東方Project二次創作短編集 作:dwwyakata@2024
幻想郷の食材妖怪。その2。人魚のわかさぎ姫さんですね。
この人も食材扱いされる可哀想な妖怪として有名です。
そしてそんな可哀想なわかさぎ姫さんを狙うのは。
幻想郷の暴力装置。戦力バランサー。博麗神社の巫女です。
幻想郷には草の根妖怪ネットワークというものがある。
幻想郷における、戦闘力という点で最下層の妖怪。或いは、戦闘そのものが大嫌いな妖怪が、互助のために組んでいる同盟である。とはいっても仲良しグループのようなもので、本格的な活動はほぼしていない。
わかさぎ姫はその草の根妖怪ネットワークの一員で。
何人かの妖怪とは友人だったが、かといって何が出来るというわけでも無い。
空を飛べるのがほぼ当たり前の幻想郷の妖怪の中でも。
わかさぎ姫は雨の時しか空を飛べないし。
これといった強い妖力なんて持っていない。
妖怪社会でのヒエラルキーが低い妖怪は、どんな妖怪でも妖精でさえも対等に戦える決闘方、スペルカードルールの技量を磨くことが多い。
そうしないと、無茶苦茶な事を言われても。
逆らう事さえ出来ない。そんな理不尽がままあるからだ。
近年は命蓮寺という勢力が出来て。
人妖平等を掲げる教義の下、虐げられている弱者妖怪を助けてくれるという事で評判になっているが。
勢力のトップである聖白蓮は元人間。しかも千年の時を経ている超実力者。幻想郷の強豪妖怪達とも拳一つで互角以上に渡り合う武闘派だ。
そんな元人間とはとても信じられない相手である。何より人見知りであるから、知らない相手なんて、怖くて近づけなかった。
幸い、親もおらず子もおらずとも。
幻想郷の妖怪は、ほぼ寿命も無く生きて行ける。
わかさぎ姫は綺麗な石を集めたり、お歌を唄ったりしながら日々を過ごし。
強い妖怪や、好戦的な妖怪が現れたらさっさと水面の下に逃げてしまい。
自分自身を守ることだけで精一杯だった。
時々、賢者が来ていう。
人間を襲うように、と。
勿論殺すのは御法度。
妖怪としての力を見せつけるだけでも良い。
例えば、妖怪としての圧倒的な力を見せれば、それだけで人間は怖れてくれる。
その恐怖が、幻想郷を支える。
貴方も幻想郷に住まうものの一人なら。
ルールに従って、人間を可能な限り怖れさせるように。
どこからでも好きなように現れる事が出来る賢者からは流石に逃げられない。
だからわかさぎ姫も、怖いと思いながら、その言葉を聞くしか無かった。
賢者は色々とアドバイスはしてくれる。
草の根妖怪ネットワークなんてものを組んでいるなら、他の妖怪と組んで、何か考えて見てはどうか、とか。
弱い妖怪を助けてくれる命蓮寺に行って、アドバイスを受けてはどうか、とか。
分かってはいるのだけれど。
怖くて出来ない。
今日もわかさぎ姫は、憂鬱な気分を抱えたまま、川を泳いでいた。
幻想郷の川はとても綺麗だ。
お魚もみんなころころと太って、脂が乗っている。
外の世界では、絶滅してしまった虫やお魚もいるという。
わかさぎ姫の主な食べ物は、これらお魚を一とする川の生き物。
人間には迷惑を掛けたことはないし。
ましてや殺した事なんて一度もない。
脅せと言われても、どうすればいいのか。
ふと、衝撃が来た。
そして、意識を失った。
気がつくとわかさぎ姫は、吊されていた。
水から出てもちょっとやそっとでは干涸らびたりはしないけれど。此処は違う。震えあがるに充分な場所だった。
見覚えがある。
博麗神社だ。
吊されている上にしばられている事に気付いたわかさぎ姫は。
みるみる血の気が引くのを感じていた。
ここに住んでいる博麗の巫女は、幻想郷最強の人間と名高く。単純な戦闘力でもスペルカードルールの技量でも卓絶している。
何しろ強豪妖怪達が面白がって遊びに来る程で。詰まるところ人間とは根本的に身体能力が違う強豪妖怪達と、まともに「遊べる」ほどの実力者と言う事だ。
妖怪が悪さをすれば音速で飛んでいき。
有無を言わさず殴る。
