東方Project二次創作短編集   作:dwwyakata@2024

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幻想郷で食事に困っている人(人では無い)といえば、貧乏神と疫病神の姉妹だと思います。

そのお姉さんの方。

依神紫苑さんは、どうやって食事を確保しているのか。

食事が無いときはどうやって過ごしているのか。

もっと苦しんでいる存在(自業自得にしても)を見つけた場合はどうするのか。

そんな話です。







3、貧乏神の貧乏行脚

幽鬼のような足取りで、その影が姿を見せると。夕方の人里は一瞬だけざわつき、そして誰もいなくなる。

 

粗末な服に青い髪。

 

猫背に素足。

 

その存在は、既に人里で、ある意味恐怖の対象として知られていた。

 

貧乏神、依神紫苑。

 

関わると貧乏になる。

 

幾ら貧しい人が殆どいない幻想郷とはいえ、それでも貧しくなりたいと思う人間は、余程の変わり者しか存在していない。

 

昔は疫病神である妹の依神女苑と常に一緒に行動していたのだが。

 

妹は異変を起こして博麗の巫女にしばき倒された後、命蓮寺で無理矢理修行させられ。

 

そこで何か思うところがあったのか、最近は人里で稼ぎすぎている家に出向いては、富の調整をしている。

 

紫苑は天人の比那名居天子と遊ぶことが増えたのだが。

 

しかしながら天子は非常に気まぐれな上に何処に姿を現すかよく分からず。

 

最近は天の国に戻って、其方で何かしているらしく。

 

幻想郷には殆ど姿を見せない。

 

たまには雑草以外の何か良いものを食べたい。

 

そう思って人里に姿を見せた紫苑だが。

 

その特徴的な姿が知られてしまっていて。

 

視線を向けた先の店が、片っ端からパタンと戸を閉める有様である。

 

勿論お金なんか無い。

 

お金は紫苑の元から逃げていく。

 

貧乏神なのだ。そもそも貧乏を司る神なのである。こればかりはどうしようもない。

 

能力をある程度抑えられるようになったとは言え。

 

それでも、根本的な能力。

 

お金が逃げていく、という能力に関しては、変えようが無いのが事実だった。

 

妹と一緒にいた頃は、これが更に酷かった。

 

妹は取り憑いた相手に浪費させ。

 

紫苑はいるだけで相手を貧乏にさせる。

 

二人は存在そのものが災厄で。

 

悪気があろうとなかろうと関係無く、相手を不幸にして行く。

 

だからずっと嫌われ続けてきたし。

 

今後も好かれることは無いだろう。

 

陰気な紫苑はそもそも愛嬌もないので、誰かに好まれる要素が一つも無い。愛想笑いでも上手に浮かべられれば違ったのだろうが、妹のように要領よく出来なかった。

 

ただ、人里に姿を見せるだけで畏怖は集まるので。

 

存在が消滅する恐れだけは無かったが。

 

妖怪の中には、戦いが嫌で、人間を襲うのも嫌で。

 

結果消滅の危機を迎えそうになる者もいると聞いている。

 

神とて同様。そもそも信仰が現役の神々は、幻想郷になど来ない。

 

数限りない不幸をばらまいてきた紫苑と妹は、最終的に追われるようにして幻想郷に来て。

 

此処でも不幸をばらまき続けている。

 

貧乏にするというのが自分の存在だと言う事は理解しているから、それについては疑問も持たない。

 

だけれど、この能力は自身にも向く。

 

常にひもじい事に代わりは無い。

 

地獄の餓鬼達もいつも腹を減らしているという話だが。紫苑もそれは同じだ。

 

「おめぐみをー」

 

呟きながら人里を歩くが。

 

紫苑を見るなり脱兎と逃げるか、目の前で戸を閉められるか、どっちかである。

 

月の兎である玉兎(脱走兵である)が経営している団子屋にも来たが。此奴らは人間より勘が鋭いので。

 

