「はぁ…」
大久保達がボコミュージアムで盛り上がっている頃、黒田真澄は一人東京に向かうために水戸経由で常磐線に乗り換えていた。
「面倒な」
水戸駅で品川行きの特急ひたちに乗り込む。
「どうせなら迎えに来て欲しいのにな〜」
受け取った知波単学園ではない方からの封筒の中には特急券とタクシーチケットが同封されていた。
『お食事をご用意してお待ちしております』
地図まで同封されたその場所に真澄は苦笑気味に特急列車に乗ると、そのまま東京駅まで向かう。
『東京〜。東京〜。ご乗車、ありがとうございました』
全くもって美しい堺○幸ボイスの自動放送を聴きながら日本有数のターミナル駅の東京駅に下車をする。
「人が多いね〜」
大洗駅とは大違いだと言ってから制服姿のまま丸の内口に移動する。
東京の中でも最も皇居に近いことで発展したこの駅は、今では新幹線の発着場として大量に全国から訪れる人々を捌く場となっていた。
駅前には大量のタクシーやバスが出入りを繰り返していた。
「お客さん、どちらまで?」
「ホテルニューオー○ニまで」
「分かりました」
タクシーの運転手に言うと真澄のセーラー服にやや驚かれながらタクシーは走り出す。
「しかし驚いたなぁ、まさか東京で大洗女子学園の制服を見るとは。お客さん、生徒かい?」
駅から出て和田倉門交差点を左折する時、運転手が言う。
「知っているんですか?」
「当然。娘や私も戦車道が好きでね」
「…なるほど」
運転手が驚いた理由を知り、納得して短く頷く。
「娘も行きたいって言っていたんだけど、廃校になったんだってね?」
「えぇ」
すでに戦車道を知る人たちではもっぱらの話題となっている話に運転手は悲しげに眉を落とす。
「残念だなぁ、今年の優勝校が無くなっちまうなんてよ」
「全くですよ」
帝国劇場を通過し、日比谷交差点で右折をする。皇居に沿うようにタクシーは桜田門に入る。
「腹が立っちまうもんだ。…お客さん、ちょっと虎ノ門の方を通って行きますね?」
「ええ、ご自由に」
タクシーチケットなのでそれほど気にせずにタクシーは桜田門を左折して国道一号線を走ると、虎ノ門を通過していく。
ここは霞ヶ関。日本が誇る無数の官庁街であり、虎ノ門には中央合同庁舎第7号館と呼ばれる施設が存在している。
そして中央合同庁舎第7号館にはとある行政機関が入っていた。
「文科省の馬鹿野郎め…」
タクシーの運転手は小さく毒吐いて文部科学省の入る施設を見上げると、そのまま都道405号線に入って赤坂一丁目に入っていく。
「…え?」
通り過ぎる時、真澄は中央合同庁舎第7号館に入っていく見慣れた緑のセーラー服を着た少女の背中姿を見る。あの大きなツインテールは間違いない。
「角谷会長…」
彼女がなぜ霞ヶ関にいたのか、彼女はすぐに理解できた。
「ん?どうかしたかい?」
「ああいえ、何でも」
運転手に聞かれ、真澄は何もないと言って返してから都道405号線を北上すると、そのまま弁慶橋を通過する。
「着いたよ」
「ありがとうございました」
ロータリーにタクシーは止まると、そこでチケットを渡して降りるとそこで一人が待っていた。
「お待ちしておりました。黒田様」
「やれやれ、こう言う時に制服というのは便利だね」
今は無き、大洗女子学園の制服を着た真澄は少々呆れたようにその人に着いていった。
その時、角谷はある場所を訪れていた。
「私も忙しいんでね」
部屋に通され、執務室の席に座っていた官僚。文部科学省学園艦教育局の辻廉太局長は言う。彼は態とらしく書類を捲る。
「えーっと、どこの学校でしたか?」
「県立大洗女子学園です」
「ああ、廃校になった」
棘のある言い方に角谷は反論するように返す。
「まだ廃校になっていません!本日は」
「廃校の件は、すでに稟議も予算も通過して決定しているんです。変更はあり得ません」
「ですが、戦車道全国高校大会に優勝すれば、廃校は免れると約束をしたはずです」
それを聞き、辻は内心で『面倒な…』と思いながら態々面会を申し出てきた角谷を見る。
「口約束は約束ではないでしょう?」
「判例では、口約束も約束に認められています。民法91条、97条にもそう記されています」
予想外の武装論舌に一瞬驚くが、その程度では無力であると判断するとアルカイックスマイルで返す。
「可能な限り善処したんです。ご理解ください」
「…分かりました」
「分かってくだされば良いんです。さ、時間もないのでお帰りください」
彼は角谷をドアに促すと、角谷も無言で一礼して出て行く。
分厚いドアを閉める前、彼は角谷の手が怒りで震えているのを見ていた。
「今回の一件、約束をしてしまった以上、辻くんも義理を立てて、会議を開いていて最善の努力をした。だからあまり彼のことを責めないで欲しいと言うのが本心だ」
ホテル最上階にある回転レストラン。この回転台の仕組みには、あの戦艦大和の砲塔の旋回装置の技術が使われていると言う。
そんな場所に真澄を呼び出した人物はレストランでビュッフェを楽しみながら話す。
「板挟みの官僚様ですか。彼には黒い噂が立ち込めてているとお聞きしますが?」
