東方Project二次創作短編集 作:dwwyakata@2024
更に加速していく悪夢。
それと比例して消耗していくチルノ。
時間はあまり残っていません。
この問題を自力解決するには、あまりにもチルノは無力すぎたのです。
どんどん眠気が強くなっている。
チルノは恐怖と戦いながら、同時に眠気とも必死に戦い続けていた。
だが、どうしようもない。
氷の世界だから、体は多分大丈夫の筈だ。
だけれども、どうしてだろう。
どんどん嗅いだこともない臭いが近づいて来ている気がする。
それは、「一回休み」に近いけれど。
もっともっとずっと濃い臭い。
妖怪に殺された人間の近くで嗅いだことがある臭い。
人間に封印された妖怪の近くでは、もっと濃く臭っているもの。
そう、死だ。
必死に呼吸を整える。
冷や汗は、この冷たい部屋では、すぐに凍ってしまう。拘束されているから、何もできないけれど。
悲鳴だけは、押し殺していた。
あたいは最強あたいは最強あたいは最強あたいは最強。
そう呟いて、必死に正気を保とうとする。
だけれども、気付くとまた夢の中にいる。
眠ってしまうのだ。
そして夢の中では。
親友の筈の大ちゃんが、どんどん怖くなっていく。
気付くと、今度は全身縛り上げられて。そして、いきなり大ちゃんが馬乗りになっていた。
手にしているのは、ペンチだ。
いきなり全身に恐怖が走る。もう、嫌な予感しかしない。
「やだあああああっ! 大ちゃん、止めて、止めてええええっ!」
「何をするかも言っていないよ?」
「そのペンチなんだよ! 怖い事するに決まってる!」
「怖い事って、例えばこんな?」
いきなり、ペンチが顔の横の地面に突き刺さった。
悲鳴が一瞬で止まる。
凍り付くような恐怖の中。
チルノは、耳元を掠めたペンチを、凝視することしか出来なかった。
「大ちゃん、どうしてこんなことするんだよ! 夢の中だからって、いくら何でもひどいぞ!」
「それはチルノちゃんが悪いんだよ」
「え……」
「チルノちゃんさ、私以外をいつも見てるよね。 最強最強言って、勝てもしない相手に喧嘩売って、後始末に謝って回るのはいつも私だって分かってる?」
ゆっくり、大ちゃんの方を見る。
そして、チルノは小さく悲鳴を零すことしかできなかった。
目が。
完全に狂ってる。
狂人という奴は、チルノも見た事がある。チルノは馬鹿だけれども、それでも近付いちゃいけない相手がいることは分かっている。これでも人間より長生きしているのだ。だから、大ちゃんがそうなっている事は、一目で分かった。
「私はチルノちゃんが側にいればそれで幸せなの。 だから、もう最強とか馬鹿な事いわないで、私だけ見ていてくれれば良いの」
「だ、だって、あたい、あたい……」
「チルノちゃんが最強だと錯覚する理由って、これかな?」
ペンチが突き刺さる。
一瞬置いて、激痛が全身を走った。
右耳を引きちぎられたのだと気付く。
妖精だから、一回休みになってしまえば楽になる。
だけれども、此処は夢の中だ。
どうしてこんな夢を見るのかは分からないけれど。
ともかく夢の中の大ちゃんは狂っていて。
もはや理屈は通じないと言うことだ。
しかも縛られているから抵抗も出来ない。
何よりも、氷の術を展開して、振り払うことも出来そうに無かった。
普段だったら辺り一帯を無理矢理凍らせて、大ちゃんを吹っ飛ばす事だって出来るだろうに。
今は全身が脱力したようで。
それも出来そうに無い。
「もう片方も取っちゃおうね」
「や、やめ……!」
「目玉を取っても最強って錯覚が収まらなかったよね。 だったら耳を聞こえないようにしちゃおうね。 それも駄目だったら、今度は舌を抜いてみようか」
