「なるほど、それは回避せねばならんな」
男は真澄の話を聞き、短く頷く。
「そもそも、そんな強引な理由で転校させられてまともに戦車道が出来るとでも?」
「ふむ、それもそうだな。彼女達が戦車道を棄てた場合、改革派は大きなダメージを負うことになる」
それではもっと深刻なことになると男は理解する。
しかしその内心、真澄は彼女達ならどのような立場に置かれても立ち上がるんだろうなと想像していた。
「我々の目的はあくまでも『世界大会の誘致』だ。内輪揉めで失敗することだけは何としても避けなければならない」
「プロリーグの創設は?」
「誘致を行うための手段にすぎない。はっきり言って日本以外の国々の戦車道はほぼ『派手なショー』と『出来レース』だ。ここで我が国が『武道の一種』として戦車道を世界に喧伝すれば…」
「この国のルールで国際大会を設計できる?」
「そうだ。そうすれば国際戦車道連盟の主導権は我が国が握る事となる。欧州で盛んなスポーツを、我々のモノにできる」
そうすれば柔道のように、日本発の武道に名を連ねることが出来るようになる。おそらく彼の目的もそこなのだろう。
「大洗女子学園の扱いというのは双方にとって劇物だ。劇物の取り扱いは『蓋をして安全な場所に保管する』に限る」
そこで彼が保守派や改革派とも違う中庸の道を歩く天邪鬼な官僚であると真澄は察すると、彼に質問をする。
「では廃校には反対すると?」
「無論だ。もっと経済的なプランを用意してある」
「…具体的に何をするんです?」
彼の話を聞き、真澄は察して聞いたところに男は提案を持ちかける。
「我々が手を回して大洗女子学園に試合を行わせる。勝てば我々も説得がしやすくなる」
「…相手は?」
「今の所、黒森峰辺りを考えている」
そこで試合を行い、そこに多くの報道関係者を呼び込んで大きく宣伝を行う。そうすることで解体をすることに圧をかける算段であると言う。
「…インパクトに欠けますね」
「そうかね?夏の全国大会の再来だ。注目を集めるには良いと思うのだが?」
「我々は違いますが、世間から見れば所詮二番煎じです。公式な大会でも無いのに再び黒森峰とやるのはあまり得策ではありませんね」
真澄はそう言うと、男は聞いてきた。
「ならば君ならどこが良いと思うかね?」
「…大学選抜」
「何?」
真澄の即答に男は眉を動かす。
「この前、確か編成されましたよね?新聞で見ました。私だったら、そこと試合をします」
「…しかし相手は大学生だ。勝てるのかね?」
「同数なら五分。倍数以上ならゼロですね」
すぐに脳内でシミュレーションをして答えると、男は軽くため息を吐く。
「しかし大学選抜とは、思い切ったことを考える」
「大学選抜チームはプロリーグ創設の足掛かりです。そこを打ち破ることができれば…」
「おいおい、そうしたらプロリーグ創設の妨害とならないか?」
話を聞いた男は、それが『もし勝った場合、大学選抜チームが春に組織された高校生チームに負けた』と言う事となり、チームの士気が下がる要因になるのではと指摘する。すると真澄は呆れた様子でため息を吐く。
「そもそも夏にチームを編成して今年度中にプロリーグを作るってのが無理難題な話なんですよ。本来は」
「…」
それは当初より指摘されてきた事実であることは、男も認めていた。
「誘致にどうこう言うつもりはないですけど、こんな改革派と保守派で揉めているなら、せめてもう一回くらい世界大会を見送ってしっかり地盤を固めたほうがいいような気もしますけどね。私個人としては」
彼女はそう言って海老天を齧った。
「耳の痛い話だな…文科省とスポーツ庁は戦車道の世界大会で得られる影響を欲し、経産省も多大な経済効果に興味を持ち始めている」
「まあでも…」
そこで真澄は一旦箸を置く。
「教練を行っているのは島田流の一人娘です。今年度中には形になって勝てることでしょう」
「ふむ、君が言うのならその通りになるのだろう」
男は真澄の予測を素直に受け入れると、純粋な興味から真澄に質問をする。
「では君が提唱した選手強化プログラム。あれの効果はいかほどかな?」
「昔にやった試算だと、始めて三年後に効果が出るはずです」
「三年か…」
それではわずかに今大会には間に合わないとすぐに把握する。世界大会は二年後に行われるので、効果が出るのは次の大会となってしまう。
「それも『既存の選抜されるような選手を世界で通用するようにさせる』だけで、勝てるかどうかはわかりませんよ」
「…使っても賭け、と言うわけか」
彼はそこですでに真澄は戦車道の、一部監督ですら垂涎の的としていたあの強化プランのことをスラスラと話している事実に気がついていた。
とすると、彼女の中ではすでに使い物にならないと判断されたのだろうかと内心で考えていた。
「では西住みほの戦い方…ここでは『大洗流』とでも評そうか。あれはどうかな?」
「…ぶっちゃけでも良いですか?」
「構わない」
男は言うと、真澄は一度息を整えてから端的に言った。
「どう転ぶかわからないから怖いですよ。あれは」
「…」
彼女を持ってして『怖い』と言わせしめた事実に男はやや警戒した様子になる。
「そもそもあの子たちは何もかもが外れ値すぎて…世界大会に入れようものなら絶対後世の参考にはならないと思いますよ?」
そもそもこの前の全国大会だって参考になりにくい部分あるし、と言って現地で戦った張本人が言っていることに男は苦笑する。
「そうか…それほどか」
