ここは熊本にあるとある邸宅。
豪邸とも呼べるその家の表札には『西住』と記されていた。
そこには黒森峰の制服に身を通すまほと、レディースーツを纏う一人の女性がいた。
鋭い目に凛々しさを醸し出し、見る者からすれば威圧感を感じ取ってしまうその女性は西住しほ。現在大洗女子学園に通う西住みほの実母であった。
その二人の間の机の上には月刊戦車道のある一ページが広がられ、その記事の項目には次の準決勝で大洗女子学園とプラウダ高校が対決すると書かれており。大洗女子学園戦車道隊長西住みほ、プラウダ高校戦車道隊長のカチューシャの写真と名前が載っていた。
「あなたは知っていたの?まほ。……あの子が未だに、戦車道を続けている事を」
「はい……」
まほはその内心いよいよバレたかと思っていた。
「西住の名を背負っているのに、勝手な事ばかりして……」
そして記事にはみほの家の事まで記されていた。
「これ以上、生き恥を晒す事は許さないわ。『撃てば必中、守りは固く、進む姿は乱れなし、鉄の掟、鋼の心』それが西住流よ……まほ」
しほがそう言うと、まほは顔を上げて彼女に言った。
「私は…お母様と一緒で西住流そのものです。でもみほは……」
するとそこで、しほはまほを睨んで黙らせた。
「もういいわ、準決勝は私も観に行く。……あの子に勘当を言い渡す為にね」
月刊戦車道を閉じながらそう答えると、そのまま立ち上がった。
するとそこで、西住家の使用人である菊代が襖を開けた。
「菊代さん?」
すると彼女はしほを見ながらここに来た要件を伝えた。
「師範にお客様です」
「?」
「珍しいお方でしたよ」
そう言うと、彼女は一歩後ろに下がるとその奥から一人の人物が姿を現した。
「「っ!」」
その人物を見て二人は驚いた目を見せた。
「真澄……」
まほはその人物の名を呟くと、彼女はまほを見て言った。
「お久しぶりです。西住師範に、まほさん」
「……生きていたの」
「ええ、この通り」
しほは真澄を見ながらそう答えると、そこで彼女は二人を見ながら答える。彼女の格好はみほと同じ大洗女子学園の制服を纏っており、その事にしほはさらに驚いていた。
「今日は火急な要件につき、事前の連絡なしで訪れた事をお許しください」
「……」
久しぶりの真澄の登場に驚きつつも、しほは一人の客人として彼女を応接間に迎え入れた。
「それで、今日は一体何のご用件で?」
しほがそう聞くと、同席しているまほを見ながら彼女は答えた。
「私、黒田真澄は本日付けで日本戦車道除名選手リストより除名される事となった事を御報告にまいりました」
「「っ!!」」
真澄の報告に二人は驚いた目を向けた。
「私のいじめに関する虚偽報告が再調査により認められ、連盟からの正式な謝罪と名誉回復、並びに除名処分者リストからの削除が認められました」
「そうですか……」
「良かった……」
二人からしてみれば『やっとか』と言う印象があった。
元々真澄の除名処分には多くの疑惑が残る部分があり、まほに至っては再三意義申し立てを行っていた。
「今日来たのはその為ですか?」
「ええ、そうですね。主な目的はそれですが……」
緑茶を飲みながら彼女はそう答えると、チラリとまほを見た。
「申し訳ありません。師範と二人きりでお話ししたいのですが……」
「……分かりました。まほ」
「はい……」
しほは頷くと、まほを応接間から出した。そしてまほがいなくなった途端、真澄は湯呑みを置きながら話し始める。
「この格好から見ても分かる通り、私は大洗女子学園という場所に今は在籍しております」
「……」
「ええそうです。私は大洗戦車道部のマネージャーとして雇われています」
「……」
しほとしては頭の痛くなりそうな話だった。なにせ、嘗て時代に殺された選手とまで言われた戦車道選手が今やマネージャーとしてみほのいる学校で彼女達を後ろから支える身だったのだから。
「そこで私は西住みほの精神面を見ていますが、彼女は軽度のPTSDに似た症状を起こしています」
「……」
「昨年度の大会において、彼女の行なった行動は賛否両論でしょう。ですが、かわいそうな話ですが。彼女には戦車道を行う上での才能があった」
だからこそ、しほとしては扱いに困る話だった。
時折まほが東京に赴くことがあったが、もしかすると彼女と会っていたのかもしれない。でなければ、わざわざ昨年度のあのⅢ号に乗っていた選手の安否確認を行うはずがなかったのだから……。
「西住師範。そこで私より師範にお願いしたいお話がございます」
「何かしら?」
そこで真澄は非常に冷えた目元でしほに言った。
「西住みほを西住流より勘当してください」
「っ!!」
まさかの話に思わずしほですら驚きを隠せなかった。すると彼女は続けてその訳を話す。
「今の彼女にとって、西住流というのは罪鎖を引いている状態です。もし彼女が本気で戦車道を辞めたいと思っても、彼女には一生戦車道が付き纏う事になります」
それほどの才能を彼女は無意識のうちに隠し持っている。
