角谷達が試合の準備を着々と進める中、しほも角谷と分かれた後に一路群馬に向かった。
群馬の一角に洋風の屋敷が整備され、そばには戦車の大隊が動ける広大な敷地を持つ。
「家元襲名、おめでとうございます」
その屋敷の一室でしほは反対に座る洋装の女性に言われる。
「ありがとうございます」
彼女もそれに静かに返す。
ここは島田流本邸。西住流と対を成す二大巨頭の本拠地である。
「ここは是非、大学強化チームの責任者である島田流家元にもご了承を頂きたいと思いまして」
「分かりました。こちらもやるからには手加減は致しません。廃校になったら、私のところで面倒を見て差し上げます。ですが…」
そしてしほと対面して座るのは島田千代。彼女は付け加えるように彼女に言う。
「この試合、見方によっては島田流と西住流の勝負になりますわね」
やや挑発の格好で千代は言うと、
「実は今、私の娘が大学生強化チームの隊長をしておりますの」
微笑みながら伝える彼女に、頼み込む形のしほは黙り込むしかなかった。
場所は変わり、日本の北方の大地である北海道。
ッーーー!
そこでは砲声が轟いている。
車体を紅白に塗られて走るパンター五両。しかしその多数がすでに撃破されて白旗を上げていた。
彼らと相対しているは白一色のM4シャーマン一両のみ。
そのシャーマンが装備する七五ミリ砲は、後に装備される七六.二ミリ砲よりも貫徹力に劣るモノであり、パンター相手では分が悪い性能のはずである。
「逃すなよ、隊長が相手でも戦車はシャーマンだ。勝てるぞ!」
紅く塗られたフラッグ車のヤークトパンターが丘陵を超えるM4シャーマンを追いかけて丘を登る。
「!?」
「姿が見えません!」
しかし丘を超えた先によく目立つ白いM4シャーマンの姿はなかった。
「慌てなくていい、奥の窪地にいるだけだ。原野とは言え起伏はあるからな。履帯痕を追え」
「はい!」
驚く乗員であったが、ヤークトパンターの車長は丘に残された履帯の轍を追うように指示。ヤークトパンターは丘を登って白いM4シャーマンを探した。
「なっ!?」
しかしヤークトパンターが下の窪地に降りた時、突然現れたかのようにヤークトパンターの至近距離側面にあの白いM4シャーマンが隠れていた。
慌ててヤークトパンターは旋回しようとしたが、間に合わず至近距離で側面から撃破されて白旗が上がる。
「履帯痕をわざと地面に残して、追跡者に逃げたと思わせ相手を誘導する」
「自分で付けた足跡を踏んで後退し、追っ手から逃れる動物の習性」
「バックトラック、それの戦車版ってところかしら」
その様子を置か上から見ていた白いM4シャーマン三両のハッチから三人の女性が顔を出し、周りに白旗ばかり上がっているパンターの横を通り過ぎるM4シャーマンを見る。
『状況終了』
通信から可憐でありながらも冷静な声が響き、三人は歓喜の声を上げる。
「さすが、変幻自在の戦術」
「ニンジャ戦法と呼ばれるだけあるわ」
「日本戦車道ここに在り!と知らしめた島田流戦車道の後継者!」
模擬戦でありながらも『蹂躙』にふさわしい有様。この模擬戦で実に十両以上の敵車両を撃破していた。
島田愛里寿。島田千代の娘であり、この惨状を作った張本人である。彼女はハッチを開けた後に懐中時計を取り出して蓋を開く。
「…始まってる。よかった、録画しておいて…」
時刻を確認して肩を落としたものの、安堵した様子の彼女は声をかけられる。
「隊長!」
その方を向くと『大学選抜』と書かれたダッジWCに乗った茶色いロングヘアーの女性。メグミが話しかけてきた。
「隊長、何かお約束でも?」
「私のプライベートだ。気にする必要はない」
その問いに答えると、次に赤髪ボブカットが特徴的なアズミがやや乗り出し気味に話す。
「先ほど家元からお電話があったそうです」
「母上から?」