「ぴぎゃ……」
悲鳴は途中で止まる。
左耳も、引きちぎられていた。
飛び起きる。
おしっこを漏らしたらしい。足の間が凍り付いている。それはそうだ。夢の内容は全部覚えている。
激しく呼吸しながら、チルノは頭を振る。
暴れないようにと拘束はされているけれど。何とか頭を振ることで、耳がちゃんとついていることは理解出来た。
次は、舌を引き抜かれる。
全身の恐怖が頂点に達して。
チルノは、とうとう大泣きし始めた。
「やだああああ! 助けて! 助けてえええっ! 誰か、お願い! 誰でも良いから助けてえええっ!」
勿論恐怖からの救済の要求は。
誰にも届かない。
必死に暴れるが、それも無駄。
博麗の巫女が仕込んだ拘束だ。
外れるわけがない。
チルノは何度も嗚咽しながら、呟く。
助けて。
誰か助けて。
もう悪戯しません。
ごめんなさい。
最強だなんて嘘言いません。カエルも凍らせて虐めたりしません。だから、この悪夢の連鎖から、救ってください。
監視カメラがついているとか博麗の巫女は言っていたっけ。
顔を上げると、確かに何か機械がある。カメラとか言う奴だ。
必死に助けてと叫ぶけれど、相手は完全に沈黙。どうやら錯乱して暴れても無視しろとでも、カメラの向こうの相手はいわれているのか。それとも、さっきまでのチルノのように眠っているのか。
何度叫んでも無駄。
気付くまで、しばらく叫んで。
そして、チルノは不意に静かになった。
心が死んだ。
叫んでも無駄だと気付いたからだ。
妖怪なら、これで死んでいたかも知れない。
だけれども、妖精だから大丈夫だ。
妖精はある意味妖怪以上に頑丈な種族である。死んでもすぐに蘇生する。だから一回休みなんて感覚で、強敵に挑みに行ったり出来る。
ひゅっ、ひゅっと声が漏れ続ける。
更に気付く。
また、眠気が強くなってきていることを。
もがいてその場から逃れようとして、思い切り顔面から床にたたきつけられる。顔が床に貼り付くかと思ったが、その辺りは氷の妖精。どうにかなった。
ただ、氷の力をまるで発揮できない。
博麗の巫女による拘束の結果だろう。
此処がどこだか知らないけれど。
多分チルノが暴れるとまずいと判断したから、なのだろう。
不意に、姿を見せる人影。
びくりと震えるチルノは、それが幻想郷最強の妖怪。八雲紫だという事に気付く。紫色の服を着込んだ、胡散臭さに全振りした女の姿をした妖怪。紫は粗相の後に気付くと大きくため息をつき、ぱちんと指を鳴らす。
一瞬で床は綺麗になっていた。
チルノを壁に立てかけるようにして座らせ直すと、またどっかに行こうとする紫。
チルノは思わず叫んでいた。
「待って! 行かないで!」
「あら、いつも最強最強五月蠅いのに」
「一人嫌っ! 眠ると死ぬ! 大ちゃんに殺される!」
「霊夢から貴方の事情は聞いているけれど、どうやら異変の類では無さそうなのよ。 だから、最低限の監視だけつける事にするわ。 後は霊夢がどうにかするまで自分で耐えなさいね。 私も暇じゃあないの」
冷酷な言葉を吐くと。
紫はその場から消えていなくなる。
ばたばたもがくが、なにやらされたらしい。
背中が壁にひっついているようで、その場から全く動けなくなっていた。
また、呼吸の音だけが聞こえる。
そして動けなくなった分、眠気が強くなってくる。
博麗の巫女、霊夢に頼った事なんて一度だって無い。
だけれどこの時チルノは。
誰でも良い。
勿論博麗の巫女でも良いから、助けてほしい。
そう、心の底から願っていた。
ふつりと、精神がきれる。
