テントの外での光景にルミは苦い表情をしてテントに入ってくる。
「ただいま」
「おかえり〜」
そこでアズミが答えると、そこでルミはテントの卓上で顎を付いていたメグミを見た。
「あ〜〜〜〜〜〜、どうしたら隊長ともっと親密になれるのかしら…」
彼女はそこで心底悩んだ様子を隠しもせずに机に突っ伏していた。
「おいメグミ、試合前だぞ」
「分かってるってヴァ〜」
この調子でずっと絶不調である。
「隊長もうすぐ戻ってくるんだから、準備手伝ってよ」
「ふぁ〜〜い…」
「ダメだこいつ」
ルミはゴミを吐き捨てるようにメグミのメンタル治療をあきらめるが、しかし彼女は同じ悩みを抱える同胞として席に座る。
「ただ貴様の苦悶は同輩としても熟慮せねばならない懸念でもある」
彼女は堂々と当たり前のように言うと、アズミも同調して席に座る。
「後顧の憂いを残したまま試合に臨んでは判断を鈍らせてしまうからな」
「続けなさい」
「はっ、ありがとうございます!」
そこで三人による最重要課題を議題に持ち出す。
「だいたいさー、あの年齢で大学生を率いるって大変さをみんなは本当に理解しているのかしら」
「流派まで背負っているからね、気がかりも多いだろうに」
「顔には出さないけど、その分溜め込んでいないか心配よね〜」
彼女達の専らの懸念は愛里寿に関する話だった。これか彼女達に取ってみれば必ず解結しなければならない問題であり、メンタルケアという面でも戦車道の訓練よりも優先される(と思われる)重要な内容であった。
「はー、健気だわー。一日中抱きしめて顔撫でてあげたい」
「こちらメグミ!その提言に全面的な肯定!ただしその約和知に一番適任なのは小官かと思われます!」
「こちらルミ!そしてあわよくば私こそが一番頼れるお姉さんとして認識されたいです!」
三人はそれぞれお姉さん属性を愛里寿に対して爆発させており、互いに三つ巴の仁義なき戦いへと変貌させていた。
「はあ…隊長の制服は良いわよね。毎日隊長の身に纏われているんだから」
「おはようからおやすみまでの観察合宿したい…」
「隊長はなぜ『バナナの皮を剥いて食べさせろ』と私に命じてくれないのかしら…」
そんな彼女達の会話からどことなくMの素質は感じられ、とても余人(特に愛里寿)には聞かせられない話であった。
「何か隊長の力になれたら良いのだけれど…どうしたら良いのかしら」
メグミは自身の悩みを吐露していると、ルミがそこで質問する。
「メグミ、隊長を反省会に誘ってくれたんだろうな?」
「…まだ」
「おいー」
彼女の返答にルミはジト目でメグミを見た。
「みんなで決めただろう。今度こそ誘おうって」
「分かってるんだけど…一緒に言ってくれない?」
そこで奥手になってしまっていた彼女は支援砲撃を求めた。
「イヤだ!気を遣った断り方されてしまったらどうすんのよ!」
「そうよ、申し訳なさでこっちが立ち直れなくなるでしょ!」
「え…その優しさを私には向けてくれないの?」
「甘えないで!」
しかし帰ってきたのは督戦隊による背面射撃で、銃殺刑に処されたような気持ちにさせられた。
「言うなら今がチャンスだぞ」
「そ、そうね…」
そして心傷が癒えぬままルミに急かされるようにメグミは悩んだ様子でいた。
「それにしても隊長遅いわね。誰か迎えに行きましょうか」
するとアズミがテントの外を見ながら言ったので、直後に三人は同時に立ち上がって互いに火花が散った。
「「「あーりすのほーっぺた」」」
彼女達は示し合わせたように手を出す。
「「「つーまみたいー」」」
そして今まで聞いたことのない掛け声でジャンケンを行うと、アズミが一人勝ちをした。
「隊長のエスコート権、いただきました〜〜」
アズミは勝ち誇った様子で笑みを見せると、その反応にうざったらしくルミとメグミは見た。
「悪いわね」
「早く行け、走れ」
