朝
一日の始まりであり、人が動き出す時間である。
黒田真澄は朝四時に起床し、制服に着替えて上からジャージを羽織る。
戦車道のマネージャーとして角谷から採用されていた彼女はオブザーバーとしても参加しており、みほと共に作戦立案を行える権限を持っていた。
「さて、行きますかね」
早朝に起きた真澄は日課の日本刀に一礼した後に榎本達を起こさぬように静かに家を出る。
今日は聖グロリアーナ女学院との練習試合の日だ。昨晩、戦車を万全な状態まで持っていき。その後に補給物資の確認も済ませていた。なので数時間しか寝ていない。
「ここね」
そう呟き、赤い壁の家に到着する。
ここは冷泉の家だ。起こしに行くということで住所を教えてもらっていたのだ。時刻は午前四時五〇分、そろそろ起こさないとまずい時間だ。
まず初めにインターホンを押すと、家の中から物音が一切しない。
そのあと何度か押すが、一切変化無し。
「……はぁ」
軽くため息をつきながら真澄はポケットからピッキングの器具を取り出す。このまま家に突入する魂胆だった。すると、
「あっ、黒田さんも来てたんだ」
そこに武部が現れた。
「ええ、起こすって言ったけど。インターホンに反応なし」
「やっぱりなぁ……」
武部はそう言うとため息を吐いて鞄から鍵を取り出す。
「鍵?」
「うん、麻子から渡されているの。こういう時のために」
「ああ……」
なるほど理解。そう思うと武部は冷泉の家の鍵を開けると二人は中に入った。
「さ、入って。多分寝室に居ると思うから」
「あ、はい……」
家の中に入ったのなら布団を引っぺがすだけだからあとは簡単な作業だ。
「も~!麻子起きてよ~!試合なんだから!!」
武部が布団を握りながら抵抗する冷泉に言う。
「ねむい…」
「単位はいいの!?」
「よくない…」
「だったら起きてよー!」
「不可能なものは無理……」
そう言い冷泉は抵抗する。既に時刻は五時過ぎ。
「起きなさい冷泉」
「痛っ」
冷泉の頭にデコピンを入れながら真澄は彼女を起こす。
「……黒田か」
「起きなさい。時間よ」
「無理……寝かせろ」
「駄目よ、今日は試合なんだから」
「………ケチ」
そう言うと突如外から喇叭の音が聞こえ、窓を開けてみるとそこには秋山がラッパを吹いていた。外ももう日が上がって明るくなっていた。
「おはようございます……って黒田殿?」
「やあ、おはよう秋山」
そう答えると今度は履帯の音が聞こえ、家の前にみほの乗るⅣ号が現れた。
「みほちゃん?」
「うん、私が携帯で呼んだんだ。たぶんてこずると思ってたから」
するとⅣ号の短砲身が仰角を付ける。
「武部、耳塞いで口開けて」
「え?」
「早く!」
「わ、わかった!」
するとその瞬間、爆音が住宅街に轟く。もちろん空砲だ。強烈な目覚ましだよ。
「なんだ!?」
「どうしたの!?」
当然、突然の砲声には誰もがびっくりするわけで。
「すいません!空砲です!」
みほがキューポラから顔を出しながらそう言うと、後ろから声が聞こえた。
「やれやれ……黒田に起こされた上にラッパに砲撃……これは起きないと……」
そう言いパジャマ姿で彼女は体を起こした。
「冷泉さん。おはようございます」
「「おはようございます!!」」
そして冷泉はパジャマのままⅣ号に乗り込む。
「真澄さんも乗りますか?」
みほがそう聞くと真澄は首を横に振った。
「いや、私は良いや。もう直ぐ迎えがくる」
「え?」
するとⅣ号の後ろに九四式六輪自動貨車が現れた。
「姉御、今の音なんです?」
「強烈な目覚ましだよ」
そう言い彼女は助手席に座るとみほに言う。
「じゃあまた、試合会場で」
「うん、分かった」
そう言うと真澄たちは住宅街を抜けて今日の試合の連絡を取りに向かった。
「うひゃー」
「デッカ」
「二倍はありますよ」
試合関係者との最終調整をしていると、横に接岸してきた巨大な学園艦。聖グロリアーナ女学院の学生艦を見て大洗の生徒達は驚く。
「また、確かにそうかもね」
元々デカすぎる知波単学園に居た彼女にしてみればこれくらい驚くほどでもない。
「思えばあそこもデカかったなあ」
サンダースほどではないが、それでも黒森峰とタメを張れるほどの大きさだ。むしろ大洗に来た時にはその小ささに驚いたものだ。
すると学生艦の通路を進む戦車の姿を見た。
「いよいよか……」
この大洗の街でまもなく戦車道の試合が始まる。
ピンポンパンポーン!