顔を上げると、其所には大ちゃんの姿があった。悲鳴を押し殺すチルノに、大ちゃんは相変わらず狂気に染まった目を向けてくる。
チルノは今度は十字架のようなものに拘束されていて。
更に周囲は、溶岩のようなものがぐつぐつ煮立っていた。
こんな場所にいたら、溶けて無くなってしまう。
「酷いよチルノちゃん。 どうして他の人に助けなんて求めるのかな」
「だ、だって、だって……!」
「でもとだっては弱い者が使う言葉だよ。 チルノちゃんは最強なのに、そんな言葉に頼るの?」
「……」
思わず口をつぐむ。
大ちゃんの目が怖い。
自分の弱さを思い知らされる。
それだけじゃない。
本当に何もできない自分の状況が、情けなくて仕方が無かった。
大ちゃんはおかしくなっているけれど、今言っていた言葉はチルノだって同意できる。普段だったらその通りだと頷いていただろう。
だけれども、今は怖くて恐ろしくて。
また、漏らしそうだった。
「じゃあ今度はチルノちゃんの手足を全部とっちゃおうかな。 そうすれば、ずっと私の世話が必要になるよね」
「や、やめ。やめて……!」
「チルノちゃんが悪いんだよ。 こんな時に、私以外の人に頼ろうとするんだから」
「大ちゃんごめん! なんか悪い事したんなら謝る! だから、もうやめて! あたい、さっきから怖くて、もうまともに動けないよ!」
ゆっくり、のこぎりを手に、此方に近付いてくる大ちゃん。
チルノは、もがくけれど。
夢の中だし、何より灼熱地獄だ。
力なんて、出るわけが無い。
いつの間にか、大ちゃんが手にしているのは、のこぎりじゃなくて、チェーンソーになっていた。
神にも効くとか言う噂の武器だ。
それを引きずりながら、大ちゃんが此方に歩いて来る。
がり、がり、がつん。
地面をチェーンソーの刃が擦りながら、近付いてくる。その音だけで、チルノは大小揃って漏らしそうだった。
ふと、気付く。
夢から、醒めていた。
呼吸を必死に整えながら、視界がクリアになっていく事に気付く。どうやら、至近で博麗の巫女が覗き込んでいるらしい。
頭を掴まれ。
そして顔を近づけられていた。
「チルノ、聞きたいことがあるんだけれど」
「な、何……」
「面倒だからもう良いかなと思ってるんだけれど、とりあえず。 大妖精が何処にいつもいるか知ってる? 大妖精が一番安全と思う場所は何処? 一番の友人なら知っているわよね」
「大ちゃんのおうち……? 安全だと思ってる場所……?」
朦朧とする意識。
これは、そろそろ限界かも知れない。
博麗の巫女は、頭を揺らす。
「しっかりしなさい! このままだとあんた精神崩壊するわよ! 妖怪よりは抵抗力があるけれど、妖精を殺す方法の一つはその人格を完全に壊す事! 妖怪よりもっと深く徹底的にね! つまりこのままだとあんたは死ぬの! ほら、意識を絞って!」
博麗の巫女にぐらんぐらん頭を揺らされる。
大ちゃんの家は、あっちこっちに移る。
気まぐれだから。
家だと案内された場所は、毎回違った。
だから、家だとは思わない。
安全だと、大ちゃんが思っている場所があるとしたら。
多分それは、1箇所しかない。
「あたいのうちの地下……」
「はあ?」
「あたいのうち、大ちゃんよく遊びに来るんだけれど。 あたいが最強だって言うと、最強の家の下なら安全だって……」
「……」
博麗の巫女が手を離す。
しばらく口を押さえて考え込んでいるようだったけれど。
チルノを一瞥した。
「何とかしてあげるわ。 とにかく耐えなさい」
「……あたい死ぬの?」
「あんたは妖精の中では最強とはいわないけれど結構強い方よ。 妖怪になられたら面倒だなって今でも結構本気で思っているくらいにはね。 大妖精も何とか助けてあげるから、もう少しだと思って頑張りなさい」
