翌日、まだ朝日が昇った直後の時間帯。
仮待機所となった校舎の玄関でスニーカーの靴紐を結ぶ一人の少女。
「ゆき?」
「今行く」
同じ機動隊所属の原たか子に話しかけられて尾崎ゆきは縛り終えて玄関を出ていく。
「おはようございます」
「おはよう」
そして玄関前では真澄達も体操服やジャージ姿で待っており、準備運動を行なっていた。尾崎も入念に準備運動を行うと、そこで周りを見回した真澄が言う。
「よし、みんな集まったわね」
そこではクマさんチーム五名と、尾崎達の機動隊員四名が準備体操を終えて集まっていた。そしてこれから出かけようとした時、
「あれ、真澄さん?」
校庭からみほが現れた。
「どうしたの?」
「これから走ろうかなって。みほちゃんもくる?」
「うん、みんなも呼んでくるね」
二つ返事でみほは頷くと、秋山の建てた野営テントに戻って他の生徒達を呼びに向かった。
「態々早朝に走らなくても…」
「走った方が睡眠の質が上がるわよ?」
気怠げな冷泉に隣で真澄がフォローを入れると、彼女に準備体操をやらせる。
近くではあんこうチームの五名が着替えて準備をしていた。
「黒田は私の味方じゃ無いのか?」
「味方よ?最高の睡眠をお届けする方法を教えているじゃない」
「…それが態々私を夜明けに叩き起こす理由か」
呆れた様子で冷泉はやや真澄を睨みつけると、そこでまた別の声が聞こえた。
「あれ?黒田さん達?」
そこには同様に着替えた磯部達が立っていた。
「どうしたんですか?」
「ああ、せっかくだから走ろうかって話でね」
「なるほど!」
磯部は納得をすると、自分たちの事情を話した。
「ちょうど私たちも走ろうと思っていたんです!」
彼女達もこれからランニングを行おうとしていたようで、走る準備を整えていた。
「みんなも走るの?」
「はい!軽く二キロほどを走ろうかと」
磯部はそう言うと、距離を聞いて尾崎達は苦笑した。
「軽く二キロ…」
「装備つけていない私たちと同じ距離じゃない」
「戦車道って、すごいね」
「体力を使うのでしょうね」
すると磯部の声に反応して校舎から整備班の一人が出てきた。
「あれ?みなさんどうしたんですか?」
「ああ…」
そこで真澄が事情を話すと、それに納得した整備班の子はポンと手を叩く。
「なるほど、これは気分転換に良さそうですね。みんな呼んでもいいですか?」
「良いよ良いよ〜」
二つ返事で彼女は答えると、そこでゾロゾロと校舎から体操服姿に着替えて生徒達が出てくる。
するとこれほどの人数ともなると、流石に他のチームも何事かと出てきて事情を知って…と言った具合で多くの生徒達が校庭に出てきた。
「わぁ…」
「すごい人数になっちゃいましたね」
「みんな運動が嫌いなわけじゃ無いんですね」
ゾロゾロと着替えて出てきた彼女達に思わず唖然となってしまう。
「磯部さん、誘導頼んでもいい?」
「分かりました!」
誘導を任された彼女は早速声を上げた。
「皆さ〜ん!これから軽く二キロほど走りますが、無理のないように気をつけてくださーい!」
そう言って彼女は河西達に指示を出す。
「河西、最後尾についてくれ」
「はい」
「出発しまーす」
佐々木がそこで声かけを行うと、校舎にいたほぼ全員の生徒が列を作って校舎を出て朝のランニングを始める。
まず彼女達は山を降りて、昨日C-5Mが戦車を投下した時に見た陸橋の上を走る。
「もうダメ〜!」
「え、もう?」
その時、アリクイさんチームの三人は肩から息をさせると、隣を走っていた河西が驚愕をする。
順調にランニングコースを走り、朝日も登ってちょうど良い日差しが木陰に差し込む。
「ひ〜っ!」
「なんで経理の私たちまで…」
「経理班体力無さすぎでしょ〜」
経理班の隣を整備班所属の生徒が言うと、やや不満げに彼女達は答える。
「ムゥ、こっちは整備班みたいな体力労働してませんでしたからね〜」
「こっちは頭で勝負してたの」
そう言い合うと、隣を颯爽と追い抜いていく集団がいた。
「うわっ」
「すごっ」
通り過ぎていった真澄やみほを見て一瞬見惚れてしまった。
「…頑張って走らないと」
「目指せ完走ね」
彼女達に当てられ、経理班達も俄然やる気が湧いてきた。
「ところで、真澄さんの近くにいたあの子達は誰なの?」
みほが走りながら聞くと、真澄は答える。
「機動隊にいる可愛い後輩。戦車を動かしてみたいらしいから、今日から教える予定なのよ」
「あっ、そうなんだ」
普段は背中に演習弾を背負って走っている二人は、負荷のかからないランニングを軽々とこなしていた。
「二キロが軽いの〜?」
「もうダメ〜〜」
澤と阪口がやや悲鳴を上げながらランニングをしているのを横切る。
「手伝おうか?」
「流石に模擬戦は無理よ?」
「それはそうだけど…」
二人は平気な顔をして走っており、それを一歩後ろで見ていた尾崎達は愕然となっていた。
「あのスピードで、よく平気な顔をして話せますね」
「ぐっ、流石にきつい…」
隣で幣原が辛そうにすると、その横で引率をしていた大久保と大隈が呼びかける。
「無理に追いつこうとしなくて良いわよ」
