「風が変わった」
その時、大洗の一角でカンテレを持つミカが呟く。
「気持ちいね」
「ああ、この風はきっと彼女たちに新しい世界を見せてくれるかもね」
「誰のこと?」
その隣でアキが不思議に首を傾げた。
ガタガタガタガタ…
石階段を降りていくⅣ号の車内。ガタガタと揺れる車内で全員が何かしらに捕まっていた。
「あわわわわ…」
「見辛い……サイドアンダーミラー欲しい」
ただでさえ視界が悪いというのに、坂を下っている影響で冷泉の今の視界には一杯の石階段が映っていた。
「側面ハッチ開けたら見えないですかね?」
五十鈴もそう言うが、それをできる余裕はなかった。
『おーい、フラッグ車見つけたよ〜』
すると無線が入ったので、武部は怪我をしないように慎重に無線機の周波数を合わせた。
「呑気に外でお茶飲んでた」
ヘッツァーで前方に映るチャーチルを見ながら角谷は報告をする。その前方では他にも三式中戦車とB1bisに砲撃をされて逃亡する姿があった。
その後、その部隊は八九式、九五式とも合流をして一斉に追撃を始めた。
具体的な座標を聞くと、武部は苦労しながら地図にマグネットを置いてみほに見せた。
「分かりました。合流します」
みほは視界に映るクマさんチームを見て降りる事に専念をする。
「ダージリン、頼れる同志の元に誘き出して!」
『分かりました』
カチューシャの命令に従い、指定座標じチャーチルは進路を変える。
「頼れますか?」
その隣でアッサムが眉を八の字にして疑問を呈するが、ダージリンは意味深に小さく微笑むだけであった。
「こちらクマさん、ただいま現在位置を確認した」
真澄は望遠鏡で県道二号線に飛び出してきたチャーチルMk.Ⅶを双眼鏡越しで視認する。
「みんなとなら、どこまでだって」
石階段を降り切ったみほは、そこで左折して大洗鳥居下交差点にて大洗岬の大カーブを曲がって砂浜に向かおうとするチャーチルを視認する。
「予定よりかなり撃ち漏らしてます」
「もう立派な強豪校ね」
残った大洗側の戦車の数を見てダージリン達は春からの成長ぶりに改めて舌を巻きながら砂浜を走る。
「右!」
そこでカーブを曲がり切らずに大洗海岸に繋がる道に入り、途中の柵を蹴飛ばす。
大洗ホテルの裏の灯台前には
大洗海岸にはチャーチルを追ってヘッツァーやⅣ号が躊躇なく砂浜に進入し、続いてB1bis、三式、短十二糎も後に続き、護岸からが八九式がジャンプして飛び込んできた。すると八九式の後を真似するように九五式もジャンプした。
「やっと出番だべ」
「カチューシャ隊長に忘れられてるかと思っただな」
「空気も悪くなってきたしな」
その時、訛りの強いセリフが聞こえてくる。しかし、カチューシャがその存在を忘れることは決してないと言えるだろう。
「前進だべ」
海中で、その巨大な影が目を覚ました。
海水を割り、大洗海岸の礫浜から一台の戦車が現れ、大洗の車両達の前に接近してくる。
「えっ、何、クジラ?」
「海坊主かも!」
「潜水艦じゃない?」
皆が口々に現れたその車両に見ていた真澄も唖然となる。
「マジか…」
「やっぱ持って来てるわよね…」
「どこに隠れてたかと思ったら…」
「水パッキンで防水してたか」
「錆びるぞ〜、これ」
そこで姿を現したのは、カチューシャ曰く『プラウダの頼れる同志』ことKV-2である。
「水の中から!?」
「大丈夫、砲身よく見て」
驚く河嶋に冷静なみほが言うと、KV-2はその152ミリの巨砲を動かしてフラッグ車のⅣ号に照準を合わせる。
ッ!