ぐっと、もう一度頭を握られる。
博麗の巫女は。
実はチルノよりずっと年下だ
殆どの人間は、チルノより遙かに年下。魔法使いと呼ばれる、人間と呼んで良いのか分からないような連中だけが、チルノより年上だったりする。あれ、妖怪に分類指定されているんだっけ。
視界が定まらない。
ともかく、眠らないようにしないと。
羊を数えるんだっけ。
いや、違うよ。
それは眠るときの方法だ。
大ちゃんが遊びに来ているとき、そんな話をした。当然氷の妖精であるチルノは夏が苦手で。
熱帯夜は眠れなかったりして。
そんなときに、大ちゃんに教えて貰ったりしたのだった。
だったら、どうすれば眠らずに済むのか。
多分もう一度眠ったら。死ぬ。
起きてさえいれば、あのおっかない大ちゃんに、手足をのこぎりで切ったりされずに済む筈だ。
だから、どうにか耐えろ。
もう一度眠ったら。
多分今度こそ殺されてしまう。
本当の意味で、だ。
でも、誰にだろう。
本当に大ちゃんに、なのだろうか。
大ちゃんがそんな事をするだろうか。仮にするとしたら、何のためにするのだろうか。
意識がまたおかしくなってきた。
必死に引き戻す。このままでは、眠ってしまう。そして眠ったら最後だ。あの夢の続きから始まって、両手足をチェーンソーで切り取られて。それで。
恐怖で、一気に目が覚めた。
手足は無事。
それを確認して、もぞもぞして。
どうにか意識を取り戻す。眠ってはいけない。眠ったら、本当に手足がなくなってしまう。
そういえば、大ちゃんとはどうやって知り合ったんだっけ。
まだ名前もない、意識もろくに定まらない小さな妖精の頃から、知り合いだったような気がする。
そんな頃には、もう無鉄砲に勝てそうにもない相手に挑んでは。
コテンパンにされていた気がする。
その度に大ちゃんに引きずっていかれて。
その度に、もう止めようよって言われていたっけ。
そんな大ちゃんの苦言を。
一度だって、聞いた事があったっけ。
なかった。
ずっと、最強だからと自分でも思っていない寝言を口にして、言い訳を続けて来た。結局最強なんかでないことは、分かっていたのに。
負担をかけ続けていたのではないのだろうか。
だからあんなおっかない大ちゃんの幻を夢に見るようになったのでは無いのだろうか。
涙が零れてきた。
恐怖からではなく。
自責からだ。
博麗の巫女がどうにかしてくれると言っていた。いつもつっかかってはコテンパンにされるおっかない相手。
内心では怖れている。絶対に勝てない幻想郷の守護者。歴代の博麗の巫女でも、今代のは間違いなく最強。
そう、自分のとは違う、本物。
それなのに、どうして。素直になる事が出来なかったのか。弱いのを、認めることが出来なかったのか。
また、少し眠気が来る。
だけれど、舌を噛んで、激痛で無理矢理眠気を追い払う。
例え本当は最強なんかではなくても。
心だけは、最強のふりをしていたい。
ずっと大ちゃんに負担を掛けていたのなら。
本当に馬鹿みたいに喧嘩ばかり売って回るのじゃなくて。まずは力をつけて、相応の存在になりたい。
ぎゅっと手を握りこむ。
力を入れて握りこむ。
爪が掌に突き刺さって痛い。
だけれど、それで眠気が消える。
全身に無理矢理痛みを入れて、どうにか眠気を追い払っていく。
これは前に何処かで聞いたやり方。
頭が良くないチルノは、何処かで聞いたかも覚えていないけれど。
ずっと昔。
チルノに良くしてくれた、何代か前の博麗の巫女だったかも知れない。
博麗の巫女も、歴代がいつも強かった訳ではない。
今の博麗の巫女みたいな、歩く災害みたいな奴ばかりではなかったし。
