東方Project二次創作短編集 作:dwwyakata@2024
幻想郷の支配者階級と言えば賢者ですが、その中でももっとも露出が高いのは八雲紫でしょう。
黒幕然とした実力者とされていますが、茨歌仙ではあっさりスキマから引きずり出されたり、実際の実力にはかなり疑問がのこります。不良天人よりは強いようですが。
そんな八雲紫が普段はどんな仕事をしているのか。
其処にフォーカスを当てた話です。
序、「最強」の素顔
「忘れられた」者達が集う場所、幻想郷。日本のある場所に存在する此処は、結界によって外部からも内部からも壁を造り。一部の妖怪や神々を除けば出入りすることさえ出来ない。
明治時代頃に此処の仕組みは完成し。
現在は賢者と呼ばれる強力な妖怪数名によって管理され。
住んでいる人間達も妖怪もその仕組みを受け入れ。
妖怪は人間を襲い。
人間は妖怪を怖れ。
そして勇気をふるって退治する。
そんな仕組みが未だに生きている場所だ。
少なくとも表向きはそうで。
普通に暮らしている人間は誰も存在を知らない。
文字通りの理想郷。
そうなっている筈の場所なのだ。
その幻想郷の一角にある屋敷。誰も入れないようにしている其処の空間に、裂け目が出来る。
裂け目の両端にはリボンがついていて。
裂け目から出てきた女は、げっそりと窶れていた。
八雲紫。
幻想郷の賢者の一人にて。
事実上、現在幻想郷を運営しているただ一人の妖怪である。
他の賢者は幻想郷を作って以降ずっと寝ていたり。
自分で作った世界に引きこもっていたり。
幻想郷を管理する気が無かったり。
ほぼ全員が。
幻想郷の管理業務を、紫に押しつけている。
そのため負担は尋常なものではなく。
外では得体が知れない、最強の妖怪として振る舞っている紫だが。
家に戻ってくると。
どっと押し寄せてくる疲れにより、それこそ布団に直行してしまうのである。
へろへろになった紫が布団の上でぐったりしていると。
彼女の式神である八雲藍が来て、テーブルに茶を並べる。
彼女は式神だが。
なんと九尾の狐である。
最強の妖怪の一種である九尾の狐に、式神という鬼神を憑依させることによって、式神の人格で動かしているという存在で。
それだけで紫が如何に強大な妖怪か分かる、というものなのだが。
実際には九尾の狐は人間に退治される程度の妖怪に過ぎず。
つまるところ、力の限界は知れている。
西洋などでは、神の強力な敵対者が存在する上、その圧倒的な実力は人間が及ぶところではないと明言されている。
いわゆる悪魔の存在だ。
東南アジアなどでは、原初の恐怖が現役であり。
闇そのものの妖怪は未だに強い力を持っている。
だがこの国では違う。
元々天照大神という圧倒的な最強が存在し、それによって国が平定されて以降。神に対抗できる存在は神話的にも民俗学的にも存在してこなかった。
いわゆる祟り神の類も、基本は祀れば福を為す存在であり。
見た者を族滅するとまで言われているあの夜刀の神でさえ、神社に祀られている程なのである。
唯一天津神に対抗できた神はアマツミカボシくらいで。
それも神話によっては調伏されている。
つまり圧倒的な神々に、最初からこの国の妖怪は対抗できる状態にはなかった。古い古い時代からそうだったのだ。
幻想郷最強。
神に等しい力。
そう言われる紫だが。
実際にはそう言わせるように。
多大な努力をし。
周囲を怖れさせるために。
素の自分を常に隠しているのである。
「藍ー。 甘いのちょうだいー」
「お茶菓子は用意してありますが、食べてすぐ寝ると太りますよ」
「いいのよもう。 脳をこれ以上もないほど酷使してるんだから」
「情けない格好でそんな事を言わないでください。 貴方は蝸牛の妖怪ですか」
ぐだぐだと式神に文句を言われる紫だが。
布団の上でげっそりしている有様は。
確かに蝸牛のようである。
藍に助け起こして貰い。
適当に茶を啜って。
茶菓子にする。
げっそりしている紫は。
ある程度元気が出てくると、愚痴を言い始める癖があるのだが。
今日はその元気も無かった。
しばらくもそりもそりと茶を啜り。
適当に茶菓子を食べる。
なお人間を常食しているという噂がある紫なのだが。
勿論茶菓子は人肉などでは無く。
九州で有名なカステラである。電話番号が有名な方では無い。
カステラをゆっくりゆっくり超スローで食べ終えると。
紫はテーブルに溶けかかる。
紫色を基調とした服。
何故かいつも持ち歩いている傘。
空間のスキマ、正確には境界を概念も含めて操作する能力。
そして充分以上に美しい人間に似た容姿。
いずれも自分を「凄い妖怪」に見せるための小道具。
勿論妖怪としての実力はトップクラスなのだが。
残念ながらこの世界には、神々という妖怪より遙かに強い存在がいて。幻想郷に閉じ込められている妖怪との戦力差は絶望的だ。