そして砲撃。直後にⅣ号は前進し、放たれた砲弾は逸れて反対の大洗ホテルに着弾すると軽々とその巨砲を持ってホテルを半壊させてしまった。
しかしこれでKV-2は長い装填時間に入るので、その間に大洗側の全車両は一斉にチャーチルの追撃を開始する。
「これでも喰らえ!」
「喰らえ!」
去り際、八九式がKV-2に砲撃をすると続いて真似して九五式も砲撃を行うが、
「早く撃つだよ」
「あのちびっこ隊長に怒られないようにしないとな」
しかし側面を撃たれて少し慌てたのか、KV-2は装填が終わるとやや慌ただしく撃ってしまった上に、足場が波打ち際の岩場という不安定な場所ゆえに砲撃を行うとその砲弾は大洗側を大きく逸れてシーサイドホテルの宴会場の壁に激突する。
軽々と壁を撃ち抜いた後、宴会場の窓は次々と粉々に吹っ飛び、最後に展望風呂まで飛んで炸裂する。
「装填急ぐべ」
「わがってら」
その車内でアリーナが急かせると、ニーナは装薬を入れて砲尾を閉じる。
「装填完了だ」
「砲塔旋回」
「回るのおっせーなー」
「急げ急げ」
車内でちびっこ達が大騒ぎをして砲撃の準備をする。
「あちゃ」
「うわわ」
だが、足元が不安定な場所で52トンにもなる車両は砲塔を回すだけでも危険極まりなく、傾斜した場面で旋回したためにあっさりと重戦車は横転をしてしまう。
「わぁぁあ!」
そして砲身が砂に突き刺さってしまうと、悲鳴と共にエンジンから白煙が噴き出して白旗が上がった。
「あらあら…」
「KV-2、あの角度で回せばひっくり返りますよね」
それを見ていた五十鈴は苦笑し、秋山も呆れていた。
「伏せて!」
しかしそんな余韻に浸る隙もなく、砲撃が飛んできて近辺に砂柱が上がる。ハッチを開けていた二人は慌てて車内に戻ると、海岸沿いの通りを石階段を降りて追いかけてきたカチューシャとノンナのT-34/85とIS-2が走行間射撃を行っていた。
「にゃーっ!」
その時、カチューシャ車の放った砲弾が三式の側面をビンタし、白旗が上がる。車体は大きく浮き上がって横転し、それに反応して幾つかの車両が砲撃を行うが、二両は建物の影に隠れて砲撃を回避する。
海岸沿いの県道一〇八号線を走る二両の車両とチャーチル。敵の残存車両はこれだけだが、全員がエース級であった。
「フラッグ車だけを狙ってください!」
一度砲撃を行ったが、すぐにみほは照準を目の前のチャーチルのみに切り替えさせる。
今走っている大洗海岸は比較的直線ではあるものの、波打ち際を走っていることで姿勢が安定しない。
「んあ〜、垂直スタビが欲しい!」
「それ積めるのM4だけよ」
大久保がぼやくと操縦手の大隈が非常な返答をする。
「三度目の正直…」
車体では伊藤が手元の37ミリ砲の照準器を覗き込んで前方のチャーチルに照準を合わせる。
現在、海岸ではヘッツァーを先頭にⅣ号、護衛としてB1bisと短十二糎が囲み、後ろを八九式と九五式が追いかける。
ヘッツァーでは河嶋が操砲をしていたが、どういう理屈か彼女の発砲する砲弾は大きく逸れて海面に着弾する。
「桃ちゃん、ズレ過ぎ」
「初撃破…」
そんな小山の言葉も聞こえていないのだろう。その言葉だけをぼやく彼女は照準器を覗いて祈るように呟く。
しかし砲撃しても当たらないその状況に見かねたのか、B1bisが追い越していく。
「私達の分も頑張って下さいっ!!」
「河嶋先輩ガンバーッ!!」
「ブッ殺せぇーっ!!」
「頑張れーっ!!」
「ファイトー!」
「当たれ!」
その映像を見ていたウサギさんチームでは次々とメンバーが叫んで行き、一人丸山だけが宙を舞う蝶を見ていた。
大洗公園を抜け、聖グロ・プラウダ側の開始地点に戻ってきたとダージリンは把握すると護岸を乗り越えるように指示をする。