「分派として認めるには、あの子のやり方は西住流と大違いです。彼女はあまりにもこのまま戦車道を行うには優しすぎるんです」
「……」
「西住流の分家の方々には到底受け入れられないでしょう。ならばいっその事、西住流とは手を切るべきです」
彼女はキッパリとそう答えた。なるほど、道理でまほを部屋から追い出した訳だ。こんな話、彼女が聞けば殴りかかってもおかしくは無かった。
「もし師範が彼女の事を手放したくないと思うのであれば、彼女を高校卒業と同時に黒田籍にしてしまえば良い話ですし」
「……」
一瞬だけしほの目線が鋭くなった。これは何年も前にした約束であり、まだ本人達ですら知らない話だ。
黒田家の長男の清靖と西住家のみほは、実を言うと裏で婚約する話で進んでいた。東京の名家である黒田家にみほは嫁ぐ約束は何年も前から決まっていたのだ。
「黒田家は元々戦車道とは縁もゆかりも無い家です。西住流と手を切るのには十分な機会だと思いませんか?」
「……」
「彼女は島田流とも違う、新たな戦車道の道の発芽途中です。どうかお考えください」
彼女はそう言うと席を立った。するとそんな彼女にしほは一言。
「あなたも、母親に似て随分と非情になったのね」
「……ええ、確かにそうかもしれませんね」
そう答えると彼女は応接間を出る時に一礼するとそのまま西住家を後にして行った。
「真澄」
そして西住流に挨拶を終え、次に島田流の家に挨拶に行こうとするところをまほに呼び止められた。
「どうしましたか?」
真澄がそこでまほに聞くと、彼女は嬉しげな様子を見せて彼女に言った。
「おかえり。真澄」
「……ふっ」
そこで彼女は小さく笑うと、まほに答えた。
「ただいま。まほ姉さん」
二年前の知波単学園のいじめによって除名された黒田真澄の冤罪が世間に知れ渡ったのはその日の午後の事だった。事前に真澄は知り合いには連絡しており、連絡を入れた先々では喜びの声が出ていた。
おまけに昨今のいじめの問題と絡み合い、いじめの冤罪と言う新たな社会問題を見出す結果となっていた。何なら戦車道除名撤回よりもそっちの方が問題視されていた。
「あなたの冤罪が晴れて良かったわ」
「ありがたい話です」
熊本から飛んで次に島田流の家を訪れた真澄は、そこで嘗て教えを乞いた千代に除名処分撤回の報告を直でしていた。
「この前の愛里寿の一見も含めて、お礼をするわ」
「いえいえ、私が動いたわけではありませんので……」
彼女はそう答えると、千代は少し微笑ましげに彼女に言った。
「それだけあなたが慕われていた証拠よ」
「そうかもしれません……」
彼女はそう言うと、千代は聞いた。
「戦車には乗るのかしら?」
「……今度の準決勝で乗るかもしれません」
彼女がそう答えると、千代はそこで呟く。
「そう……なら、私も見に行こうかしら?」
「良いですよ。そこまでしなくとも」
真澄はそう言うと、千代は真澄の試合を見に行く別の理由を話す。
「愛里寿がどうしても貴方の活躍が見たいらしくてね。ほら、あなたのあげたぬいぐるみを大事そうにいつも持っているから」
「……なるほど」
そこで真澄は納得した上で『この人もこの人だな』と思ってしまった。何なのこの極端な母親。しほさんと千代さん足して二で割ればもっと良さげな母親に……それうちの母だな。
「でも戦車に乗るかどうかはまだ分かりませんよ?」
「ふふっ、その時はすぐにでも帰るわよ」
千代はそう答えると、真澄は報告を終えて席を立った。
「では私はこれで。そろそろ学校に戻らないといけないものですから」
「ええ、わざわざ報告に来てくれて申し訳なかったわね」
「こちらこそ、心配をおかけしたようで申し訳ありませんでした」
そう答えると真澄は家を出て行った。今、愛里寿は家に居らず。今頃はこの前編成された大学選抜チームの訓練を行っていた。
「(恐らく、連盟はまず間違いなく。彼女に情報公開を求めるでしょうね……)」
その内心、千代はある問題を懸念していた。
それは連盟が彼女の除名処分撤回と引き換えに散々求めてきた戦車道選手育成強化計画だ。二年後の世界大会誘致を見据えてこの前編成されたばかりの大学選抜チームはあくまでの連盟の判断基準で世界
しかし彼女が持っていると噂のその計画は、嘗て弱小校と言われた知波単学園を全国大会で準優勝に導いた実績から世界
「(問題はもしその選抜基準に引き上げられた時。現場で混乱が起こることは必須な事ね)」
すでに大学選抜チームは編成されたばかりであり、訓練も始まっている。そんなところに選手変更なんて入れられれば現場は大混乱になることは明白なのだ。
「(下手に口出しをされるのも困りものね)」
彼女自身は、戦車道連盟に酷く悪い感情を抱いているので。千代自身で言うと、世界大会でも通用できるチーム編成をしたいと思う反面。これ以上仕事量を増やして欲しく無いと思う自分がいた。
「この国で天才というのは生きづらいわね……」
思わず千代はそう溢さざるを得なかった。