既に信仰が廃れた神の中には、幻想郷に移り住んでくる者もいるにはいるが。
信仰が現役の神々には、いわゆる護法神と呼ばれる、人間を悪鬼の類から守る者も存在しており。
そういった連中に目をつけられたら。
それこそ幻想郷なんて、一日で潰されてしまう。
その事態を避けるために。
紫は毎日。
それこそカミソリで出来た綱の上を渡るような苦労を重ね。
心労をいびつな形に積み。
その結果、このように死にかけているのだった。
勿論神隠しした人間を喰いたい放題、などという事はしていない。
そんな事をしたら、一日で殺される。
勿論普通の妖怪や、大した信仰も得ていないような神々に負けるほどヤワでは無いが。
護法神の類は、あまりにも力が圧倒的過ぎるのだ。
そんな圧倒的な連中から、この閉ざされた小さな理想郷を守るため。
今日も紫は、心身を削り、だましだまし働いているのである。
藍が咳払いする。
「そろそろよろしいですか、紫様」
「んー、寝たい……100時間くらい」
「状況に変化がありました」
「……」
紫が上目使いで見るけれど。
少し紫より背が高い人型を取っている藍は駄目、と視線で告げる。
尻尾が九本生えていなければ。
九尾の狐だとは気づけないだろう。
基本的に幻想郷では、妖怪は人型を取る。
強大なものでも。
それに例外は無い。
大きくため息をつくと。
紫は自分の忠実な式に、報告をするように促した。
空間上に絵図が展開される。
術式によるものだ。
「現状の幻想郷の勢力図です。 現時点で人里の人間に被害は出ておらず、結界を通って迷い込んだ人間もおりません」
「それは知ってるわ。 続きを」
「はい」
この幻想郷は結界によって守られているが。
そもそも外の世界で存在を否定された者を守るために結界を張っているのである。
畏怖や信仰を失った妖怪も神々も。
外では生きていけない。
結界が張られたのは500年前。
更にこれが明治時代と外で呼んでいる時代に改良を加え、完成されたのだが。
結界そのものはかなり広域に展開しているため。
どうしてもほころびが出る。
迷い込んでくる人間や動物が希にいるのだが。
それは人里では「余程運良く人里か神社にでもたどり着けなければ妖怪に喰われてしまう」としている。妖怪を恐ろしいものと認識させるためだ。
実際には、結界を通った時点で紫か藍が感知。
人間が気付かないうちに外に放り出す。
実際、幻想郷にいる、特に下級の妖怪は人間を喰う者もいる。ただしそれはあくまで余程運が悪い場合は、であって。
実際には、そういった迷い込んだ人間が埋葬されているとされている無縁塚が非常に狭い事からも分かるように。
年がら年中人間が迷い込んでは。
妖怪に喰われて死んでいる、などという事は無いのだ。
勿論人里の人間には教えない話だが。
そうすることで。
妖怪は人間を常食していると思わせ。
恐怖を煽る。
その畏怖が。
妖怪の存在を維持するのだ。
咳払いをすると。
藍は続ける。
「現時点で活発に動いている勢力は二つ。 守矢神社と聖徳王の勢力です」
「問題が起きているのね」
「はい。 まず守矢神社ですが、積極的に山の妖怪に声を掛けて回っています。 元々山の妖怪の一部は天狗に対する反発から守矢神社にすり寄る傾向がありますが、山童と河童はもうほぼ取り込まれているとみて良いでしょう。 天狗の一部がそれを見て、きな臭い動きをしています」
「守矢の二柱は八咫烏の分霊を操作できるほどの存在。 本気になったら天狗じゃ勝ち目がないわね」
藍が頷く。
幻想郷にある山は、古くに姿を変えたと言われているある山なのだが。
此処は一種の聖域であり。
古くは鬼が支配権を握っていた。
その鬼達が、地上が退屈になったからか地下に去って以降。
主に天狗が山のイニシアチブを握ってきた。
第二勢力としては河童(川にいる場合は河童、陸に上がった場合には山童というが、性質は大差ない)がいたのだが、天狗と河童には大きな差があった。
組織を作る力、である。
河童は恐ろしいほど協調性が無い妖怪で、数だけはいるし、それなりに強い個体もいるものの。何しろまとまりがない。
これに対して天狗は、組織は硬直化しているものの、それなりに個々が強い上に一体がやられれば全部がまとめて報復に来る。
もしも戦いになれば結果は明白だ。
このため天狗と戦いたがる山の妖怪はおらず。
天狗も好き勝手をしていたのだが。
この状況に水を差したのが、外の世界から神社と湖ごと最近になって引っ越してきた守矢神社だ。
神話の時代から名を馳せる強大な武神二柱と、その力を借りた風祝。つまり現人神ともいえる巫女によって守られたこの守矢神社は、現状では天狗に不満を持っていた妖怪達を抱き込んで信仰を獲得しており、更に人里にも積極的に信仰獲得の手を伸ばしている。当然二柱の実力は圧倒的で、紫でも迂闊に手出しが出来ないほどだ。スペルカードルールというお遊びに乗ってくれなければ、幻想郷の最大戦力である博麗の巫女でさえ、手に負えないかもしれない。