存在が博麗大結界の維持につながっているから妖怪に襲われない、なんて殆ど無力な奴もいたし。
弱いけれどチルノにはとても良くしてくれて、読み書きを教えてくれた博麗の巫女もいたっけ。
呼吸を整えながら、また舌を噛む。
実は舌を噛んでも死なない。
これもいつだったか、誰だったかに教わった事だった。
激痛が口の中に走る。
口から血が流れるが。
それもすぐに凍る。
咳き込んで、床に血が飛び散る。また賢者が嫌そうな顔をして、後で処置するのだろうか。
知らない。
今は他人にかまっている暇は無い。
必死に生に執着している内に、時間が過ぎていく。
不意に。体が楽になる。
理由は分からない。
同時に全身に張り詰めていた緊張感が解けて。チルノは、床に突っ伏していた。拘束もいつの間にか解けていた。博麗の巫女のも、賢者のも。
妖精の体は頑丈だ。
傷ついても回復がとても早い。
死んでも「一回休み」何て感覚で蘇生するのである。
傷くらいだったら、すぐに回復していく。
ましてや、チルノにとって最高と言っても良いこの極寒の環境である。
呼吸を整えながら、身を起こそうとする。
疲弊した体だから、中々上手く行かなかったけれど。
それでもどうにかなった。
何とか壁に背中を預けながらも立ち上がった時。博麗の巫女が姿を見せる。
終わったと、告げられると。
張り詰めていた意識が、ふつりと切れていた。
霊夢は、チルノに聞いたとおりにチルノの住居の地下を掘り返した。何名かに手伝って貰った。
其所で、仮死状態の大妖精を発見したのである。
本当にチルノが直前に住んでいたかまくらの一つの地下で仮死状態になっていた。
今回の件は、アリスも関わっているので。
いつも異変解決に出向く魔理沙だけでは無く、アリスにも手伝って貰った。最もアリスは手を動かしても泥には触らず、もっぱら動いていたのはスコップを持った彼女の人形達だったが。
ともかく、時間を掛けてほって作ったらしい地下空間で(三妖精の証言通りだった)、魔法陣の中で眠っていた大妖精を引きずり出すと。
アリスが魔法陣を解析。
教えたとおりのものだと断言した。ただ、更に機能が追加されているとも。
霊夢の戦友である霧雨魔理沙がぼやく。
「何だこの魔法陣。 どういう効能なんだ」
「夢に関連する魔法陣よ。 少し改良が加えられているわね。 恐らくは……紅魔館で本を読んで、自己流にアレンジしたんでしょう」
「妖精にそんな器用なことが!?」
「或いは紅魔館の図書館の動かない主に、話を聞いたのかも知れないわ」
紅魔館にも魔法使いはいる。それが動かない図書館と言われる、今話題に上がった存在だ。
いずれにしても霊夢には専門外の西洋魔術の話。
ともかく、霊夢自身は大妖精の状態を確認する。
仮死状態で。
いわゆる魂の一部が何処かに行っている感じだ。
魔法陣から引っ張り出したことで、その接続が切れて、体に魂が戻って来ている。
さて問題は、チルノになんで悪戯をしていたか、だが。
ああでもないこうでもないとアリスと魔理沙が話しているのを横目に。
大妖精が目を覚ます。
霊夢が見ているのに気付いたか、ひっと声を上げて後ずさるが。その場で頭を掴んで逃げるのを阻止。
「何だか面倒な事をしていたようね。 説明をするまで逃がさないわよ」
「霊夢、あまり乱暴は……」
たしなめてくるのはアリスだ。
本来大人しい大妖精に魔法を教えて、こんな事態になった責任を感じているのかも知れない。
だが、霊夢はびりびり感じるのだ。
大妖精は何か、ろくでもないもくろみで今回の事を起こしたと。
普通の人間の勘だったら、信じるに値しない。
