アドマイヤベガの双子の娘が日本ダービーで姉妹対決をする話   作:カンヌシ

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後編

 

 

 

 

 

「ハァアアアアアアアアッッッ!!!!!」

 

 

 

 東京優駿『日本ダービー』

 

 全てのレースウマ娘の憧れの舞台を

 

 『孤高の一等星』アドマイヤベガの愛娘たち

 

 『奇跡のジェミニ』と呼ばれる双子のウマ娘が、互いに譲れない願いを胸に秘め、挑む。

 

 曇り空の東京レース場、芝コースの最終直線にて

 

 偉大な母の背中を追い続けた姉妹の、決して負けられぬ戦い(レース)が幕を開けた。

 

 

『アドマイヤリラ、凄まじい末脚だぁっ!!! 後方から一気に先頭を目指し駆け登って行くっ!!!』

 

 

 バ群の後方から1つの影が、抜き身の日本刀が如き末脚で斬り込む。

 

 双子姉妹の片割れ『アドマイヤリラ』が、己の全てを賭してスパートを掛けた。

 

 質量を持っているかの様な恐ろしい気迫で、先頭を走る『アドマイヤトレミー』までの集団全員を震え上がらせる。

 

 その鬼気迫る追い込みは、かつての時代の名レースウマ娘『タマモクロス』を彷彿とさせた。

 

 

 アドマイヤトレミーは一瞬振り向きそうになる視線を気合いで正面に固定する。

 

 己のたった1人の姉妹であり、最大のライバルであるアドマイヤリラが勝負を仕掛けてくるのは分かりきっていたことだ。

 

 リラはこの日本ダービーに己の全てを賭けている。虚弱体質という運命を受け入れ、向き合い、乗り越えてきた彼女の覚悟は、間違いなく自分よりも遥かに固く、強大なものだろう。

 

 

(だからこそ……)

 

 

 アドマイヤトレミーは、真っ直ぐにゴールを見据える。

 

 

(だからこそ私は、勝たなきゃいけない! 私はリラよりも『先』へ行くんだ!! それが私たちの『キズナ』だから!!!)

 

 

 その背中を、アドマイヤリラに見せ続ける為に。それが彼女の母との約束なのだから……

 

 

 

 

 

…………

………

……

 

 

 

 

 

 

(ずっと、お母さんの背中を追いかけていた)

 

 

 これはアドマイヤリラの回想。

 

 家族みんなで遠くの自然公園まで出かけたとある日の記憶。

 

 そこの広大な草原で、双子姉妹と母親がかけっこをする事になった。

 

 当然、大人のウマ娘であるアドマイヤベガに幼い姉妹は追いつけない。

 

 だけど、姉妹は何度も何度も母に勝負をせがんだ。母も包容力のある笑顔でその挑戦を受けた。

 

 かけっこの回数がノンストップで二桁に達すると、流石に元トレーナーの父が彼女たちを止めた。

 

 

(走るお母さんは、すっごくカッコ良かった。憧れのお母さんの走りが目の前で見れるのが、何よりも嬉しかった)

 

 

 結局、その後も休憩を挟みつつかけっこは続けられた。

 

 その翌日、リラは疲れがたたり、体調を崩して二日間寝込んでしまった。

 

 

(寝込んでる時は、とっても落ち込んでた。私の身体が弱いから、無理させちゃダメだから、もう一緒に走らないってお母さんに言われるんじゃないかって不安だった。だけどお母さんは『元気になったら、また走ろうね』って言ってくれて、すごく安心して、すごく嬉しかった……)

 

 

 病気がちだったリラは、その後も度々寝込んでしまう。ベッドの中で、熱で身体は苦しいくらい熱いのに、他の同い年のウマ娘たちが元気に駆け回るのを想像して、寂しさと悔しさと……劣等感で、胸の中が冷たくなった。

 

 

(ずっと僻んでいたと思う、『なんで自分だけが』って。トレミーの事も、多分……妬んでいたと思う)

 

 

 だけどある時、聞いてしまった。母が部屋にいなかったから、水をもらおうとボーッとした頭でベッドから抜け出してキッチンへと向かう途中で

 

 

『リラが……走るのが大好きなリラが、いつもわたしより楽しそうにトレーニングしてて……お休みする時、リラはすごく寂しそうなのに……私だけ走るのが、イヤなのっ……!』

