会議を終え、そこでカチューシャは呆れた目線でテントの隅に座ってカンテラを弾いていたミカに言う。
「あなたね、なにも言わないんならなんで参加したのよ」
「なにも言わない事もひとつの意見、アンツィオの隊長さんもそう言っているじゃないかな」
「…イヤ、本人が思ってもない事を勝手に代弁するのはやめてくれないかな」
アンチョビがマジレスをしてミカを見る。
「西住さん、お伺いしたい事があるのですが…」
そのテントの中で西がまほを見て聞いた。
「わかった。エリカ、先に戻って準備を進めておいてくれ」
「ですが、帰りの足は…」
エリカはまほの帰りに自分が付き添おうと多少の抵抗をするが、まほはカチューシャを見た。
「仕方ないわね」
「助かる」
「…はい」
こう言われてしまっては流石にエリカも一歩下がるしかできなかった。
「残念ね〜〜、大好きな隊長と一緒にいられなくて」
「うるさいわねチビッコ!」
するとやや自慢するようにカチューシャが言ったので、ムッと来て早々に爆弾発言をした。
「失礼ね!カチューシャはちっちゃくなんてないわよ!」
「ええ、カチューシャはかわいいです」
「ちょっとノンナ!」
「ふん」
ノンナにしれっと話をすり替えられる気がしてカチューシャは思わず叫び、エリカはテントを出ようと横を見た。
「痛てててて…」
「ちょっと、あんた大丈夫?」
そしてエリカが呆れて腰に手をやってポンポンと叩く真澄を見た。
「体がでかい代償だよ。まだギックリ逝ってないから大丈夫だと思うけど…」
「情けないわね。身長が大きいからって」
そこでカチューシャが腰を痛めた様子の真澄に呆れた視線を送ると、彼女はこれまでにないほどカッとなった表情をしてカチューシャに言う。
「それは身長デカくてベッドで寝たら足がはみ出る経験してから言いなさいよ!」
「それができたら苦労しないわよ!」
「いえ、大丈夫です。カチューシャにその心配は必要ありませんので」
「ちょっと、どう言うことよ!」
カチューシャの照準がノンナに向かうと、そこでふと真澄はノンナを見て思った。
「と言うより、ノンナさんデカくなりましたか?準決勝の時より」
「はい、カチューシャのために猛特訓をいたしましたので。準決勝の頃から4センチほど」
「え?」
「は!?どうやったの?!私に教えなさいよ!」
身長が欲しいカチューシャは、いつの間にかそんなにビッグになっていたノンナに追求をしていた。
「あ、じゃ私はこれで」
「はい、あとはお任せを。また試合会場で」
体を起こし、背筋をすっと伸ばした真澄はそのままテントをエリカと共に出ていく。
「エリカ」
「何よ?」
そしてテントの外で彼女は隣を歩く真澄に聞いた。
「どう?引き継ぎ」
「…」
その意味を聞き、エリカは一瞬表情が曇った。
「上手くいっていないみたいね」
「うるさい」
少々不貞腐れるような様子で返すと、真澄はそんな彼女に一つアドバイスを送った。
「『いつまでも いると思うな まほとみほ』よ。あなたの西住流は貴女自身で見つけなきゃならないわよ」
「…余計なお節介よ」
アドバイスにエリカはそう言い残すとその場を離れていく。そして彼女は意図的に真澄に言う。
「あんたもそろそろ本心剥き出しになさい。来年の夏まで引きずったらその頬引っ叩いてやる」
「…無論よ」
フッと笑って真澄は返すと、エリカは少し落ち着いたのか、さっきよりも少しマシな表情になってテントを後にした。
「で、ナニコレ?」
そして真澄はテントの横のダージリンが二人乗りの三輪車にまたがっていることに困惑気味に見ていた。
「突撃の極意?」
「我々はまず、そこを学ぶべきとダージリンさんよりご指摘を受けまして」
テントでは西がまほにそう話す。
