準決勝が始まる前、観客席近くの小高い丘では聖グロリアーナのいつもの二人がいつもの準備を整えて試合を観戦していた。
「この寒さ……プラウダより圧倒的に劣る車両……これでどうやって勝つつもりでしょう?」
オレンジペコが緊張した趣で画面に食いついていると、直ぐ横で紅茶を飲んでいたダージリンは落ち着いた様子で言った。
「確かに、大洗は数も練度の質ではプラウダより遥かに劣っている……でも、そんなハンデを覆してくるのが彼女等よ」
どこか頼もしげに彼女はカップを少し傾けると、そこで更に続ける。
「おまけに今日は、懐かしの軍師の復帰試合ですわ」
「……二年ぶりですね」
オレンジペコもどこか嬉しげにした様子で戦車に乗り込む一人の生徒を見ていた。
「プレゼントは無事に受け取ってくれたかしらね?」
「ええ、きっと喜んでくれていると思いますよ(本当の意味で)」
そこでオレンジペコはダージリンが珍しく料理以外の贈り物をしていたあの光景を思い出していた。
同じ頃、別の場所ではケイやナオミも試合会場に訪れていた。
「いよいよね……」
「ああ、こんな日が来るとは思っていなかった」
二人はそう話しながら片手にポップコーンを食べる。
「マスミの除名処分撤回」
「おまけに名誉回復」
「私たちとしては嬉しい限りだ」
「あの会長には感謝しないとね」
そう言い、わざわざ自分たちに当時の状況を聞いて回って彼女の名誉回復のために奔走していた角谷杏を思い出していた。
「ここまで二年か……」
「二年でも良いわよ。彼女が戦車道に帰ってきたからには、色々と楽しくなってくるわね」
「ああ、今度練習試合でも申し込みたい気分だ」
二人は楽しげにそう話していると、その後ろでアリサが真澄までもが大洗のスパイだった事や、それを隠していたケイ達に驚きを隠せていない様子だった。
「黒田……お姉ちゃん……」
「愛里寿!」
観客席に座る彼女は後ろから母親の千代に軽く怒られていた。
彼女は真澄の除名処分の話を聞き、試合に出るかもしれないと言う事で頼み込んでここまで連れてきてもらっていたのだ。
「また迷子になっちゃうでしょう?」
「うっ、ごめんなさい……」
そこで愛里寿は真澄から貰ったボコを抱えながら少し俯いた。
「大洗、勝てるかしらねぇ?」
「黒田お姉ちゃんがいるから、大丈夫!」
千代の心配を他所に愛里寿はボコを抱えながら確信めいた様子で頷いていた。
『大洗女子対プラウダ高準決勝、試合開始!!』
試合開始のアナウンスが一斉に鳴り響き、地響きと野太い音が白い大地の上を疾走する。
T-34/85が七両、T-34/76が六両、KV-2とIS-2がそれぞれ一両ずつで。フラッグ車を中心に後方を重火力搭載車、前方をパンツァーカイルを成して残りの戦車が固めていた。
「良い!彼奴らにやられた車両は、全員シベリア送り二五ルーブルよ!!」
「……日の当たらない教室で、二五日間の補習って事ですね」
カチューシャの言葉を横でノンナが翻訳していた。
「行くわよ!敢えてフラッグ車の自走砲だけ残して、あとはみんな殲滅してやる……力の違いを見せつけてやるんだから!」
『『『『『ypaaaaaaa!!』』』』』
カチューシャの言葉にプラウダの生徒たちは雄叫びを上げた。
そして彼女達は高らかにロシア民謡で、隊長の名前の元となった『カチューシャ』を歌い始めていた。
「聖戦万里海を越え
朔風荒ぶ大陸に
我が精鋭の行くところ
常に先鋒戦車あり
旭旗燦たり皇軍の
清華我等は戦車兵」
同じ頃、キューポラから顔を出す真澄はそう口ずさむ。
歌っているのは『戦車兵の歌』。それほど有名では無いが、向こうがロシア民謡ならこっちは慣れ親しんだ日本の民謡だ!という事で皆で歌っていた。
『敵火雨注もものかわと
歩兵の進路拓きつつ
敵陣深く蹂躙す
これ有心の弾丸ぞ
剛毅烈たる皇軍の
清華我等は戦車兵』
そう歌う中で真澄は耳に防寒用の無線機付きのヘッドホンをしており、その上から長い黒曜石のような髪が、重しの無くなった鎖のように極寒の風に吹かれてたなびいていた。
「う~冷える」
余裕そうに歌を歌っている真澄達とは違い、あんこうチームのⅣ号戦車の中で手袋をはめている武部がそう呟く。
「この寒さ…一気に決着をつけるのは、ある意味正解かもしれませんね」
「うん……」
五十鈴の呟きに、みほは小さく答える。
そんな時、紙コップにポットのココアを注いだ秋山が、みほに紙コップを差し出して言った。
「ポットにココアを淹れておきました。良かったらどうぞ」
「ありがとう」
みほはそう言って、差し出された紙コップを受け取ると、ゆっくりと口をつける。するとそこでみほは前を進む真澄を見ていた。
「どうかしましたか?西住殿」
「ん?ううん…真澄さん、なんだか楽しそうだなって思ったから」
そう言うと秋山は納得した様子を見せた。
「確かに、黒田殿にとってみれば二年ぶりに解禁となった戦車道です。彼女が戦車道を愛しているのは知っていましたから、色々と詰まっていたものが弾けたようなものでしょうしね」