 

 

 トレミーの声に、リラはピタッと立ち止まる。

 

 

『どうしてリラだけが、そんな目にあうの……!? 双子なのに、わたしはお休みしなくても大丈夫なカラダなのに……リラだけがっ……イヤだ、イヤだよぉ!』

 

 

 リラはドアの陰から、リビングを覗き込んだ。

 

 

『きっとわたしがリラの元気とっちゃったの……お母さんのお腹の中で、わたしが……! わたしのせいなの! わたしのせいで……リラが置いてけぼりになっちゃう……!』

 

 

 ポロポロと、トレミーの目から涙の雫がこぼれ落ちるのが見えた。リラは見てはいけないものを見た気がして、顔を引っ込めて隠れる。ボーッとした頭もだんだん醒めてくる。

 

 初めて知るトレミーの本心に、幼いリラは衝撃を受けた。どうしたらいいのか分からなくなって、ただただパジャマの裾をギュッと握り締めるだけだった。

 

 そして、リビングから母の優しい声と、普段あまり聞く事のないトレミーの泣き声が聞こえてくる。 

 

 

「優しい子……本当に優しい子ね、トレミー……イヤだったよね、苦しかったよね、ずっとそう感じていたのね」

 

「うぁあああああぁぁぁ……ああああぁぁ!!」

 

 

 その後のトレミーと母の会話を、リラは息を潜めて聞いていた。

 

 双子のウマ娘の辛い宿命を、そして母の思いを……

 

 

「でもトレミー、大丈夫よ……リラは元気に、思いっきり走れるようになるわ。お母さんが約束してあげる」

 

「その時が来たら、トレミーがお母さんの代わりになるのよ。トレミーの走りを、リラに見せてあげて……そしたらリラはもっと走りたいって思って、もっともっと元気になって、いつか必ずトレミーに追いつくわ」

 

「……リラが置いてけぼりになる事は絶対にないわ。トレミー、あなたが走れば走るほど、リラは元気になるわ。だって、あなたたちはどんな時でも繋がっているもの。例え、地上から星空の向こうまで離れていたとしても……それが姉妹の『絆』なのよ」

 

 

 聞こえてくる母の言葉に、リラの胸の中の冷たさが弱まっていく。代わりに目の奥がカァーっと熱くなって、だんだんと胸がポカポカしてきて、寂しさも悔しさも劣等感も……何処かへ消え去っていった。

 

 

「トレミーはリラのこと、好き?」

 

「……うん、大好き……リラに言うのは、恥ずかしいけど……」

 

「そう……だったら大丈夫よ。トレミーは、思いっきり走って良いのよ。それがリラの元気に繋がるから」

 

 

 リラは、声を上げまいと口元を押さえる。胸の奥から込み上げるものが、口から火山のように噴き出しそうだった。

 

 

「……お母さん、わたし、今からトレーニング行ってくる!」

 

「ええ、行ってらっしゃい」

 

 

 母の声と、玄関へと駆けて行くトレミーの足音がドア越しに聞こえた。そこから母が近付いてくる気配がしたが、リラは一歩も動けなかった。

 

 

「……あら? リラ……そこに居たの?」

 

 

 リラの姿に気付いたアドマイヤベガは、少し驚いた表情だ。リラは母の顔を見上げると、目に大粒の涙を浮かべた。

 

 

「うぁ……ああああああああっ!!」

 

 

 リラは大声で泣き出して、アドマイヤベガの腰に抱きついた。それを抱きとめてアドマイヤベガの身体が少し揺れる。

 

 

「……聞いていたのね、さっきの話」

 

「ひっ……グズッ……おがあざぁん……!」

 

 

 リラは母を見上げて、溢れる思いを涙ながらに伝える。

 

 

「あだしっ……もっと走れるようになるからっ……! もっとジョーブなカラダになるから……食べ物の好ききらいしないから……ピーマンもなるべく、がんばって食べるからぁ……!」

 

 

 アドマイヤベガは微笑んで、娘を抱っこする。リラは母の首に腕を回して、顔をその首元にうずめた。

 

 

「うん……大丈夫よ、リラ。あなたも絶対に、私より速く走れるようになるわ。だってあなたは、私とお父さんの子なんだもの。トレミーのたった1人の姉妹なんだもの。私の可愛い、2つの一等星……」