チャーチルにB1bisが迫り、照準を金春が合わせた時、照準器からチャーチルが消えた。
「え?」
「左!」
どういう事だと驚く彼女に園が急いで位置を知らせると、左ではチャーチルが護岸を登っていた。
「急いで追って!」
園はそこでチャーチルの後を追いかけ、楽々と護岸を登ったチャーチルに続いて乗り越えようとしたが、チャーチルの登坂能力の高さは並外れていることを園は把握していなかった。
「危ない!」
案の定、B1bisでは護岸を登りきれず、車体底部を大きく曝け出してしまった。それを見て思わずみほが叫ぶ。
「「「うわっ!?」」」
そして危惧した通り、その底面を撃ち抜かれて車体を大きく後ろに倒す。
それに他の大洗の車両が静止すると、その間に登坂し終えたチャーチルが旋回を行なって正面を向けると、そこの左右をプラウダの二両が固めた。
「如何やら決着が着いた様ね!如何する!?謝ったらココで止めてあげても良いけど?」
撃ち下ろしの姿勢を前に勝利を確信したカチューシャが聞くと、その間にみほは周囲を見回す。
すると先ほどチャーチルの通った後の護岸が崩れて登りやすくなっているのを確認すると、密かに指示を出した。
「残りは?」
「主砲一発」
「副砲も一発!」
武装が二つあり、ゴチャゴチャしている車内で真澄は確認をとると隣でⅣ号はキレの良い動きを見せて一気に護岸を駆け上がった。
「今!行け行け!」
その動きにダージリンも余裕を持っていたので、意表をつかれた形で乗り越えてきたⅣ号に驚く。それでも気づいて護岸を駆け上がったⅣ号に向けて発砲。だがⅣ号は登り切ると同時に車体をスライドさせて避ける。
そのままスライドさせてチャーチルの側面に回ったⅣ号だが、立て直したノンナの砲撃で左側のシュルツェンを吹き飛ばし、反動で車体を強制的に動かした。みほはすぐに反応して後方に回ろとしたが、チャーチルはすでにアクアワールドの方に逃げていた。
Ⅳ号に続いて護岸を一斉にヘッツァーや八九式、九五式や短十二糎も一斉に護岸を登るが、ヘッツァーと短十二糎だけすぐに上がれた。
「回って!アクアワールドの方!」
「わかりました!」
真澄がハッチを開けて八九式に言うと、二両は左折してすぐにアクアワールドの方に向かった。
形勢逆転をされ、カチューシャは歯噛みをしてⅣ号追撃に走る。
「チャーチルから離れないようにしてください。くっついていたほうが安全です」
指示を出すと冷泉は的確な操縦でチャーチルの死角である右後ろにくっ付いて直後に砲撃を行うが、直前にチャーチルは速度を落として砲弾を避ける。
隙ができたとカチューシャが追い縋るが、みほは素早く左に動いてチャーチルを盾にする。
その時、後方からノンナの駆るIS-2がⅣ号に照準を定めた時、
ッ!!
砲塔に激しい揺れが起こった。何事かと思うと、そこには砲身を至近距離で120ミリ砲でビンタした短十二糎が居た。
「旋回装置故障!」
「砲身欠損!使用不能です!」
「チッ…」
この距離で正確にIS−2の砲身を破壊した短十二糎にノンナは舌打ちをした。
「撃ち切った!」
「しゃあっ!ナイスゥ!」
そこで一番の脅威を実質戦闘不能にした真澄はそこで視線の先のT-34/85を見る。
「行ける!?」
「頼む。エンジンに刺さってくれ…!」
そこで彼女はカチューシャの戦車を後ろから破壊出来ることを祈りながら照準を合わせる。
「初撃破…」
一方登り切ったヘッツァーは照準を駐車場を走るチャーチルに合わせる。照準器には左右に動くチャーチルの後ろ姿が映る。
「三度目の正直…」
照準器を覗き込み、Ⅳ号の脅威となるT-34/85に祈る。そして割り込んだT-34/85が逸れてそれぞれの照準器に入った瞬間。
「撃て!」
「ファイヤー!」
伊藤と河嶋はほぼ同時に発砲をした。
「真打参上ですわ!」
