「おやおや代行殿、目のクマが酷くなってるじゃないの」
『会長が失踪したことに加え、火災による被害の総計、及び矯正局から脱獄した生徒らへの対応などがありますので…』
ゲヘナ学園内にある一室、総帥室
その一室で、大変だねぇと言いながら頬杖をついているフェル
画面の向こうの人物は、眉間をほぐしつつ話を進める
連邦生徒会長が失踪した際の通信の時より明らかに目のクマが酷くなってんなと他人事のように考える
フェルからすれば、他人事以外の何物でもないのだが
「それで?忙しいだろうにわざわざ通信してきた理由は?」
『…エデン条約の件です』
「あぁ、そういうのもあったねぇ」
エデン条約
長い間対立してきたトリニティ総合学園、そしてゲヘナ学園
その二つの学園から互いに構成員を出し合うことで、「エデン条約機構(ETO)」を設立
この機構によって、両自治区間で起きている紛争解決、そして全面戦争回避をしようとという構想である
連邦生徒会長によって発案された案である
しかし
「その肝心の連邦生徒会長は失踪した、と…笑えるね」
『…現在捜索中です、見つかり次第連絡するのでどうか慎重な』
「慎重な行動しろと?連邦生徒会とはいえ各学園の運営に口出す権限があったか?」
画面に映る代行の言葉を遮ってそう言う
「そもそも今までバチバチに仲が悪かった奴と『ハイ、今までのことは忘れて仲良くしましょう』なんて言われて仲良くできるのか?それに長年の対立でうちの学園の生徒は殆どがトリニティに嫌悪感や憎悪を抱いてる、逆もまたしかりだ、あちらもこちらに良い感情は持ってねぇだろうよ」
『…しかし、仮に両校が全面戦争となった場合、どれほどの被害が出るか想像ができません』
「それを避けたかったならもっと前にこういう発案すればよかったんじゃないの、この対立をここまで放置してきた連邦生徒会が何を今更って感じだよ、しかも肝心の発案者は失踪…本当に成立させる気があるのか、そもそもトリニティと組んで何か仕組んでるんじゃないのか、そう疑いたくもなる」
フェルの言葉に黙り込む代行
しかし言われても仕方ないだろう、長年対立してきた関係はそう簡単に改善しない
大体連邦生徒会が介入しようと思えば、いつでも介入出来た話
全面戦争を避けたかったならば、もっと早くに発案しておけばよかったのだ
あの超人と呼ばれていた能力を持つ連邦生徒会長だからこそこんな発案が出来たのだろうとわかっての発言であったが
「まぁこちらとしても無用な争いは避けたいからね、一応善処はするさ」
『…感謝します』
「さっさと連邦生徒会長見つけることだ」
そう言うと通信を切るフェル
ふぃーと言いながら椅子の背もたれによりかかると、扉をノックする音
開いてるよー、というと扉を開けて入ってくるのは、ゲヘナ風紀委員長、空崎ヒナ
「おーヒナ、いらっしゃーい」
「…誰と話してたの?」
「んー?代行殿だよ、連邦生徒会が混乱してる今は慎重な行動を求めるだって」
どの口が言ってんのかねぇ、と言いながら座るように促すフェル
そうね、と言いながらトテトテと歩いて、フェルの膝の上に座るヒナ
そんなヒナの頭を撫でながら、書類に目を通す
「んで、どうなの風紀委員会の方は?」
「美食研究会とか温泉開発部がゲヘナ内では大人しくしてるから比較的楽、問題はトリニティとの境界線の方、あそこで不良が暴れると鎮圧するのに慎重に行動しなきゃいけないから…」
「成る程ねぇ」
「ところでフェル、話は変わるけどトリニティから書簡が届いたって聞いたけど」
ヒナの言葉に、そう言えばトリニティから書簡が贈られてきてたなと思い出す
内容は、そちらのサークルである美食研究会、温泉開発部などがトリニティで暴れて損害を出している、これらのサークルや部活のメンバーを逮捕するなり引き渡すなり、対応を求めると言ったものだったか
「なんて返したの?」
「ん?『そもそもそのサークルや部活をこちらは公認していないから只の集団でしかなく、ゲヘナでは何もしてないから逮捕や拘束のしようがない、トリニティで暴れているに関してもそちらの自治区内で起きている話であり、そちらの治安組織が無能なのだから本当なのかどうか確認のしようがないので対応しろと言われても困る』と返しておいたよ」