 

 

 アドマイヤベガは、その温もりを確かめるようにリラを抱きしめる。元々体調不良で疲れていたリラは、母の温もりに包まれたまま、その腕の中で眠りに落ちるのだった。

 

 

 

 

 

……

………

…………

 

 

 

 

 

 

 

『残り200メートルッ!! 抜け出したのは「アドマイヤトレミー」ッッ!! しかし「アドマイヤリラ」がジリジリと差を詰めるッッ!! 後続を突き放し、先頭争いはアドマイヤの双子姉妹だあああああッッッ!!!!』

 

 

 

 ダッダッダッダッダッダッッッ!!!

 

 

 

 後方から猛烈な勢いでターフを蹴り進む蹄音が響く。

 

 アドマイヤリラは必死の形相でアドマイヤトレミーを追走していた、母譲りの鋭い末脚を十全に発揮しながら。

 

 リラとトレミーは同時期にデビューしたが、初期の頃はリラの戦績はあまり振るわなかった。2人が良い勝負ができるようになったのはジュニア期の後半からだった。

 

 リラは脚部不安は残るものの、幼い頃からの両親の丁寧な指導による下積みが活きたのか、身体が本格化してからは短期間で凄まじい成長を遂げた。一方でトレミーは初等部の頃から優秀なレース成績を修めており、現在に至るまで掲示板をほとんど外す事のない超堅実な実力者となっていた。

 

 トレミーは脚質通りに追い込んでくるリラの気配を感じて、闘争心が沸き立つ。そして同時に歓喜していた。幼い頃からの姉妹の『キズナ』が、この夢の舞台で実を結んだと確信したからだ。

 

 

 ほんの一瞬、トレミーの口が笑みを結ぶ。

 

 

(ああ……お母さんの言ってた通りだった。私は今、リラと勝負している。この日本ダービーで、全力で、一緒に走っている。嬉しい、本当に楽しい……! 私は今この瞬間きっと、この宇宙の星々の中で、一番レースを楽しんでいる!)

 

 

 トレミーは真っ直ぐにゴールを見つめる。その目は、まるで揺らめく焔をまとっているかのようだった。

 

 

勝負(かけっこ)しましょう、リラ。『先』にゴールした方が、お母さんと同じダービーウマ娘だから……!!!」

 

 

 ダァンッッ!!と踏み込み、トレミーは加速する。渾身の中の渾身で、勝利を掴み取りに行く……

 

 

 

 

 

=============

 

 

 

 

 

「ッッ!?」

 

 

 リラの表情が一瞬陰る。追いつこうとしていたトレミーの背中がまた遠くなった。

 

 残りおよそ170メートル、このペースではトレミーに追いつけない。

 

 

(ああ……すごいなぁ、トレミーは。私なんかよりもずっと速くて、ずっと頭も良くて、いつもずっと……『先』を走ってる)

 

 

 リラはトレミーの背中を見つめる。レースの最中だというのに、自分も周りも全てがスローモーションに見えた。

 

 

(ずっと、お母さんの背中を追いかけていた。だけど……)

 

 

 前を走るトレミーの姿が、公園で走ったあの日の母に重なった。

 

 

(いつからだろう? 私はいつのまにかトレミーを追いかけていた。私が憧れる『背中』は、トレミーの背中に変わっていた) 

 

 

 幼い頃はその背中がとても遠く見えた。トレミーはいつだって自分よりも遥かに先に行っていた。

 

 

(だけど……その背中が遠くに消えてしまう事はなかった。トレミーは必ず待ってくれた、私を絶対に1人にしないでいてくれた。トレミーはいつだって私の道しるべだった)

 

 

 幻が見えた。レース中に絶対あり得ない事なのに、トレミーが自分の方を振り返った気がした。

 

 

『かけっこしよう、リラ!』

 

 

 そう言っている笑顔のトレミーが見えた気がした。

 

 

(……トレミー、私ね……悔しいし、恥ずかしいから絶対に面と向かって言わないけど……)

 

 

 それは、アドマイヤリラの秘密

 

 

(何回かだけ……心の中で、トレミーを『お姉ちゃん』って、呼んだことあるんだよ)

 

 

 リラにとって、トレミーは非常に大きな存在になっていた。トゥインクルシリーズの舞台で走り続けるうちに、彼女たちは姉妹の関係を超え、レースウマ娘としての『本当のライバル』になっていた。

 

 

(勝ちたい……!)

