それから私は、知り合いの多い警察道場に叩き込まれた。
親父は日本警察でも権力者であり、過去には機動隊で最強を誇ったとも言われている生きる伝説のような人だった。
まあ、素手でクマに勝てるような力とあの体躯ではそりゃ敵わないわけだが……。
そんな親父から剣道を教わっていた私は、幼い頃から剣道では負け無しの成績だった。
小学生の頃、都大会で優勝した事もあった。武代との出会いだって、元はその剣道大会の団体戦でライバルだった人間だ。良きライバルであったその武代が一時期不正の疑いがかけられた時は自ら買って出て無実の照明をした事もあった。
その時『榎本を追放するなら、私も剣道を辞めてやる』と言い放ったか。今となってはいい思い出だ。
「ただいま〜」
一ヶ月の謹慎を言い渡され、警察の剣道道場であのクソ親父に目にモノを言わせてやる為に徹底的に腕を鍛え上げていた。
戦車道を履修したおかげか、前よりも反射神経が良くなっており。何なら小学生の時よりも剣道がやりやすかった印象があった。
「ねっ!姉さん!」
すると帰ってくるや否や、清靖が慌てて出てきた。尋常じゃない驚き具合に真澄も思わず首を傾げてしまった。
「どうしたの?」
「はっ、早く!!こっち来て!!」
そう言い清靖が手を引っ張って真澄を家に入れると、そこで彼は真澄にあるニュースを見せた。
「ね、姉さんが……」
「だからどうしたのよ」
すると清靖は持っていた新聞紙が軽く震えていた。
「こっ、これを見て……」
「ん?」
それは戦車道新聞であり、連盟が毎月発行している新聞だった。その新聞は真澄達も購読する代物であり、新たに認可された戦車などがそこに乗せられることがよくあった。
「は?」
そして真澄はその中の一つのコラムに一瞬固まってしまった。
『戦車道除名処分該当者:黒田真澄』
そこに記されたコラムには自分の名前が記されていた。
その事実に真澄は思わず聞き返す。
「ねえ、これ偽物の新聞とかじゃなくて?」
「……」
しかし、その問いに清靖は無言のままだった。それを見て真澄は今度こそ、動揺してしまう。
「う…そ……」
「……」
思わず持っていた新聞紙を落としてしまう。気絶することはなかったが、視界が真っ暗になりかけた。
自分はそんな悪事をしたのだろうか?
自分の行動を一つ一つ思い返す。それほど自分は喧嘩を売ってしまったのだろうか?
「そんな馬鹿な……」
「どうしたの?」
その新聞を読んだダージリンは真っ先に驚愕して、思わず立ち尽くしてしまった。
近くにいたアールグレイの言葉すら聞こえていないほどのショックを与えており、「教導」と言う名のセクハラをしても反応がなかった事からよっぽどの不味い事と思っていた。
「マスミが除名?!」
同じ頃サンダースでもケイは驚いた声をあげてしまう。
彼女とはあのパーティーであって以来だが、そこから今日に至るまで彼女が戦車道を除名される何かをしたとは到底思えなかった。
「真澄さんが……?!」
「あり得るはずがない!」
そして黒森峰女学院でもみほやエリカが新聞を読んで驚愕していた。
「真澄に確認取らないと!!」
「でも電話が繋がらない……」
片手に携帯を触るエリカにみほはそう言うと、今回除名処分された原因になったというその虐めの映像を見た。
「「……」」
十秒ほどの映像だったが、それを見たみほ達は同時に呟く。
「「これは真澄(さん)じゃない」」
昔から一緒にいたからこそみほもその違和感を一瞬で感じ取った。
「この映像に映っている帽子は、真澄が特注で仕上げた一つしかないもの。だけどこれは、どこにでも売っている一般品だわ」
「うん、それに歩き方も真澄さんと全然違う」
「ってことは、これは捏造された映像ってことに間違いないわね」
