ハルは翌日から通常のように授業へと参加し、変わらない生活を送る。
「ねぇ、ハル……話が」
「悪いな、ティナに頼んでくれ。俺はこれから訓練だ」
昔からの記憶か、かつての記憶を思い出したハルだがクラスの立場は微妙なものとなった。
授業態度も、生活態度も、何もかも変わらない。
だが、クラスメイトに何処か壁ができていた。
射撃訓練場に立ち、慣れた手付きでライフルによる射撃を行う。
腕は格段に上がっていた。いや、戻ったと言っていい。
頭や心臓といった弱点を寸分違わず撃ち抜く腕は変わらない。
「……無差別いや、目的の為なら……彼奴と、サーシェスやスローネ共と同じだ」
「ロックオン!ロックオン!」
「ハロ、お前は変わらないな」
1時間、渡された弾丸を使い切るまでじっと撃っていた。
現れる目標を、ただ只管に撃ち抜く。
「…そろそろか、会長の手伝いしないとな」
簡単な整備をした後、ハルは生徒会室へと入る。
「ハル君、来てくれたんですね」
「副会長、了解です。こちらに」
「私は副会長では……いいです。お願いします」
書類捌きは今生で覚えた事だ。射撃以外の才能としては良いものだと改めて思う。だが、今は自身の射撃の才能が必要だ。
「素早いですね、もう私の書類まで」
「いえ、仕事ですからね」
自分の仕事が終われば虚の書類にも手を出す。
「そういえば、他のメンバーは居ないんですか?」
「ハル君は書記ですが、同じ1年生に書記長が居ます。
しかし……」
「いえ、サボリですか?まぁ、良いんじゃないですか。俺は、大人数でやるよりも静かにできるのが良い」
「…そうですか、後の書類は私の方で行います。もう、ハル君は大丈夫です」
虚が優しい顔をしながらハルの手を取る。
感謝を素直に伝えているのだ、ハルもソレをよくわかる。
「…なら、副会長。この書類にサインを」
「…えぇ」
「では、俺は変わらず」
虚がサインした書類はシミュレーターの使用許可。
長期的な使用許可を事前に申請しているのは有り難いが、ほぼ一つ占領するのはいただけない。
だが、実情、ハル以外にシミュレーターを使用する人間が居ないのも事実だった。
「病み上がりです、あまり無茶は」
「副会長、俺はテロリストが嫌いなんですよ」
自分自身すら憎んでいる、アリー・アル・サーシェスも、今回のテロリストも。自分自身さえも。
「…あぁ、咎なら受けるさ」
「ハル君?」
虚がその呟きを聞いたかは誰にもわからない。
だが、確実なのは憎しみを抱いた瞳を見られたと言う事だ。
「…刹那、お前は変われたか?」
世界が変わっても戦いは、テロリストはなくならない。
MSがISに変わっただけだった。
「…ふぅ、」
ハルのロックオンの最大の特技は狙撃である。
しかし、早撃ちなども得意であり戦闘センスは初期のマイスターの中でも高い方だった。
「……乱れ撃つってんなら、ライルの方が向いてるな」
「ライルって?」
「会長、気にしなくていいさ。古い知り合いだ」
「なにそれ、私よりも歳下の癖に」
楯無は何処か怒るような仕草を見せながら、ハルへと歩いてくる。
「凄いわね、世界1狙えるわよ?」
「ありがとな」
そこでハルはいや…ロックオンは思い出す。
楯無のデータを。日本国籍を既に捨て、ロシア国籍を取るだけでなくロシア代表まで上り詰めた。
日本ではできない事を他国ならできたのだ。
「…なぁ、会長。日本国籍ってのは捨てられるか?」
「貴方……何を」
「別にこの国に恩もなければ未練もない」
それはロックオンの記憶が完全に戻るまで、ハルが感じていたもの。比較され、蔑みはなくとも、憐れまれ、庇護下の存在だと下に見られてきた。
ロックオンは理解している。この身体は確かに弱い、鍛えていない訳では無い。
喘息というマイナス要素を持ちつつも、記憶を取り戻すまで鍛え、その度に苦しんできた。だが、今は問題ない。
傷付いても、走っても、発作は起こっていない。
「俺は、俺の力を証明したい。いや…証明する。その為に、この国に居るのはできない」
「そんなの……第一、国は」
「アイルランド、俺はBT兵器モドキの使用経験もある。
あの国はイングランドを嫌ってる。問題ないだろ」
それだけではない、アイルランドの代表候補生の中に見覚えのある、ロックオンがかつての自分。ニール・ディランディが忘れられない名前かあったのだ。
今の顔は昔の自分と瓜二つ、はっきり言えば日本人よりもヨーロッパ系と言われた方が良い。
「…頼む、楯無。誰にも言わないで欲しい」
「無理よ、そんなの……隠し通すのは」