 

 

 リラはトレミーの背中のその『先』、自分が目指すべきゴールを見据える。その目は、まるで揺らめく焔をまとっているかのようだった。

 

 

「私は……トレミーに勝ちたいッッ!!!」

 

 

 ダァンッッ!!と踏み込み、リラは加速する。憧れた背中を追い越し、勝利を掴む為に……

 

 

 

 

 

 

=============

 

 

 

 

 

 

『アドマイヤリラが再び差を詰めるッッ!!! だがアドマイヤトレミーも先頭を譲らないッッ!!! 先頭は2人の完全な一騎打ちとなったぁぁ!!!』

 

 

 ゴールまで残りおよそ150メートル。先頭を争うのはたった2人の双子姉妹。

 

 己の産まれた意味を、己の生きた軌跡をターフに刻み付けるように

 

 『奇跡のジェミニ』は疾走する。

 

 

 

 そんな2人のレースを、観戦スタンドから彼女たちの母と父が息を呑んで見守っていた。

 

 

「っ……リラ……トレミー……!!」

 

 

 アドマイヤベガは、愛娘たちの名を呼んだ。

 

 クラシックレースは一生に一度限りのレース。どちらかの夢が叶うと同時に、どちらかの夢が潰える。

 

 あまりにも残酷だが、リラとトレミーのどちらが勝っても、アドマイヤベガはその現実から逃れることは出来ない。

 

 

「アヤベ……」

 

 

 アドマイヤベガの肩を、力強く、優しく、頼もしい腕が抱き寄せる。彼女の夫である元トレーナーが、アドマイヤベガを見つめている。そして、その手を彼女の手に重ねた。

 

 アドマイヤベガは彼を見つめ返すと、その手を握り返した。

 

 そして双子の一等星の父と母は、祈るようにターフを見つめる。親として、娘たちの描く軌跡を見届ける為に……

 

 

 

 

 

 

=============

 

 

 

 

 

 

「「ハァアアアアアアアアアッッッ!!!!」」

 

 

『アドマイヤリラ追いついた!! 並んだッッ!! 並んだッッ!! しかし、アドマイヤトレミーも足色が衰えないッッ!! 「奇跡のジェミニ」が互いに一歩も譲らないッッッ!!』

 

 

 

 2つの一等星には、風を裂く音しか聞こえなかった。

 

 2人のトップスピードは完全に互角だった。

 

 残り10メートルの数瞬のレース。

 

 流れ星が夜空を横切るように。

 

 『奇跡のジェミニ』はゴールラインを駆け抜けた。

 

 

 

『今、奇跡のジェミニがもつれ合うようにゴールイーーーーーン!!!!!』

 

 

 

 

 

…………

………

……

 

 

 

 

 

「はぁっ! はぁ、はぁっ!」

 

「あぁッ! はぁ! はぁ……」

 

 

 リラとトレミーは立ち止まり、膝に両手に置いて呼吸を整える。一息吸うたびに、ボタボタと大量の汗が滴り落ちる。肺が酸素を求めて、喉が勝手に喘いでいる。

 

 レースを終えた双子たちは互いに視線を交わす。そしてバッと同時に着順掲示板を振り返った。

 

 そこには……『写真』判定の文字が光っていた。

 

 

『今年のダービーは写真判定! アドマイヤトレミーとアドマイヤリラ、どちらに軍配が上がるかまだ分かりません!』

 

 

 そのアナウンスを聞いて、リラとトレミーは再び視線を交わす。2人はただ肩で息をしながら、無言でお互いを見つめ合うばかりだった……

 

 

 

 

 

……

………

…………

 

 

 

 

 

 アドマイヤトレミーは本バ場入場通路の出口付近で、壁に背をもたれて腕を組み立っていた。緊張のせいか、時折耳がぴくぴくと震えている。

 

 掲示板に『写真』の文字が浮かんでから、かれこれ10分が経過していた。判定に相当な時間がかかっているらしく、出走したウマ娘たちには控え室で待機するよう指示が出ていた。

 

