「あー、楽しかった」
「ね、毎日ここに来ようかしら」
満面の笑みを見せるみほと伊藤。エロ以外であそこまで興奮した伊藤も珍しいと内心で思いながら大久保達は目の前の売店を見る。
店にはいろいろなボコグッズが並んでいたが、どれも埃をかぶっていたり箱が変色をしていたりとまともな状態なものが少なかった。ただ、品物自体は日焼けなどで色褪せていないので管理はされているようだった。
「これ、いつから掃除していないんでしょう?」
「こっち、消費税表示がないですよ」
「店員、お化けじゃないよね?」
棚をなぞって驚く五十鈴。値段を見て驚く秋山。周りを見て怯える武部。
「…」
尾崎はそこで一つ、店で埃をかぶっていたボコの人形を手に取る。
「どうしたの?ゆき」
「欲しいの?」
「なんだか、愛着が湧いちゃった気がして…」
原の疑問に埃を払って掴んだボコの人形を見て尾崎はそんなことを呟くと、後ろから伊藤が話しかけてくる。
「お、ゆきちゃんセンスあるね〜」
「あっ、先輩…?」
彼女は持っていたカゴの中にこれでもかとボコのぬいぐるみやグッズを既に突っ込んでおり、それを見た幣原が驚愕した目をする。
「それは白熊ボコだね」
「へぇ…白熊ですか」
尾崎は返すと、伊藤は聞いてもいないのに解説を始める。
「雪ボコと白ボコの二つがあってね。これがまた見分けづらいから、裏のお尻の部分を見るといいのよね」
「は、はぁ…」
恐ろしく舌が回る伊藤に苦笑して尾崎は相槌を打っていた。
「アンタ、また買う気なの!?」
「当然、オタクの鏡として常に現金は持ち歩いていますとも!」
そこで持っていた財布から諭吉さんを数人召喚すると、爆買いをしたカゴをレジに持って行こうとする。
「あっ、これも可愛いかも。隊長に買っていこうかな?」
そう言い数万円のミュージアム限定巨大ボコのぬいぐるみを見ていた。
「すごく頑張ってたね、ボコ」
「そう?」
みほの言葉に首を傾げる武部。
すると彼女は売店のカゴに入っていた『残り一つ激レアボコ』と書かれた札が貼られているのに気がついた。
「あ、残り一つだって」
「そういう手だから」
「でも、かわいいし」
みほがそう言い手を伸ばすと、横からさらに小さな手が伸びた。
「あっ!」
ボコの上で手が合わさり、お互いに顔を見合わせる。
「!!」
驚いて手を引っ込めたのは先ほど会場にいたあの少女だった。
「あっ、いいのいいの」
みほはそこで彼女にボコを乗せると、にっこりと微笑んだ。
「私はまた来るから」
少し頬を赤くしてみほを見上げる少女は、ボコを受け取るとそのまま顔を俯かせてから小走りでレジの方に向かった。
「せっかく、みぽりんが譲ってあげたのにお礼も言わないなんて」
「きっと恥ずかしいだけだよ」
みほは今の少女がレジで会計をしているのを見ながらそう言った。
「アンタは財布の紐を固く締めなさい…!」
「NooooOOOO!!」
そのそばで、いい加減キレた大久保の手によって次々とカゴから棚に戻されていくのを見て悲鳴を上げる伊藤。しかし機動隊所属の尾崎達が四人がかりで押さえ込んでいるので伊藤はまともな反抗もできずに戻されていくのを見る事しかできない。
最終的に二〇万もする巨大ボコの着ぐるみを買おうとしていたので大久保は呆れてしまったのだ。
「でも、この値段でこの大きさなら良心的すぎますね」
「憧れるよね〜、おっきなぬいぐるみ」
「あの金額ですと在庫処分でもなければ出せない金額では?」
「是美ちゃん、私も思ったけど正直に言っちゃダメだよ?」
伊藤を取り押さえる彼女達は口々にそう言うと、大久保がカゴを空にして戻ってくる。
「あっ、これ一つお願いします」
その横で尾崎は先ほど見た白熊ボコを購入した。
「結局買うんだ」
「うん、部屋にこう言うのってあんまりないしさ」
白熊ボコと伊藤が解説を入れたそれは、口元に突き出た歯を模したフェルト生地が付けられていた。
「まずは洗濯して綺麗にしないと…」
そこで購入したボコのぬいぐるみを持って戦車に戻っていく。
少し時は戻る。
「遊園施設の中には、入り口からエントランスまでの距離を長めにしたり緩やかな傾斜の登り道にするなどして、来場者やな高揚感や期待感を抱かせるよう工夫を凝らした造りになっているものもある…」
館内入り口の前で一人が呟く。
「でも、ここにはそんなの必要ない」
その少女は初めに見た目にそぐわない口ぶりでゆったりと歩く。
「ここにはボコがいるんだから」
彼女はそう言うと心踊りながら門をくぐる。
『おう、よく来やがったな』
入口ではいつものようにボコのアニマロトニクスが人感センサーに反応して動き出す。
「あ〜、今日も客がこねぇな〜」
すると少女の隣を二人が通り過ぎる。
「白ネコと青ネコ…!」
物語に登場するキャラクターを前に少女は興奮するが、二人はそんな少女に目もくれずに話す。
「毎日暇だよな」
「なぁ、聞いたか?あの噂」
「あぁ…ここが閉館するってやつだろ」