「相変わらず悪趣味ね…裏では公認してるくせに」
まぁねぇ、と言いながらヒナの頭を撫で続ける
温泉開発部、美食研究会
これらはキヴォトスでも名の知れた凶悪集団であり、もはやテロリスト扱いまでされている
無論ゲヘナもこのような集団を公認してはおらず、違法なサークルと公には宣言している
しかし、裏では資金や物資を提供して、実質公認していた
ゲヘナで暴れることも多かった集団ではあるが、フェルが交渉したことによってゲヘナで暴れることはなくなった
美食研究会には、ゲヘナの飲食店の整備、及びゲヘナ外の自治区で起こした行動には黙認
温泉開発部には、フェルが掘り当てたゲヘナ自治区内の温泉を管理、及びゲヘナ外の自治区内での開発活動は黙認
これらの条件と引き換えに、ゲヘナでは暴れないことを約束させたのだ
なおフェルは、これらの条件を達成するために何徹もする羽目になり、見かねたマコトによって強制的にベットに叩き込まれたのだが、それはまた別の話である
「まぁ美食が爆破してたのは大体違法な方法で稼いでたりしてた店、それさえなくせば美食は大人しくなるだろうって踏んでたからね、温泉開発に関してはゲヘナ外でやる分には困らないし…何より管理を任せてる温泉のお金がこちらに入ってくるからウィンウィンだよ」
「だからと言って徹夜で解決しないで欲しい、眼の下に真っ黒なクマを浮かべて虚ろな表情を浮かべてぶつぶつ言いながら仕事をする姿は怖かったんだから」
「悪いねぇ」
ヘラヘラ笑いながらそう言うフェルをジト目で見るヒナ
はぁと溜め息をつくと、フェルの膝から降りるヒナ
「あれ、もういいの?」
「うん、聞きたいことは聞けたし、充電もできた…また後で」
「お疲れ、頑張ってねー」
そう言ってヒナを見送るフェル
そしてヒナが完全に部屋から離れたのを確認すると、端末から音がなる
「…ふぅん」
画面を確認したフェルは立ち上がると、部屋を出て歩き出した
ゲヘナ自治区の一角
不良生徒達も近づかないような、廃墟しかないその一角に、専用車に乗ったフェルの姿はあった
治安が良くない地域にもかかわらず、フェルが乗る車を襲撃する者はいない
まぁゲヘナ自治区内に存在する無数の不良生徒たちは、フェルに手を出そうとしないし、寧ろフェルのためなら何でもするのだが
フェルが総裁になったころ、そんな事知ったことじゃねぇ良いから金寄越せやと不良生徒たちはフェルを襲撃した
いかにもゲヘナらしいやり方である
そして、数日後、彼女らはフェルの言う事には絶対服従するようになっていた
何があったのかと聞いても身体を震えさせるだけでまともに答える事はなく
そんな事が何度も続けば、不良生徒たちは必然的にフェルを襲うことはなくなった…何をされているのか分からない恐怖から
その恐怖につけ込む形で、フェルが甘い汁を吸える政策を施したのだから、ついてくるのは当然といえよう
「…あ、ここで止めて」
そう言って車を止めさせて降りるフェル
降りた先にあるのは、使われなくなって久しい廃ビル
「今日は遅くなるから、君は先に帰ってて、また連絡する」
「はっ!お気をつけて!」
その言葉に手を振り、廃ビルの中に入ったフェルを確認したのち、車は再び発進した
その廃ビルには、地下がある
その地下へ続く階段を下りていると、やがて頑丈な扉が目の前に現れる
榴弾砲の直撃にすら耐えられる特注の扉は、フェルが目の前に立つと同時に開き始める
途端に部屋の中から溢れ出す薬品の匂い
相変わらずだなと思いながら部屋に入り、自分を呼び出した相手を探す
「早かったじゃないか、総帥殿」
「相変わらず薬品の匂いが充満してるね、換気ぐらいしたら?」
「心配しなくてもちゃんとしてるさ」
ハハハ、と笑いながらそういうのは、申谷カイ
連邦矯正局から脱獄した『七囚人』、そのうちの一人である
エデン条約に関しては完全に私の個人的に思っている事
長年対立してきた相手とそう簡単に和解できるもんじゃないでしょ
先生がいないこの世界なら猶更
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