 1着争いの当人のトレミーは結果をいち早く知るべく、本バ場の近くで待機していた。

 

 すると、カッカッカッカッ!と軽快な足音と共に、泥まみれのウマ娘がトレミーに近付いた。

 

 

「はいっ、トレミー! たい焼き買ってきたよ! 一緒に食べよー!」

 

 

 天真爛漫な笑顔で、アドマイヤリラはトレミーにたい焼きの袋を差し出した。

 

 

「リラ……あなた、そんな泥まみれの格好で行ったの……? お財布はどうしたの」

 

「へへん! 泥は追い込みバの華化粧だもんっ! お金持ってないから後で払うってたい焼き屋のオッチャンに言ったら、俺のおごりだってタダで貰っちゃったんだ! とっても良い人だった!」

 

 

 トレミーは呆れたようにため息をついた。

 

 

「……だったら『買ってきたよ!』じゃないでしょ。そんな簡単にご好意に甘えちゃダメ。後で一緒に代金払いに行くからね……」

 

「ええー! 良いじゃ〜ん、くれるって言ってたんだし〜」

 

「ダ・メ!……お金に関してはズボラなのは許されないよ……顔まで泥まみれで……全くもう……」

 

 

 そう言ってトレミーが持っているハンカチでリラの顔を拭うと、リラも「ん〜〜」と喉を鳴らしされるがままになっている。側から見れば面倒見の良いお姉ちゃんと手のかかる妹そのものだった。

 

 2人がたい焼きを食べ終わった頃、本バ場から聞こえる騒めきが大きくなった。ピクンと姉妹の耳がシンクロして揺れた。

 

 

「あ、写真判定の結果が出たのかな」

 

「……そうかもね。行きましょう」

 

 

 カツン、カツン、カツン……

   カツン、カツン、カツン……

 

 

 2つの足音が重なり、2人はレースコースへと歩みを進める。いつもなら軽口を叩きそうなリラも無言のままだ。2人の幼い頃からの夢、それを掴んだのは果たして姉妹のどちらなのかが、これで決まってしまうのだから。

 

 

 リラとトレミーが本バ場に現れると、観客の騒めきが更に大きくなった。客席前のコースに数人のURA職員が立っており、その中の1人がマイクを持って客席に向かって一歩進み出た。どうやら、その方が判定の結果を発表するようだ。いつものレースと違う様子に、姉妹にも観客たちにも緊張が走る。

 

 そしてマイクの電源が入り、その職員が一瞬「あ、あ」と短くマイクチェックをする。

 

 

『えー、ご来場の皆様、大変お待たせ致しました。本日の第3レース、東京優駿「日本ダービー」の写真判定の結果をお伝え致します』

 

 

 ごく、と双子たちは唾を飲んだ。

 

 

『複数人の決勝審判による厳正な審議を重ねた結果、アドマイヤリラ、アドマイヤトレミー、両名がどちらかに対し先着した確証を得るのは困難であると判断されました。よって……』

 

 

 その職員は呼吸を溜めて、宣言した。

 

 

 

 

『今回のレース結果は、アドマイヤリラ・アドマイヤトレミーの「1着同着」となります』

 

 

 

 

「えっ……」

 

「へっ……」

 

 

 姉妹の口から声が漏れる。

 

 東京レース場も静まり返る。そして、次の瞬間

 

 

 ウオオオオオオオオ!!!

     ワアアアアアアアア!!!

 

 

 観客たちの喝采と、嵐のような拍手が巻き起こった。

 

 姉妹は互いの顔を見つめていると、次第にリラはプルプルと震え出して、喜びを抑えきれない満面の笑みでトレミーに抱き付いた。

 

 

「〜〜〜っっっ、トレミーーーー!!!!!」

 

「あっ……ちょ、リラ」

 

 

 リラはトレミーを力強く抱き締めたままピョンピョンと飛び跳ねる。リラの勝負服の泥がトレミーに擦り付けられて僅かに移る。

 

 

「私たち、ダービーウマ娘になったんだよ!! お母さんとおんなじダービーウマ娘にっ!! リラも一緒に……一緒にぃ……うわああああん!!」

 

「っ……」

 

 

 トレミーもリラを力一杯抱き締め返す。

 

 

「うんっ……なれたね……ダービーウマ娘に……! 一緒に……なれ、たね……!」

 