紫苑が出向いた時には、もう暖簾がしまわれていた。中でぶるぶる震えているのが分かるが、流石に店を無理に開けさせるわけにもいかない。

 

おなかが鳴る。

 

勿論餓死することは無いが、空腹も覚える。

 

貧乏とはそういうものだからだ。

 

難儀な話で、「存在は維持される」反面、「自分の性質が故に苦しむ」事はどうにもならない。

 

人間と同じようにものを食べる事は出来る一方。

 

博麗神社である程度能力をコントロール出来るようになった今も、側にいる相手を不幸にするという根本的性質に代わりは無い。

 

しんどいなあ。そう心中で呟く。

 

仕方が無いけれど。

 

そう思いながら、人里を後にする。

 

自分の後ろで塩が撒かれているのに気付くが。それはむしろ、貧乏神として存在感を示した、と言う事なので。怒らずに受け入れなければならない。

 

それに対して腹を立てて、いちいち人を祟ったりしたら、また博麗の巫女に半殺しにされるだろうし。

 

下手をすると幻想郷から放り出されるかも知れない。

 

ある程度力のある神なら幻想郷に出入りも簡単だが。

 

紫苑にその力は無い。

 

ため込んだ力を爆発させれば、圧倒的な破壊力を産み出すことも可能だが。それも長続きはしない。

 

ましてや信仰が失われた外では紫苑の力は更に低下するし。

 

更に言えば、長生きだって出来ないだろう。文字通り、存在そのものが消滅してしまうのである。

 

人里を出ると、ふらふらと歩いて、だだっ広いのっぱらに出る。

 

其処で草を引っこ抜いて、そのまま口に入れる。

 

雑草はどうして雑草なのか。

 

勿論雑草という草は存在しないが。

 

基本的に、食用として知られていない草は。相応の理由がある。

 

多くの場合、まずいのだ。

 

毒がある場合もあるが。

 

流石に貧乏神が毒草を食べた程度で死ぬような事はない。むしろ好物なくらいである。

 

無言でむしゃむしゃと草を食べていると。

 

博麗神社で出された粗末な料理を思い出す。

 

料理どころか調理だったような気がするが。

 

ともかく、ちょっと油で炒めたり、火を入れたりするだけで、食べ物はかなりマシになるのである。

 

妹と一緒に人々を不幸にさせる行脚を続けていた頃は。

 

美味しいものを盗み食いしていたが。

 

それは兎に角虚しかった。妹も派手な格好でけらけら笑っていたが、内心は楽しんでいないのが丸わかりだった。

 

今が充実しているかと聞かれればそれは勿論ノーだが。

 

かといって、分かる。

 

今は貧乏神の業を押さえ込んで。誰も不幸にしていない。

 

不幸にさせる恐怖を叩き込んだから、もう不幸にする必要がないのである。充分に、幻想郷の住民としての税は払った。

 

そういう事だ。だからそれで良いし、納得もしなければならない。

 

腹一杯になるまで、手当たり次第に雑草を食べると。

 

そのまま横になる。

 

勿論地べたの上だから綺麗ではないけれど。

 

元々貧乏神というのはそういう存在だ。

 

外の世界で、神社に居着いている別の貧乏神と会ったことがあるが。

 

その貧乏神は、災い転じて福と成すの言葉通り。

 

信仰を得て、静かに暮らしていた。

 

妹は彼奴を不幸にしたいと言ったけれど。紫苑は止めた。

 

鼻つまみ者同士憎み合っても仕方が無い。

 

むしろ、鼻つまみ者から抜け出ることが出来たあの神様は、尊敬するべきだろう、と。

 

妹は享楽的で、陰気な紫苑とは性格が真逆だ。

 

紫苑の事もあまり尊敬はしていなかったが。

 

たまに真面目に諭すと。

 

そういうときは話をきちんときいた。表向きは不満そうにはしていたが。

 

その妹は、今は富の再分配という仕事を自分なりにきちんとやっていて。幻想郷の賢者の指示を(表向き嫌々ながら)やりつつも。相応に境遇を楽しんでいる様子だ。

 