「西住さんの理想とする機動戦と似ているのではと言うことで、薫陶を受けてはどうかと助言をいただきました!」
「…似ていると言うのは些か不本意なのだが」
すると聞いていたカチューシャが言う。
「だったらマスーミャに聞きなさいよ。元々貴女の隊長でしょう?」
「いえ、黒田隊長よりも先に西住さんをと」
それを聞き、まほはそれもダージリンの意図があってのものかと納得する。
「よろしくお願いします!」
「そうだな…」
西はまほに綺麗にお辞儀をしたので、彼女はそこで西に質問をする。
「では問うが、突撃とはなんだと思う?」
その質問に西は逡巡して答える。
「…美学!」「手段だ」
予想していた回答にまほはややため息まじりに答える。
「そして手段は目的のために用いるもの。
我々の目的はなんだ?」
「勝利です!」
そこでカチューシャはノンナに言って箱から戦車のぬいぐるみを取り出す。
「そう、つまり突撃は勝利のために使えと言うことだ」
まほの横でカチューシャがぬいぐるみを広げる。
「では今まで通りということですね!」
「…君は真澄と動いて違和感を感じなかったのか?」
純粋な西に、思わず純粋な罵倒に近い疑問をまほはしてしまった。
「…話を戻すが、戦術における突撃の定義とは、攻撃の最終手段を意味する。要はとどめの一撃だな。
だから指揮官が突撃を号令するのは『コレで決着をつける』という明確な意図と算段がなければならない」
まほはカチューシャから渡されたぬいぐるみを転がす。
「そうでなければ、これまでと同じく無意味に戦力を減らすこととなるだろう」
「…見極めろ、ということでしょうか」
「そうだ」
西の返答にまほは頷く。
「『断を下す』極端に言えば、指揮官の仕事はこれだけだ。
チャンスは一度きり。自分の判断が勝敗に直結していると思え」
「はい!」
西はまほからの説明を聞き終えると、そこでカチューシャが戦車のフラワーアレンジメントを手に取って言う。
「貴女達の戦力を生かすなら、私はもっと別の方法を使うけどね」
「…どういう事でしょうか?」
「知りた〜い?」
西の疑問にカチューシャは言う。
「カチューシャの部下になるんだったら教えてあげてもいいわよ?」
「わかりました!まずは肩車をすればよろしいでしょうか!」
「いえ、そこは譲れません」
すかさずノンナが割り込んで自分の立ち位置を死守すると、カチューシャは言う。
「んまっ、まずは自分たちで考えることね」
そして次に、テントの向こうで唖然となってエリカと話す真澄を見る。
「で、あとはマスーミャに聞きなさい」
「それは…」
どうしてか?と言う前にまほが制する。
「真澄がなぜ黒森峰ではなく知波単に行ったのか。彼女は西住流の一通りを学んだあと、各地の戦車道の流派に教えを受けた」
「お聞きしております。玉田の所にもお世話になったと」
西はそこでやや破天荒な小学校高学年の時の生活の話を思い出した。
「免許皆伝を受けてはいないが、彼女は日本中の戦車道を経験中の身だ。あの様子だと、除名処分期間もどこかしらの流派の教えを受けているかもしれない」
「え?」
「まっ、マスーミャならやりそうよね」
カチューシャもそれには頷くと、まほは話を続ける。
「真澄は『時計のように精確な戦術と大胆な戦略』を昔から好んでいる。
彼女が知波単に行ったのは、普通であれば尻込みしてしまう突撃を、容易に決断できる空気を持った環境に惹かれたからだろう」
「…」
まほの的確な推察を聞き、西は合点が言ったような気がした。
「少なくとも真澄達は、みほともまた違う」
「きっと今頃はミホーシャと笑顔で接しながら裏で爪を研いでいるに違いないわ」
カチューシャは容易にその姿が想像できてしまい、聞いていたノンナはカチューシャの予想にやや驚いてしまった。