『本日戦車道の親善試合が午前十時に開催されます。競技が行われる場所は立ち入り禁止区域となっておりますので皆様ご協力をお願いします。なお、アウトレットの他見学席をーーー』
「地元チームの試合なんて久しぶりね~」
大洗の街で行われる試合に観客達は楽しみにしていた。
「ふぅ、終わった……」
お茶を飲みながら真澄はため息を吐く。管内の練習試合の調整のために戦車道連盟に連絡や住民の退避などを行い、あとは試合が始まるのを待つだけだった。
「黒田さん」
すると真澄は呼び出しを受けた。
「はい?」
「あの、聖グロリアーナ女学院のダージリンと言う人が呼んでいました。なんでも試合形式の確認がしたいと……」
「分かりました。直ぐに行きます」
そう言い真澄は席を立つとジャージ姿でテントを出て行った。
そしてダージリンに呼び出された彼女は港で立っていると、声をかけられた。
「本当に、真澄さんなのね……」
そこに現れたのは赤いパンツァージャケットに身を包んだダージリンだった。どうやら彼女一人で来たらしく、周りに人の姿はなかった。
「ええ、お久しぶりですね。前に会ったのはいつだったでしょうか?」
「二年前の学園交流パーティーよ。私たちは卒業生枠で参加した……」
「もう二年が経ちますか……」
懐かしいと真澄は呟く。
戦車道を追放された彼女はダージリンの言う通り、ありもしないでっち上げの虐めの証拠を並べられ除名された。見せしめの生贄として処断された彼女は今となっては愚策でしか無かったと言わしめるほどの損失を生んでいた。
「貴方が追放されて居なければ、今頃日本の戦車道は世界で最も発展していたかも知れないわね」
「いえ、生意気な小娘がでしゃばって叩かれただけですよ。私にそこまでの能力なんて……」
ダージリンと真澄はそう話していた。時間がないのであまり長くは話せないが、彼女は真澄の生存に安堵した様子を見せていた。
「あの頃、私は貴方を良きライバルとして認めていた。だからこそ、上の人間が貴方を貶めた事が許せなかった……」
彼女はそう言うと試合前最後に真澄に言う。
「後でうちの学校に寄って下さる?久々にあなたの淹れた紅茶を貰いたいわ」
「……分かりました。校門前に行けば?」
「ええ、オレンジペコに迎えに行かせるわ」
彼女はそう答えると最後にダージリンにこう言った。
「ダージリンさん、徹底的に叩き潰してください。彼方のメンバーが二度と戦車道をやりたく無くなるようなくらいに」
「……分かりました」
その時、ダージリンの目は酷く憐れんだ目をしていた。
「……」
そしてそんな会話を遠くで一人の少女が盗み聞きしていたのを二人は気づかなかった。
そして試合会場に立ったみほは反対側からやってくる五両のマチルダⅡとチャーチルMk.Ⅶを見た。どれも防御力の高い戦車で、榴弾砲相手には苦手な車両だ。
するとチャーチルから一人の少女が降りてくる。
「聖グロリアーナの隊長のダージリンですわ」
「大洗学園生徒会広報の河嶋だ。本日は急な申し込みにも関わらず、試合を受けていただき感謝する」
「構いませんことよ……。それより、個性的な戦車ですわね」
そう言い後ろの珍獣みたいになっている戦車の色を見てダージリンは苦笑する。
そう言うと後ろにいた聖グロの選手達が小さく笑う。
そりゃ笑うよ、こっちだってアホらしいと思ってんだもん。金ピカ戦車に真っピンク戦車に痛戦車……。
「ですがご安心下さい。我々はサンダースやプラウダみたいな下品な戦い方はいたしませんわ。騎士道精神でお互い頑張りましょう」
ダージリンがそう言うと、榎本達は反応する。
「下品って…」
「まあ実際そうでしょう。物量で攻めてくるもん」
「愚者の矢はすぐに放たれる?」
「なんか違う気が……」
そう榎本達は話すと、ダージリンがこちらを見て一言。
「随分と
「「「「……」」」」カチンッ
ダージリンのブラックジョークに少しキレた四人であった。
「それではこれより聖グロリアーナ女学院対大洗学園の試合を始める。一同、礼!」
「「「「「よろしくお願いします!」」」」」
「いよいよか……」
二人の挨拶を見ながら真澄は一人、関係者席のテントで煎餅を頬張りながら呟く。
周りには試合関係者として戦車道連盟から派遣された人員が自分の事を見ていた。
まあ無理もない。自分は戦車道を除名された選手なのだ。名前を見た者は多分驚いたものだろう。
「黒田真澄さんでしょうか?」
「……」
するとそんな真澄に一人の男が話しかけてくる。
「何方です?」
「失礼。私、こう言うものでございます」
そう言いその人物は真澄に名刺を見せた。役職は『日本戦車道連盟選手強化委員会』と書かれていた。
「戦車道連盟のお偉いさんが私に何の様ですか?」
真澄がそう聞くとその男は嫌に低い腰で真澄に話しかける。
「ええ、黒田真澄さんを連盟の特別顧問に採用するために参りました」
「……」
役員がそう言うと周りに居た事情を知らない関係者はやや驚いた様子を見せた。
するとそんな役員の提案に真澄は一蹴する。
「帰って下さい。私は戦車道連盟に協力する謂れはありません」
「しかし……」
「私を雇うならならまず父を通してください。私はまだ未成年ですので、書類事には保護者の許可が必要ですよね?」
「……」
そんなの無理だと顔に出ている役員。まあ、並の人間なら顔を合わせただけで逃げ出すだろうよ。
「私の名誉回復と除名処分撤回をするにしてもです。まずは父の許可をとってください。父の許可が出れば、私も同意致しましょう」
事実上の不可能な話を役員に叩きつけた彼女ははっきりと言うと、その役員はトボトボと帰って行った。