「――――何で…ッ!? 一体何なのよ、アレは!? どうなってるのよ、ジル!」
ジャンヌ・ダルク――――黒い姿のジャンヌ・ダルクは、己が従える翼竜の背に乗って逃げていた。涼しい顔でバーサク・ランサーとアサシンを瞬殺してのけた蒼い鎧のサーヴァント。
およそマトモな英霊とも思えないが、アロンダイトということはフランスの英霊ランスロット? なんであんな小娘? 私が反応すらできないあの速度は何!? と盛大に混乱しつつもワイバーンを急がせ、背後を振り返り――――。
タラスクとかいう竜種?をバーサク・ライダーが召喚しているのを遠ざかりつつ眺める。
まあ速度でアレに追いつくのが無理でも、マスターがいる以上はバーサク・ライダーとセイバーを放ってこちらを追いかけるのは不可能。そのはずだ―――!
「こうなったら――――来なさい、ファヴニール! ジル、何をやっているの!? 早く、早く助けに来なさい!」
戦力が十分なのだから、各個に街を破壊して回った方が効率的――――そんな考えはあの化け物によってひっくり返された。
ジャンヌの必死の叫びに応えてファヴニールは全速でこちらに向かっており、ジルもようやくこちらの危機に気づいたのか念話が――――。
ふと、気配を感じてジャンヌは背後を振り返り――――。
誰もいない。
誰もいなかった。
あの化け物も、バーサク・ライダーとセイバーも。
あの憎たらしいジャンヌがこちら目掛けて走っている。
それに併走するように盾持ちのデミ・サーヴァントがマスターを抱えていて。
「―――――悪いけど、予定が詰まってるんだ。君と遊ぶ暇はないよ」
「―――は?」
頭上から声が響いて。
一撃。
あまりにも軽い、心臓の霊核すぐ近くを鋭利な何かが貫く感覚。
頭部、胸、腹、四肢、首。
およそサーヴァントでなければ致命傷であろう損傷を、一瞬のうちに叩き込まれて宙に舞う。
「うーん、やっぱり村正と比べて脆いし上手くいかないな……。ま、いっか―――あ、ちょっと深かったかも」
「―――――がっ―――――ごほっ」
ふざけるな、と言おうとして声が全く出ないことに絶望する。
フランスに裏切られた怒り、
何が悪かったというのか。
神の言葉に従い、フランスを救った
そのはずなのに――――なぜ。
なすすべもなく地面に叩きつけられ、それでもサーヴァントであるが故に致命傷にはならず、屈辱と土の味を味わいながら地面を握りしめた。
「わ…たしは…――何も、間違ってなどいない……のに! ――これ…が、罰……だと…でも!?」
「へぇ、治ってる。たかが核融合反応程度なのに、意外と便利なんだね」
血反吐を吐きながら、ずたずたにされた四肢が修復されている事実にやや驚きつつも聖杯を持っているのだからだろうと自分を納得させる。
「間違ってない? どうでもいいけど、マスターに敵対したんだし私の敵でしょう? それだけで十分――――うん、十分だとも」
敵対すらしてなくても狩られるなんて、ありふれたことでしょう?
そんな冷たい泥のような、あるいは鋭い鋼のような視線――――不意に、化け物が目線を空に向けて。
――――――咆哮が轟いた。
この時代にあり得ざる真エーテルが震えるような、あるいは大気が引き裂かれるような。敵対者を凍り付かせるどころか、気の弱い生物であれば耐えられずに意識を失うだろう邪竜の咆哮――――。
「――――っ、あっはハハハ! どうやら時間を掛けすぎたみたいね! お前は終わりよ、邪竜の――――ファヴニールの焔に灼かれて骨まで燃え尽きるがいいわ!」
悔しいが、ファヴニールは強い。それこそ竜の魔女としての能力を与えられたジャンヌよりも正面戦力としては上。大きな体躯故に機動力は劣るかもしれないが、その火力も、外皮の固さも、並のサーヴァントでは傷すら付けられない。
それこそ竜殺しとして名を馳せた英雄、その最上位であるジークフリートが、命懸けでなんとか倒せるかどうか―――そのレベルの災害だ。
勝てるハズがない。
もし勝てる存在がいるとして――――そんなものが、サーヴァントとして大人しく何の能力もない人間に従う理由も、義理も、道理もない。
「――――やっと来たんだ。遅すぎ。そんな体たらくで竜を名乗るなんて、恥ずかしくないの?」
「……は?」
だから。
まるで待っていたかのように好戦的な笑みを浮かべるその小娘も。
怯えたように空中で旋回し、降りてくる様子のないファヴニールも。
何一つ理解できないまま、戦端は開かれた。
「敵、生命境界――――捕捉。切開剣技、開始――――――
蒼い閃光がファヴニールに追い縋り―――稲妻のようにその矛先を変えて、ファヴニールの心臓のあたりに突き刺さる。
ファヴニールが恐怖と絶望に満ちた悲鳴を上げ、それを聞いてなんとか集めようとしていたワイバーンの制御が散り散りになる。
「はぁぁぁあっ―――――バンカァーッ!」
鱗によって頑丈に守られていた、そのはずのファヴニールの胸部。切り開かれたそこに、蒼い光とともに叩き込まれるパイルバンカーの如き一撃。
空中でバランスを失ってよろめいたファヴニールが墜落し――――それを逃すはずもなく、落下先に先回りしたソレは、呼吸のみで莫大な魔力を生み出す竜の心臓によって更なる宝具を展開した。
「君はもう私のものだ――――血も肉も零さない―――――深い水底へ連れていこう!」
魔力が宝具の剣を切っ先として、巨大な槍のように閃く。
否、閃いたと思った瞬間には流星のように空を横切っていて。