姉の自分はどうだろう。

 

星空を見上げて、紫苑は思う。

 

野宿は当たり前。人も妖怪も見た瞬間避けて逃げていく。たまに妹に再会すると、おごってくれる事もあるが。妹に集るのも、あまり褒められた行為では無いし、やりたくはなかった。

 

それで良いと言う事は分かっていても。どこか心の底がちくちくする。

 

不良天人と気があったのも。鼻つまみ者同士という共通点があったからだろう。向こうも紫苑が同類だと、一目で気付いたのだ。

 

勿論プライドが高い天子はそんな事を口にはしなかったが。

 

それでも一緒に話していて楽しいのは事実だった。

 

 

 

雨が降り始めたので、知っている洞窟に移動する。

 

先客がいた。彼女はぎょっとした様子で紫苑を見たが、流石に出て行けとは言えないのか。無言で膝を抱える。子供のような姿をしたその先客は、頭に角を生やしていた。

 

最近地上に出てくるのを許された妖怪。

 

鬼人正邪である。

 

以前幻想郷で特大規模の異変を起こし、幻想郷中の強者に袋だたきにされた上、地底送りになった天の邪鬼。

 

天の邪鬼は名前がそのまま性格を示す言葉に使われるほど有名な妖怪で。

 

下等なものから文字通り神の領域にいるものまで、多数存在している。

 

正邪は下等な方だが。

 

以前起こした異変の内容が問題だったことや。

 

何よりもやり口が外道にも程がありすぎたため、現在でも幻想郷中から嫌われている。

 

もっとも、好かれる方が天の邪鬼にはつらいらしいので。

 

このくらいが丁度良いのかも知れない。

 

また、正邪は天の邪鬼らしく、思っている事と逆の事しか言えないらしく。

 

それが相手との円滑なやりとりを大きく阻害しているようだった。

 

「歓迎するぜ、貧乏神」

 

「ごめん。 出ていくのは嫌」

 

「嬉しいな、私もだ」

 

実はぎすぎすしている会話だが。

 

正邪もこの雨の中、出ていく気にはならないのだろう。如何に肉体を損壊しても死なない妖怪とは言え。

 

精神的に多大なダメージを受けたばかりだ。

 

あまり良い気分はしないのだろう。

 

紫苑はその辺に生えているいかにも毒々しいキノコを適当にむしると、口にする。正邪は満面の笑みを浮かべた。文字通り、偽りの笑みである。

 

「美味しそうだな。 体に良さそうだ」

 

「食べる?」

 

「是非くれ」

 

勿論本当の意味は「絶対にいらない」である。

 

分かっているから、そのまま自分だけで黙々と食べる。

 

おなかの虫が鳴いた。

 

今食事中の紫苑ではない。

 

大体分かるが、正邪はあまり高いサバイバルスキルを持っていない。体も、貧乏に馴染んではいないのだろう。

 

天の邪鬼はかなりメジャーな妖怪だ。

 

幻想郷に来たのも、それほど昔ではないだろう。

 

そうなると、色々悪さをしながら主に地底で活動していたことは想像に難くは無く。

 

元気な内はそれで良かったのだろうけれど。

 

弱っている今は、多分賢者である紫に首輪つきでなんとか生かして貰っている状態。それも、他人に迷惑を掛けないように自活しろと言われているのは想像に難くない。

 

地底でさえ迷惑ものだったのだろう。

 

そうでなければ、もう地上に出てくることは無かったはずだ。

 

「満腹満腹」

 

「このキノコ、貧乏神である私だから食べられるけれど、止めた方が良いよ」

 

「そうなのか、知らなかった」

 

「ならいい」

 

相手も猛毒のキノコである事は分かっている。

 

正邪は能力こそあれだが、体の方はそれほど強くも無い。こんなキノコ食べたら、それこそひっくり返って一週間は身動きが取れないだろう。体が壊れるかも知れない。

 

黙々と食事をする紫苑に。

 

