「お兄ちゃーん、手紙きてるよー」
風は冷たくとも、日差しは暖かい。そんな日のこと。
俺の妹、小町が差し出したのは真っ白な封筒だった。
「俺に?」
「そうだよー、珍しいねー」
小町よ。
その“珍しい”というのは、この時世に手紙が来る事が珍しいという意味か?
他者との関わりがまるで無い俺に手紙が来るのが珍しいという意味か?
……たぶん後者だな。涙出てきた。
小町の言う通り、宛先にはきっちり俺の名前が記載されていた。
「で、誰から?誰から?」
「元気だなお前は……」
俺は小町に促されるがままに差出人を確認した。
差出人は、フェンリル極東支部。
そのまま封を開け、中身を取り出す。
――ああ、そういうことか。
入っていたのは、誓約書とか申請書などの書類が数枚。
ここまで来てようやく俺は全てを把握した。
要するに、だ。
フェンリルは、俺に『ゴッドイーターになれ』と言っている訳だ。
「おにい……ちゃん、これ……」
「……小町」
俺は小町の頭をそっと撫でた。
家族がまた消えてしまうのが怖いのだろう。
――ただ会えないのではなく、この世から去ってしまうということが。
「流石にこれは、逃げられねぇからな」
その言葉はまるで自分に言っているかのようだった。
「心配すんな、小町を残して行かねーから」
俺と小町の両親は、既にこの世には存在しない。
死因はアラガミによるものだ。
現時点で、小町の家族は俺しかいない。
俺にとっても小町しかいない。
だから、生きなくてはならない。
俺も、小町も。
そして、守らなくてはならない。
俺が、小町を。
「お兄ちゃん、約束だよ」
「おう」
小町が足元の猫を抱き抱えた。知らないうちに住み着いた野良猫だが、ちゃんと名前がある。
「にゃー」
そうだな、カマクラ、お前も家族だったな。
小町のついでに守ってやるよ。
◆◆◆
ゴッドイーターの身体能力を駆使し、突っ走る。
さっきまでかなり慌てていた俺だが、走ってるうちに冷静さを取り戻していった。
落ち着け、まだあわてるような時間じゃない。
辺りを見渡せば、アラガミから逃げる人々で埋め尽くされていた。
下手したら人酔いするぞ俺は。
アラガミの姿はない。防衛ラインは破られたが、対アラガミ装甲壁は突破されていないのだろう。
だからといって、安心してはいられないのは確かだ。
装甲壁はオラクル細胞の『偏食』という性質が利用されている。
人に食べ物の好き嫌いがあるようにアラガミにも好き嫌いがあるらしい。
それを踏まえて、アラガミが嫌う
だが、現状でこっちに向かってくるアラガミがいるということは、『対アラガミ装甲壁』なんてもはや『対アラガミ装甲壁(笑)』である。まあ、そうならないように神機使いは日々アラガミのコアを回収し、装甲壁の偏食傾向を更新し続けているわけだが。
小町は逃げてくれただろうか。
とにかく俺は、援軍が来るまでの時間稼ぎをしなくてはならない。
自宅はもう目の前だ。一応、家の中を確認しておくか。
と、玄関のドアが勢いよく開いた。
「うおっ!」
目の前に飛び出してきたのは、俺の生きる希望だった。
「あ、お兄ちゃん!」
あ、お兄ちゃん。じゃねーよ!
「何してんだ!早く逃げろ!」
「いやー、カーくんがタンスの隙間に入り込んじゃって……」
そう言う小町の胸にはカマクラが抱き抱えられている。
と、再びドアが大きく開かれた。
目の前に飛び出してきたのは、ゆるふわビッチだった。
「あっ、ヒッキー!」
あっ、ヒッキー。じゃねーよ!
「なんだ由比ヶ浜か」
「ちょっとヒッキー!なんだってヒドくない!?」
由比ヶ浜は奉仕部の部員だ。紹介おわり。
それよりもだ。
もう壁が破られそうだってのにこの状況はかなりマズい。
つーか何で由比ヶ浜が小町と一緒にいるんだ。
おっと落ち着け、慌てるな、俺。
まずは、小町と由比ヶ浜を避難させなくては。
最悪、俺がアラガミと戦ってでも小町と由比ヶ浜を逃がす。
いや、まてよ。
――そういえば、神機を置いてきちまったな、俺。
これじゃ戦えないね、はちまんミステイク☆
「……しまったァァァァァ!!」
「お兄ちゃん!?」
「えっ、ヒッキーどうしたの!?」
いかん、不覚にも取り乱しちまった。
ここで小町に不安を与えるわけには……。
「大丈夫だ……問題……ない……」
「いやお兄ちゃん、全然大丈夫じゃないでしょ!目が凄い腐ってるよ!」
というか、ここでこんなこと話してる場合ではない。
「ほっとけ元からだ……それよりお前らは早く逃げろ」
「お兄ちゃんは!?」
「ヒッキーは!?」
……息ピッタリかよ。お前ら姉妹なの?
