士団次期団長”白銀ノエル」
無謀にも勇み挑んできた生徒を、校舎の端から端まで景気よく吹っ飛ばす、メイスを振り抜いた少女。高度な回復魔術に、生まれ持った異常な耐久性。そして、触れているものの重みを倍加させる”ギフト”。単一目標に対する破壊力は学園で見ても最高峰。
「──2人目、”傭兵”獅白ぼたん」
学園に
「──3人目、”流浪人”風真いろは」
太刀術のスペシャリスト。その圧倒的な技量もさることながら、最も恐ろしいのはその素早さ。速く走れる、というわけではなく、抜刀、切り返し、残心、納刀など、あらゆる基礎の動きが段違いに速い。近頃、ある組織に入ったらしいが、現在は単独で行動中。
「──そして、問題の4人目」
負った傷を一切気にせず、適当に廊下を歩いて回る玲香。それは、徘徊するオートマタのようにも、または獲物を探す獣のようにも見えた。
「他の3人に比べれば、戦いとは無縁の可愛い女の子のはずなんだけど、本物じゃないとはいえ”ギフト”持ちまで圧倒するなんて」
これが天才か〜、っとフブキは耐えきれずに頭を抱えた。
ポリゴン片となって消えたポルカを尻目に、玲香は次の敵を探す。腕に刺さったナイフは既に引き抜かれ、彼女の武器の一つとなった。腹部のそれは、失血死の恐れがあるために触れていない。
戦闘に疎い彼女は、先の一戦からそういうこともあるのだ、という学びを得た。次あのような再生能力を持つ相手は、内側から攻めよう、あるいは目を狙おう、という学びだ。
また、杖の状態の使い心地も確認できた。衝撃を内側まで届かせるなら、確かにこちらのほうがいい。
角で待ち伏せしていた相手の首を突きながら、そんな感想を持った。
首の骨が砕けた敵が、そのまま消えていく。
そして。
「えい!」
「・・・!」
ポリゴンの海を掻き分けるように、大振りのメイスが落ちてきた。
瞬間、校舎が揺れる。
「あれ〜、打ち抜いたと思ったんだけどな〜」
軽く陥没した床からメイスを引き抜いた、どこか緩い雰囲気を纏う銀髪の少女。
特待生が一人、白銀ノエルである。
「ただの一撃でこの威力、貴女も何らかの能力を持ってるの?」
「ん〜、今から砕く相手に、説明する意味ってないよね?」
「不親切ね」
恐らくは、監督たるフブキが1番恐れていたカード。特待生同士の戦闘が、比較的序盤で巻き起こることとなった。
【狩人】
「てりゃ〜!」
気の抜けるような掛け声とともに、凄まじい威力を込めたメイスが振り抜かれる。大振りなそれは、素人目で見ても躱すことは簡単だが、しかし一撃で沈むという事実が敵対者に緊張感を生む。
が、相対する玲香は、そのような感情と一切無縁であり、既に10を超える攻撃を危なげなく躱し、カウンターを叩き込んでいた。
問題は、このカウンターが効いている様子がないということだった。
蛇腹剣で斬ろうにも刃は通らず、杖で殴ろうともまるで鋼鉄を叩いたかのようにその手に衝撃が返り、銃弾は頑強な肉体を貫くことはできなかった。
さすがに、目や関節部は露骨に守っているので、攻撃を通す余地そのものはあるようだが。
逆に言えば、ノエルは自身の弱点を理解している。故に防御を弱点に集中させることができる。
これほど攻めずらい相手もいないだろう。
「や〜!」
猛攻が始まった。力任せにメイスが振り回され、壁や床に触れる度に蜘蛛の巣のような罅を作り出す。避けることしかできない玲香は、ひたすら距離を離し、銃弾で牽制を行う。
「そんなの効かないよ!」
嘘だ、と玲香は判断する。正確に言えば、通りはしないが衝撃は入る。事実、猛攻の勢いは完全に停止し、銃弾を受けた際に衝撃に負けて一歩退いてしまっていた。
(多分バレちゃってるよね)
そして、はったりが既に通じていないことを、ノエルは気付いていた。他でもない、堪えきれずに下がってしまったという自身のミスが原因であることも。
ノエルにとっての脅威は、杖や変形後の蛇腹剣ではなく、銃。牽制として、距離を離して撃ち込まれる弾丸なら衝撃だけが厄介だが、もし至近距離で撃たれたら、あるいは血を流してしまうのではないか。
短銃が勝利の鍵と気付いた玲香、短銃をこれ以上撃ち込まれたくないノエル。
両者は、短期決戦を選んだ。
前方へステップ。牽制で杖による首を狙った薙ぎ払い。左腕で防ぐ。胸元に突きつけられる銃口。
ノエルは、それを無視し、メイスを両手で握った。
ギフト”スマッシャー”を発動。メイスの重みが倍加される。
弾丸1発、それを耐えれば勝ち。肉を切らせて骨を断つ、耐久性任せの力押し。それがノエルのとった戦法。
だが、引き金は引かれなかった。
横薙ぎに払われたメイスを、屈んで回避し、すかさずもう一度銃口を向ける。
狙いは、
「え!?」
目標を失ったそれはあらぬ方向に振り切られ、次の攻撃に繋げることはできないが、ノエルならそれを引き戻すことは簡単だ。
簡単なはずだった。”スマッシャー”による重みの倍加、掛かりきった遠心力、そして銃弾の衝撃。
一瞬、動きが鈍る。
それは、玲香にとっては致命的な隙だった。
視界の端、この戦闘が始まってからずっとそこにいる、あの悪夢で見た小人たち。
何かを伝えようとしている。
<聞いてあげて>
私の中で誰かが優しく笑った。
晒された隙。見開かれた瞳。
私は、彼らに導かれるように、その腕を目の前の敵の腹に突き刺した。
そして、凄惨に引き抜いた。
酷い出血だ。噴き出した血が私を染め、辺りに飛び散り、芳醇な香りを漂わせた。真っ赤な腕が愛おしくて、膝をつく敵に溜飲が下がる。
恐怖の滲んだ瞳が私を射抜いた。
口元を触れる。そして、ようやっと私は、私が笑っていることに気が付いた。
きっとこれが、”愉しい”という感情なのだろう。
「ありがとう」
私は、綺麗な瞳に向けて引き金を引いた。
上半身が極限まで逸れ、銃弾の威力を物語るノエルの身体。撃ち込まれた左目から血が溢れ出し、命の終わりを告げている。
脳が撃ち抜かれた。常人ならばまず間違いなく死亡する傷。
玲香は、血に染ったその右腕を、まるで赤子を愛でるかのように撫でて愛おしげに眺めていた。生まれたばかりの血溜まりで踊りながら、初めての悦楽に浸っていたのだ。
それは、明確な油断であり、
彼女の耐久力は並外れている。筋肉が、骨格が、というわけではなく肉体そのものが常人のそれを遥かに凌ぐのだ。眼球や首、関節部を守っていたのは、飽くまでもその部位が比較的柔らかいから、という理由。
要するに、玲香の弾丸はノエルの脳を撃ち抜く程の威力を持ってはいなかった。
時に、ノエルが持つギフト”スマッシャー”の能力は、触れているものの重みを倍加させる。
それは、最大八層まで重ねられる。
特注のメイス、その質量は約50kg。の、2の8乗倍。つまり
約13tの大鉄塊が、万力の膂力でもって振り下ろされた。
校舎が、崩壊する。