太陽が現れる数刻前、廃教会の向かい側に座する廃墟にて男は起き上がる。特にやることも無くどう暇を潰そうかと考えるも浮かぶのはダンジョンに潜りただひたすら戦いに明け暮れるのみである。【褪せ人】、【隻狼】、【狩人】等の生身での戦闘に秀でている者達はその選択肢が浮かぶがそうでは無い者もいる。外の世界を知らない者もいる故に普通の生活をある程度送らせてあげたくなるのが先輩というものなのだろう。
(……………)
しかし当の本人はまだ乗り気では無い為自身の予定(暇つぶし)を優先することにした。
ダンジョンに潜る。
冒険者としての登録など踏み倒してしまえばいいと脳内は可決された。
ではどうすればバレずに潜るかとなれば装備の変更だろう。
街を走り回った隻狼や狩人から冒険者の外見の凡そは聞き及んだ為それの平均値のような装備に仕立てればバレないという戦法だ。
「先輩、後はお願いしても?」
(………)コクッ
褪せ人の体が不気味な光に包まれる。それはやがて白と黒の入り交じったものとなりその姿を現す。その者は悲劇の世界を踏破し尽くした亡者、デーモンを狩りそのソウルを簒奪し、あるいは最強のデーモンとなったかあるいは要人として悲劇を止めたか…あるいはそのどちらもを繰り返し続けたか。
「…………」
大きく息を吸い吐き出す。
新たな戦場に辿り着きその地を踏みしめその空気を味わう。
そして駆け出す。全ては可愛い後輩達を通して見ていたのだ。
何も変わらない、奪い奪われ殺し殺されの世界。
悪意に満ち溢れ救いようがない。
それでも自分に出来るのは戦う事だけでその果てに得る事が出来るならそれは唯一手放しで可愛がれる自分より後の世に産み落とされた後輩が少しでも生きやすい世の中だろう。
そうだ、ダンジョンに行こう。
彼は駆ける、日銭を稼ぐために。
街は静かに喧騒への支度を進めておりメインストリートを歩く人間の数も昨日最後に確認した比ではなく、目的地へ辿り着くのに苦労はしない。
「……?」
ふと前を見ると見覚えのある人間その1であるベル・クラネルが居酒屋の娘と思しき人物から包みを受け取っていた。
(色恋、か……?)
(ヒュー!ヒュー!)
(おじさんこういうの好きだよ〜!)
ギャラリーがうるさくなってきたがこういった少年少女の淡いやり取りは傍から見ていて微笑ましく感じる。
その店の看板にはやはり見た事のない文字が書かれており翻訳が難しい。
(【豊饒の女主人】………)
(ウソ、なんで分かるの…)
(これが啓蒙の力か…)
(カレル文字とか初見で読めてる辺り狩人君は地頭がいいのかな?)
すれ違いざまに店の中を覗いてみれば親しみの深そうな装飾に元気に開店の支度をする従業員の姿が見える。
今晩はここで何か頼んでもいいのかもしれないと思い至る。
「…………」
ベルに頑張れと心の中で応援し少女にも激励の思いを飛ばすと目線を眼前にそびえ立つ白亜の塔に戻す。始まりの場所、【バベル】。
その地下に続く【ダンジョン】。
フリューテッドアーマーを装備している現在、それっぽい装備のため顔パスの如く地下への階段を踏みしめていく。
ダンジョンに入ればこちらのものである為武器を構えダンジョンを走り抜けていく。
「ギギギッ…!」
小鬼のような風貌のモンスターを横薙ぎで切断する。壁に叩き付けられた上半身に当たる部分が霧散し石ころの様なものと小さな牙の様なものが落ちる。
「……?」
取り敢えず拾って懐に入れる。
「ガルルルル…!」
小さな人狼のような風貌のモンスターが警戒しているため素早く近付き首元に剣を突き立て壁際まで押し進める。身体は霧散して爪と石ころが落ちる為、拾う。
「……………」ハァ
蛙、ヤモリ、蛾、影…そんなラインナップの敵を殺して周り数時間。石の数も相当溜まり、モンスターの撃破も最早作業と変わらなくなってきた。