しかしそこに飛び込んできたのは、肴屋本店で瓦礫の下に埋まったと思われたローズヒップの駆るクルセイダー。彼女は海岸沿いの丘を乗り越えてジャンプした時、チャーチルを狙って遥かに上に飛んだ河嶋の砲弾が命中し、撃破判定。
「うおっ?!」
そして着地寸前にカチューシャを狙った伊藤の砲弾が命中し、大きく何度もスピンをして駐車場に転がるクルセイダー。
「「「「何でお前に当たんねん!」」」」
その様子を見た四人が口を揃えて、今まで攻撃に失敗したクルセイダーにツッコミを入れながら全速力で通過してⅣ号の後を追う。
統制エンジンをこれでもかとチューンした特製エンジンは先に進んだⅣ号に追いつきつつあった。
「カチューシャ、お願いできる?」
今の出来事を知らない様子のダージリンは無線で呼び出す。
『仕方ないわね』
カチューシャの返事を聞くと、ダージリンはそのままアクアワールド正面に向かう。みほもこれで決まると感じ、チャーチルを追い越してドリフトをさせながら左に車体を向け、そのまま階段をあがる。チャーチルも右に車体を向けて階段を登る。
「くそっ、弾全部使い切ったよ!」
「どうする!?」
その真後ろを短十二糎が追いかけ、車内で大久保と伊藤が頭を抱える。弾無しの戦車で残った二両にどう対処するのかと悩んだ時、
「弾無しでもやれることはあるっての!」
真澄は叫ぶと号令を出す。
「前進!Ⅳ号の前に出ろ!」
「っ!了解!!」
操縦手の大隈はすぐにその意味を理解した。短十二糎はⅣ号が登り切るとそのままやや前進し、後続の短十二糎の抜ける間を作る。真澄の意図をみほは長年の経験で汲み取ったのだ。
「クマさんを盾にして!」
みほはそう言うと、目の前に短十二糎が壁となって停車する。
先行して登り切ったⅣ号は砲塔を旋回しながら素早く切り返して方向を変える。ドリフトした車体を一瞬で止めると、五十鈴が階段を登った戦車に発砲した。
「やった!」
至近距離での砲撃に武部は思わず叫ぶ。
だが煙の向こうで撃破されたのはT-34/85、カチューシャの車両であった。その背後からゆっくりとチャーチルが現れる。
「っ、次!」
慌ててみほが指示を出すと、秋山が過去最速クラスで装填。
五十鈴が発射ランプ点灯とともに引き金を引く。
盾役の短十二糎の車内で大隈が操作レバーを前に倒す。
だが、すでに装填済で十分に狙いを定め、なおかつ長い全長と重量で飛び出し撃ちも安定しているチャーチルの砲弾は一瞬早くⅣ号に届く。
砲身の邪魔になるからとややⅣ号の後方に止まっていた短十二糎の前、砲身の直前をすり抜けて側面に着弾する。
「あちゃー…」
わずかに遅れて発射されたⅣ号の砲弾は宙を切って海に飛んでいった。
キューポラから顔を出して顔に手を当てる真澄。
「あっ…」
呆然とするみほ。
ガックリと肩を落とす武部。
「……やられちゃった」
その様子を、破壊されたアクアワールドから出てきたペンギンが不思議そうに見つめていた。
上空を通過する観測機の銀河より、戦況を確認した蝶野がアナウンスを行う。
「大洗・知波単フラッグ車、走行不能。よって、聖グロリアーナ・プラウダの勝利!」
大型モニターに映し出される聖グロリアーナ女学院とプラウダ高校の校章を前に観客達からはため息が湧き上がった。
「あ〜、負けちゃった」
モニタで結果を見たアキがため息をつく。
「そうだね」
ミカがカンテレを演奏しながら答える。
「やっぱり私達も出れば良かったのに…何で参加しなかったの?」
「出れば良いってもんでもないんじゃないかな?」
それを聞き、アキは思わず食ってかかる。
「ええっ!?参加する事に意義が有るんじゃないのっ!?」
「人生には大切な時が何度か訪れる。でも、今はその時じゃない」
彼女はそういうとカンテレの演奏を止めて、にっこりと微笑んだ。