「ええ、それほどです。はっきり言って全員が実践叩き上げのエースみたいなものですからね」
実際に見てきた彼女が言うのだから、それほどまでに彼女たちは怖いのだろう。
「今使っている大学選抜の車両って、何でしたっけ?」
「パンターとシャーマンを練習に、本番はパーシングを想定している」
「M26ですか。大洗の生徒は別の車両乗り換えても同じパフォーマンスができるかどうか…」
真澄はそこで真剣に考える。
「大洗の戦車道は『完全個別特化型』です。車両が統一されていない分、いつもと違う車両に乗り込んで黒森峰と戦えるかと問われるとちょっと疑問ですね」
「徹底した縦割り構造か…」
「まあそれにしては幾分自由が効くので、各個の特性をうまく活かすことができますよ」
真澄は大洗の特性を男に伝えると、話を聞き終えて本題を持ってくる。
「分かった。とりあえず大学選抜との試合を想定して組むとしよう」
「ええ、廃校を撤回してもらえるのであれば」
真澄はそういうとデザートのショートケーキも綺麗に食べ終えて完食をする。
「ごちそうさまでした。とても有意義な話ができましたわ」
「ああ、良い時間を過ごせた。何かあれば、また連絡をしてくれ」
「では、私はこれで失礼致しますわ」
真澄はそう言い残すとレストランを後にした。
「…」
彼女を見送り、席に視線を戻すと、そこには一つのUSBメモリがテーブルクロスの上に残されていた。
「…ああ、全く有意義な時間だったよ」
そのメモリが何たるかを把握してから手に取り、男はフッと小さく笑みを浮かべた。
「市ヶ谷台って言っても、市谷駅からずいぶん歩くんだなぁ」
周辺の地図と周りの景色を見回して現在位置を把握する。
「いっつもは北関東支部で何とかなってたから、東京の本部なんて行かないもんなあ」
隣の長い塀を見上げながら建物に沿ってシンプルな門の前に到着する。
「あった」
門の銘板には『日本戦車道連盟会館』と書かれていた。入り口近くにはホイペットが飾られており、受付に声をかける。
「理事長との面会を約束している、大洗女子学園生徒会長の角谷です」
肩書きに『元』の文字は無く、彼女の高い決意が言葉に表れていた。
彼女が理事長室に通されると、そこには世界各地の戦車の絵や模型が飾られていた。
中央のテーブルには角谷が持ってきたシベリアが用意され、左右の席に角谷とかつて大洗に指導教官として訪れた経験のある蝶野亜美が座る。
そんな二人の間に立つ和服の上に連盟のマークが印刷された黒い法被を羽織るのは、部屋の主の児玉理事長だ。
「文科省が一度決定したことは、我々もそう簡単に覆せないしなぁ」
やや苦しげに答える彼は、一度ハンカチで頭を拭く。
「向こうのメンツが立たないということですか?」
「そういうことになるかなぁ…」
それを聞き、やや鋭い視線を蝶野が向ける。
「メンツ、ということであれば優勝するほどの実力校をみすみす廃校にしては、それこそ戦車道連盟のメンツが立ちません」
「蝶野くんも、連盟の強化委員の一人だろう?」
理事長は困りきった顔で振り返ると、蝶野はスッと立ち上がり、気圧されてしまう。
「ですが理事長、戦車道に力をいれるという国の方針とも矛盾しますし、何よりイメージが下がります」
正論をぶつけられ、理事長は視線を左右に動かして考え込んでしまう。
完全に大洗側に立っている蝶野に、理事長の脳裏には『戦車道新聞』や『戦車道ニュース』などの複数の記事で連盟を厳しく批判しているイメージが浮かぶ。
『学校を守るために努力をしたが、水泡に喫する』
『戦車道に道を説く資格無し』
そんなテロップが流れることは容易に想像がついてしまった。
すでに一部の地元や専門の報道では大洗廃校のニュースは報じられており、数日もせぬ内にネット上でも拡散されるだろう。こう言うメロドラマは彼らの好物である。
元々大洗の下剋上物語は大衆の好む英雄譚であり、降りかかった悲しきドラマというのは記者の筆が進む絶好の材料だ。専門誌以外に一般メディアまで問題が波及すれば、そうしたら今までの戦車道振興策も吹っ飛んでしまう。
「…うーん」
なぜ今、この時期になって廃校を蒸し返し、おまけに早急な廃校の手順が進んだのか。文科省の動きに理事長は最悪の展開だと理事長は思った。
「私たちは、優勝をすれば廃校が撤回されると信じて戦ったんです。信じた道が『実は最初からなかった』と言われ、引き下がるわけにはいきません」
角谷の強い言葉に理事長は動揺する。
「しかし今、文科省は二年後に開催される世界大会のことで頭がいっぱいだ。誘致するためにプロリーグを発足させようとしているくらいだから、取り付く島がないよ…」
理事長はそう言うが、角谷の鋭い視線を受けて一瞬、言葉に詰まる。
「…気の毒なこととは思っているよ、生徒たちもさぞ気落ちしているんじゃいかね?」
「そこは心配ありません」
「?」
角谷の返事に理事長は首を傾げた。
「この件がどう転ぼうと、私たちは自分たちのできることをするだけです」
彼女はそう言い、微笑む蝶野を見ながら立ち上がる。
「たとえこの先、皆が別々になっても。それぞれが自分たちの戦いをしていくでしょう」
そして確信した様子で彼女は堂々と言う。
「どんな困難な場面でも、状況はいつだって自分達で作る。それが大洗女子の生徒です」
すると蝶野も立ち上がって理事長にある話を持ちかける。
「理事長、プロリーグ設置委員会の委員長には、西住流家元にとの声が上がっています」
「…」
その提案を聞き、理事長は覚悟を決めた表情を見せた。
「やるか」