だが霊夢は博麗の巫女。歴代最強とも言われる実力の持ち主。
その勘は、充分に武器になるほど研ぎ澄まされていて、実用性も高いものなのである。
「チルノは毎回夢を見ることを怯えきっていたわよ。 魔法陣の性質からして、貴方が直接チルノを脅していたのは間違いなさそうね。 なんで友人にそんな事を」
「そ、それは……」
「それは?」
「チルノちゃんが、あんまり怖いもの知らずで、怖い者を知った方がいいと思ったから!」
大妖精はくすんくすんと泣いてみせるが。
嘘泣きだと即座に霊夢は看破。
女が泣いているときは大体信用できないが。
今の大妖精のもそれは同じだ。
「いつも勝てもしない相手に突っかかるし、人の言う事も聞かないし、それに私が謝って回っても、へらへら笑ってるばかりだし! だから、たまには少し怖い目にもあって貰おうとおもって、せめて安全な夢の中で……」
「筋は通ってはいるが、ちいとばかりやりすぎだぜ」
「同感ね。 そんな事のために魔法を教えたんじゃないわよ」
魔理沙とアリスが口々に言うが。
霊夢はどうも今大妖精が口にしている言葉が、虚言だとしか思えなかった。
頭から手を離す。
「逃がすんじゃないわよ。 ともかくチルノは回収してくるわ」
「お、おう……」
「……」
一瞥する。
怯えきったふりをしている大妖精。
チルノの証言を聞く限り、今の話は一応確かに筋が通ってはいるのだが。同時にやり過ぎでもある。
チルノは夢がトラウマになるほど恐ろしいものを見せられていたらしいし。
何よりだ。
情報収集の過程で、大妖精がチルノに対して色々とろくでもない事をしていたことは判明している。
それらを加味して考えると。
大妖精は、チルノに比べるとずっと頭が良い。
長生きしているだけではなく、きちんと頭を鍛えている感触だ。
チルノはもしも妖怪とか下位の神とかになったら、相当な不幸な目に会う印象があるのだが。
大妖精の場合は、多分すんなり順応するだろうと霊夢には思えている。
だからこそ。
そんな奴が、今回のようなあからさまにおかしい事をしたからには、裏に何かあると勘ぐるのが当たり前だ。
一旦紫の所に行き、話をする。
紫はうんざりした様子で、布団にくるまったまま応じて来た。
「例の場所にまだチルノはいるから、回収しておいて。 後で汚れを除去しなければいけないんだから面倒極まりないわ」
「疲れているようね」
「ちょっと限界気味……」
「まあいいわ。 後で話はするから」
レポートを出して欲しいと言われるが、知るかと答える。
レポートなんか書き方分からないし、いちいち面倒くさい。いつもレポートを書いている藍辺りに口頭で説明するだけで済ませるつもりだ。
空間転移して、チルノの所に。
どうやら霊夢が大妖精を引きずり出すまで、気合いで耐え抜いたらしい。
霊夢の到着と、安全確保を告げると同時に力尽きて寝落ちたが。
悪夢を見ている様子は無かった。
ただ、口から血が伝っているし。
手も血だらけ。
舌を噛み、爪を掌に食い込ませて、痛みで耐えたのか。かなり無茶な事をするものだ。
チルノは戦いに向いていない。
自分の力を過信するばかり、無鉄砲なことばかりするからだ。
妖精としての力は強いが。
妖怪達の水準だと、下級程度の実力しかないし。
もしも妖怪に変わった後、最強だとか名乗ったら。それこそ幻想郷の上位勢に袋だたきにされる。
スペルカードルールでの戦いなら、まだある程度はマシに立ち回れるのだけれども。
それでも何人かいるスペルカードルールの名手に比べると、何枚も劣ってくるのが実情だ。
寒いなと思いながら、息が白い中。札を使ってチルノを引っ張り上げる。
