午前中は戦車の整備に取られてしまったので、尾崎達に手解きをするのは午後からになってしまった。
多くの生徒達はあんこうチームやカバさんチームの野営を見て、学校内や周辺の空き地に移動して各自で野営を始める。
「おーい、あまり遠くまで行くなよー」
「はーい」
ナカジマが移動するM3リーに言うと、澤が頷いて学校を出ていく。
「暑いけどがんばろ〜!」
「声出していくぞ!」
「「はいっ!」」
バレー部は早速校庭をゴンダラで整地をしてからバレーの練習を始めていた。朝に走ったと言うのに、体力がまだ有り余っていた。
「そーーーれっ!」
そこで見事にスパイクが決まる。
「この機会に体を鍛え直そう…」
「そうだね」
「ええ」
その様子を見ながら、早朝に数十メートル走っただけで倒れ込んで動けなくなってしまったねこにゃー達、アリクイさんチーム。
早速ねこにゃーは腕立て伏せを始め、ももがーは三式中戦車の主砲を使って懸垂を始め、ぴよたんは腹筋を始める。
「うがっ」
「うへっ」
「っ!?」
しかし三人はゲームばかりしていた影響で体もそれに順応しており、最低限の筋肉しか残されていなかった。
同刻、別の林ではエルヴィン達カバさんチームはシミュレーションボードゲームを広げていた。
「…参りました」
「だろうな…」
盤上を見てエルヴィンは諦め、左衛門左はニヤッと笑った。
「次は何をする?」
「戦車戦を考えるなら、作戦級よりも戦術級の方がいい」
「カードゲームもいいんじゃないか?」
そう提案するエルヴィンに左衛門左が対抗する。
「ここは七国象棋でだな」
「それより戦車訓練を」
「「「それだー!」」」
おりょうが呆れて提案をすると、全員が指をさした。
涸沼川近くの公園ではM3リー中戦車が止まっており、一年生達は阪口が釣りをしたいと言う一言でこもまで移動してテントを張っていた。
澤が弓切り式火おこし機で苦労しながら火を付けようと努力していた。
「ねー、こんなんで本当に火が付くの?」
「スマホでは結構難しいって出てきたよ〜」
宇津木の疑問に大野が答え、その後ろでは阪口は長いお手製の釣竿を投げていた。
「何釣っているの?」
「あんこう」
「無理だと思うよ」
「じゃあ岩ガキ」
「もっと無理だと思うよ」
「じゃ、ハゼ」
阪口と山郷は木の抜けた会話を繰り返して時間が過ぎるのを待っていた。
波打ち際の音の中にエンジンの回転する音が響き渡る。
「前進」
無線で連絡を入れると、大洗海岸では榎本達が砂浜で動く短十二糎を見る。
「停車」
砂浜で急ブレーキをすると、その動きはやや辿々しかった。
「OK、みんな降りてきて〜」
無線で指示を出すと、短十二糎から尾崎達が降りてきた。
「どうでしたか?」
「初めてにしては上出来よ」
尾崎は榎本から感想を受け取ると、嬉しそうに反応した。
「じゃあ次は装填ね」
「はい!」
そこで彼女はカバさんチームから借りてきた訓練用の装填装置の前に立たせると、簡単な操砲の手順と装填のやり方を教えていく。
「この戦車は改造をされているが、基本はチハだ。だからクラッチを切り替える時はエンジンの回転数と合わせる必要があるから…」
「なるほど!エンジンの回転数に合わせてギアを変更しなければならないんですね」
その隣で原に操縦方法の伝授を行う大隈。
「この主砲は元々は対潜迫撃砲のような役割で設計されたから、やや山なりの弾道を描くの。だからイメージとしては山砲に近いわ」
「やや山なりの弾道…つまり直接狙っても当たりにくいのですか?」
「そうそう。ただこの戦車だと別にそこまで気になるほどではないかな」
車内では照準器を覗かせて、高橋に使い方を教える大久保。
「無線の使い方はわかるね?」
「はい、一応アマチュア二級です」
「よし、じゃあ揺れる車内で正確に情報を聞き取って」
幣原は無線手席で車体に取り付けられた37ミリ砲の操作方法を後回しに、まずは揺れる車内での無線の聞き取り方を教えていた。
夜になると神社の裏道をポルシェティーガーが爆走する。
「いい練習になるなぁ!」
ツチヤはヘアピンカーブを戦車でドリフトさせて叫ぶ。
「程々にね〜」
ナカジマはそういうと頭に命中しかけた木の枝を瞬時に頭を下げて回避する。
彼女達はポルシェティーガーを最高のセッティングに仕上げるために何度も同じコースを走り抜けていた。
そして海岸沿いにあるコンビニ、その駐車場に留まるB1bis。その上で園・金春・後藤の三人はそれぞれ買い食いを行っていた。
本人達は精一杯不良ぶっていると思っているが、残念ながら他の機動隊員達からも『やさぐれてる』と言われているほどの評価だった。
「…」
校舎裏の空き地で、秋山の設営したテントで寝ていたあんこうチーム。枕元にはあんこう型の蚊取り線香が用意され、他の四人は寝ていた。
テントの外ではみほがパジャマ姿のまま、ボコのぬいぐるみを抱いて星空を見上げていた。
戦車が手元にあるとはいえ、何も打開策が見出せない状況に突然バラバラになる不安に襲われ、目が冴えてしまっていた。
「みんな、どうなっちゃうんだろう…」
みほがつぶやいた時、ザリッと砂利を踏む音がかすかに聞こえて振り返った。
「あっ」
「よっ、一杯どう?」
すると真澄が起こさないような小声でみほに声をかける。その手には飲み物が握られていた。
