その日、大洗女子学園の戦車道部の戦車格納庫では今日の練習を終えて全ての車両が戻ってきていた。
「お疲れ様でーす」
「お疲れ〜」
今日の練習を終えて車庫に戻ると、そこでは整備班が待機していた。
流石に自動車部の四人では心許ないし、彼女たちは彼女たちでポルシェティーガーという手のかかる戦車が担当であるがために、他の戦車まで手が回らないだろうと思っていた。故に機動隊から人員を志願制で分ける形で真澄が創設したのが整備班と輜重班である。
仕事は名前の通りで、戦車道部の後方支援を担当する生徒達だ。
彼等は戦車道部員が試合に集中できるように真澄が編成したバックアップ部隊であった。
「お疲れ様です」
「ん、すまんね。あと頼んだ」
「はい」
そこで短十二糎から降りた真澄が声をかけると、整備班の一人が真澄に言う。
「あとはこっちでやっておきますのでマネージャー」
「…ああ」
やや鋭い目線を向けられて思わず顔を逸らしてしまう真澄。
彼女は前までマネージャーとして戦車道部を陰から支えていたが、選手として出場することとなった準決勝から彼女はマネージャーの立場を(合法且つ穏健に)追いやられた。
まあアレほどのハードワークを一人でこなしていた真澄が化け物なので、そこに選手としての仕事が加わると、それはもう火を見るよりも明らかな事だった。
「たが戦車を見るのは良いだろう?」
「それはまぁ…」
そこで戦車を降りたあと、真澄はシガレットを咥えて椅子に座り込む。
「ふぅ…」
そしてどこぞのアラサーのキャリアウーマンが仕事に疲れ果てた時のようなため息を吐く。
榎本達は先に帰っており、戦車格納庫には戦車と整備班が帰ってきた戦車の整備を行っている。
「…」
そして各戦車ごとに違うエンジンを前に軽く発狂しながら整備を行っていた。
「ちょっと!そのマニュアル違うわよ!!」
「す、すみません!!」
八九式を整備していたある整備班長が怒鳴り散らして叱る。彼女が持っていたのはⅢ突の整備マニュアルだった。
Ⅳ号から始まり、ヘッツァー、八九式、Ⅲ突、M3リー、B1bis、三式、ポルシェティーガー、短十二糎と…まあどこのバーゲンセールだと言いたくなるような点でバラバラな編成なので整備班は涙目である。誰かは戦車の福袋だと言って爆笑を攫っていた。
特にエンジンが違うと言う問題はなかなかに致命的であり、また主砲もほぼ流用できないと言う点で弾薬補給班はいつも気を揉んでいる。
戦車がバラバラなので、それに対応するために整備班も大量に人数を雇って人海戦術で全ての戦車の修理と点検を行っていた。
そしてこんな戦車のるつぼとかしたここで鍛え上げられた事で、卒後に整備班の面々は戦車道連盟の工場にてどのような車種でもマニュアルを一度読んだだけで整備できる事に驚かれて、聞かれた際に『ウチらは国も車種もバラバラのあそこで鍛えられましたから』と言った事で全員から納得と関心の目を向けられたとかなんとか。
「ウチの主砲を五七粍に変えてみるか?」
そんな話を前に冗談混じりで整備班に言ったところ、
「それをやると部隊全体の火力が下がるので…」
「やったら西住隊長から石を投げられそうなんで…」
「「やるならマネージャー達で勝手にどうぞ」」
と真顔で返されてしまい、そこで真澄は脳裏に般若顔で石を片手に追いかけてくるみほの顔を想像して吹き出す。
あり得ない話だが、やるかやらないかと聞かれるとやりかねんと言うのがあった。みほちゃん、普段滅多に怒らない人だから怒ると多分怖いんだよね…。
なので真澄達は軽く笑ってそれを流していた。
あの時から時間は少し流れ、今の大洗戦車道部は暫し気の休める時間が続く。少し後にあるエキシビジョンマッチまで大きな試合もないので、毎日あるのは勘を鈍らせない程度に行う模擬戦や必要な練習だけだった。
「まったく…マネージャーの車両が一番整備かかるのはなんなのよ!!」
「中戦車絶殺仕様だからね〜」
しかも最悪なのは、彼女の戦車は他のいかなる戦車の改造も行われていない完全なオリジナルである。なんでこれで連盟の認可が通ったかが全く不明だが、まあサンダースの時に盗聴器をオッケイ!!(CV玄田さん)していたので動かせられれば割と良いのかもしれない。
まあそれを言うならみほちゃんのⅣ号だってD型→F2型風→H型風への改造なので実を言うと本物のH型でもない事から既存のマニュアルがほぼ使えないと言う、整備班の悲鳴が上がる仕様である。まあまだアレの場合は中身もエンジンもそれほど変わっていないのでやり用はあった。
「あぁ〜もう!車体の三七粍がめんどい!!」
「砲塔あげますよ〜」
そこでクレーンを使って戦車の砲塔を玉掛けするとそこでボタンを操作して電動クレーンが砲塔を上げる。
この何処からともなく知り合いの人が持ってきてくれた長砲身の三七粍砲。至近距離であればギリギリパンターの側面で貫通できる貧弱砲だが、支援砲としては十分な働きをした。全く、伊藤が機関銃を大砲にできないかなどと言わなければこんな事にはならなかっなのだが…。