悪夢との接続が解除されたタイミングで拘束が解けるようにはしておいたのだけれど。
チルノは氷の妖精だけあって、直接触ればしもやけになる程度は冷たい。
札を使って間接的に捕まえると。
そのまま空間転移。
紫が使っている冷凍保存庫とやらから、チルノを連れ出し。一度博麗神社に。そしてまた空間転移し、魔理沙とアリスが待っている場所へと飛んだ。
大妖精は、チルノちゃんと叫ぶ。
必死な様子だが。
演技にしか霊夢には見えなかった。
そのままチルノを揺り動かす大妖精。
手が半分凍っていることは、全く気にしていない。
体が傷つくことを意に介さない妖精らしい行動ではあるなと思うけれど。どうも何だか変な違和感がある。
チルノがしばしして、目を開く。
魔理沙はほっとする。
口も手癖も悪い戦友だが。或いは霊夢よりもずっと情が強いのかも知れない。チルノとは友人でも何でも無いはずだが。知っている奴が死ぬのは、魔理沙には嫌なのかも知れない。
そういえば、妖怪の山でのもめ事を解決したときも。
早苗と魔理沙は、どちらかというと誰かが死ぬと嫌だというスタイルを貫いていた。
二人の方が、霊夢よりもある意味人間らしいのかも知れない。
アリスはと言うと、魔法陣を解析し続けている。
霊夢は、声を落として、まだ目が良く覚めていないチルノを横目に、小声で聞いてみる。
「それで何かおかしな所は?」
「後で話すわ」
こくりと頷く。
向こうでは、チルノと大妖精が、感動の再会劇を繰り広げている。
「大ちゃん? ……怖い大ちゃんじゃない?」
「チルノちゃん、怖い夢見たんだね。 大丈夫、私はチルノちゃんに、何もしたりしないよ」
「そっか……良かった……」
「チルノちゃんっ!」
ぎゅうと抱きつく大妖精。
魔理沙は感極まったらしくハンカチで口を押さえているが。
霊夢は見てしまう。
チルノを抱きしめる大妖精。
その口が笑みに歪んでいるのを。目がドス黒く濁っているのを。
やっぱり此奴、確信犯でやっていやがったな。
だが、今それを指摘しても、藪蛇になるだけだ。多分魔理沙も、同じように反発するだろう。
同じように、霊夢も見たものに気付いたらしいアリスが、先に魔法の森に帰って行く。
霊夢は、後で何を持っていくか考えながら。
チルノがもう当面は無茶をしないようにと言う大妖精の言葉に、頷いているのを見ていた。
或いはチルノ自身。
自分が最強などではなく。
相当に無理をしていたのを、自覚していたのかも知れない。
それはそれで良い事だ。
此奴の行動には、冷や冷やさせられることが多かったからである。
魔理沙を促して、その場を離れる。
多分、大妖精の計画は全て完了したはず。
これ以上チルノが加害される事は無いだろう。
後で仕置きはしておきたいが。
どうやって仕置きするべきかは、思いつかない。
それに、だが。
「ひょっとして彼奴、私に見つけられる時間まで計算に入れていたのかも知れないわね」
「? 何の話だ」
「んーん、何でも無い」
「それより解決したんだし、酒でも飲もうぜ」
どうもそんな気分では無いのだが。
魔理沙は素直に喜んでいるようだし。
アリスも話をするのに、少し頭を整理する必要があるだろう。
一晩くらいは別に良いか。
そのまま博麗神社に引き上げる。
ともかく、今回は異変では無かった。
それに、事件も解決した。
霊夢の仕事は終わり。
仕事が終わったのなら。
酒くらいは、入れても別に罰は当たらないだろうと、霊夢は思った。
※本作シリーズの魔理沙について
原作と違って、本作の魔理沙は結構恋に恋するタイプです。
つまりは乙女と言う事だ!
で、こういうタイプは、時々一番やべー事実に気付けなかったりするのです。