「分かってる?隊長に抱きついたらウラカン・ラナくらわすからね?」
そこで彼女達の淑女協定に基づいて互いに不可侵と決め込んだ約束事を口に出して警告を行った。
「は〜〜〜、たいちょお〜〜〜」
「おいおい…」
アズミを見送ったメグミは頭上に冷凍ミカンを乗せられながらブツクサと文句を垂れていた。
「ふむ」
そんな状態の彼女に、ルミは考える仕草を取った。
その頃、草原の丘陵地帯の一角で愛里寿は立っていた。
「…」
その両手には二つの人形が握られていた。
一つは真澄がクレーンゲームの景品を譲ってくれたボコ。
もう一つはみほがボコミュージアムで譲ってくれた限定ボコ。
どちらも彼女から取ってみれば思い出深い思い出の一欠片に過ぎない。
しかしこの二つは彼女からすれば投げつけられた白手袋のように今は見えてしまう。
自分も、あの決勝戦を見ていた。
映像で見ているにも関わらず、あの試合は心の底から煮えたぎってしまいそうな興奮に駆られた。特に最終局面の校庭での二台の戦闘は何度も食い入るように見返した。
ーー頼む…頼むから勝って…!!
結果を知っていたとしてもそう願わざるを得ないあの興奮。あの高揚。
今でもあの状況を現地の生放送で見れたことは誇りに思っている。
ーー今や、そんな奇跡を起こした人たちの敵として立ちはだかっている。
直前、実母から伝えられた話は衝撃的であった。
『貴女がこの試合で勝つつもりなら、『大洗の息の根を止める』という決断をしなければならない』
何度もここに来るまでにその言葉を反芻した。
あの光景を、
あの情熱を、
あの熱狂を、
あの偶然を、
あの奇跡を…、
それを作った彼女達を、自分の判断一つで潰すことができてしまう。
ーー上に立つとは、こうも重積であったのか。
大学選抜チームの戦車長になって、最もその事を今実感していた。
自分の判断一つで一つの学校が潰えてしまう。それが今の彼女を何よりも恐怖たらしめていた。
ーーもし自分が勝ってしまったら、あの奇跡を見ることは叶わない。
自分ですら憧れてしまった、一つの完成系。ある意味で戦車道の極致を見た気がした。
ーーそしてこの事は他の人には言えない。言えるわけがない。
自分達だって人だ。この事をもし他の余人が知れば、どうしたって情が出てしまう。
それでは自分にとっても、仲間にとっても良い負荷であるとは言えない。
ーーこれを黙って試合をさせることも、一つの試練なのだろう。
たとえ相手が学校の廃校という崖っぷちに追い詰められていようと、隊長として全て知っていた上で……。
ザリ
その時、足音が聞こえてきたので愛里寿はその二体の人形を隠すようにポケットやバインダーの下にしまった。
「アズミか」
そこで顔を見せた彼女を見て愛里寿は反応する。
「遅れてすまない。少し考え事をしていた」
彼女はそう話すと、次にアズミはジロジロと愛里寿を見てきた。
「どうした?」
その対応に愛里寿は首を傾げると、アズミは聞いてきた。
「隊長ってハイヒールは履いたことありますか?」
「?いや、ないが」
その返答をされ、アズミは目の前の少女が飛び級して大学に進学していた事を失念していた様子で答えた。
「そうですよね、確かにちょっと早いか」
彼女は目の前の少し大人びた様子の少女に少し指導を行っていく。
「隊長、かかとを少し浮かせてみてもらえます?」
「こうか?」
「そうです」
アズミの言う通りに姿勢を動かしてみると、彼女は自然と背筋が伸びた感覚を感じた。
「つま先に重心がかかると前傾姿勢になりますよね?なのでバランスを取るために上体は起こさないといけません。
自然にお尻は引き締まり、背筋は伸びる。肩の力は抜いてもらって大丈夫」
そこで細かく彼女の指導を受けると、愛里寿は自然と姿勢が良くなって行く。
「胸を張って、顎はちょっと引いて…そう、そうです」
アズミも素直に従ってくれる愛里寿に子供らしい可愛さを感じながら最後に一つ言う。