小町の兄として自信なくしちゃうんですけど。
「……俺は仕事だ」
俺は赤い腕輪を掲げ、神機使いとしての仕事ということを示す。
その時、ドッカーン!と盛大に装甲壁が砕け散った。
「っ!伏せろ!」
俺はとっさに小町と由比ヶ浜を抱え込む。ひゃっ、と二人は声を上げるが、落下してきた瓦礫が砕ける音でかき消された。
しばらく耐えていると瓦礫の雨は止み、俺は立ち上がりながら二人の無事を確認する。
「さて、と」
さぁ問題です。シスコンの俺にとって、仕事と妹(+α)はどちらが大事でしょうか。
答えは、聞くまでもないな。
「走るぞ!」
え、仕事?
ちょっとなにいってるかわかんないです。
俺は小町と由比ヶ浜の手を取り、走ってきた道を引き返した。
しかし小町も由比ヶ浜も神機使いではないため身体能力は常人レベルだ。このままでは壁を突破してきたアラガミに追いつかれてしまうだろう。流石に二人も担げないしな。
ちなみにシェルターなんてモノはない。装甲壁が突破された以上、最も安全な場所はアナグラだ。
俺は思考を巡らせた。
壁外の戦闘員が戻ってくるのが先か、アナグラからの援軍が先か。
壁外の戦闘員を待つならばここで小町たちを物陰に匿い、俺がアラガミを引きつけて時間を稼ぐのがいいだろう。逆に、アナグラからの援軍を待つならこのまま走り続けたほうがいい。
しかし壁外にはほとんどの戦力が割かれ、今のアナグラの戦力では決定打に欠ける。援軍が簡単に突破されてしまった場合、丸腰の俺では太刀打ちできない。
くそ、どうすればいい。
「……ヒッキー!」
俺が自らの優柔不断さに嘆いている中、由比ヶ浜が声を上げた。
「なんだ?手が汗ばんでるのは気にすんな」
「違うってば!アレ見て!」
由比ヶ浜が後ろに指を差す。
「なっ……」
禍々しくも神々しい光を放つ
ボルグ・カムラン神属、第一種接触禁忌種『スサノオ』――。
神機を好んで捕食するという偏食傾向を持ち、『神機使い殺し』の異名を持つ。
そのため、一般の神機使いの接触は禁止されている。
でも俺は神機を持ってないから狙われないかもしれない。やったね。
たぶんコイツが親玉だな。
中型アラガミくらいなら何とかなったかもしれないが、スサノオ相手では引き付ける以前に瞬殺されてしまうだろう。ならば、逃げるか。
そう思った矢先、前方にアラガミが飛び出してきた。
「なんだよ……早いな……!」
現れたのは逞しい体躯を持つアラガミ『コンゴウ』。
聴力が高く、真空波での攻撃を得意とするアラガミだ。
マズい。ヤバい。最悪の状況だ。前にはコンゴウ、後ろにはスサノオ。
神機があれば強行突破できたかもしれないが、その神機が無い。
何が「スサノオに狙われないかもしれない」だよ。数秒前の俺ぶん殴りてぇ。
荒神が
コツン、と何かが俺の手に当たった。
そうだ、まだ打つ手はある。
アラガミよ、
「耳と目ぇ塞げ!」
小町と由比ヶ浜にそう叫び、俺は灰色の球体を前に放り投げる。
球体はコンゴウの目の前に落下した瞬間、閃光と爆音を発した。
球体の正体はもちろん、リンドウさんからもらったスタングレネードだ。
心の中でリンドウさんに感謝。
俺はもう一度、二人の手を取って走り出した。そして行動不能状態に陥ったコンゴウの横をすり抜ける。
――高い聴覚が
もうすぐアナグラだ。このままなら逃げ切れる……わけでもない。
俺が期待して、裏切られなかったことなんて無い。
「お兄ちゃん!」
気づいてるよ、追っかけてくる別のコンゴウだろ。しかも二体。
思い出したよ、コンゴウは群れを形成するってこと。データベースに載ってた。
追いつかれる前に、俺は小町と由比ヶ浜を狭い路地に退避させた。
小町の腕の中でカマクラは欠伸をしている。呑気なヤツめ。
「すぐ助けが来るからな」
「お兄ちゃん……」
流石、俺の妹。俺が今からすることを理解していらっしゃる。
「心配すんな、無理はしない」
不安にさせないようにフォローも忘れない。俺マジ紳士。
「……ヒッキー!」
由比ヶ浜が俺を引きとめようと腕を伸ばす。だが俺はその腕をするりと躱した。