そして異変と呼ばれる大規模問題が発生したときは仕事モードに変化。
仕事モードの博麗の巫女は目に入った相手を知り合いだろうが何だろうが情け容赦なく見敵必殺するため、人間ですら近付かないと言われる。
文字通り幻想郷最強の武闘派は。
非常に恐ろしい存在として妖怪達に怖れられている。特に弱い妖怪は、博麗の巫女の名を聞いただけで泣いて土下座する程だ。
以前、ある異変でハイになっていたわかさぎ姫は、半ば無理矢理博麗の巫女と戦った(戦わされた)事があるが。
勿論手も足も出ず。
気がつくと、体中痛いので、なんでか分からずさめざめと泣いていた記憶がある。
ただ、目を赤く輝かせた博麗の巫女に。
恐ろしいオーバーキルされた気はするが。
それしか覚えていない。
だがそれは恐怖となって。
わかさぎ姫の身に刻みついていた。
「やっと起きたか」
「ひいっ!」
後ろから恐怖の声。聞き覚えがある。博麗の巫女だ。
振り返ろうとするが、下半身は魚のわかさぎ姫である。
しかも今は雨も降っていない。その上縛られて吊されている。
出来るのはぱたぱたもがくだけである。
後ろから近づいて来た博麗の巫女は、退屈そうに、恐怖で引きつっているわかさぎ姫の横を通り過ぎ。
前に出ると、ぽんぽんと大幣で肩を叩いてみせる。
この大幣が、どれだけの妖怪の頭をかち割り。
血を吸ってきたか分からないとさえ言われている。
妖怪にとっては、人間が妖刀と怖れるものより、遙かに怖い代物だ。
しかも博麗の巫女は、この大幣を使って空間さえ斬り。
別の場所に移動する、何て芸当まで見せるという。
妖怪から見ても、異次元の実力者。
それが博麗の巫女。博麗霊夢なのである。
今日も赤を基調とした巫女服を着て、大きなリボンをつけている博麗の巫女は。
品定めするように、じっとわかさぎ姫を見つめてから。
何があったのか、説明してくれた。
魚取りをしていたという。
川に拳を叩き込み。
衝撃波で気絶したり死んだりした魚を集めて、昼ご飯用にしていたらしい。
そういえば、時々水面が爆発するような音がしていたが。
それは博麗の巫女が魚取りをしていたからだったのか。
戦慄が背筋を駆け巡る。
つまり。そのダイナミックな「漁」にわかさぎ姫は巻き込まれてしまったのか。
「魚を捕る鳥が、急降下して獲物を狙うでしょう。 あれは魚が逃げてしまうから、なのよね。 だから私も、上空から急降下して、拳を叩き込むようにしているの。 魚が逃げると効率も悪いし、何度も無駄な殺生をしたくも無いし」
「そ、それで私は、その」
「……前から思ってたんだけれど、あんたおいしそうねえ」
固まる。
博麗の巫女は、じっとわかさぎ姫の下半身。
そう、お魚になっている部分を見つめている。
食べると不老不死になれるとかいう噂のある人魚の肉だが。そんな効果は多分無いはずだ。
だとすると、ただ魚だから、食べたいと思っているのか。
「気絶して浮かんで来たから、ほっとくのも何だと思って吊しておいたんだけれど……仮にも妖怪だし、肉体を失っても死なないわよね?」
「や、やあああああっ! 許して! 痛い事しないで!」
「泣いたフリしても駄目よ。 ちょっとどうやって食べるか考えるわ。 流石に人間部分は食べる気にならないし、それにおなかすいてたし」
まずい。
このままだと、本当に食べられてしまう。
博麗の巫女は兎に角怖い。妖怪にとっては、恐怖そのものだ。
純粋な戦闘力は幻想郷の賢者である八雲紫以上とまで言われていて。
しかも空間を斬って移動する事まで出来るのだ。
今まで数多の強豪妖怪を片っ端から叩きのめしてきた実力は伊達では無い。
捕捉された以上。
もう逃げる事なんて、できっこない。
はらはらと涙が流れる。
妖怪は肉体を損壊しても死なない。
それは事実だ。
だけれど、自分の体を食べられるような恐怖を、目の前で見せつけられたらどうなるか。
妖怪は肉体が死んでも死なないが。
精神が死ぬと死ぬ。
わかさぎ姫の精神が、その時生き延びられるかは。
