呪詛テロ集団としていされる旧軍の亡霊、「第一〇五祓魔機動師団」に属するある少佐の一時。

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お人形少佐

禁域として名高い八咫ノ山の山中。

深い緑に鳥がさえずり、木漏れ日が僅かに地面を照らす。

木々の間を心地よい風が通り抜ける。

ハイキングに出掛けるのならこれ程よい天候と場所はないだろう。

禁域内という最悪の立地でなければの話だが。

 

そこへやって来たのは場違いな姿の女性だった。

旧日本陸軍の軍服を軍服ワンピースに改造し、その上に将校用マントを羽織っている。

何よりも、深く被った戦闘帽も顔の半分を覆う赤紙が

目を惹く。

 

明らかにまともでは無い。

誰が見てもそう思うだろうが、幸いにもそんな事を思う存在は周囲にはいない。

 

「やはり、外の空気は良いものですね。

こうして陽光の下でのんびり出来るのは滅多にないわ」

 

背をゆっくりと伸ばし、肺いっぱいに空気を吸い込む。

焦げ茶の長髪と衣服が風に揺れ、そのまま両手を大きく広げて風を感じ取る。

 

地下要塞の執務室では絶対に味わえないこの心地良さ。

やはり外は素晴らしい。

気分転換には持ってこいだ。

 

「さて、そろそろ来る頃かしら」

「阿賀野少佐!! ここに居られましたか!!」

 

背後からやってきたのは日本軍の軍服を着た青年がスタスタと駆け寄る。

青年の顔全体には阿賀野少佐と同じ赤紙が貼り付けられ、その表情は分からない。

 

「阿賀野少佐! フラフラと歩かれては困ります! 重要な責務を担っていると自覚して・・・・・・!」

「小野寺伍長。よくここが分かったわね」

「少佐・・・・・・!」

 

抗議の声をあげる真面目な伍長に、阿賀野は何処吹く風。

その気ままな言動に軍人らしさは感じられない。

軍服に着せられている感も否めない彼女だが、その襟元にある少佐の階級章は本物だ。

 

「少佐。そろそろ戻られた方がよろしいかと。

山神大尉が呼んでおりますので」

「あら、大尉が? 嬉しい報告ではなさそうね・・・・・・」

 

考える仕草をする阿賀野少佐に小野寺伍長はソワソワした様子で周囲を見ていた。

その手には綺麗によく手入れされた百式機関短銃が握られ、伍長本人は警戒しているつもりらしい。

界異の巣窟と化している八咫ノ川ならば致し方ないのだが。

 

阿賀野は身を翻すと、一人先に歩き始める。

その急な動きに伍長は慌てて追いかける。

この少佐は何処かへ行くかと思ったら急に動き出す。

まるで猫のようだった。

 

「では要塞へ戻りましょうか。小野寺伍長」

「分かりました阿賀野少佐!」

 

そうして、二人は深い森をその更にへ置くへと向かうべく歩き出した。

 

 

特に道に迷うこともなく歩く事数分。

緑豊かな自然の中に現れたのは、草木が生い茂ったコンクリートで固められた地下壕への入り口だった。

何の目印もなく、ただ歩いているだけでは見過ごしてしまいそうな寂れた入り口。

だが、それがむしろ好都合だ。

現にこの入り口は境界対策課を始め、この八咫ノ川にいる呪詛犯罪者や呪詛テロ組織ですら知る者はいない。

 

入り口の前に立つ少佐と鋳鉄製の扉の間に伍長が割って入り、その重いハンドルを押し上げて扉を押し開ける。

ゴゴゴッとコンクリートと重い金属が擦れ会いながら真っ暗な通路が顔を出す。

しかし、そんな怪しげな通路も二人にとっては実家の廊下のように慣れ親しんだものである。

 

「どうぞ少佐」

「ありがとう伍長。いつも助かるわね」

 

阿賀野はその軍靴をカツカツと鳴らして低い天井の通路へと入った。

その直後に入った伍長はすぐさま扉を閉めて小走りでその後を追いかける。

 

通路は薄暗い灯りがあるのみで、舗装こそされているが所々ひび割れておりお世辞にも足場が良いとは言えない。

聞こえるのは何処かから吹くすきま風と水が滴る音のみ。

何か出そうな雰囲気ではあるが、阿賀野は気にせず先へと進む。

 

そして、辿り着いた先は一際広い場所に出る。

通路とは打って変わって明るく、広い空間には多数の戦車や装甲車両が整然と並べられていた。

いずれも自衛隊や機動班が使うような現代のものではなく、一式中戦車『チヘ』、五式中戦車『チリ車』や四式中戦車『チト』、九五式小型自動車から九四式六輪自動貨車等が並ぶ。

