その頃、廃教会は静まり返っていた。まるで戦意喪失したかの様に、いつもの元気な雰囲気などまるで感じられず。大した会話も無いまま、メンバーは思い思いの方向を向いていた。
降伏勧告返答期限まであと一時間となった。
「降伏時間まで、あと何時間だ?」
「一時間……」
「一時間、この状態で待つのか……」
河嶋が聞くと、小山が沈んだ様な声で答える。
「いつまで続くのかな?この吹雪」
「寒いね……」
「うん」
「お腹すいた……」
ウサギさんチームは六人で一枚の毛布をこたつの様にして入りながら呟く。
「やはり……これは八甲田」
「天は……我々を見放した」
「隊長、あの木に見覚えがあります」
カバさんチームの歴女四人は、今の状況と『八甲田山雪中行軍遭難事件』を重ね合わせていた。それだけで限界だと言うのがよくわかる。
「良い事考えた、ビーチバレーじゃなくてスノーバレーってどうですかね?」
「良いんじゃない……知らないけど」
あのアヒルさんチームでさえ、バレーの気力すらない有様だった。
「……う、ZZ」
「寝ちゃ駄目よ、パゾ美」
カモさんチームも三人で毛布に包まってじっと待っている。
「食料は?」
「真澄さんの補給品は、残っているのは乾パンしか……」
「何も食べる物無くなったね」
沈んでいるメンバーを見ながら河嶋と小山はそんな会話を交わして、角谷は他に食べるものが無くなった事を告げる。
「何かみるみる寒くなってない?」
「そ、そうですね……」
「もう、食べられるモノも無くなっちゃいましたね……」
武部と秋山、五十鈴が教会の窓越しに立って外を眺めながらそう呟く。
黒田の玉手箱の中身はあくまでも緊急用の物であり、こんな待機中に盛大に食べる量は入っていなかった。
「さっき、偵察中プラウダ校はボルシチとかロールキャベツ食べてました……」
「いいなソレ……」
「美味しそうだな……」
「それに、暖かそうです」
「やっぱり、あれだけの戦車を揃えてる学校ですからね……」
秋山がそう言うと、あんこうチームのメンバー達は火を囲んでボルシチを食べたり、コサックダンスを踊ったりしているプラウダの生徒を窓越しに見ていた。それを見ていた冷泉と五十鈴がそう呟く。
外は吹雪、気温が下がると同時に大洗チームの士気も下がって行く。
三時間の猶予を取ったのはこの為でもあった。寒さは人のやる気を奪う。熱いことよりも寒い方が人と言うのは疲れやすいのだ。
「何でわたし達、こんな所でこんな目に遭ってるんでしょうね……他の皆は何も知らないのに……わたし達だけ学校の未来とか背負わされて……学校、無くなっちゃうのかな……」
「そんなの嫌です……私はずっとこの学校に居たいです!みんなと一緒に居たいです!」
不意に武部がそう呟くと、秋山が声を張り上げる。
「そんなのわかってるよ。わたしだって…」
「どうして廃校に、成ってしまうんでしょうね……此処でしか、咲かない花もあるのに……」
「……」
そんな秋山に武部が返し、五十鈴が呟くと冷泉も複雑な表情を浮かべる。
「皆さん、体調とか大丈夫ですか……」
『『『『『……』』』』』
「皆、どうしたの?さあ、元気出していきましょう!」
「うん……」
そんな中、みほはチームを励まそうと声を上げたが、帰って来たのは武部からの力無き返事だけだった。
「さっき、みんなで決めたじゃないですか!降伏しないで最後まで戦うって!」
『『『『『は〜い……』』』』』
「分かってま〜す……」
何とか元気付けようと激励するみほだが、メンバーから帰って来た返事はこの有様だった。
「おい、もっと士気を高めないと!このままじゃ戦えんだろ?……なんとかしろ」
「ええっ!?いきなりそんな事を言われても困ります!」
「この状況を何とか出来るのはお前しか居ないんだ!隊長だろ!」
みほはたじたじとなりながら言い返すものの、河嶋が畳み掛けてくる。
「桃ちゃん、落ち着いて」
「これが落ち着いていられるか!」
そのまま言い争いに発展するのかと誰もが思っていると、不意に良い出汁の香りがしてきた。
「あれ?何この匂い?」
「あら、お出汁ですわね」
武部が呟くと、五十鈴がその正体を答える。他の面々もその匂いに気づいて何だろうと辺りを見回すと、そこで教会に横一列に寸胴鍋を持った榎本と、四角い箱のようなものを持って真澄が戻って来た。
「あちゃー、やっぱり」
「よかったね。真澄の予想通り」
そう言い彼女達は地面に落ちていたコンクリートブロックを立てて場所を作ると、そこにガソリンバーナーと鍋を置いた。
「何ですか?これ」
「みんなを元気づける魔法の鍋」
そう言うと彼女は火をつけて少し時間を置いた。
「うーん。もうそろそろ良いかな…」
「よし、じゃあ。みんなで食べよう」