分からない。
どうしよう。
どうすればいいのだろう。
何しろ此処は博麗神社だ。
助けを求めたって、誰も来てくれないだろう。
腹を空かせた博麗の巫女なんて、猛り狂っている龍と同じだ。
ましてや博麗の巫女の機嫌を損ねたりしたら、何をされるか分からない。
勿論妖怪を殺す方法にも熟知しているだろうし。
助けてと泣いて叫んでも。
助けに来る妖怪なんている筈も無い。
仮に気付いても、ガタガタ震えながら、影から見守るくらいしか出来ないだろう。
終わりだ。
走馬燈が流れる。
ろくな思い出が無い。
不老不死の肉というと、高く売れる。
だから人間にも散々追い回された。
悪さなんて何もしていないのに。
幻想郷に逃げ込んでからは、わかさぎ姫を襲って食べようという人間は減ったようだけれども。
それでも今こうして。
昔の悪夢が蘇ろうとしている。
博麗の巫女は黙々と焚き火を起こし。
手慣れた様子で捕まえてきた川魚を串に刺すと、焼き始めた。内臓を出しもしない。
そしてしっかり火が通ったのを確認すると。
骨も何も関係無く。
頭からばりばりと食べ始める。
どれだけ強い顎をしているのか。
あの大きさの魚だと、普通骨ごとかみ砕いて食べるようなことはないのだけれど。博麗の巫女はまるで平気である。
恐怖を通り越して、もはや半笑いが浮かんでしまう。
一匹目を食べると、旺盛な食欲で二匹目を。三匹目も。
わかさぎ姫は別に魚に対して同族意識のようなものはもっていない。
主な食糧は別の魚だし。
そも生物から妖怪に変わったいわゆる「妖獣」と違って、元から人魚という妖怪なのである。
魚は魚。
人魚は人魚だ。
巫女は酒も入れ始めた。
幻想郷の外の世界では、未成年は酒は御法度だとか言う話だけれど。幻想郷では真面目な仏教徒でもない限り、誰もが酒を嗜む。
博麗の巫女は怪物並の酒豪として知られていて。
平然と酒を口にしていて、殆ど酔っている様子も無かった。
ああ、文字通りの酒の肴にされてしまうんだ。
わかさぎ姫はもう恐怖で動く事も出来ない。
そこに、空からもう一つの人影が。
小柄な、箒に乗った魔法使い然とした姿。
金髪の女の子である。
見た事がある。
魔法の森と呼ばれる危険地帯に一人住んでいる、里から外れた人間の一人。
妖怪退治の専門家を自認する中でも、かなりの腕利きで知られる霧雨魔理沙である。
若干中性的な言葉遣いをするが。
普段からかなりおしゃれに気を遣っていたり、几帳面な性格で知られていて。
耐久力という点でもあらゆる意味でも人外な博麗の巫女と違って。
だいぶ人間している、という噂だ。
「よお霊夢、魚か?」
「そうよ。 あげないわよ」
「いや、茸もってきた。 食える奴だぜ」
「気が利くじゃない」
にやりと笑う博麗の巫女は、うっすら酔いを瞳に浮かべたまま、吊されたわかさぎ姫を目の前に魔理沙と一緒に宴を始める。
魔理沙はちらりとわかさぎ姫の方を見たが。
博麗の巫女はコメントしない。
涙目で助けてと訴えかけるわかさぎ姫だが。
魔理沙は居心地が悪そうだった。
「で、何だアレ。 確かわかさぎ姫、だったよな」
「漁の途中で気絶して浮かんで来た」
「漁ってお前、あのダイナミック爆発漁?」
「そうよ。 ちょっと火力を上げすぎたみたい」
ちょっと。あれでちょっと。
強いとは聞いていたが、異次元過ぎる。わかさぎ姫のように底辺な相手に勝ったという実績では実感も湧かなかったが。
今の話を聞いただけで、恐怖が更に強くなった。
「で、どうするんだ。 半泣きだが」
「どうしようかしらね。 下半分は美味しそうなんだけれど」
「い、いやいやいや、流石にねーぜ。 私はいらないからな。 そりゃあ戦った時には刺身とか天ぷらとかいったが、それはあくまで冗談だしな」
「そう。 独り占めに出来て良いわ」
さらりと言い。串に焼いた茸を、そのまま冷ましもせずにばりばり食べる博麗の巫女。
すごい。
この巫女、何処ででも平然とサバイバルして生きていけるのではないのだろうか。