それを聞き、何事かと首を傾げる愛里寿は一言解散してくれと言ってから、そのままブルーアッシュグレーのショートヘアが特徴的なルミの運転でダッジWCに乗り換えて宿舎に向かった。
「メグミ、ざんね〜ん。また、あしらわれちゃったわね」
「ただでさえ指揮官は一般隊員と距離が出来やすい立場だから、せめて普段はリラックスさせてあげたいんだけど…」
「中々距離感が縮まらないね〜〜」
「打ち解けるにはまだまだ時間がかかりそう…」
「やっぱり年齢かしら」
彼女は齢十三。すでに島田流の全てを伝授され、見ての通り大学生が相手でも問題ない実力を持つ戦車乗りであっても世間一般では中学生である。
飛び級で進学をした彼女は色々と接し方に悩んでしまうモノであった。
『徹底的にたたきのめしなさい。西住流の名が地に落ちるように』
宿舎で愛里寿は電話越しに千代からそう言われる。
電話機の横で、殺風景な部屋の中の彩りとして籠の中に小さなボコが卓を囲んでいる人形が置かれている。
『うちは全世界に道場を持ち、門下生の数は西住流よりも多い。なのにいまだに世間では戦車道は西住流と思われている。それをこの一戦で覆すのよ!』
やや最後に力の入った口調で話した彼女に愛里寿は小さく頷く。
「試合の件は承知しました。こちらにもお願いしたいことが」
『お願い?』
その瞬間、愛里寿は年相応に顔を少し赤くする。
「私が勝ったらボコミュージアムのスポンサーになってほしいんだけど。このままでは閉館になっちゃうの」
彼女はそこで廃墟見たいと言われてしまっていたあのボコミュージアムの事を条件に出す。
その後の沈黙に愛里寿は不安な表情を見せる。
『…仕方ないわね』
「お母様、ありがとう」
しかし承諾があったことでホッと安堵すると、感謝をしてから電話を切った。
そしてその後に握りしめていた右手を持ち上げると、中には一つのボコのぬいぐるみ。
あのボコミュージアムで、みほから譲ってもらったあのぬいぐるみ。
「大丈夫、私が助けてあげるからね」
開腹ボコと呼ばれるそのボコに彼女は優しく話しかけた。
「お待たせしました」
愛里寿との電話を終え、応接室に戻った千代はそこで待っていた辻を見た。
「わざわざ群馬までお越し頂かなくてもよろしかったのに」
「いえ、大事なことですから」
彼は島田流率いる大学選抜との試合が可能なことに安堵した様子を見せた。
「詳しい経緯は先ほど西住流家元からお聞きしました。ご安心ください。どんな事情であろうと、こちらが手を抜く事は一切ありません」
その言葉を聞き、尚のこと辻は安堵した。
「これは心強い。大洗解体決定事項ですからね。その上で、戦車道の生徒たちを全国の学校に振り分けるまでが既定路線ですので」
「…成る程、今回の急な試合の決定はそういった経緯でしたか」
辻から出た言葉を聞き、千代はこの大洗廃校の一件にどこが絡んでいるのかを察した。
「ええ、世界大会に向けた計画です」
彼はそこで今回の一件の理由を千代に話す。
「わずか数ヶ月で素人の面子を全国優勝するまでに鍛え上げた西住みほと黒田真澄。
彼女達は極めて有用な人材です。寄せ集め選手の学校に在籍させるのは高校戦車道にとっても損失でしょう」
そこで彼はやや得意げに舌を動かす。
「その選手を育成したそのノウハウ。大洗の生徒たちはそれを知っています。
メソッドとそれを体現した生徒たち、セットで各校へ分散させ全体のレベルアップを図るのです」
辻は文科省や一部の戦車道関係者の組んだプランを一通り話し終えると、千代は口を開いた。
「…ひとつお伺いしたいのですが」
「なんでしょう?」
そこで千代は、辻に一つ懸念を聞いた。
「大洗の生徒たちが転校先で戦車に乗る事を辞めてしまったらどうするのです?」
「…え?」
辻にとってみれば予想外。いや、あるいは想像だにしていなかった質問に辻は困惑気味になってしまう。
