市街地を抜け、大洗の神社まで駆け上がった九七式。
「どうした?姫」
「こんな石碑が…」
ここまで逃げてきて、息を切らしている二人が見たのは、かつての軽巡洋艦『那珂』を鎮魂する石碑であった。
その石碑を見た鶴姫は呟く。
「那珂…那珂川…」
そこで彼女はその軽巡洋艦の名の元となった川を呟く。
「那須…那須与一…!」
そしてそこから連想ゲームのようにその川の名から苗字を取った嘗ての武将の名を呟く。
ここまで八九式の攻撃から逃げてきた彼女達に名案が浮かんだ。
「鈴ーー此度の戦の目的は相手を倒す事に非ず」
そこで鶴姫はこの試合の目的を思い返す。
「奉納なり」
この試合は奉納試合。どのような結果であろうと、試合そのものを供物として捧げる。神聖なる儀式。
「なれば我らは何を奉納すべきやーーー」
その問いかけに松風はしばし思考する。
「神様の目の前でーーー決戦?」
そしてその問い掛けに答える。
「ならばーー「扇の的」ぞ!」
そこで鶴姫はすぐさま作戦行動に移った。
そして逃げ出した九七式を追いかけて、神社近くまで登ってきた八九式。
「さー!マッチポイントよ!」
そこで磯部は追い詰めた敵車両に強襲をかける用意をする。
「サーブ行くよー!せーの…」
そして合図とともに飛び出そうとした瞬間、
「え?!」
仕掛けようとした相手側が先に動き出した。
「海へ向かえ!」
そして飛び出した九七式は、そのまま神社の階段を、中央の手すりを破壊しながら駆け降りていく。
「は?」
それを見ていた真澄達も思わず変な声が出る。
「え?」
「うっそぉ〜…」
普通なら、ここで手すりが真ん中に備え付けられている境内の長い石階段を降ろうとは思わない。理由はそれだけでバランスが悪くなって、最悪横転する可能性があるからだ。
基本的に戦車の砲塔というのは溶接されていない、上から蓋を被せただけのような状態。横転したらたちまちその砲塔は外れてしまう。
一瞬の重心変化が、車体を容易に横転させてしまう。部の悪い賭けであった。
「キィィィイヤアアアアアアア!!」
しかしそれでも九七式は階段を駆け降りていく。…搭乗員の悲痛な叫ぶ声と共に。
「あっ、なんて奴らだ!」
「俯角付けても撃てませ〜ん!」
石階段の角度では、九八式でも少し降りただけでそのまま滑り落ちてしまう。おまけに急角度なので、下に砲を向けても射撃できなかった。
「我々も続け〜!」
「ムリです!」
磯部が敵と同じ動きをさせようとしたが、河西が慌ててそれをやめさせる。
「廻こめ〜!」
仕方ないので回り道で敵を追いかけるしかなかった。
そしてそのままの勢いで、凄まじい速度で石階段を駆け下り、神社を後にする九七式。もし神様が寝ていたのであれば、確実にお騒がせをしたとして迷惑がられるであろう出方をしていた。
「おおぅ…」
「あーあー」
「無茶しやがって…」
「と、とんでもねえ奴らだ…」
見ていた榎本達は思わず呟く。少なくともアスファルトと石階段はダメになったなと確信した。
「凄い…」
「これ、次も使えたりしてね?」
「そうかもしれない…」
少なくとも今回のこの移動で石階段の手すりはボロボロ、多分撤去されると推定し、その修理も多分間に合わない。真澄とみほは来週、同じ場所で行われるエキシビジョンマッチでの作戦に入れようと考えていた。
そして階段を駆け下りた九七式は、そのまま海岸の砂浜まで一直線に逃亡。
それを神社から回り道をして駆け下りて追いかける八九式。
「っ…!」
その光景をやや興奮して見ているのは、来週の試合相手となる聖グロリアーナから訪れたダージリンとオレンジペコ。そしてアンツィオ・サンダースからもそれぞれ隊長や副隊長がこぞって観戦に来ていた。
特に聖グロリアーナに関しては、来週にエキシビジョンマッチという形で戦う為、事前に試合会場となる大洗の街を直接見ていた。
本当はプラウダの面々も来る予定だったが、ある人物が『私なんて事前に下見をしなくても余裕で勝てるわ!』と大きく言ったそうで、今のところ一人も来ていなかった。
そして八九式も砂浜に到着をすると、そこで海に浮かぶ鳥居を前に九七式が口上を述べる。
「遠からん者は音にも聞け!近らん者は目にも見よ!」
そして車長の鶴姫は言う。
「我等こそは
大洗磯前神社祭神に射撃奉納する也。
互いを的にいざ一射。とくとご覧じよ!」
その口上を聞いた面々はそれが何かを理解する。
「これは…」
「平家物語「扇の的」…!」
「那須与一か」
すぐそれが歴史の一幕で行われた勝負であり、同時に相手がタイマンでの撃ち合いを求めていることを
「なるほど、そう来たか!」
「負けませんよー!」
磯部は頷き、佐々木は一発で仕留める事に意気込む。
「いち、にのー、」
そして磯部は57ミリ砲弾を装填。佐々木は照準器に
「さん!」
そして同時、両車引き金を引く。
大洗の海岸に、一発の砲声が轟いた。
そしてその砲声の衝撃が静かに波の音に消えた頃。
『ただ今の奉納戦車試合、』