するとそこで噂を聞きつけたまほがわざわざ部屋に入ってきた。
「みほ、エリカ」
「お姉ちゃん!」「隊長?!」
そこで入ってきたまほを見て驚いていると、まほは一言。
「真澄の話で今から連盟に文書を出す。手伝ってくて」
「うん」「はい!」
こんな横暴、許されるはずがない。
「……」
「どうすれば……」
「隊長……」
知波単学園の戦車道部の部室。そこでその新聞を見ている榎本達は絶望した、深刻な表情を浮かべていた。
「わ、私……」
すると一人の履修生が言う。
「黒田隊長のいない戦車道は、戦車道じゃないと存じ上げます」
「落ち着きなさい」
榎本がそこで制すると、電話を片手に受話器を取る。
「何を……」
「決まっているでしょう。連盟に抗議の電話を送るのよ」
「「「「「!!」」」」」
すると榎本は連盟に電話をかけると、そこで真澄の除名処分に関しての文句を言う。
「真澄が除名処分に関して、抗議をさせていただきます」
そう言うと、電話の向こうの係員は疲れ切った声色で答える。
『しかし、何度も申し上げましたとおり。一度除名が決定した者を無かった事にするのは……』
「面子が何だってんだ!こっちは一人友人を失ってんだぞ!!あの証拠にはアリバイがあると何度言ったらわかるんだ!!」
真澄にも負けず劣らずの剣幕で榎本は電話で怒鳴り散らす。しかし、連盟の方針は変わる様子は無かったのだ。
「くそっ!」
榎本は受話器を叩きつけるように電話を切ると、頭を抱えた。
「真澄にも連絡つかないし、どうすれば……」
この事件、実を言うと多くの思惑が複雑に絡み合った結果に起こった悲劇でもあった。
まず初めに真澄の事を口うるさく思った知波単学園の同窓会の一部人間が『ちと懲らしめてやるか』と言った感情で戦車道の選抜試験で弾かれて真澄に恨みのある人間を煽って捏造映像を作り上げ。それを送って処分を遅れば少しはおとなしくなるだろうと思っていた。
しかし実際は除名処分という行き過ぎた決定がなされ、ここまでの事態に発展した事に同窓会も慌てて連盟に電話をする事態になっていた。
連盟と初めはその映像やアリバイから不問にしようとしていた。しかし、そこで思わぬ圧力が掛かり、無罪の人間を有罪にしなければならなかったのだ。それも、最も重い除名処分と言う判決を……。
常に目の敵にしてきていた同窓会ですら大混乱に陥っており、一体何があったのかその全貌すらよく分からない状況だった。
「姉さん……」
「ああ……」
実家でしばらく動けなくなってしまった真澄を清靖が聞く。その目はとても心配げであった。
「だっ、大丈夫よ。抗議すれば良いんだから……」
そう言うと、家の扉を誰かが開けると。そこに一人の男が帰ってきた。
「あっ!父さん!!」
「……親父」
帰ってきたその人物を見て真澄は思わず睨んでしまう。
するとそこで巌は真澄を見ると彼女を応接間に呼び出していた。
「なんだよ」
「戦車道、除名処分が降ったと聞いた」
「ああそうだよ。なんで知って……」
その時、真澄の動きがぴたりと止まった。
今日はやけに帰りが早く、つい先程発表されたばかりの自分の除名処分の一件を、なぜ新聞すら見ていない彼が知っていたのか。
「っ!!まさか……!!」
思わず真澄は巌を鬼の形相で睨むと、彼は一言。
「お前が戦車道を始めたからだ。これからは……」
その時、真澄は勢いよく部屋を飛び出していた。
「……」
部屋に残った巌は部屋を出て行った真澄を呆然と見ていた。
次に目が覚めた時、白い天井が見えた。
かすかにかある薬品の匂いから、ここが病院であると分かったのは直ぐの事だった。
「っ!!姉さん!!」
今にも泣き出しそうと言うか、号泣しながら清靖が自分の顔を覗き込んでいた。
よく見ると自分の腕には大量に点滴が打たれており、何があったかと思い出していた。