「あんたいずれ魔法使いになるんでしょう? 捨虫の術だっけ、そんなの使わなくても、アレを食べれば不老不死になれるんじゃない」
「いや、それ迷信だから」
「そうなの」
「それに幻想郷の人魚肉が、魔法の薬の材料になるとは聞いてねーな。 流石にいらねえよ」
ちらちらと視線を送ってくる魔理沙。
わかさぎ姫の運命を哀れんでいるのか。
でも、助けてと言っても。
流石に魔理沙でも、飢えた博麗の巫女の逆鱗に触れるような真似は避けるだろう。
結構面倒見が良い性格をしていると聞いているが。
それでも命知らずにも程がある事はしないはずだ。
「ふう、きのこごちそうさま。 今度何かあったら助けてあげるわよ」
「おう。 それで、アレ……なんだ。 逃がしてやれば?」
「どうしようかしらねえ」
腕組みする博麗の巫女。
一瞬だけ此方を見るが。
その目は上空から魚を狙う猛禽のそれだった。
博麗の巫女は、外の世界ではもう滅多に存在していないという、本物の戦士なのだ。
視線があっただけですくみ上がる。
幻想郷最強の人間、というだけでは大した事がないようにも思えるかも知れないが。
博麗の巫女の場合、幻想郷に限れば勝てる存在が殆どいないのだ。
妖怪や神を含めても、である。
勿論隙を突けば相手は人間、どうにかなるかも知れないが。
文字通り百戦錬磨の博麗の巫女。
わかさぎ姫程度が、隙なんか突けるわけも無い。
広域攻撃型の何か妖術をもっていれば、或いは少しくらいは動きを止められるかも知れないが。
それも対策されたら終わり。しかも初見殺し技を持っている相手との交戦経験も豊富だろうし、付け焼き刃の攻撃なんて効くわけが無い。
駄目だ。詰んだ。
せめて雨でも降ってくれれば。
わかさぎ姫の能力は、水の中では力が増す、というもので。
その力も大した伸び幅では無いけれど。
雨の中なら空を飛ぶ事も出来るようになるし。
この縄くらいなら、無理にちぎって逃げられるかも知れない。
縄はかなり強力な妖力封じをされているけれど。
雨さえ降ってくれれば。
願いも虚しく、魔理沙はそのまま帰ってしまい。
霊夢はちらりとわかさぎ姫を一瞥だけすると。神社に戻っていった。
ああ。
これから、きっと捌くためのすごい包丁か何かをもってくるに違いない。
そして体を半分こにされて。
まだうっすら意識があるわかさぎ姫の目の前で。
お魚の形をした下半身が、食べられてしまうのだ。
それだけじゃない。上半身も解体されて、食べられてしまうかも知れない。博麗の巫女ならやりかねない。
それを想像するだけで、気が弱いわかさぎ姫は失神しそうになる。もう、気を失ってしまった方がいっそ楽だったかも知れない。
これから起きる恐怖の数々を見る事もないだろうし。
何より死の痛みを感じることも無いのだろうから。
一部の動物は、絶体絶命の恐怖に陥ると、自ら心臓を止めてしまうと言う。
兎などはそうで。
肉食獣に襲われ恐怖が極限に達すると、その場で死んでしまうそうだ。
嗚呼。
いっそ、一度此処で死んでしまえば。生きたまま解体される恐怖も、感じなくて済むのだろうか。
だが、妖怪は意思を持った自然現象である妖精と違い。
死んでから復活するまで相応のタイムラグがある。
妖精は「一回休み」何て感覚で死んでも蘇生するらしいのだけれども。
妖怪は其処まで簡単じゃあ無い。
ふと気付く。雨の気配だ。
ああ、天の助けか。
空が曇っている様子は無い。
ならば、いわゆる狐の嫁入り、と言う奴だろう。
とにかく、狸の化かし合いでも狐の嫁入りでも何でも良い。早く降って欲しい。
雨が降り始める。
霧雨程度だが、それでも力がみなぎってくる。
意思も少しずつ強くなって行く。
食べられてたまるか。
弱気だった心に灯が点る。
必死に力を充填させて、一気に自分を拘束していた縄を引きちぎった。
腕が凄く痛い。
いわゆる本縄で拘束されていたのを、無理矢理力を充填させて引きちぎったのだから、当たり前である。
でも、今の大きな音。