「あとは笑顔があれば完璧ですね。女性を美しく見せる為の姿勢です」
彼女は言うと、愛里寿はやや意外な表情をした。そんなに仏頂面であっただろうかと少し思うところがあった。
「モデルのバイトをするようになってから、いつも人に見られても良いようにとさらに意識するようになりました。隊長なんていつもみんから見られているんですから…たたずまいからですよ」
アズミから指摘をされると、愛里寿は自分の立ち振る舞いというのはそこまで見られていたのかと言うことを認識した。
「ありがとう。参考になった」
「よかったです」
愛里寿は感謝をすると、アズミはその反応に嬉しげに頷いた。
「メグミとルミにもいつも言っているんですけど、全然聞いてくれなくて…素材はいいんですが、あの二人はもうダメです。行き遅れ決定です」
「そうなのか?」
そこでアズミからの話に首を傾げると、彼女は頷いた。
「今もきっとだらしない姿勢をしていますから、これからこっそり覗いてやりましょう」
彼女はそんな事を言ったので、二人は静かに足音を立てないようにテントに近づいた。
テントの風通しの良いテントの中では、ルミとアズミが話していた。
「ーーというわけでさ、チームが機能していないんだ。優秀な選手を集めたはずなのに、うまく噛み合わない。いやー、誰か何とかしてくれないかなー」
「実際、隊長単騎で試合展開を覆せちゃうからね、みんなの気持ちもわかる…」
「けど、みんなと隊長を繋げないと」
二人はテントの中でそう言いながら悩んでいると、徐にアズミは立ち上がった。
「やるわ!」
彼女はそう意気込むと、未だ十分とは言えない大学選抜チームを前に言う。
「やっぱりこのチームの中心は隊長なのよね。でも頼りっぱなしは間違ってる。相手の事を思うなら、変な遠慮は捨てないと」
「ようやく副官らしくなったか」
そんな彼女の言葉にルミは不敵に笑いながら彼女の頭から回収した冷凍ミカンを片手に握っていた。
「私たちを選んでくれた家元の期待にも応えよう。みっともない試合内容で島田流の看板を汚したくないしな」
「ええ、私たちのせいで隊長の戦車道を曇らせるなんて許されないわ」
至極当然の様子で彼女は頷くと、島田流に選抜された者としての意地を見せる。
「隊長は島田流の後継者としてずっと単騎で戦ってきたから、そうじゃない戦車道も知ってもらいましょう」
島田流の実子として長年の経験を積み上げた愛里寿、その島田流の骨頂である単騎戦闘。
しかしこれから行われるのは彼女の慣れない集団戦闘であった。
「立場や年齢なんか関係なく並びたたなきゃ」
そこで天才を前に挫けずに寄り添おうと努力する副官を静かに見つめていた。
「一緒に喜びたいものね」
「私たちはチームなんですもの」
そんな彼女達を遠目で静かに見ていた愛里寿はそこで隣に立ったアズミに聞いた。
「…アズミ」
「何でしょう?」
自分から質問してくれるとは、一体どんな質問だろうかとアズミは期待する。
「…入学した母校で卒業できないというのは、どういう感覚か分かるか?」
しかし彼女から出てきた意外な質問に、少し戸惑いを見せてしまう。
「?いえ…私はずっとBC自由学園でしたので…すみません」
「…そうか」
いったい何故そんな質問をしてきたのか、彼女は皆目検討が付かなかった。
「隊長、何か?」
「気にするな。独り言だ」
彼女はそれだけを言うと、テントを後にして自分の戦車に乗り込みに向かう。
その後ろ姿を前にアズミは今の質問に答えられなかったことに心底気を落としてしまった。
オリ主とみほの戦いを先に見たいか否か。
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見たい!
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まだ先で良い