「どっちがいい?」
そう聞く真澄の両手には『Skal』と『juicy』の二つが握られていた。
「ジューシーがいい」
「ほい」
「わぁ…!」
そこでみほはオレンジジュースを受け取ると、懐かしそうにパッケージを眺める。
「ジューシーだ。懐かしいなぁ」
「熊本の方じゃないと売ってないんだってね」
「そうそう」
そう言って紙パックにストローを刺して飲み始めるみほ。熊本の給食に出てくる懐かしい味を思い出す。
その隣で真澄はカシュっと音を立てて炭酸を飲み始める。
「かぁ〜、スコールうめぇ」
緑のパッケージが特徴的なそれは炭酸がよく染みる。
「懐かしいなぁ…小学校以来かも」
懐かしい飲み物を前にみほはふと真澄との出会いを思い出す。
「みほちゃん」
すると真澄は持っていたビニール袋からカップ麺を取り出す。
「豚キムチ買ってきたんだけどどう?」
「食べたい!」
やや食い気味に豚キムチ味のカップラーメンを持ってきた真澄に頷くと、彼女はクスッと笑って持ってきたボイリング・ベッセルで沸かした湯を投入する。
ここは女子校。男の目がない女というのは恐ろしく。教室でナプキンが頭上を飛び交い、夏に暑いと教室で制服を脱いでブラジャーで生活をしだし、食事で人目を気にせずに豚キムチラーメンを食べ始めるのである。
「へへへ、どうぞお代官様」
「これはこれは…よろしゅうございますなぁ」
湯気の経つカップ麺を前にみほは仰々しく、昔のように受け取ると、そのことを思い出す。
「真澄さんの家に行った時だっけ?」
「そうそう」
それはまだ小学生の頃、まほの遠征に付き合って東京に訪れ、ついでに真澄の実家に遊びに行った時のことだ。
「私の部屋に泊まった時にみほちゃんと夜中に一階の棚から持ち出したの。母さんが隠してたやつ」
「それでお姉ちゃんが起きたことに気がついて降りて来たんだけど…」
「結局匂いと辛さに負けて食べちゃうのよね」
「で、清靖くんが降りて来てみんなで分けて食べたっけな…」
待っている間、そんな昔話をみほとする。
「今考えると姦しくって仕方ないわね」
笑って真澄はその時の状況を振り返る。なにせ男と女の比率が一:三であった。
「少し恥ずかしいなぁ…清靖くんと一緒に食べちゃってたから」
みほもそこで少し顔を赤めて当時の子供の頃の悪事を思い出す。
「そうかね?…あっ、三分経ったよ」
「分かった」
タイマーを見ていた真澄が言うと、みほは割り箸を割って蓋をとる。
「「いただきます」」
二人して同じカップ麺を食べ始める。
「もう、分けずに食べられちゃうんだもんね」
「大人に近づいているってことよね〜。ヤダヤダ、歳はとりたくないもんだね」
「まだ十代だよ?私達」
「あらやだ、失礼しちゃうわ」
麺を啜りながらみほは若干ババくさい発言をした真澄にそう返すと、その腹いせというべきか仕返しにある話題を振った。
「で?この前の食事会どうだったのよ?」
「っ!んんっ!?」
その質問にみほは目を見開いて啜っていた麺を詰まらせそうになった。
「っ!そ、そんな!どうって言われても…」
「結構高いところ行ったんでしょう?」
「うん、まぁ…清靖くんがいいお店を紹介してくれたから…」
そこで彼女は夏休み中に彼に誘われて行ったレストランを思い出す。
「お、美味しかったな〜、あのフランス料理」
「こら、話逸らそうとするんじゃないよ」
ジト目で真澄はみほを見ると、彼女は少々慌てて答える。
「い、いや…楽しかったんだよ?清靖くん、帰りの車とか手配してくれたり、車を降りるときに手をとってくれたり、試合のことを褒めてくれたりして…//」
やや混乱気味に話すみほに温かい眼差しを向けながら真澄は麺を啜る。
「な〜んだ、朝帰りじゃないんかい」
「そ、そんなことできるわけないでしょ…!!」
みほは真澄につかみかかる勢いで乗り出して来たので、慌てて真澄は謝罪を入れる。
「ごめんごめんって」
「…」
それでも不満げなみほは頬をやや膨らませていた。
「でもさ、清靖も心底嬉しそうに電話してきてさ。私も嬉しかったんだよね」
「…」
その時の真澄の目は、弟を想う一人の姉の目をしていた。
「昔、清靖って家の名前がコンプレックスになってた時期があってさ、一年くらい鬱病で家から出られらなかったこともあったんだよ」
そこで大変な苦労をしたことを思い出す。
「そんな時にさ、熊本から遊びに来てくれたのはみほちゃんだったのよね」
「…」
真澄はその時、みほの陽気な笑顔と性格に振り回されて苦労しながらも笑みを見せた清靖の顔が思い出された。
「だからそのことで私はみほちゃんに頭が上がらないんだよね」
「そんな…私は全然…」
豚キムチラーメンを食べながらみほはそんな昔のことを覚えている真澄に驚く。
すると颯爽と麺と具材を食べ終え、スープを一気飲みした真澄が言う。
「貴女は自分が思っている以上にいろんな人に影響を与えているの。それが良くも悪くもね」
「…」
彼女の真剣な眼差しはどこか引き込まれる魅力があった。
「でも貴女は主役になれる存在だから。それを大事にね?」
「主役?」
みほは首を傾げると、真澄は意味深な笑みを見せてから袋に空のカップと割り箸を入れる。
「さて、明日忙しいから早く寝るわ」
「あっ、おやすみ。真澄さん」
「おやすみ〜」
みほはそこで去って行く真澄を見送った。