無事のように見えたファヴニールは、一拍遅れて胸に空いた大穴から大量の血が噴き出し。黄金の光になって消えていく。
何事もなかったかのように、返り血すらなく、音もなく降り立った化け物の出した剣が、まるで一秒先のジャンヌの末路を知らせるかのように鋭く輝く。
「嘘――――嘘よ。……なんで―――――」
「………さて。綺麗に取り出すのも手間だけど、コツは掴めて来た…かな」
「聖杯よ――――なんで」
聖杯の力で逃げ出そうとするも、反応がない。
ジルといた時には大丈夫だったのに――――なぜ。なぜ。なぜ――――。
「――――じゃあね。
意識が消える。その瞬間。
ほどけた身体が、聖杯に変わっていくのを見た。
確かな自我を持っていたハズの自分が、聖杯から造られただけの贋作だったと知る。
聖杯は、ジルが所有者だったから。だから私が独りで願いを叶えることはできなかったのだと。あるいは、私がただ聖杯によって造られただけの贋作だったからか―――。
(――――こんな、終わり方なんて)
―――――――――――――――――
「戦闘終了。面白味のない戦いでした――――でも。はい、マスター!」
マシュに運ばれること数十秒。
遠目に見てもあっさりと倒されたファヴニールに絶句するジャンヌとマシュだったが、無事に追いついたメリュジーヌは笑顔で聖杯を差し出してきた。
「どうやらあのジャンヌ・ダルクは聖杯で造られた偽物だったみたい。倒したら戻ったから、はいあげる」
「ありがとう。さすがメリュ子」
『せ、聖杯だー!?』
『ロマニ、転送準備! よーし、これでこの特異点もお終いかな!』
どっかの牛若丸が首級を見せてくるくらいのノリで聖杯渡してくるじゃん…。
当然ながらカルデアは大慌てになるのだが、嫌そうな顔で振り返ったメリュ子がアロンダイトを散弾のようにばら撒くと、近くの森から謎の触手生物がわらわらと湧き出て来た。
「これは、一体…!?」
「マスター、私の背後に!」
即座に庇ってくれるジャンヌとマシュだが、メリュジーヌは少し嫌そうな顔のまま適当に周囲を薙ぎ払って言った。
「そっか。聖杯の所有者はまだ無事だから――――倒せればいいんだけど」
「場所分かりそう?」
「………うーん、近くにはいそうなんだけど。こう嫌な気配が多いとね」
「ドクター、どうです?」
『全然分かんない! というかさっきから計器がちょっと不調で―――』
「――――なら、僕たちが役に立てそうかな!」
「ヴィヴ・ラ・フランス! なんだかとても大事な場面を逃してしまったようだけれど――――まだ間に合うかしら?」
と、何者かが横から触手生物―――恐らくジル・ド・レェの宝具で召喚されているのだろうそれを蹴散らしつつ硝子の馬が現れ、前にいたジャンヌがさりげなく警戒しつつも声を掛けた。
「貴方たちは――――」
「僕はアマデウス。ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト。戦闘はともかく、耳には自信があってね――――竜の咆哮を聞きつけてやってきたというわけさ。で、こっちはマリー」
「よろしくお願いいたしますわね」
……なぜマリー・アントワネットが硝子の馬に乗ってるのかは全く不明だが、とりあえずメリュ子以外の機動力と索敵能力はとてもありがたい。
「うーん、聞くに堪えない音だけれど――――向こうの方角、2kmくらいかな」
「どうする、マスター?」
サクサクと触手を片付けつつもこちらに視線を向けてくれるメリュジーヌに頷いて応え、すぐに飛翔したメリュジーヌを見送って数秒。
さっくりと魔力の供給源を失った触手たちが消え始めた。
ついでとばかりに、特異点の問題が解決したサーヴァントたちも。
「あら」
「えっ、僕たちの出番これで終わりかい!?」
「ヴィヴ・ラ・フランス! 今度は是非、わたくしも呼んでくださいね!」
「やれやれ、ゆっくりと音楽を奏でる暇もないなんて――――」
スゥーっと消えていく二人。
助かったんだけど、なんかこう……若干申し訳ない気持ちになる。
いや多分今どっかで死にかけてるだろう竜殺しことすまないさんの方がアレだけど。
「あの……終わり、ですか?」
「みたいです…?」
消えていくジャンヌは、自分の偽物がいたこととか、首謀者がジルだったこととか、色々言いたそうなことはあったが、それでも笑顔を浮かべた。
「―――ともかく! 無事に解決して、被害が少なければ問題なしです! いいですか、カルデアのマスター。これから先、きっともっと困難な旅路が待ち受けているでしょう。けれど――――忘れないでください。私たち人理に刻まれた英霊の多くは、貴方の味方です」
「あっ」
「えっ?」
「――――メリュジーヌとフランス観光の約束!」
「………えっと?」
聖杯を持ったままそんなことを叫んだものだから、急に退去の流れが止まる。
どうやら観光させてくれるらしい。
スッと再び実体化したジャンヌは、微妙な顔で、笑顔でマスターに抱き着くメリュジーヌを見た。
「さっすがマスター分かってるぅ!」
「マスター!? 聖杯の私的な利用はあまりよろしくないのでは―――!?」
「魔術的リソースを回収しないといけないし………あの、ジャンヌ…さん?」
「………はぁ。お願いですから、用事が済んだらなるべく早く退去してくださいね」
そういうことになった。
すみない
リハビリも兼ねた一発ネタなので
特に山もオチもなくてすまない
とりあえずメリュ子がマトモに戦闘になる相手が出てくるまではこのままなのだ…。