秋山の言葉にⅣ号にいた全員が納得と共に少しばかり嬉しく思っていた。
「中学の時じゃああり得ないね」
「真澄が歌うとはね」
「嬉しすぎた?」
大久保達がそう聞くと、窮屈になった砲塔から真澄が顔を見せた。
「たまには良いものでしょう?」
「ふふっ、そうね」
彼女は片手に黄色く塗られた砲弾を抱える。そこには小さくタ弾と印字がされていた。
「真澄の交渉のおかげで榴弾の他にタ弾が使えるなんてね……」
「バレンタインの時を思い出す」
大久保がそう溢すと、そこで真澄が言う。
「あくまでも彼方は後方からの火力支援と偵察。孤立する可能性がある事を忘れないで」
「了解っ!」
「分かりました」
大隈と伊藤がそう答えると、そこで真澄は敵の思惑を予想していた。
「少なくとも、我々の動きはすでに見抜かれていると考えるべきだろう」
「そうね、この行軍速度なら尚更ね……」
そう言い慣れない雪道に苦戦している他の寮車を見る。
「初めは偵察隊か囮が出てくるはず……」
真澄はそう呟くと大隈がわざとらしく答える。
「うおー、怖」
「よくない未来が見える見える」
「相変わらずだよ車長」
「ふふふっ」
最後に榎本が笑うと真澄は少し微笑んで言う。
「だが、これが良い。だろ?」
「「「「ええ」」」」
真澄の言葉に全員が頷いていた。
そしてその大洗の戦車隊を、丘の上から双眼鏡越しに見つめる人影が二つあった。
『敵は七両、北東方面へ前進中。時速、約二〇キロ』
それは、プラウダチームのメンバーの斥候員だった。
彼女等は稜線に伏せ、双眼鏡越しに見た大洗チームの様子をカチューシャに送っていたのだ。
「ふん……いきなり勝負に出る気?それなら……ノンナ!」
「わかっています」
それに淡々とした調子で応えると、ノンナは他のチームメイト達へと視線を送る。
「「「「「Да!」」」」」
その視線に、既にT-34/76に乗り込んで準備を済ませていた一人のメンバーが応えると、他の二輌のT-34/76を引き連れて出撃して行った。
「それじゃ、私達も行動を開始するわよ」
そして軽食を食べ終えたカチューシャは、残りのメンバーへと呼び掛けると彼女等の作戦を開始しようとしていた。
同じ頃、大洗チームでは、雪の丘を上ろうとしていた。
そんな中、カモさんチームが雪に足を取られ上手く上らず、苦戦していた。元々こう言った環境での運用は全く考えなくて良い設計の為、雪山な苦手な環境だった。
「そど子、何してる!」
それを見た河嶋がカモさんチームに呼び掛ける。
「ゴモヨ、前へ進むのよ!」
「進んでいるつもりなのよ、そど子」
上手く坂を登れず、後藤は半泣きになっていた。
「カモさんチーム、一旦後退して下さい」
みほの指示で一旦B1戦車は麓に降りて停車した。
「ちょっと、頼む」
「はい……」
そんなカモさんチームを見て冷泉は、そう言って操縦を秋山に代わってもらい、Ⅳ号を降りてB1の車体に乗り操縦席のハッチを開ける。
「ちょっと代われ」
そう冷泉が言うと後藤は素直に操縦を代わる。冷泉の操縦によりB1は何とか坂を上る事が出来た。
「ありがとう」
「人の戦車に勝手に入って来て何してんのよ!!」
「……気にするな」
後藤がお礼を言うが園は否定的に言うが冷泉は全く相手にせずふっと笑う。それから一行はみほの指示を受け、進撃を再開するのであった。
そしてしばらく進み、目の前に大きな雪の壁が現れる。
「華さん、前の雪を榴弾で撃ってくれる?」
「分かりました」
みほの指示に五十鈴が答えると、秋山がすかさず榴弾を装填する。
華が引き金を引くと、激しい閃光と共に撃ち出された榴弾は前方の雪の壁へと吸い込まれていき。一瞬、その雪の壁にめり込んだかと思えば爆発して雪の壁を粉微塵に吹き飛ばし、大洗の戦車隊が通れる程度の道が出来た。
そしてその道から大洗の戦車隊が進撃を続けた。
「奥様!撃ったのはお嬢ですよ!」
その様子を観客席から見ていた新三郎は興奮気味に言って拍手する。
「花を活ける手で、あんな事を……」
しかし未だに五十鈴が戦車道を続けていると言う事を認められない五十鈴の母の百合は渋い顔をしながら溜息をつく。
「奥様……ここまで、来たんですから、応援して差し上げて下さい」
その様子を見た新三郎はなんとも言えなさそうな気持ちを押し殺して笑みを浮かべて百合に応援する様に促すが、百合の方は相変わらず溜息を吐くばかりだった。
同じ頃、会場に二人の人物が現れた。
「父さん、こっちです」
「ああ……」
清靖はそう言い。そこに立つ彼よりも筋骨隆々の男…巌を引き連れて会場の観客席を歩く。清靖はサングラスをかけており、軽く変装していた。
近くにいる人はとんでもない熊のような人が現れ、距離をとって巌のことを少し怯えながら見ていた。
巌は今日の本来の仕事を全てキャンセルか、片付け終えてこの試合上に訪れていた。
「姉さんがどれだけ戦車道が好きなのか、自分の目で見てくださいね」
「分かっている」
清靖の言葉にそう頷くと、彼は二年ぶりに真澄のする戦車道の姿を観戦していた。