由比ヶ浜の目は潤んでおり、少しだけ罪悪感が湧く。
だから俺は、償いの代わりに言った。
「由比ヶ浜。依頼、頼めるか」
俺からの依頼に由比ヶ浜は少し驚いた様子だったが、すぐに真剣な表情に戻り
「部長によろしく」
そう言い残して返事も聞かぬまま、俺は通りの真ん中へと躍り出た。
あんな依頼、相手がまだ了承してないので口約束にすらなってない。
我ながら卑怯なことをしたものだ。
それにしてもあいつら、アラガミに追われている中でよく平常心を保てたな。意外と図太い性格してるのかもしれん。
俺が今からやるのは囮だ。
死亡フラグも立てたしな。でも死亡フラグは立てすぎると逆に生存フラグになるらしい。
やっべ、麻痺していた恐怖心が今になって再稼働してきた。
ま、どうせやらなければ死ぬだけだ。
俺は、気配の消し方を知っている。逆説的に、何をすれば目立つのか知っている。
手っ取り早く、確実に目立つ方法。それは――。
怒らせる。
これは人間に限った事ではない。犬でも猫でも怒りの対象になったものは否応なしに注目される。
ソースは俺。
「さぁ来い!クソアラガミ共!」
言いながら、手に持った瓦礫を二体のコンゴウに投げつける。ほとんど直線的に飛んでいった瓦礫は見事に命中した。さぁ、怒れ。トドメに口角を釣り上げて精一杯見下した視線を送ってやった。
グォォォォッ!と呻りながら突進してくるコンゴウを躱す。俺には反撃する手段がないので、回避に専念する。振り回される腕。全体重を乗せたボディプレス。時には、見えないはずの真空波をギリギリで躱していった。
簡単に挑発に乗ってくれて結構助かった。
コンゴウの群れを引き連れながら移動して、小町たちが逃げる隙を作ろうかと考えていた時だった。
「カーくん!ダメッ!」
そんな叫び声と同時に、小町が狭い路地から飛び出して来たのだ。小町の走る先にはカマクラがいた。
カマクラはアラガミの間を縫うように走り、瓦礫の隙間に入り込んでいってしまった。つまり小町はその場に残された形になってしまう。
新しい
ほぼ脊髄反射だった。
俺は、アラガミを見て立ち竦んでしまった小町を押しのけて、腕を振りかぶったコンゴウの前に出た。当然、殴られるのは俺である。
「か……はッ」
クリティカルヒットだった。腹の中の空気が全て外に出た。なんなら血も混じっていたような気もする。
俺は壁に叩きつけられてズルズルと座り込んだ。
肋骨が3本逝ったな、とかカッコイイことを言ってみたかったが声が出ない。
つーか折れた本数とか実際わかんねぇよ。
コンゴウは俺の目の前で腕を振り上げる。
人生の終わりを覚悟した俺に、何かが覆いかぶさった。小町だ。
このままでは、小町も――。
逃げろ、と言いたかったが声が出ない。守りたいのに体が動かない。
視界が暗くなる。音が遠ざかっていく。脳と身体との接続が途切れたかのような感覚。
焦燥感、恐怖、絶望。全てに支配されたその先にあるのは、死。
小町――。
突然、キィンと耳鳴りがした。
――お兄ちゃん。
何も聞こえなかったのに、小町の声が響く。
――死なないで。
一瞬、脳裏に浮かんだのは膨大な量の記憶の奔流。走馬灯というヤツだろうか。
――約束、したじゃん。
約束。
それは、自らに課した“誓約”――。
何としてでも守り抜く。
俺は守りたい。
だから小町――。
力を、貸してくれ――。
というわけで第三話終了です。
キャラが若干ブレてる気がしますが、私の文才ではこれが限界ですゴメンなさい。
結構、難しいです。なめてました。
書いてるときに、書きたかった事とか色々ゴチャ混ぜになって、最終的に何書いてるのかわからなくなっていきました。
つまり何が言いたいかというとですね
読みにくいかもしれませんゴメンなさいでした
ちょっとだけ解説すると冒頭部分は回想です。八幡が神機使いになる前の話です。
今後もこんな感じで回想シーンはさむかも知れないので気をつけて読んでください。
あと『誓約』とか出てきてますけど、完全にレイジバーストに影響されてます。
楽しみなんです、仕方ないです。
それでは次回をお楽しみに。あと、感想待ってます。