すぐに博麗の巫女が戻ってくるはずだ。
逃げないと。
雨が少しずつ強くなりはじめる。
かなりおぼつかないが、それでも無理矢理体を浮かせて、近くの川を目指す。其処からなら、いつも住み着いている「霧の湖」への道も分かる。幻想郷の川は全て把握している。これでも人魚なのだ。
だが、川に逃げ込めなければ、ほぼ何もできないに等しいのも事実。
生きた心地がしない。
いつ目の前に、包丁を構えた博麗の巫女が姿を現してもおかしくないのである。
必死に逃げる。
川の中にさえ逃げ込めばどうにかなる。
最初から戦う事を全力で放棄して、必死に逃げに徹すれば。流石に地上の生き物に、水中で遅れを取る事はない。博麗の巫女にしても、たかが魚のために、其処まで執拗に追ってくる事はないはずだ。
川が見えた。
あと少し。
後方から、恐ろしい気配が。
博麗の巫女に違いない。
幸い、もう少しで飛び込める川はかなり深い。水底近くまでもぐって、其処から全力で逃げれば。水中にはちょっとした洞窟も幾つかある。逃げ込めるかも知れない。
かも知れないばかりだけれども、それでも。
今はそれに賭ける。
川に、飛び込んだ。
後は一目散。
力がみなぎる。脇目もふらず、必死に自分がいつも住んでいる霧の湖へと全力で逃げる。
流石に、水の中にまで追ってくる気配はなく。
先のように、上空から爆撃を仕掛けてくる気配もなかった。
霧の湖の水底にまで達すると、こわごわ後ろを伺う。
もう、流石に。博麗の巫女も、追ってきてはいなかった。
ふんと鼻を鳴らすと、博麗の巫女は戻っていく。
それを神社側の空中で確認した多々良小傘は、隣で浮いている命蓮寺の住職聖白蓮に視線を送る。
唐傘お化けである多々良小傘は鍛冶を得意としているが、その応用でちょっとした水の妖術を使う事も出来る。
鍛冶には水の知識が不可欠で。
更には唐傘お化けと言えば、そのまま傘の付喪神だ。
普段はスペルカードルールに用いる水の妖術。広域に展開すると、霧雨にするのが精一杯だけれども。それでも雨には出来る。範囲を絞れば豪雨には出来るが、それはあまり長時間続かない。今は力がみなぎっているから、これくらいは容易い。
「住職、これでよかったんですか?」
「ええ、上出来です。 博麗の巫女も、最初から本気であの人魚を食べるつもりはなかったようですしね」
「どういうこと、なんですか?」
「博麗の巫女が妖怪を拘束するために作る縄、本来なら多少雨が降ったくらいで、わかさぎ姫さんに引きちぎれるような代物である筈がないのです」
もし本気で拘束するつもりなら。
それこそ、もっと強力な術を仕込んだ縄を使っただろう。
そう小傘を以前消滅の危機から救ってくれた千年を経る妖尼僧は言う。
そして博麗の巫女も。
此方には明らかに気付いていた。
多分これは、最初から何かしらの仕組まれた事だったのだと、白蓮は小傘に言う。
わかさぎ姫はあまりにも気が弱すぎる。
人間を襲うどころか、威を示そうとさえしない。
幻想郷では、妖怪は何らかの形で人間に威を示さなければならない。そうしなければ、容易くこの楽園のバランスは崩壊してしまう。
小傘は唇を引き結ぶ。
小傘はその威を示すことが以前は上手に出来ず、飢えに苦しんだし。
ちょっとした噂が流れただけで、善良で人なつっこい山彦の幽谷響子が、一族ごと滅び掛けた事も知っている。
他人事では無いのだ。
「飢えた博麗の巫女から逃げ切った。 その事実があれば。 わかさぎ姫さんも、少しは人間に対して威を示す事が出来る勇気を得られるでしょう」
「でも、誰がそんな事を仕組んだのか……」
「決まっていますよ」
誰もいない方を、白蓮が見る。
小傘もそれに釣られて其方を見たが。
少なくとも小傘には、其処に誰かがいるようには見えなかった。
だとすると。
きっと、妖怪の賢者だろう。
何だか随分回りくどいような気もしたけれど。もし考えが正しいとすれば。妖怪の賢者なりに、弱い妖怪に対して、手をさしのべているのかも知れなかった。