その間を顔に赤紙を貼り付けた兵士達が各々の作業に従事している。

 

『旧八咫ノ川要塞』

それがこの地下空間の正体だ。

かつて本土決戦が差し迫る中、上陸してくる連合軍に対する切り札として『ヤ号作戦』の計画の元で建設されていた。

三割ほど完成した段階で終戦してしまい、忘れ去られるだけのはずだった。

 

しかし、この八咫ノ川要塞に駐留していた外地での対界異や連合軍の魔術師部隊に対抗する為の『第一〇五祓魔機動師団』が終戦後もヤ号作戦の実行命令に従って建設を続けている。

 

この阿賀野少佐も従兵している小野寺伍長も、そして眼前に居る無数の日本兵達もこの機動師団に属しているのだった。

 

 

 

阿賀野は戦車や資材の間を通り抜け、すれ違う度に敬礼する兵士たちに返礼しつつ先へと進む。

そして格納庫の脇にある小さな扉の前に辿り着く。

『第八七戦車中隊本部』の文字が書かれている扉をノックすると、中からはどうぞと男の声がする。

 

「伍長、あなたはここで待っていなさい。私は山神大尉と話をしてくるわ」

「分かりました少佐。小野寺、ここで待機します」

 

四十五度の綺麗な角度で頭を下げる伍長を後目に阿賀野はドアノブを静かに捻る。

簡素な内装に質素な机と本棚で調度品の類は一切ない部屋に、下士官の制服を着こなしている赤紙を貼り付けている男が座って書類を読んでいる。

戦闘報告書を読んでいるのか、その顔は険しい。

 

「今回は派手にやられたようね。山神大尉?」

「これはこれは、また随分と手厳しい挨拶ですな。少佐殿?」

「あらあら、これでも苦労を労っているつもりよ?」

「どうだか・・・・・・」

 

戦車中隊を率いる男、山神大尉を見ながら勝手に手近な椅子に座る阿賀野。

だが山神はそれを咎めることも無く、戦闘詳報をまとめた報告書を彼女に手渡す。

 

内容は所属不明の日本軍部隊から攻撃を受け、九四式装甲車二両に一式中戦車一両、二個歩兵分隊を失い撤退した記録が詳細に記されている。

だが、阿賀野の関心を向けたのはこの所属不明部隊。

八咫ノ川に展開していた部隊は祓機一〇五以外は存在しないはず。

それなのにこの報告書を見れば、明らかに境界対策課の祓魔師や界異の手口では無い。

訓練された軍隊による計画的な攻撃だ。

 

「なかなか面白いのに絡まれたのね山神大尉?」

「全然面白くないぞ少佐殿・・・・・・」

「あら、そうかしら? 大尉。この報告書少し借りても良いかしら?

すぐにまた返すわ」

 

ニコニコ微笑んでみせるが、山神大尉は怪訝そうな顔で見つめている。

なにせ、阿賀野がニコニコ微笑んでいる時は大抵何かしら企んでいる証だ。

だが、山神としては断る理由もない。

 

「少佐がお望みであるのなら、俺は構いませんが」

「ありがとう大尉。貴方の好意に感謝するわ」

 

上品に微笑む阿賀野だが、山神は興味無さそうに頷いてから手元の書類に目を落とす。

上官に対する態度ではないが、阿賀野はそれを気にはしない。

自分自身が軍人気質でないのが一番大きいが、山神大尉は信頼出来る軍人だ。

些細な事で揉める必要も無い。

 

「うふふっ。それではまた山神 慶太 大尉」

 

ひらりひらりと手を振ってから、くるりと背を向けて静かに開いた扉をくぐる。

待っていた従兵の伍長は表情全く見えないが、不思議そうに上機嫌な阿賀野を見ている。

伍長には何があったのか知る術はなく、ただ首を傾げるだけだった。

 

「阿賀野少佐。何か良い事でもありましたか?」

「いや? ただ、また面白いものが八咫ノ川をうろつき始めただけよ。

さっ、小野寺伍長。これから忙しくなるわよ」

「えっと・・・・・・?

あ、あの!! あっ! しょ、少佐!! 待ってください!!」

 

カツカツと軍靴を響かせ、上機嫌に歩き出す上官を伍長は慌てて追いかける。

その姿はまるで親鳥を追いかけるヒヨコのようだが、阿賀野は少しだけ振り返ると微笑みかけるだけで待つことはしない。

 

それよりも阿賀野の胸中には好奇心と高まる期待に心臓を高鳴らせていた。

 

「こうも早く来るなんてね。直接会える日が楽しみで仕方ないわ。

"ミワシ部隊"」


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