「出来なくは無いんだな」
「……」
「……いや、恋人に無理言うのは無しだ」
「恋人って貴方!」
「前に言ったよな、俺は本気だ」
ロックオンは楯無の唇に情熱的にキスをする。
この世界での運命、ニール・ディランディではにくハル・オリムラとして、本気で恋をした。
「…必ずお前の冷え切った心。狙い撃つ」
ロックオンは楯無を抱きながら静かにもう一度キスをした。
「なんで……なんで……貴方は」
「返事は……」
「必ずYESって言わせてやるさ、」
ハルは楯無の手を取りながら自室へと帰る。
誰かに見られはしない、誰もいない通路が二人を祝福するように感じた。
「ねぇ、ハル君。ハル君はなんで…なんで…私なの」
「さぁな、惚れるのに理由が居るのかい?」
「…そう、ごめんなさい。可怪しな事を」
「いいさ、なぁ、会長。アンタは、この世界をどう思う?」
「?」
「悪かったな、変な質問だった。っと、シャワーを使わせてもらう。あと、副会長をあんまし困らせるなよ?」
ロックオンはそのままシャワーを浴びた。
熱湯ではない、シミュレーターで火照った身体に冷水が降り注ぐ。
「デュナメス…どうにか、アイルランドに」
自分のデータの貴重性を理解している。
だからこそ、日本は手放す事はせずデータを秘匿するはず。
他国はきっとそのデータを欲しがるだろう。
「……あぁ、やってやるさ。俺はもう、決めた。
過去も、変わらねぇ。俺は、ハル・オリムラでも、ニール・ディランディでもない。俺は、ソレスタルビーイングのガンダムマイスター…ロックオン・ストラトスなんだからな」
戦争根絶、その為に数多の咎を背負ったこの身体。
たとえ、一度死んだと言えど魂にその咎は残っている。
「……ふぅ」
冷水で身体が急速に冷えていく。
身体をタオルで拭き、インナーを着る。
その上から簡単なバスローブをまとった。
「終わったの、変わらずバスローブなのね」
「大浴場に行かなくて良いのかい?時間はまだあるだろ」
「そうね、行ってくるわ。ハル君」
「了解ですよ、お嬢様」
ロックオンは楯無を見送り、自身に与えられあノートPCを開く。
「……アイルランドの自爆テロ」
女性権利団体、それはロックオンにとって憎むべきテロリスト。
無差別テロ、何が目的なのか信念もなにもない狂った者達。
「こんな奴等に…くそ」
被害者の一人に見慣れた名前がある。
ニール・ディランディ、かつての自分の名前。
顔だけでなく、年齢や体格も同じだった。
「……アイルランドに」
学園を適当な理由で欠席し、せめてアイルランドにあるディランディ家の墓参りぐらいはしたかった。
どうするかと悩み、ハロを弄くろうとすると部屋の扉が叩かれた。
利府
「…はい、どなたで?」
ロックオンはドアスコープから客人をみた。
「リンインよ、あの開けてもらえないかしら」
「どうぞ」
ロックオンは扉を開けてリンを招き入れた。
バスローブ姿に驚いていたが、すぐにロックオンがインナーを付けていると分かると安堵の息を吐いた。
「ハル、あの」
「謝罪も何も必要ない、俺はお前に負けた」
「…違う、私の負け。私は本気だった、でも勝てなかった。
専用機を持っていながら、専用機を持っていない生徒にあと一歩、いえあと一撃まで追い込まれた挙げ句気絶した。ハルが専用機なら負けてた」
「…教えてやるよ、リンイン。俺は焦った、あと10秒。俺があの手を切るのを躊躇えば勝っていた。俺の判断ミスだ」
「そう、それよ。ハルの使ってたラファールはあの後オーバーホールが入ってたわ。それに、絶対防御があるはずなのに、怪我までした!ハル、アレは」
「教える義理は無いな。アレは俺の奥の手だ。」
「奥の手って!本来なら有り得ないことが」
「俺に口を出すなよ。俺は証明するだけだ、俺の力を。俺の実力を。
それは、誰であろうと邪魔はさせない」
冷徹に、そして決意の瞳をリンへと向けるロックオン。
それは猛禽類が獲物を狙っているかのように鋭く、全身から冷や汗を出させるものだった。
「話は終わりだ、俺はこれからハロの整備をする。さっさと帰れ」
「…あの、最後に良い?」
「なんだ」
「ごめんなさい、ハルの決意も、ティナの意思も踏みにじって」
「そうかよ、なら俺じゃなくてティナに言いな。俺には関係ない」
「うん…そうよね、ごめんなさい」
リンはそう言うと部屋から出ていった。
ロックオンは既にリンをなんとも思っていない。
「ハロ、ハッキングだ」
「リョウカイ、リョウカイ」
翌日から1週間、ロックオンは学園から姿を消した。