戦車格納庫にいる九両、あと一両あれば来年はフルでられるのになぁと呟いたところ、
「まだ戦車があったりして」
「そんなまさか、前に資料全部精査したわよ?」
B1やポルシェティーガーが見つかった時に、後方の人間総出で過去の資料を洗いざらい調べ上げた。
実際、残された資料というのはとても重宝され、それでいてざっくりとした情報しか渡さなかった現生徒会長に恨み節の目を向けながら作業を行っていた。
「ええ、そんなのとっくに生徒会が血眼になってやってますって」
「特に副会長が張り切ってそうよね」
これでもし新しい戦車が見つかったら、それは多分誰にも言わずに独自で、違法で買われたに違いないと言えるまで調べたはずだ。
「てか、あの人から背中せっつかれて確認しましましたって」
輜重班の子とそんな事で軽く笑っていた。
なんか…盛大なフラグをぶち上げたような気がしたが、それはきっと気のせいというものだろう。
「んで…」
そしてそこで、真澄は格納庫の一番端。自動車部のために用意された空間を見て指差した。
「アレは何をしてんの?」
そこで指を指すと、そこでは自動車部の四人が意気揚々とクレーンを使って自分たちの戦車に白い箱を大量に投入している様があった。
「なんか、聞いたところによるとバッテリーを山積みにするって話ですよ?」
「え?でもあのバッテリー、最新の車のやつじゃん」
連盟の規約に引っかかからないのかと脳裏を巡らせてみたが、
「…あっ、そういう?」
そこで真澄は整備班を見ると、彼女は苦笑して頷く。
「『エンジン規定はあるけど、モーターはないモーン!』と言って…」
「よりにもよって超強力なモータースポーツ用のやつ載せてます…」
「なんでその考えに至るんだ…」
戦車を改造する事に定評のある我が校の戦車道部だが、まさか連盟もここまでのことをするとは思うまい。そもそもの車両が珍しいもので、当時の技術力的に鑑みられていないとはいえ、電気の力をフルパワーで使うとは…。
「時間がなくて決勝戦の時に間に合わなかったから、今の内に改造をやって後で稼働実験をするそうですよ」
「お陰で会計班はブチギレてましたよ。モーターとバッテリー代が高すぎだって」
「そりゃそうだ」
モータースポーツ用のモーターを、大きさ的に多分二つ積んでる。そんな化け物車両を部費で作れるというのなら、あの自動車部は馬鹿みたいに倍プッシュするに決まっている。
「あーあー、履帯はち切れるぞ」
「その前にバッテリーが爆発しそうですよ」
「いやぁ…もうあの車両は恐ろしすぎて手を出せませんもん」
末恐ろしいほど大量の大容量バッテリーを積載している自動車部に戦々恐々としながら、他の整備班は見なかった事にして黙々と作業を始める。
そもそも自動車部という存在がある種の魔窟であるので、そこに触れるのであれば相当な覚悟が必要となる。
「大丈夫なの?」
「エンジンはそのままらしいので…」
「連盟の許可は降りると思いますよ?…多分」
「絶対、来年規制されるぞ…」
見なくても想像がつく。あの非力なエンジンと足回りに電気パワーを投入したら一体どうなるのか。
「他の戦車はどう?」
これ以上は触れてはいけない範囲だと思って真澄は話題を変えると、そこで整備班の子達が答える。
「まあ大体いつも通りですかね」
するとそこで短十二糎とⅣ号の整備を担当していた班長から怒鳴り声が響く。
「トランスミッションどうなっているんですか!?」
「特にⅣ号と貴方の車。何をしたんですか?!グチャグチャじゃないですか!」
何をしたのかとレンチを片手に憤怒顔の整備班の生徒を前に真澄は『軽くドリフトをしてバトッただけ』と言ったところ、
「ガチでバトンないでください!こっちはなんかシャフトやミッション注文しなきゃならないんですから!!」
「ティーガーⅡよりましやろ」
「比較対象最大に間違ってますよ!せめて軽戦車と比べてくださいよ!!」
相手が真澄であるにも関わらず疲れと今までの恨み、睡眠不足から彼女は容赦なく言う。
「じゃあパンター」
「バーーーカッ!!」
堂々と暴言を吐きながら怒鳴る整備班、スルーする真澄。地獄のような環境を前にいつもの事だと輜重班は言う。
「まあパンターの一五〇時間よりかはましですけど…」
「案外、前にマネージャーの言った『ドイツ戦車はサラブレッド』ってやつ、言い得て妙かもしれませんね」
「あー、競馬やりて〜」
「馬券買えないのに何言ってだオメェ」
真澄が反応するとそこで彼女は言う。
「やっぱ本物っすよ。やぁー、アレに勝る興奮。ゾクゾクする感覚はたまらねっす!」
「…貴様、さてはやったな?」
「さあ〜どうでしょうかね〜」
シラを切るその生徒に、一応風化委員にも兼部している真澄は言うとその後に立つ。
「あら、もうお帰りします?」
「ああ、引き続き頼んだよ」
そこで真澄は満足した様子で格納庫を後にする。
ここでは今からが彼女達の本業となり、そこに下手に部外者が関わる必要はないかなと思っていた。