真澄がそう言い、寸胴鍋の蓋を開けた。ものすごい湯気が立ち込め、大野のメガネが盛大に曇る。そして湯気が晴れると中にはグツグツと音を立てて、大量の出汁に浸かった出来立ての肉じゃががあった。
「「「「「「「わぁー!!」」」」」」」
全員の目が一斉に輝く。
「さあ、みんな食べな。お代わりもあるからね」
「時間まで一時間あるから、その間これでも食べてな」
「あったかいお茶が欲しい人はこっちよ〜」
そう言い榎本が紙コップを配る。すると彼女は横に真澄の持ってきた金属の箱を置き、そこからお茶を出していた。
「うわぁ、ボイリング・ベッセルじゃないですか!」
そこで秋山は真澄の持ってきた金属箱の正体を言う。
「何処でこんなのを?」
「私の復帰祝いにダー…ジリンから貰ったのよ」
思わずダー様と言いそうになったところを慌てて言い直すと、そこで秋山は羨ましそうにしていた。
ダージリンとそんな関係があったのかと興味ありげに秋山から聞かれると、真澄も頷きながら復帰祝いでもらったボイリング・ベッセルから暖かい番茶を渡す。
そして全員に行き渡った後に真澄が音頭をとった。
「では、食べますか!せーのっ!」
『『『『『いただきまーーーーす!!』』』』』
先程の意気消沈した雰囲気は何処かに吹き飛び、すっかり元気を取り戻した大洗のメンバーは、配られた肉じゃがを食べる。
「元々肉じゃがは東郷平八郎がビーフシチューを食べたいと言って、それを聞いたシェフが試行錯誤して生まれた物らしいわ」
「「「へぇー」」」
そんな豆知識を話しながらその横で五十鈴が言う。
「かなり薄口ですのね」
「ええ、利子が濃い味付けが苦手だから。ウチはいつもこのくらいなのよね」
「でも食べやすくて美味しいです」
その横で一年生達が肉じゃがを食べて喜んでいた。
「ああ、温まる〜」
「肉じゃが美味しい!」
そう言うと、そこでみほが真澄に聞いた。
「この食材、わざわざ積んでいたの?」
「ええ、貴方達の事だから補給品も全部食べちゃうと思ってね」
「お陰で車内キツキツよ。外に出すと鍋の中身がカッチカチになっちゃうからさ」
榎本が疲れた様子でそう話すと、みほは思わず苦笑してしまう。
「まあ、良いじゃないか。武代の料理は皆美味いんだ」
彼女はそう言うと片手にノンアル日本酒を取り出した。
「いるかい?この状況じゃあ温まるよ」
「あっ、じゃあ……」
そう言いみほは真澄からお猪口を受け取ってその酒を飲むと、それは辛口で喉が焼けるように暖かくなった気がした。
「……ありがとう、真澄さん」
「これくらいお安いもんよ」
そう言うと、彼女はこの状況を楽しんでいるように見えた。
真澄達の温かい補給物資を受け取り、士気の上がった大洗チーム。
しかし、刻一刻と迫る時間に徐々に緊張感の方が高まっていた。
「(この試合で負ければ学園廃校か……)」
シガレットを咥えながらそう考えていると、みほが話しかけてきた。
「真澄さん」
その時のみほの目は感謝の一言だった。
「ありがとう。おかげでみんな元気が出たよ」
「腹が減っては戦はできぬ。人間必要なものがなきゃ生きていけないんだから」
そう言うと、彼女は吹雪く雪原を見ながら徐に呟く。
「私、初めの頃はこれを機に本気で戦車道から手を引こうと思っていたわ」
「えっ……」
まさかの告白にみほは驚いた。
「だって、四五六サイのような分かりきった結末の試合をしていても楽しくないでしょう?」
「……」
「おまけに、新しい事をしようとするとその芽を潰してしまう。カビの匂いしかしないような陰気臭い競技にしか、私は見えなくなっていた」
彼女はそう吐露し、雪原の向こうで火を焚いているプラウダの生徒を見た。
「こんな凝り固まったゲームのCPUのような試合。興奮できるわけがない」
彼女はそう言うと、今度は大洗のチームを見る。
「でも、あの会長が態々親父にまで会って私の除名処分撤回をさせて。私はここに戻って来た」
「……うん」
すると真澄はシガレットを指で挟んで楽しげに言った。
「でも今は楽しいわ。背筋が凍るような、かと言って情熱的にもなれる。そんな試合がこの公式戦車道で出来ている……」
彼女はそう言うと、みほを見ながらつぶやいた。
「みほちゃん、これも貴方のおかげよ」
何処か嬉しげに語る彼女はみほの肩を軽く叩くと、そこでみほは真澄に聞いた。
「あの…ちょっとお願いが……」
「ん?」
そこでみほは真澄に近づくと、小声で言う。
「貴方本気?」
それを聞いた真澄は苦笑しながら聞き返す。だってあんなにも恥ずかしがって、あまつさえ見ようとしていた私たちを殴ったと言うのに……。
「みんなの緊張を解きたいって思って……」
「……そう、なら良いんじゃない?」
そう言うと、みほは立ち上がって他のメンバー見ていた。