「あの二人が異常なだけだから」
普段から砲弾背負って自分たちと変わらない速度で走っている
「しかし博子もだいぶ走れるようになったんじゃない?」
「…そりゃあ毎日走ってたら慣れますよ」
伊藤はややジト目で訓練に付き合わされたこの数ヶ月を振り返る。
「嫌な思い出です」
「でも一人で砲手・装填手・観測をしなきゃいけないから、本当はもっと体力がいるわよ?」
「私を筋肉ゴリラにでもするつもりですか?全く、呆れたものですよ」
「筋肉あるとモテるよ?」
「おっぱいでかい方がモテるに決まってんじゃないですか!」
「ぎゃははははっ!」
軽く淫談を交えながら話していると、それを聞いていた尾崎達も呆れていた。
その後、二キロを完走して仮待機所に戻ってきた真澄達。
「全員戻った?」
真澄が聞くと、走り終えた武部が文句を言う。
「んも〜、腰が痛いよ〜」
「普段から座っていましたからね」
その横で五十鈴が腰の痛くなった理由を察していた。
「アリクイさんチームだけ、途中で休憩しているようです」
そこで尾崎は仕入れた情報を伝えると、軽く頷いてから全員にスポーツ飲料水を配った。
「よ〜し、次は操縦訓練と装填の練習をいていこうか〜」
「はい!」
「分かりました」
事前に誰がどの役割をするのかは相談して決めていたので、尾崎達は真澄達クマさんチームの車両を見上げた。
「食事の状況はどうだ?」
その後、朝のランニングを終えた生徒達はそれぞれ自由な時間を過ごし、校庭には磨き上げられた戦車がずらりと並んでいた。
「栄養科を中心に炊事の美味いものを選抜しています」
「他の待機所の様子は?」
「それぞれに配置した生徒会メンバーと風紀委員によって、同じように運営されています」
小山は資料を読み上げて報告を行う。
「清掃や管理の問題も大丈夫か?」
「はい、事前の調査通り、各班均等に経験者を配置しています」
「あとは物資調達だな…」
「それも水産科と農業科の持ち出した物資でしばらくは大丈夫です」
満点解答をした小山に、満足げに角谷も頷く。
「とりあえず当面はここでなんとか生活できそうだな」
団扇で仰ぎながら彼女は戦車を見つめる。
「良いんですか?このままここにいて」
少々不安がる河嶋に角谷は鋭く指示を出す。
「こんな場所だが、学園艦にいる時と同じように、朝は出席をとって全員無事なのを確認するように」
「分かりました」
指示を受け、背筋を直した河嶋はそのまま職員室に入ると、朝食のコンビニおにぎりを食す。
「そういえば風紀委員はどうした?」
生徒会メンバーに質問をすると、彼女は隣の放送室を指差した。
河嶋は腹を立てると、放送室を覗き込んで思わずギョッとなった。そこでは園、金春、後藤の三人が川の字で団子になって苦悶の表情で寝ていたのだ。
「おい!風紀委員のくせにだらしないぞ!きちんとしろ!」
窓を叩いて河嶋は怒鳴ると、その声で目覚めた園は目元を擦る。
「もう学校もないのに、きちんとしたからってどうなるっていうんですか」
目元を擦り、ボサボサの髪で起き上がる。
「意味ないじゃないですか、私たちがいる意味すら」
「いいから全員の転校手続きが終わるまでは、きちんとやれ!」
河嶋は怒鳴りつけると、嫌々園はマイクに電源を入れる。
「ぜぇいん、しゅーーーごぉーーー」
やる気のない放送にますます河嶋は腹を立てた。
「学校なくなったんだから、朝起きなくてもいいんじゃないか」
ランニングを終え、朝早くに叩き起こされて二度寝をかましていた冷泉は不満げな表情を表に出す。
「出席は毎日取るんだって」
隣で武部がたしなめると、目の前に園達が現れたが、彼女達は明らかに気怠げで目やにのついたままの顔にボサボサヘアに流石に冷泉も驚かざるを得なかった。
「顔くらい洗え、そど子」
いつもと逆転現象が起こってしまい、それにも園は適当に返す。
「はいはい、どーせ私はそど子ですよー」
やる気のない様子で朝礼台に立つと、点呼をとる。
「出欠を取りまーす。全員いるわねー、はい終了」
「なんてアバウトな出席の取り方なんでしょう」
「やさぐれてんなぁ」
隣で怒る河嶋を横目に五十鈴は唖然とし、真澄は苦笑していた。
解散後、それぞれの戦車の整備・点検を整備班と自動車部総出で始める。
サンダースに一時的に集めていたとはいえ、あの投下である。光学機器などの割れ物は事前に外していたが、サスや照準器、電装系のトラブルがないかを調べ尽くした。
「借りが増えたなぁ〜」
「その分、我々の使う車両の詳細が渡ったと思えば、こちらが損をしていると思いますよ?」
中でも同じアメリカ製であるM3リーに関しては痛んでいた部品も好意で交換してもらっており、そう呟いた角谷に隣で真澄が答えた。
「そうかな?」
「少なくとも、どんな情報であっても大洗に関するモノを欲しがる人がどこにでもいますからね」
首を傾げる角谷に真澄はやや苦笑気味に返した。
「まあ、大洗は『独学が突き抜けた』搭乗員しかいないので、誰も真似できないのが救いですが…」
「おんなじのは作れないか〜」
冷徹な真澄の推察に角谷は少々しょっぱい表情を浮かべていた。