敵のとんでもないレギュレーション違反である無線傍受機の一件で榎本とみほ達は合流して話し合っていた。勿論、無線機は切った状態で……。
「うーん……」
「どう?」
榎本が聞くと、秋山は少し畝って答える。
「確かに榎本殿の言うとおり。ルールブックには傍受機を打ち上げちゃいけないなんて書いてないですね」
そう言い、選手全員に配られる大会のルールブックを見て秋山は言う。
このルールブック、制定されたのが戦前で。おまけにほとんど改定されていないと言う、まるで憲法のような内容だった。
「ひどーい!いくらお金があるからって!」
「抗議しましょう!」
武部と五十鈴がそんな横暴に文句を募らせる。当然だ、こんな一方的な試合。いくら勝つとはいえ、汚すぎる手だ。
「私も賛成です!」
「今からでも連盟本部に連絡を入れるべきです!」
車内から大久保と大隈が同じように文句を言うと、その横で伊藤は少し考えていた。そして少し考えた後に口をひらく。
「……いや、このままで良いかも知れない」
「「「「えっ?!」」」」
何を言っているんだと言う目で武部達の視線が伊藤に集まる。
「何かいい案が?」
しかしそこで榎本は元情報員の伊藤の意図を感じ取った。
「私にいい考えがあります」
「どう言う方法だ?」
榎本が聞くと、伊藤はそこでニヤリと笑った。
「敵の戦法を逆手に取りましょう。『目には目を、歯には歯を』です」
彼女はとても悪い笑みをしていた。それを聞いて、榎本は納得した。すると伊藤はみほに聞く。
「みほちゃんならすでに対策できていますね?」
「……武部さん」
そこでみほも伊藤と同じ考えだと言うことを納得すると、下にいる武部に聞いた。
「携帯にみんなのアドレスって入ってる?」
「え?」
その時、別の場所ではM4A1が待機しており、その車体にはケーブルや盗聴用の機材を載せていた。
そして今回のフラッグ車であり、ケイ達の車両の指示役である搭乗員のアリサは無線傍受用のチャンネルを回す。
『全車、0985の道路を南進、ジャンクションまで移動して!敵はジャンクションを北上してくる筈なので、通り過ぎたところを左右から包囲!』
それを聞き、アリサはニヤリと笑う。
「ふふ…無線傍受されているのに気がづかないなんて……。この試合、やっぱり私たちの勝ちね」
そう言うと彼女は無線機を持ってケイに指示を出す。
「隊長。敵はジャンクション、左右に伏せてるわね……囮を北上させて!本隊はその左右から包囲させてください」
『OK、OK!でもアリサ、なんでそんな事まで分かっちゃうの?』
あまりにも的確な指示にケイは不思議がって思わずアリサに聞いてしまう。
「……女の勘と言うヤツです」
『アハハハハッ!それは頼もしいわね!』
とてもじゃないが、ケイに無線傍受をしているだなんて言えるわけがない。そこら辺の後ろめたさは確かにあった。
少なくとも手を挙げて喜ばれる手段ではないのは確かだ。ただこれは弱小校相手にどれだけ使えるかどうかの実験も含まれていた。
「いいんですかアリサさん。こんなことをして?」
しかし、やはり後ろめたさが勝つのか。装填手の少女が不安な表情でアリサを見る。
「何よ、通信傍受のことはあんたも賛成していたじゃないの」
「でもやっぱりこれは卑怯じゃ……」
後ろめたい部分もあるし、その上サンダースには別の問題もあった。
しかしアリサは余裕そうな表情で答える。
「残念だけどルールブックのどこにも、無線傍受機を使ってはならないというルールはないわよ?」
「でも、このやり方はケイさんのフェアプレー精神に違反するんじゃ……もしばれたら……」
「反省会……」
砲手の一言で車内の空気が一気に凍りつく。バレればサンダース名物の恐怖の反省会確定のこの所業にM4A1の搭乗員達は不安がっていた。
そして、アリサに言われた通りに進撃するサンダースの戦車部隊を双眼鏡で偵察をしていた榎本は視認する。
「北から三両、南から三両、そして西からも二両。作戦通り」
すると伊藤が聞いた。
「行きますか?」
「ええ、お願い」
そう答えると、みほが無線で言った。
『囲まれた!全車後退!』
みほがそう言うと、茂みに隠れていた八九式が後ろに丸太を引っ張って全速力で走り出す。すると八九式の履帯痕が消えると同時に大きな土煙が舞い上がり、まるで大洗の戦車が逃げ出したかのように遠くからは見えたのだろう。二両のシャーマンが追撃を開始した。
「さて、行こうか」
それを見た榎本はそう言うと、短十二糎を移動させ始める。
「ケイさん、素直すぎるところが玉に瑕だよね」
「まあ、そこがあの人のいい所でもある」
「少しは疑問に思おうよ……」
車内で三人が言うと、その上でキューポラから顔を出している榎本が言う。
「でも一番怖いのは、それを見抜いて作戦に盛り込む真澄なんだよね」
「「「うん」」」
少なくとも人の思考を事前に見た作戦や、連盟から公開される試合の無線内容を見て推察してしまう時点で化け物と言うべきだろう。
「しっかし、今度偽装用のネット購入しようかな?」