「これほど横暴な扱いを受けているのです。戦車道そのものに見切りをつけても何らおかしくはないでしょう」
千代の懸念に、辻も今になって気がつく。
そもそもの話、高校戦車道は部活の域を出ない。
ウサギさんチームの面々を見れば分かるが、彼女達はもともと合気道や茶道と言った別の部活に入ろうとしていた。
大学選抜や社会人と言った『仕事』と違い『部活動』であるため、簡単に戦車道を棄てることもできてしまう。
実際、真澄も二年間、理由はあれど戦車道から距離を置いていた。
その懸念を、既に一部の人間は気がついて動いていた。
「そ、そこは強制的に受講させる手段も視野に…」
「その様な後ろ向きな姿勢で取り組ませて結果を残せると本気でお思いで?」
「う…」
そもそも国が一部の生徒に教育を強制させることなど、憲法二三条の学問の自由、十三条の個人の権利にガッツリ違反する行為である事だと直後に辻は気がつき、反論の言葉に詰まってしまう。千代はそんな辻を見る。
「娘の愛里寿は親の贔屓目を抜いても優秀な戦車乗りです」
「え、ええ。お噂はかねがね」
辻も連日報道される大学選抜チームのニュースを前に頷く。
「強さの理由はなんだと思います?」
「それは…勿論、類稀なる才能でしょう」
千代の質問に、辻はほぼ即答で色々な場所から噂に聞く愛里寿の総評で答える。その答えに、千代は頷きつつ返す。
「それもあるかもしれません。ですが何よりも恵まれているのは…『環境』です」
ソファから立ち上がった彼女はそう断言する。
「どんなに優れた人物でも自分を本当に活かせる場と言うのは、実の所そう多くはありません」
それはかつて戦車に乗って数多の試合を駆け抜けた島田千代個人の言葉だった。
「周囲の理解やサポートがあってこそ本人の実力が発揮できるのです。同じ様に自分もまた周囲の人物にどこまで貢献できるのか」
彼女はそう言うと、じわりじわりと辻を追い詰めるように話す。
「島田流は『個』に重きを置いた流派なれど、『集』を軽視している訳ではありません。あの子もああ見えてそれを理解しています。
立場に振り回され自分をどの場所に納めればいいか戸惑っている感はありますが、だからこそ結果出し続け、私もそれに応えるべく最高の場を用意してきました」
そこで彼女の脳裏には、より強大な力によって戦車道を捨てざるを得なかった無念の選手が浮かぶ。
当時、大学選抜チームの一人であった彼女達はそれを止めることができなかった。故に当時の後悔を思い返しながら、噛み締めるように持っていた扇子を閉じる。
「強さと言うのは、なによりも維持することが難しい。憂いなく存分に臨める環境というのは、それだけで千金に値するものなのです」
故に、表には出さないが少し強めに辻を詰る。
「廃校のついでで振り掛けの様に生徒を散らして、繊細な花を枯らせてしまう恐れはなかったのか。
先ほど優秀と仰った西住みほが、ではなぜ黒森峰から去ったのか、その事を考えた事はなかったのですか?」
前に西住流家元にも気押された辻は、冷や汗をかきながら苦しげに答える。
「こ、この国の戦車道の為です」
「ならば素直に協力を仰げば良いだけではないですか?」
しかし千代はそんな彼の意見を両断する。
「こんな画餅の為に学園艦一隻、万単位の人生を巻き込むとは…」
彼女はそこでハッとなって表情を緩める。
「弄りすぎましたね。策は試合の中だけに留めておくべきでした」
すっかり顔を青くしてしまった辻はそこでようやく安堵をすると、千代は辻に自分なりの戦車道を言う。
「私たちが求めているのは『道』なのですよ」
彼女はそう答えると、辻はやや慌てる口調で聞く。
「で、では先生はこの計画が失敗すると?」
「いいえ。戦車とは一人で乗るものでなく、戦車道もまた一両で競うものではありません。…肝要なのはやはり、
それはかつて、自分達が最悪なタイミングで経験することとなった苦い経験から来るモノだった。