マイクを通じ、司令所から結果発表が行われる。
『両者引き分け。繰り返します、両者引き分けー」
双方に特製ペイント弾が炸裂。映像を見ても同時着弾と判定。引き分けとなった。
「なるほど…」
「引き分けとは恐れ入った」
その結果を見た真澄達は撤収作業を始める。
八九式を相手に引き分けに持ち込んだ相手方の腕には賞賛をするが、真澄はすぐに次の行動に移らなければならなかった。
「一週間後が楽しみですね」
そこで伊藤が言うと、真澄は軽く鼻で笑う。
「馬ぁ鹿、作戦の煮詰め直しだよ」
「ふふっ、わかって言っているんですよ?」
「…性格悪いな」
そこで真澄の伊藤の言っている意味を、みほは理解する。
一週間後にエキシビジョンマッチを控えているこの大洗の街で、先に大洗商店街主催の奉納戦車試合が開催された。
その際、無制限に破壊して良いと言われていた八九式はその通りに街中で派手に撃ちまくった。
「少なくとも街の地図が変わっている。…その調査をせねばならんな」
「その点、結構戦車道連盟って雑ですよね?」
試合前に配られる地図は、国土地理院から発行される地図をほぼそのまま流用している。おかげで実際の街の構造と地図とで違う場合がある。
そして一週間と言う短い期間で大洗の街が地図の通りに修復されているとは到底思えない。
だからそれを察知した聖グロは試合で作り替えられた街並みを地図に記すためにわざわざこの街を訪れていた。
衛生写真を使うと言う手法もあるが、民間用の写真ではそれほど繊細は状況は確認ができない。
しかし実地調査ができると言うのなら、しないことに越したことはなかった。
「事前に作られた地図を渡す。あえて当時と違う状況を作り、その差異で作戦を細々と変える…それも戦車道あるあるだ」
「…ですね」
すでに聖グロのメンバーであるダージリンとオレンジペコの姿は、大洗にいた生徒達による目撃談があり、そこら辺の情報を取りまとめる伊藤が報告してきていた。
「聖グロはプラウダに報告すると思う?」
「すると思いますが…あの隊長のことです。きっと「『そんなチマっこい情報なんて使えるわけないわ!』って?」…そうです」
少々声真似を混ぜた真澄の言葉に伊藤は頷く。なにせ脳裏には容易に彼女の声でその言葉が再生される。彼女のことを詳しく知らない伊藤ですらそう思うだから、真澄が言ったならほぼ確信が持てる。
「ですがプラウダの副将あたりは、この情報を有用に使うことでしょう」
「…警戒したことに越したことはないわね」
真澄も少し警戒をして、表情を鋭くする。
「今のところ、大洗女子は創設以来無敗の高校です」
「おそらく、今度の試合は血眼になって襲いかかってくるでしょうね…」
伊藤の言葉に真澄は表情がさらに険しくなる。
特に聖グロリアーナ女学院、ダージリンに関してはこれで二度目の対戦となる。
常勝無敗を掲げている今の大洗女子学園の戦車道部には、少し油断があった。
そして聖グロに関しては、ここで勝てれば一勝一敗。
次の試合で勝利をすれば、『
一応、エキシビジョンマッチは公式戦の一種で連盟にも試合結果が載る。向こうは本気の編成で来るだろう。
「…勝てると思う?」
「硬い聖グロと物量のプラウダです…少し厳しいかもしれません」
「…対してこっちはバラバラの自主性の強い車両に。物量はあるが、不安の残る編成か…」
そこで彼女は今度連合を組む学園を相手に少し顔を顰める。
「知波単…一回戦で黒森峰に蹴散らされてましたけど?」
「エリカ曰く『突撃馬鹿のおかげで無駄な燃料と弾薬を消費せずに終わったわ!』だそうで…」
「うわぁ…あぁ…」
エリカから受け取った有力な情報に、伊藤は頭を抱える。
「え?じゃあ少なくともラテン文字を見て頭痛くなる可能性が?」
「無きにしもあらず」
「NoooooOO!!」
直後、伊藤の悲痛な叫びが大洗に響いた。
「完全に中等部の時の苦労がパァだ…」
「ま、まだ西がいるから大丈夫じゃないか?」
そんな軽い現実逃避をしながら真澄達は大洗の学園艦に向かう。
「おーい!みほちゃ〜ん!」
そこで声をかけると、みほがこっちを見た。
「このあと時間ある?ちょっと来週の予定立てようかと思ってたんだけど〜?」
「あっ、分かった!」
そこで彼女は秋山達に一言言ってからこっちに来る。
「ちょっと、今回の壊れた場所とかを商店街の人たちと打ち合わせで話してくるから」
「うん、私も行く」
そこで真澄とみほは話す。
「それで、今度の試合だけど…」
「うん、ダージリンさんとカチューシャさんとの試合だね」
「そう、確実に向こうは装甲と量で攻めてくるでしょうね」
無論みほも今回の試合で地図が書き変わっている事を把握しており、真澄の話にもついてきていた。
「勝てると思う?」
少々不安がるみほに、真澄は不敵な笑みを浮かべて逆に聞く。
「そう言う逆境こそ、私たちの強み。でしょう?」
「…そうだね」
みほもそんな真澄に少し表情を緩めてから、商店街の方に向かって行った。