ぼそりと正邪は言った。

 

「羨ましい」

 

「!」

 

今の言葉は逆じゃ無いな。

 

何となくだが、貧乏神はそう思った。

 

如何に天の邪鬼といえど、余裕が無くなってくると本音がそのまま口から出てくる、という事だろうか。

 

最近まで精神崩壊も同然の状態で地底にいたと聞いている。

 

出てきたのも、自力では無いだろうし。回復だって同じ事の筈だ。

 

雨が止んできた。

 

手を掴んで立たせる。

 

一瞬不思議そうな顔をした正邪に、紫苑は言った。

 

「食事の宛てがあるからつれていってあげる」

 

「余計な事……」

 

「私達神だって、食事しないとひもじいよ。 妖怪は肉体が損壊しても死なないとはいっても、肉体が損壊し続ければ精神も傷つく。 今の貴方の状態で、餓死し続けたりしたら、多分本当に死ぬよ」

 

「ほ、本望だっ!」

 

やっぱり余裕が無くなってきている。

 

目が露骨に泳いでいるし。今の言葉も、本音がダダ漏れになって来ていた。

 

思っている事の反対のことばかり口にし。

 

相手が嫌がれば喜ぶ。

 

そういう妖怪であっても。

 

しかしながら、本能というものはあるわけで。

 

根幹的なそれには逆らえない。

 

何より腕力が違いすぎる。手を掴まれている正邪が本気で怯えているのはそれが故である。

 

紫苑は能力頼みの正邪と違って武闘派だ。細くて弱そうに見えるかも知れないが、これでも名の知れた神。博麗の巫女とガチンコで渡り合った経験もある。戦いは好きじゃあないけれど、特殊能力とスペルカードルールに頼って何とか逃げ延びることを主にする正邪とは立ち位置が違うのだ。基礎の身体能力からして違うのである。

 

その気になれば、弱い妖怪。例えば今の正邪のような存在から略奪だって出来る。

 

そういう余力もあるのが紫苑である。

 

ただ、それをやると、多分また賢者にドヤされるだろうし、やらない。

 

それだけ。

 

選択肢として最悪の一つとしてある。

 

そういうことだ。

 

正邪の場合は、その選択肢さえあるまい。

 

抵抗も虚しく引っ張り起こされ、雨に濡れた森に出る。正邪はもう何も言わず、そのままついてくる。

 

やはり、空を飛ぶ力も残っていないか。

 

前に何度か、こういう飢餓状態に陥った妖怪を見た事があるが。

 

酷い場合は、そのまま精神的にすり減って、やがて本当に死んでしまう。

 

肉体にあまりにも苛烈なダメージが続くと。

 

それは精神にも響く。

 

やがて死に到る。

 

当たり前の理屈だ。

 

「どこに行くんだよ」

 

「命蓮寺」

 

「ま、待って! 待って待ってっ!」

 

悲痛な声を上げる正邪。

 

それだけは絶対に勘弁してくれと言う、心の声がダダ漏れだ。

 

「彼処は毘沙門天の寺だろ! 絶対に止めてくれ! 本当にまずい!」

 

「?」

 

「あんたは日本系の神だから知らないかも知れないが、天部ってのは悪鬼調伏のエキスパートなんだよ! 武勇が強調される日本神話の神々と違って、悪鬼を倒すって事に重点を置かれてる連中なんだ! 鬼の上位存在である夜叉や羅刹でさえ軍勢として従えている連中なんだぞ! そんなのの信仰が満ちた場所に行って見ろ、私は文字通り消滅してしまう! 死ぬのは嫌だ!」

 

本当に涙目になっている正邪。

 

天の邪鬼としての力も性質も本当に弱体化している様子だ。

 

命蓮寺は妹も世話になった場所で。

 

妹も厳しい修行から最終的に逃げ出してはしまったが、今でも頭が上がらない様子なので。

 

妹が逃げた事に対するわびも兼ねて、働く代わりに食事を恵んで貰おうかと思ったのだが(ついでに正邪も)。

 