「部屋に入ったら、姉さん。倒れていたから……」
「……」
ああ、思い出した。
戦車道を奪われ、そのままの勢いで薬箱からワンシートの解熱鎮痛薬を持ち出して、それを一気飲みしたんだ。
「……死に損なったか…」
ふと溢すと、清靖は目を見開いて驚いていた。すると、そんな清靖に真澄は言う。
「清靖、親父には言ったか?」
「え?い、いや……」
「そうか……」
するとそこで真澄は言った。
「じゃあ、この事は親父には言うな」
「っ!?」
何を言っているんだと彼は真澄を見た。
こんな状態になった原因を作ったとしか思えない父親に清靖は確かに怒っていた。しかし真澄はそんな彼の頭を軽く叩くと言った。
「お前がいなかったら母さん以外に親父の面倒は誰が見るんだよ」
「でも……」
「良いんだ、親父には黙っとけ。階段からすっこんで怪我をしたとでも言っておくんだ。……良いな?」
「……」
真澄の目を見て彼は首を渋々縦に振っていた。
その後はあっという間だった。
私が戦車道を除名された事を受け、執していたほとんどの同級生が戦車道を退部した。
今まで真澄が積み上げてきた計画や名誉は全て黒歴史のように消えていた。
「……」
学園艦で荷物をまとめ、出て行く準備をする真澄。
この前退院したばかりの彼女はこの学校を辞める決断をしていた。
「真澄……」
「……武代か」
家の前で待っていた榎本に真澄は言う。
「迷惑をかけたな」
「こんなの、貴方が剣道大会で私の無実を証明した時よりは軽いものよ」
そう言うと彼女は真澄に深々と頭を下げた。
「ごめんなさい…あなたを守れなくて……」
その顔には無念や後悔の眼差しで埋め尽くされていた。そんな彼女を見て真澄は軽くため息を吐いた。
「……まあ、仕方あるまい。これも運命というやつだ」
「これはそんな言葉で言い表せない事件よ」
榎本はそう言うと今回の一件の裏で起こっていたその事態に心底腹を立てていた。
「私たちの送った抗議文やアリバイは全て握りつぶされた……」
「……」
「こんな横暴が許される業界なら……辞めてやる」
「武代、忠死みたいな事するんじゃ無い」
「でも!こればかりはあまりにも…酷すぎる……」
そう言うと彼女は今の戦車道の状況を伝えた。
「殆どの子が辞めちゃったわ。貴方の処分に異議を申し立ててね」
「っ……」
馬鹿な事を……と内心真澄は思ってしまう。
「今残っているのは?」
「西と福田、それから……」
「もう良い」
真澄はそれを聞いて頭を抱えた。勝手に動きやがってと、思わざるを得なかった。
すると榎本は彼女に聞く。
「真澄、貴方はこれからどうするの?」
「……どうしようかね」
彼女はそう言うと、榎本は言う。
「学校を去るのなら、私も着いていくわよ」
「……」
「言ったでしょう?私はあなたに着いて行くって…剣道大会の時に約束したじゃない」
「……そうか」
何処かありがたいと思いながら真澄は答えると、二人は戦車道部の倉庫に向かった。
「隊長……!!」
倉庫に入ると、そこで西が駆け寄ってきた。
「私はもう隊長じゃない」
「しかし!私はこの処分には……」
「もう良い。終わった事だ……」
真澄が激昂する西をそう言って宥めると、彼女は西に向かって言う。
「西…お前だけは戦車道を止めるな」
「っ!!」
「知波単学園の戦車道部を、お前が守るんだ」
彼女はそう言うと、倉庫に並ぶ戦車達を見る。
それはこの前の決勝で活躍した戦車ばかりであった。
「私はそろそろ行くよ」
「黒田隊長」
西は去ろうとする真澄を見ながら言った。
「私は、隊長の冤罪が晴れて。ここに戻って来るのを心待ちにしております!」
「……」
そんな西の言葉に真澄は一言も返すことなく戦車倉庫を去っていった。