その瞬間、少女は耳元で自走砲の砲撃を受けたような衝撃を受けた。
「どうせいつもの出自不明のネタだろ?何回目だよその話題」
「そりゃ夏休みシーズンだってのに、こんだけ人がいないとなぁ…」
青ネコがぼやいて人のいない施設を見る。
「ショーの出番までやることがねぇ」
そう言うと二人はその場をスタスタと後にした。一人、静かに残った少女は入口のボコを見る。
『おう!よく来やがったなお前たち!オイラが相手をしてやろう!!』
入口では自動でクネクネ動くボコが挨拶を行うが、少女の顔は悲しげだった。
「よう、お嬢ちゃん」
ボコを見ていた少女に一人が声をかけた。
「ようこそボコミュージアムへ」
そこにはネズミが立って少女を出迎えた。
「さっきからずっとここに立ってるな、このボコ気に入ったのかい?」
「このボコ…普通のボコよりちょっと細く見える」
少女はそこで動くボコの特徴を指摘すると、聞いていたネズミは首を傾げた。
「え、そうか?誰も気にした事なかったんだけど、嬢ちゃんはボコが好きなんだな」
「うん」
「どういうところが好きなんだい?」
ネズミの質問に少女は持ってきたショルダーバッグから一冊の参考書を取り出す。表紙には『素粒子物理学』の文字があった。
「お、なんか難しい本を取り出したな」
「私はもう大学生だから、今いろいろ勉強はしてるの」
「そっかー、嬢ちゃんは大学生かー。えらいなー」
ネズミはあまりにも高度すぎる参考書を見て自分では理解できないなと察する。
「観測衛星の発達により今世紀に入り宇宙の総エネルギー量を測定できることが可能になった。その結果私たちや物質を形作る原子は全体構成量の4.3%、惑星や恒星などの天体は0.5%ほどしかなく。人類が現在のところ観測できるものは原子より小さい素粒子、ニュートリノを含めても全体の5%にも満たないことが判明した」
「ん?」
「残りは20世紀から示唆されていた仮説上の存在。暗黒物質と暗黒エネルギーとされている。一方で、それらのものは存在しないという理論もあるが間接的な観測事例も発表されており、未だ正体不明の物質・エネルギーは存在すると仮定するのが近年の通説である」
少女は参考書をそこで閉じると、鞄の中に戻す。
「いずれにしても、私たちが直接認識できるものというのは、この世界を彩る存在のうち本当にごくわずかなものしかないの。そのひとつがボコ、ボコは何度やられても困難に立ち向かう勇姿をいつも私に見える形で示してくれる」
そう語る少女の目はキラキラと輝いていた。
「世界の大きさを学ぶたびボコに出会えたことに感謝せずにはいられない」
「お、おう…」
淡々と解説を受けるネズミだが、さっぱり理解できずに困惑して少女に生返事をするしかできない。
「でも…」
少女はそこで顔を俯けて表情を暗くした。ネズミはそんな少女に近寄る。
「よし嬢ちゃん、午後のボコショーまでの間このネズミ様が園内を案内してやろう」
「そんなことしていいの?」
「今日はお客さん少ないから特別だぜ。…いつも少ないけどな」
ネズミはそう言うと少女を連れて館内を案内し始める。
そんなボコミュージアムにみほ達が到着したのは十分後ほど後のことであった。
「そろそろ閉館の時間か」
少女を案内したネズミは夕方になって広場に出る。
「どうだい嬢ちゃん、今日は楽しんでもらえたかい?」
「うん、ひとつしか残ってない。激レアのボコも譲ってもらった…」
その横で少女は先ほど、売店で譲ってもらったボコのぬいぐるみを見る。
「へー、珍しいやつなのか…それ、ほかのとなんか違うの?」
ネズミは聞くが、少女の顔はまだ暗いままだ。このままではいけないとネズミは機転を効かせて話す。
「嬢ちゃんはホントにボコのこと詳しいんだな。こりゃあ未来の館長さんだ」
その時、少女は天啓が降ったような気がした。
「そっか…ボコが何度でも戦えるように私がここを守ればいいんだ」
「嬢ちゃん、アイツはさオレたちが何度も倒しても立ち上がってくるんだ。ほら」
「あっ…」
その時、ネズミが指差すとそこには夕陽に照らされるボコの姿があった。
「ボコーーー!」
少女はその姿を見て叫んだ。
「あの人が次に来たときに必ずあんたを買えるようにしてあげるからね」
そして叫んだことでスッキリしたのか、やや晴れやかな顔でみほから譲ってもらったボコを見る。
ネズミとお別れをして門を出ると、ちょうどそこでは一台の戦車が出ていく途中であった。
「あっ…」
その戦車の砲塔側面にはボコに似たマークが塗装されており、少女はそのボコに見覚えがなかった。
「ボコに似てる…」
短砲身で、巨大なマズルブレーキの付いたその
「…同じ学校の人なのかな?」
彼女達は先ほどぬいぐるみを譲った人と同じ制服を着用しており、砲塔後部の雑具箱にはボコのぬいぐるみが入れられていた。
「…お礼、次会ったらしないと」
あの戦車に乗った誰かがボコが好きなのかなと思いながら少女、島田愛里寿は見覚えのない戦車を見送った。