「だから真澄はいずれ大洗を去る。その際君は、帰ってくるであろう真澄に応えられるように体制を整えておかなければならないだろう」
まほは半ば確信した様子で言うと、西は頷いた。
「日々の鍛錬を怠らなければ良いと言う事ですね」
「少なくとも今はそうだ」
まほはそう答えると、そこで西に向かって言う。
「…ここからは私の私的な話となるが」
まずはそう前置きをしてから彼女は言う。
「妹とその友人達の居場所を守りたい。だからもし、知波単の皆が私と同じ目的のために突撃を用いてくれたのなら、これほど心強いことはない」
まほの言葉に、西は感銘を受けたように軽く目を見開いた。
「…お任せください!」
そして彼女はそのまままほに敬礼をすると、そのままテントを後にした。
「黒田隊長」
「ん?おお、お疲れ」
そしてテントの外で待っていた真澄が自転車にまたがっていた。
「なるほど銀輪ですか」
「そそ。んじゃ行こうか」
「はい」
西はそこで真澄の後ろのキャリアの上に座って二人乗りをすると、真澄が漕ぎ始めた。
「…隊長」
「ん?」
そして走り出すと、西は真澄に言った。
「我々は隊長が戻って来るのを心待ちにしております」
「…フッ」
それは二年前のあの時に似た言葉だったと真澄は思う。あの時はただ無言で返しただけだったかと振り返った。
「ああ、期待に応えられるようにするよ」
「っ!畏まりました!」
返事を聞き、西は目を輝かせて真澄に答えた。
西がテントを後にし、中にはまほとカチューシャ達だけが残った。
「どうした?」
しかしカチューシャは移動せず、ニヤニヤとまほを見ていたので彼女は質問をした。
「ずいぶん丁寧に教えてあげているのね」
カチューシャはそこで先ほどテントを出て行った時のエリカの顔を思い出す。
「貴女の副隊長にもそれくらいの言葉をかけてあげればいいのに。捨てられた子犬みたいになっていたわよ?」
カチューシャはそう言うと、まほはすぐに答える。
「エリカなら、真澄と話した時点で問題ないだろう」
「あら、信用しているのね」
「ああ言う役回りは、昔から得意だったからな」
まほはそう言い、今まで散々苦労させてきた真澄のことを思い出した。そして少しゆっくりと話す。
「私の母は、戦車道を語る時いつも言葉が少ない。
幼い頃はどうしてだろうと思っていた。もっと細かく口にしてくれてもいいのにと」
まほはみほと西住流の教育を受けた時のことを振り返りながら話す。
「同じ、人に伝えるべき立場になってわかった。
言葉は、重ねれば重ねるほど本質が薄れてしまうんだ」
「わかります」
ノンナはそこで大いに賛同をしてカチューシャのぶっちゃけ話をする。
しかしまほはそれほど気にしていない様子で話し続ける。
「私も愛想が無い、笑顔が足りないと言われることがあるが、それを言い訳にしているわけではない。互いの理解を得るために言語化は必要不可欠だ」
話の中の笑顔の部分は真澄が言ったのだろうとカチューシャは容易に想像ができた。だがここでそのことは聞かなかった。
「だが本当に大事だと言うのは、誰かから与えられた言葉などではなく、自らの実践とその結果からでしか血肉とできないものなんだ」
自らの経験を踏まえた話をすると、引退する隊長としての事はほぼ終わったと言外に告げる。
「エリカに伝えるべきことは伝えた。あとは本人がどこかで気づくしかない」
まほはそう言うと、カチューシャはやや手を広げて返す。
「後進の育成にはどこも苦労するわね」
そんな彼女の同級生としての苦労話にまほも思わず微笑んでしまう。
「カチューシャにそんな視点があったとはな。人材は使い潰すものとばかり」
「これで結構気遣ってくれてるんですよ」
「失礼ね」
カチューシャはノンナにいつも通りの反応をした。