 

 トレミーの目元に涙が浮かんでくる。

 

 レース場の観衆は『奇跡のジェミニ』に惜しみない拍手と称賛の声を送り続けた……

 

 

 

 

 

…………

………

……

 

 

 

 

 

「……もう、リラのせいで私まで泥まみれじゃない……」

 

「どうせライブ衣装に着替えるんだから良いじゃん! ああ、早くお母さんとお父さんに報告したいなぁ! とりあえず、ウイニングライブが終わってからだね! トレーナーさん、きっと控え室で待ってるよね、どんな顔してるんだろ!」

 

 

 そんな会話をしながら双子たちは控え室に早歩きで向かっている。ちなみに2人は同じチームに所属している。

 

「ライバルなら別々のチームで良いんじゃない?」とトレミーが言ったら、リラがギャン泣きして「イヤだー!!同じチームになるのー!!」と騒いだので結局同チームに加入したのだ。

 

 控え室の扉が見えたので、リラは更に歩きを速める。トレミーも彼女を追いかけ、2人はほぼ同時に扉の前にたどり着いた。

 

 リラはガチャッ!と勢い良く扉を開けると、満面の笑みで大声を出した。

 

 

「トレーナーさんっ!! やったよ!! 私たち、ダービーウマ娘……に……」

 

 

 リラの声が急に小さくなった。トレミーは怪訝そうな顔をして、リラに遅れて控え室に入る。そして、リラがそうなってしまった理由を理解した。

 

 控え室で双子たちが見たのは……

 

 

「っ……リラ、トレミー……!」

 

 

 瞳を潤ませた彼女たちの母親『アドマイヤベガ』と、彼女を支えるように寄り添う父親の姿だった。

 これは双子たちのトレーナーとチームメイトのちょっとしたサプライズだった。彼らは気を利かせて別の場所へと移動していたのだ。

 

 

「……おかあ……さん……」

 

 

 トレミーがポツリと呟く。それを皮切りに、双子たちの目に涙が溜まっていく。母のアドマイヤベガも感極まった表情で、愛娘たちを見つめていた。

 

 

「トレミー……リラ……」

 

 

 アドマイヤベガは一歩踏み出して、両腕を双子たちに向かって伸ばした。トレミーとリラも、同じように母に手を伸ばした。

 

 

「お母さん……お母さんっ!!」

 

「うぁ……お母さん!!」

 

 

 飛びついてきた双子たちを、アドマイヤベガは両腕に抱き締める。双子たちは「お母さん」と口々に叫び、アドマイヤベガも娘たちの名前を何度も何度も呼び返した。

 

 愛おしそうに2人に頬を擦り寄せると、アドマイヤベガは大粒の涙を流しながら呟いた。

 

 

「ああ……なんて……なんて事なの。こんな幸福を……私が受け取っても良いの? 私の可愛い娘たちが……2人ともダービーウマ娘になるなんて……どっちの夢も潰えずに……こんな幸せを、私が……受け取っても……っ」

 

 

 抱き合う母と娘たちの側に、父親であるアドマイヤベガの元トレーナーが歩み寄る。そして、アドマイヤベガと娘たち皆んなの頭を撫で、まとめて抱き締めて、優しく囁く。

 

 

「良いんだよ、アヤベ。僕らの子供たちが、その脚で起こした奇跡なんだ。君が駆け抜けてきた道の先で得られた神様からの贈り物なんだ。君が受け取ってはダメなんて……言われるはずがないだろう?」

 

 

 双子たちは顔を上げて父の顔を見つめる。2人ともボロボロと涙を流してて顔がくしゃくしゃだった。

 

 

「お父さぁん……」

「お父さん……っ」

 

 

 父はもう一度双子たちの頭を撫でる。

 

 

「頑張ったな……アドマイヤリラ、アドマイヤトレミー。流石はお母さんの子だ。お母さんに負けないくらい、綺麗で力強い、良い走りだったよ」

 

 

 父の言葉に、双子たちはまた声を上げて泣き出した。少しの間、4人の親子は、その幸せを噛み締めるように抱き合っていた……

 

 

 

 

……

………

…………

 

 

 

 

 

「……さて、名残惜しいけど……リラ、トレミー、2人ともそろそろウイニングライブに向かわなきゃいけないだろう?」

 