この怯えぶり。

 

本当に近付くことが出来ないのだろう。

 

普段だったら或いはある程度は大丈夫なのかも知れないが。弱り切っている今は無理、と言う事か。

 

本当に青ざめて震えあがっている様子からして。

 

今の正邪は天の邪鬼としての特殊能力さえ使えない、人間の子供と大差ない状態にまで弱っていると見て良い。

 

嘆息。

 

そういう状態の妖怪には、命蓮寺の住職が一番適切に対応してくれると思ったのだけれど。そうもいかないか。

 

「そう。 それなら、別の場所に行こうか」

 

「別の場所? ど、どこだよ」

 

「守矢神社」

 

「……え」

 

紫苑は知っている。

 

守矢神社は今幻想郷で最も勢力拡大に熱心で、どんな配下でも欲しがっている。他勢力の同盟よりも、妖怪として走狗に出来る存在を欲している印象だ。実は紫苑も声を掛けられたことがある。

 

強力な天津神と、土着神最強のタッグにより守られた守矢は、幻想郷の勢力の中でも上位に入る戦闘力を有しており。

 

更に勢力拡大を図っているため、問題視されていると聞いているが。

 

しかしその一方で。

 

勢力拡大を狙っている都合上、紫苑や正邪のような面白い能力の持ち主がコネを作りたいと申し出れば。

 

悪くはしないかもしれない。

 

もちろんある程度働くことが前提になるだろうし。

 

多分幻想郷の賢者の息が掛かっている正邪にとっては、文字通りの綱渡りになるだろうけれど。

 

それでも、餓死よりはマシなはずだ。

 

むしろ、幻想郷の賢者に対して、此処まで本当に困っているというアピールにもなるかも知れない。

 

妹と組んでいた頃は。頭脳戦は妹に任せっぱなしだったのだが。

 

今は紫苑も多少考えるようになっている。

 

「ほら、背中に乗って。 あまり速くは飛べないけれど、守矢くらいまでなら行けるから」

 

「お断りだ!」

 

「無理言ってると本当に死ぬよ。 地底でどんな目にあったかは大体想像がつくし」

 

「……っ」

 

露骨な程の恐怖が正邪の顔に浮かぶ。

 

幻想郷のスラムであり、荒くれ共が行き着く先が地底だ。

 

昔は妖怪の山の支配者階級だった鬼達も地底にいると聞いているし。

 

鬼もどきの正邪なんか、それこそ気分次第で徹底的に痛めつけられただろう。

 

それも手加減などする筈も無い。

 

地上にたまに出てくる鬼は、変わり者で気が良い奴ばかりだという話だが。

 

幻想郷にいる鬼は、仏教の鬼と、中華から伝わった鬼の概念がグチャグチャに混ざり合った、昔話に出てくる悪い鬼に近い。

 

文字通りの悪鬼である。彼らの所行がどんなものかは、見なくても想像がつく。

 

「ほら、背中に早く乗って」

 

「殆ど力が出ないんだ。 漏らしたって文句言うなよ」

 

「分かってる」

 

嫌と言うほど紫苑だって分かっている。

 

鼻つまみ者の悲しさを。

 

ましてや正邪にしてもそうだが、本能で鼻つまみ者にしかなりえない存在はいるのだ。

 

何でも受け入れるのが幻想郷だという話もあるが、

 

そんな場所でも受け入れられない可哀想な存在も、確かにいるのである。

 

ふよふよと浮きながら、守矢を目指す。

 

妖怪の山は、少し前までは天狗が我が物顔にしていたらしいが。

 

今は守矢がかなり制空権を握っていて、天狗がいない場所を狙うようにして移動していけば良い。

 

人間用のロープウェーもあるが。あれは有料なので、選択肢には入れられない。

 

途中、物珍しそうに紫苑を見る妖怪を何人か見たが、気にせず飛ぶ。

 

背中の気配が、兎に角弱々しい。

 

性質上弱音も吐けないだろうし、とても他人だとは思えなかった。

 