「それ良いかも」
「偵察にはもってこいだよね」
そんな事を話しながら彼女達はところどころに茂みのある平原を進んでいた。
『見つかった!皆バラバラになって待避!38tは、C1024R地点に隠れてください!』
みほの無線を聴き、アリサはニヤリと再び笑う。
「38t、敵のフラッグ車……貰った!」
その瞬間、彼女は試合の勝利を確信した。
「チャーリー、ドック、C1024R地点に急行!見つけ次第攻撃!」
『『はい!』』
アリサの指示を受けて二両のシャーマンが急行する。
そして、現場に到着したシャーマンは砲塔を回して偵察を行うと、そのうちの一両のペリスコープがある違和感をとらえた。
「ん?」
そしてその茂みをよく見ると、そこには隠れていたⅢ突がこちらに照準を定めていたのだ。
「Jesus!?」
「撃てぇぇぇい!!」
その瞬間、エルヴィンとドッグチームの車長が声を上げた。
するとその瞬間、Ⅲ突やⅣ号、M3が砲撃を行い、一両のシャーマンを撃破した。
それを見たチャーリーチームの車長は慌てて無線機を手に取って報告を入れた。
『こちら、チャーリー!ド、ドッグチームが敵の奇襲によって撃破されました!』
「ええっ!?」
『何!?』
『ホワーイ!?』
その報告を受けて驚愕するアリサやケイ達。奇襲作戦でも引っかかったかと思ってしまう。
「た、退却退却!急げ!」
「あ、逃げられる!」
澤がそこで砲撃をするも、わずかに外れてしまう。
「逃げられちゃう!」
大野がそう叫んだ瞬間。
「撃てっ!」
別の方角から飛んできた砲弾が逃げようとしたシャーマンの真横を撃ち抜いた。
元々前期型のシャーマン戦車は攻撃を受けやすい位置に弾薬庫があると言う致命的欠陥があり、そこを狙えば撃破な容易であった。後にこの欠点は解消されたが、その代わりに装填速度低下という結果をもたらしていた。
「一体どこから……あっ!」
撃破されたチャーリーの車長はそこで遠くに映る一両の戦車を見つけた。
「あれが…短十二糎自走砲……」
その威力は折り紙付きなのだと、彼女は認識していた。
そしてこの戦果の裏で動いていた作戦の結果に武部は満足げな表情を浮かべる。
「だって無線じゃなくて携帯で連絡してたんだもん」
そう言い彼女は携帯を動かしながら新たな指示を送っていた。
「やりましたわね」
「ええ」
五十鈴達も満足げな様子を浮かべていた。
ここで種明かしをすると、みほの行なっていた無線は盗聴されている事を前提とした欺瞞情報であり。本当の作戦は武部が持っていた携帯を使ってメール送信していた。
公式戦のルールブックには携帯を使用してはならないという規則もないので、アリサの無線盗聴とはまた違ったルールの抜け穴を使っていた。
「大洗が二両先制撃破……」
「ああ、みほは気付いたようだな」
その様子を見ていたまほとエリカはそう呟く。その顔はどこか嬉しげでもあった。
「やりましたね」
「ええ、相手の作戦を逆手に取った作戦……みほさん達らしいですわね」
「さて、これを受けたサンダースはどう動くか……」
ダージリンや真澄は画面を見てそんな話をすると、彼女は真澄を見ながら話しかける。
「しかし、本当にみほさんは危機的状況の方が輝くのですね」
ダージリンはそう言うと、真澄は頷いた。
「ええ、彼女に普通の部隊運用を任せるとかえって逆効果。だから……」
「少数精鋭を持っての単独行動がよいと……」
「その通り」
「昔、あなたの言っていた評価を思い出すわ」
そう言うと、ダージリンですら苦笑したみほの評価を思い出す。
「確か、みほさんはあなたから見ると……Mなんでしたっけ?」
「っ!!」
その言葉に思わずオレンジペコは少し顔を赤くしてしまうと、真澄は真面目な表情で頷いた。
「ええ、戦車道に限ってだけど。あの子は不利な状況の方が自分の才能を生かすことが出来る。その証拠にほら、今の試合でも輝いているでしょう?」
「ええ……そうね」
そう言い、彼女は先に二両も先制撃破できた現状を見て真澄の意見に賛同していた。
少なくとも彼女の知り合いで、みほの姉に聞かせればまず間違いなくフルボッコにされる未来が大いに予想できた。
「でもMと言う表現の仕方はどうかと思うわ……」
「そっ、そうですよ!なんて言い方するんですか!!」
オレンジペコのダージリンの意見に思わず賛同すると、真澄はそこで逆に首を傾げてしまう。
「じゃあ逆にどう表せば良いのよ。被虐嗜好とかマゾヒズムって言えばいいの?蜜柑ちゃん」
「変わってませんよ!あと私の名前はオレンジペコです!!」
プンスカという擬音が似合いそうな表情で答える彼女に真澄は少し頭を悩ませていた。
「まあでも、これから試合は面白いことになりそうよ」
そう言い、彼女は動き始めた戦局にこれからの予想を立てる。
「でも勝ち筋はそろそろ見えそうね」
そう言うと、彼女は少し笑い。その様子はとても楽しげであった。
「(やはり貴方はそちらの方がお似合いよ)」
その顔を見てダージリンはそう思わざるを得なかった。