 

 父親は母と娘たちを離すと、そっと呟くのだった。

 

 

「あっ……そっか、ウイニングライブ……」

 

「……ぐすっ……」

 

「ふふっ、もう2人とも目を真っ赤にして……大丈夫かしら? ちゃんと踊れる?」

 

 

 アドマイヤベガは涙を拭いながら微笑んだ。リラもトレミーも顔を拭って、母に微笑み返す。

 

 

「うんっ! ダンスレッスンも人一倍やってきたから大丈夫だよっ!」

 

「……私も、踊れるよ……大丈夫だよ、お母さん」

 

 

 ほら着替えてらっしゃい、とアドマイヤベガが2人に言ったところで、父親が「はて」と首を傾げた。

 

 

「そう言えば2人とも……どっちがセンターを踊るのか、もう決めたのかい?」

 

 

 ピクピクン、と姉妹の耳が震える。そしてバッと父親の方を振り返り、同時に声を上げた。

 

 

「そりゃーもちろん! 私がセンターだよ……え?」

「それはもちろん、私がセンターだよ……え?」

 

 

 双子たちは目をパチクリさせて互いを見つめる。母のアドマイヤベガはそれを見て、幸せそうに小さくため息をつくのだった。

 

 

「むぅ……!」

「ん……!」

 

 

 双子の睨み合いが暫く続いた。そして……

 

 

 

 

「…………ねえ、お姉ちゃんっ!(にぱー!)」

 

 

 

 

 アドマイヤリラは、渾身の『妹スマイル』で先制攻撃を仕掛けた。

 

 

「ずっと思ってたんだけど、やっぱりトレミーの方がお姉ちゃんらしいよねっ! 私、今から妹になるね! だからお姉ちゃんのトレミーは、可愛い妹にセンターを譲ってね! お姉ちゃんってそういうものでしょ?(にぱー!)」

 

 

 対してトレミーはヒクヒクと口元を歪ませる。「こいつ、センターの為にいとも簡単に姉ポジションを捨てやがった!」と心の中でツッコんだ。

 

 

「……いいえ、私も思っていたのだけど……やっぱり先にお母さんのお腹から出てきた方がお姉ちゃんよね。先に産声を上げた事実は強固だもの。だからリラ、センターは本当の妹である私に譲ってよ。お姉ちゃんってそういうものでしょ……?」

 

 

 ピタっとリラは停止して、彼女の表情から妹スマイルが消えた。そしてプクーと頬を膨らませて言う。

 

 

「いつもと言ってる事が違うじゃん! せっかく『お姉ちゃん』を譲ってあげようと思ったのにー!」

 

「それはこっちのセリフ! センターを譲りなさい! 私が『妹』よ!」

 

 

 むむむむむむむ!と双子たちは一層強く睨み合う。するとふいに、

 

 

「「ふぅーーーー……」」

 

 

 2人はくるりを互いに背を向けて3歩程歩いて離れた。

 

 リラは背伸びをしてポキポキと指を鳴らす。

 

 トレミーは深呼吸して何やらブツブツと呟いた。

 

 

 

「「……………………」」

 

 

 

 沈黙の時間が流れる。そして、

 

 

 

 

「「最初はグーッ!!! ジャンケンッ……」」

 

 

 

 

 振り向きざまに、2人の手が振り下ろされる。

 

 その結果は……………………

 

 

 

……………

…………

………

……

 

 

 

 

 ステージの上で、3人のウマ娘がウイニングライブを披露している。

 

 そのうちの1着2着ポジションは双子のウマ娘なので、遠目ではどちらなのか判断しにくい。

 

 あのジャンケンに勝ったのはどちらのウマ娘なのかは分からない。しかし、結局このライブが終わった後のアンコールにて双子のウマ娘の立ち位置を入れ替えたダンスが披露されたので、結果的に2人ともセンターポジションでレースの勝利を分かち合ったのだった。

 

 

  

 

 

 




お読みいただきまして、本当にありがとうございます。

このストーリーは作者の連載シリーズの一編として書いたものを独立作として加筆修正したものとなります。
興味のある方はこちらのシリーズも読んで貰えるととても嬉しいです。よろしくお願いします。
https://syosetu.org/novel/315782/
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