不幸にもと言うべきか幸いにもと言うべきか。

 

紫苑は頭を下げるのにも、足蹴にされるのにも慣れている。問答無用で守矢を追い出されたとしても、山だったら、それなりに食べられるものもあるだろう。行く意味はある。

 

ほどなく、守矢が見えてきた。

 

不意に、目の前に現れたのは。

 

小柄で、ラフな格好をして、目玉がついた不思議な帽子を被った子供のような姿をした神。

 

分かる。極めて強力な力を感じる。

 

日本神話のダークサイド。まつろわぬ神々。その最上位に位置するもの。

 

恐怖の祟り神ミジャグジを使役する最強の神の一人。

 

洩矢諏訪子だ。

 

凄まじい力をびりびり感じる。何しろ幻想郷でもトップクラスの実力を持ち、あの博麗の巫女とスペルカードルール抜きでガチンコ勝負出来る数少ない存在である。

 

正に圧倒的な実力。接近にさえ気づけなかった。同じ神でも桁が違う。今の紫苑ではとても勝ち目はないだろう。

 

「厄い気配がすると思ったら、いつぞや人里で暴れた貧乏神。 うちに何の用?」

 

「食事を恵んでほしい」

 

「ふうん。 その背中のも?」

 

「働くからお願い」

 

すっと地面にまで降りると、正邪を降ろして、土下座。

 

正邪は躊躇していたが、頭を掴んで無理矢理土下座させた。

 

空中からしばし見下ろしていた諏訪子だが。

 

やがて大きく嘆息した。

 

「少し其処で待ってろ。 神奈子と話をしてくる」

 

正座して待つ。

 

正邪は頭を上げると、恨み籠もった言葉を吐き捨てた。

 

「プライドは無いのかよ。 あんたも神様なんだろ」

 

「私達は存在するだけで他の人の尊厳もプライドも傷つけているって分かってる?」

 

「知るかよ」

 

「そう思うなら、神の域まで力を高めるか、それとも一人で生きていけるだけの知恵と力を手に入れなければいけない。 元々他力本願でそれをやろうとしたから、「そう」なったんでしょ」

 

紫苑の言葉に、反論も出来ないようで、正邪は口をつぐんで黙り込む。

 

まあぐうの音も出ない正論を突きつけられたのだ。

 

当然と言えば当然だろう。

 

実際天の邪鬼の中には、神々の座に加わって、月の都に住んでいる者もいると聞いている。

 

実力も正邪とは桁外れで、当然神としての扱いも受けている。

 

正邪は他人を陥れる事によって、力を得ようとした。

 

その報いがこれなのだとしたら。

 

今更反発しても、もう遅い。

 

ほどなく、八坂神奈子が来る。

 

諏訪子と真逆に、背が高く、かなりしっかりした格好をしている。

 

この神社のもう一人の祭神。れっきとした日本神話における支配者階級、つまり天津神である。感じる実力は諏訪子と同等かそれ以上だ。

 

なお諏訪子はもう仕事は終わったと判断したのか、姿は見えなかった。

 

「珍しいのが二人も来たね。 まあ恩を売っておけば面白いか」

 

「仕事はするから、恵んで」

 

「……っ」

 

また正邪の頭を掴んで、無理矢理土下座させる。

 

それを見て、多分事情を悟ったのだろう。

 

何しろ古い古い神だ。

 

海千山千どころか、人間の戦いの歴史をずっと見てきているような存在である。

 

それくらい即座に理解出来なければ、今までやっていけていない。

 

「神社に入れるのも何だから、参道の掃除でもして貰おうか。 ほら、箒。 終わったら、食事を早苗に作らせるよ」

 

「ありがとう」

 

目の前に二人分の箒が置かれていた。

 

そして、既に神奈子は姿を消していた。

 

 

 

守矢神社の参道は、主に人間では無く妖怪が使っている。

 

人間はロープウェーで直接来るためだ。

 