そして天狗は天狗で、非常に硬直化した組織が若い者と年老いた者の間に対立を産んでおり。
現状天狗の最大戦力である射命丸文に至っては、基本的に裏で何を考えているかまったく分からない有様である。
「今後も警戒を。 まあ天狗が潰されるのは別に構わないけれど、守矢があまりに勢力を伸ばしすぎると厄介よ」
「幻想郷を乗っ取られる、ですか?」
「そういうこと」
「分かりました。 注意を払います」
現在守矢の巫女はどこか抜けているところもあるまだ青臭い小娘だが。
小娘はいつまでも小娘では無い。
そもそも人間どころか、奇蹟を行使する半人半神とも呼べる存在であり。普通に空も飛ぶ。
幻想郷に来てからは、加速度的に戦闘経験を積んで成長している。
現状は武神二柱が守矢の主導権を握っているが、この巫女の成長次第では厄介だ。
次、と促すと。
藍が画像を切り替えた。
聖徳王。
いにしえの時代の伝説の王である。札になった事もあるほどの有名人だが。近年外の世界で存在を否定する言説が出たことで、なんと仙人化した本人が幻想郷に手下と一緒にきた。まあ具体的にはその過程で色々あったのだが、兎に角状況はほぼそんなところだ。
現在紫が一番警戒しているのは。
他ならぬこの聖徳王だ。
伝説と違い女性である聖徳王は、仙人として積極的に里に声を掛けており。
他の勢力の有力者や、力がありそうな妖怪にも積極的に粉を掛けて回っている。
何しろ頭が回る上に、非常に優れた政治手腕の持ち主である。
人里が望むなら。
自分が為政者として降臨しようと提案した事もある。
これが一番困る。
幻想郷のイニシアチブを握っているのは妖怪で無ければならない。
理由は簡単で。
究極的に見れば、人間にとって妖怪は「いらない」のである。
自分の天敵になる妖怪がすぐ身近にいる事を好まない人間は、幻想郷の人里でも珍しくはない。
そして人間の行動次第では。
大惨事が簡単に起こる。
例えば最近山彦という妖怪が壊滅的な被害を受けて絶滅危惧種になったが。
これは人里で、「山彦は迷信だ」という噂が流れたからである。
それだけで弱い妖怪は致命傷を受ける。
そういうデリケートな場所が幻想郷であって。
人間の扱いを最も心得ている聖徳王は、その本人の仙人としての実力も非常に高い事もあり。
今、もっとも目を離してはならない存在である。
「また人里で、数人の弟子を取った様子です。 妖怪の中にも、彼女の麾下に入るものがまた数名出ております。 影響力は確実に伸びていて、このまま勢力を伸ばすと面倒な事になるでしょう。 里に彼女が現れると、相談をしに行列ができる程信仰も伸びているようでして」
「……拡大政策を更に続けているようね」
「命蓮寺は人里をコントロールしようとしていないからまだ良いのですが、聖徳王はあからさまにそれが見受けられるのが問題ですね」
「そうね。 さてどうしたものかしらね」
頷くと。
今後も監視を続けるように指示。
一応人里の首脳陣は紫が把握しているが。
聖徳王の行動次第では。
幻想郷が一気にひっくり返りかねない。
人里には紫のスパイとなっている人間や、人間に有益な妖怪も住み着いているのだが。これらが逐一情報を知らせてくる。
少し前には、人間がイニシアチブを握る外の世界に憧れるあまり、幻想郷での支配者階級である妖怪になろうとした易者が問題になったが。
実際問題、大なり小なり、管理されている事を快く思っていない人間は珍しくもないのである。
後は細かい報告を幾つか聞いた後。
風呂に入って、ゆっくり眠る事にする。
紫は一日12時間以上寝るのだが。
これは心労が酷いからだ。
毎日のようにその気になれば一瞬で幻想郷を滅ぼせる外の世界の神々の動向に気を払い。
更に幻想郷の足りない物資も調達しなければならない。
パワーバランスの監視も必要だし。
かといって、平和になりすぎると色々と困ったことも起きる。
他の賢者達はお世辞にも仕事をしてくれるとは言いがたいし。
文字通りのやりたい放題をしている上、その気になれば幻想郷を滅ぼせる実力者も何人かいる。
こんな状況で。
心労が溜まらない筈も無い。
そして疲れ果てている時に見る夢が、良い夢である筈も無い。
起きた。
目を擦りながら、朝食を用意している藍に聞くと。
案の定うなされていたという。
さもありなん。
さて、今日も。
嫌で嫌で仕方が無いけれど、幻想郷の外にもお出かけして、色々としなければならない。
紫さんといえば一日十二時間も寝ているらしいですが。
重度のストレスが原因だったりして……というのは個人的な感想です。みんな好きかってやりたい放題なのが幻想郷ですからね……。
それに起きている時間、暇をしているとはとても思えません。