「噂は噂だ。それに魑魅魍魎の霞ヶ関に居る全員が潔白なわけではない。ただ、廃校に関して全ての責任を押し付けられてしまった事は事実だ」
彼女の反対に座る男はそう言い、前菜の前菜のいなり寿司を箸で掴んで一口。
「学園艦の解体には巨額の予算が必要となる。貨物船や豪華客船の解体とは訳がちがう」
「…政の話は勘弁してください。一介の高校生にする話でもないでしょう?」
「ふむ、それもそうだな」
真澄は章魚のピリ辛サラダを食べており、ビュッフェを満喫している。
真澄の意見に男も納得した様子で頷くと、彼女とゆったりとした様子で話す。
「まあゆっくり話しながら食べよう。ここの鉄板焼きと寿司は絶品なんだ」
「ええ、そうですね」
真澄もそれには頷いて空となった皿を置いて新しい料理を取りに向かう。
そして彼女を招待した男もそれに続いて磨き上げられた白磁の皿を持って料理を取りに向かう。
「今回の廃校の一件は君の予想通り、上層部の意向によるものだ。学園艦の管理は文部科学省が一括して行っているからね」
「ですが、なぜ七ヶ月も解体の繰り上げが行われたのです?」
「…夏の大会だよ」
その時、一瞬真澄は反応した。
「っ…やはりそうですか」
夏の全国大会。そこでの下剋上物語は、大洗女子学園に多数の取材を申し出るほどの物語性を帯びた話となった。
自分たちが成し遂げた行為で、学園艦の寿命を早めてしまったとはなんたる皮肉かと頭が痛くなりそうであった。
「特にスポーツ庁の長官が中々に食い気味でね」
「…後に出馬を考えている元オリンピック選手ですね」
真澄は面倒な相手が出てきたと内心で思った。
「大洗女子学園の学園艦の解体予算はすでに稟議を通過し、予算通過も行われてしまった」
「では、学園艦の解体入札が始まるのでは?」
「学園艦の解体、今回は早急が過ぎる。僅か数日で学園艦から生徒や家族を追い出したことに反感を持った者も多い」
「…」
真澄としては変な政に巻き込まれた側であるので『ふざけるな』と怒鳴ってやりたかった。
「それに大洗の学園艦よりも、もっと解体すべき学園艦はある」
「大洗のは小型ですからね…」
知波単や黒森峰、サンダースやプラウダと言った名だたるマンモス校を見てきた真澄は頷く。
「そうだ。大洗のような生徒数に定員割れを起こしていない小型の学園艦を多数解体するのは非経済的だ。行うのなら老朽化した大型の学園艦にするべきだ」
彼は堂々と言うと、かぼちゃのスープを飲む。
「そうした学校は多数存在する。バブル期の際に粗製濫造されたマンモス校とは名ばかりの学園艦は他に多くあり、解体はそうした定員割れを起こした学園から優先的に行わなければならない」
「…」
真澄は『そんなん知ったことねえよ』と言った眼差しを向けると、それに気がついて男は話を戻す。
「っと、これは君には関係ない話だったね。失礼」
彼はそういうとウェイターを呼び寄せて言う。
「彼女にノンアルコールの純米大吟醸を」
軽く注文を行うと、男は視線を真澄に戻して言う。
「今回の廃校に関わった人間は、主に『戦車道の知名度を広げたい』実績を欲しがる改革派の派閥と、『大洗の新風を認められない』伝統に習った育成をすべきと叫ぶ保守派の派閥の意見が一致して起こった話だ」
「保守派と改革派が?」
真澄はあり得ないと内心で思った。彼らの意見は基本的に真っ向から対立するものであり、『陸軍として、海軍の意見に反対である』と言った状態を地で行っている現状のはずだ。
すると男は肉料理の神戸牛のステーキを食べながら事情を話す。
「君たち大洗女子学園の生徒たちは、僅か数ヶ月の訓練で黒森峰を打ち破った。
改革派はこれを見て『作戦遂行能力も含めた諸々の訓練を僅か三ヶ月ほどで仕上げて勝ってしまった大洗の教育を広めよう』と考えた。
保守派は『こんな大洗の戦い方を認めれば、今まで築き上げた訓練が無駄となってしまう』と考えた」
「…改革派の善意と保守派の悪意がうまく合致してしまった訳ですか」
「そうだ。彼らは別々の思惑だが『大洗女子学園の戦車道を解散させ、全国に分散させよう』と意見で一致した」
最悪だ…、と内心で真澄は絶句した。例えるなら混ぜるな危険をやってしまったようなモノであるからだ。
「改革派は、その数ヶ月で選手を仕上げたのは君が持っていると噂の
「…別にあれを使った訳じゃ無いんですけどね」
真澄が言うと、その男はそれが嘘を知っていたい本心であるとわかると驚いた反応を見せた。すると彼女はカレーを食べながら話す。
「大洗女子学園の戦車道を例えるなら『独学でやり続けたら本家以上に仕上がってしまった』と言いましょうか」
「…なるほど」
その一言で事情を把握した男は軽くため息を吐く。
「つまり我々が誤解していると言うことか」
「そうですね」
真澄は素直にノンアルコール純米大吟醸を飲みながら頷く。
それを聞き、彼らの想定が完全に外れ、呆れたため息を吐いてしまった男は真澄に聞いた。
「ふむ…ではもしこのまま大洗女子学園の生徒達が全国に離散した場合、どうなると思う?」
その男の質問に『そんな当たり前のことを聞くのか』と内心で思いつつ、硝子の猪口を傾けて真澄は答えた。
「そんなの、保守派の思惑にハマるに決まっているじゃあありませんか」