山の妖怪の信仰を得るために、守矢は様々な手を打っており。普段ぐうたらしている博麗の巫女と裏腹に。守矢の巫女(正確には風祝というらしいが)である早苗は、忙しそうにいつも飛び回っている。

 

幻想郷に来てから短時間で相当に強くなったらしい早苗だが。

 

色々な経験を、忙しい中で積んでいるから、なのだろう。

 

参道のゴミを箒で集めて、一箇所に。

 

ほどなく、早苗がお弁当をもってやってきた。

 

能力の影響か、髪が翠色になっている早苗は。

 

人間ではあるが、半分神でもあり。

 

奇蹟を行使するだけあって、色々な意味で人間離れしている。勿論当然のように空も飛ぶ。

 

「お疲れ様です。 此方をどうぞ」

 

「ありがとう」

 

「……」

 

「ほら」

 

正邪に促す。

 

流石にちゃんとした食べ物を久しぶりに口にするのだ。あまりこれ以上意地を張る余裕も無いのだろう。

 

ありがとうございますと口には出来なかったが。

 

それでも正邪は頭を下げた。

 

お弁当箱を開けると。

 

早苗の手作りらしい、かなりちゃんとしたお弁当が入っている。それも結構な量だ。

 

紫苑も正邪も黙々と食べる。

 

久しぶりのごちそうだ。

 

その間に早苗は、集めたゴミに術で火を掛けて、処分していた。一旦灰にした後は、堆肥にするのだという。

 

多分守矢の二柱の指導の故だろうが、何をするにも抜かりが無い。

 

ビジネスもしっかりこなしている辺り、怠け者の博麗の巫女に戦闘力で一枚劣ったとしても。巫女としての手腕は此方の方が上だろう。

 

「参道はまだまだありますよ。 まだ働いてくれるなら、また食事をもってきますが、どうしますか?」

 

「お願い」

 

「……頼む」

 

「分かりました。 綺麗に食べてくれると、作る側としても嬉しいです」

 

早苗が米粒一つ残っていない弁当箱を回収すると、神社に戻っていく。

 

作業をいい加減にやっていたら、多分こんな言葉は掛けてくれなかっただろう。紫苑は正邪を促して、もう一仕事する。

 

やはりちゃんとした食事の誘惑には勝てなかったのか。

 

正邪も以降は、何の文句も言わず、しかもきちんと丁寧に掃除をした。

 

夜になって、早苗がまた来て。

 

夕食ももってきてくれた。

 

約束通りにご飯をくれるのはとても嬉しい。

 

早苗は此方を嫌がる様子も無い。

 

不思議になって、話を聞いてみると。

 

早苗は苦笑いした。

 

「そもそもうちの神社が、どちらかと言えばダークサイドの塊です。 信仰は二重三重に塗り固められているし、何より日本の神様でもトップクラスに危険なミジャグジ様の総本山。 貧乏神くらい、何ともありませんよ」

 

「けっ。 だったらなんでお行儀良くしてるんだよ」

 

「だからこそ、です」

 

正邪は分からないと顔に書いていたが。

 

いずれにしても、きちんとした食べ物を腹に入れて、少しは体も回復したらしい。弁当箱を早苗に返すと。

 

珍しく、自主的に言った。

 

「ありがとう。 うまかったよ。 私は天の邪鬼だが、あんたの所じゃ悪さはしない」

 

「大丈夫。 本当のこと言ってる」

 

「ふふ、二人ともまだ仕事をしていきますか?」

 

「いや、もう私はこれでいい。 正邪はどうする?」

 

正邪はふてくされたように、むくれて視線を背ける。

 

どうやら、これで妙なコンビは解消のようだ。

 

手を振って、紫苑はその場を飛んで離れる。正邪も力が戻ったら、妖怪の山を離れて、賢者の指示があるまでは、適当に過ごすのだろう。

 

さて、久々に妹の所にでも行こうか。

 

多分前回と前々回だけは、妹より良いものを食べる事が出来たはずだ。

 

ちょっとだけ、気分も良かった。

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