ちょっとしたマンネリ対策に武器や防具を変えてみるも結果は変わらない。
「変わって」
そうして再び後輩に変わりダンジョン内にてモンスターを狩り続けて魔石を集めるのであった。
ダンジョンから出れば既に空は暗く街の賑わいも佳境に入っていた。周りの冒険者を見習い拾ってきた魔石を交換する。総額2万ヴァリス、この街の金銭価値は分からないがまぁまぁ多いのではないだろうかと想い懐にしまう。
「たしか…【豊饒の女主人】だっけ。行ってみる?」
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数刻前、ダンジョンから戻りステイタスの更新を終えたベル・クラネルは【豊饒の女主人】へと足を運んでいた。【デーモンを殺す者】が目撃した従業員であるシル・フローヴァとのやり取りで貰った弁当を返す為、そしてその礼も兼ねた店内での食事を為に。
しかしその従業員はもれなく全員女性。ピュアでチェリーボーイのベルには少々敷居が高く感じられ入店する為に勇気を必要とする。
「ベルさん!いらっしゃいませ!」
「あはは…来ました…」
出迎えに来たシルに手を引かれ入店を果たす。
溜息をつきたくなるのを我慢しながらカウンターに腰を落としメニューを手に取り内容を確認して目を見開く。
(1品平均500ヴァリス!?今日の稼ぎが5800ヴァリスで余裕はあるけど…浪費を抑えないと生活が厳しくなるな…)
しかして目の前にどんとボリューム満点のトマトケチャップスパゲティが置かれる。ベルに出費を敷いた犯人はその店の主、ミア・グランドその人である。
「なりが小さいんだから沢山食べてきな!」
「一言余計ですよ…」
軽く反論を挟みつつ食事に手を付けると意外と絶品だったのか手が止まらなくなる。それを見たミアは微笑み厨房へと戻って行く。交換するようにシルがひょっこりと顔を出してベルの隣へと座る。
「楽しんでいますか?」
「圧倒されてます…」
シルとの対談に花を咲かせる。彼女曰く人との関わりが得られるこの酒場では知らない人との触れ合いが趣味になっていると、それにベルは関心を寄せる。
「ニャア!ご予約のお客様、ご来店ニャ!」
獣人の店員により案内され店内に入ってきたのは誰もが強者の雰囲気を纏った団体客だった。
「…おい」
「おお、えれえ上玉ッ」
「馬鹿ちげぇよ。エンブレムを見ろ」
「げっ…ロキ・ファミリア」
ベテランの言葉が他の客とは一線を画す中、一際異彩を放っていたのは金髪の美少女冒険者、ざわめきの中からその名が【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインであることが聞き取れた。
あまりの美貌に一瞬目を奪われてしまうが脳裏に思い浮かんだ
「よっしゃあ、ダンジョン遠征のみんなごくろうさん!今日は宴や!飲めぇ!」
おそらく主神であろう神者が音頭を取り、店内の騒ぎが増した。
「【ロキ・ファミリア】さんはうちのお得意さんなんです。彼等の主神であるロキ様に、私達のお店がいたく気に入られてしまって」
ほーん、と相槌を打ち、食を進める。
「そうだ、アイズ!お前のあの話を聞かせてやれよ!5階層のトマト野郎共の!」
ピクリとベルの手が止まる。
頭の中が凍りついたように動きを止める。
話をする獣人は仰々しく他のファミリアメンバーにその話を聞かせる。
「それでよ、いたんだよ、いかにも駆け出しっていうようなひょろくせえ冒険者が!抱腹もんだったぜ、兎みてえに壁際まで追い込まれちまってよぉ!可哀想なくらい震え上がっちまって、顔を引き攣らせてやんの!」
「ふーん?それで、その冒険者どうしたん?助かったん?」
「間一髪ってところで黒装束の野郎が後ろからミノのモツを抜きやがったんだよ、なっ?」
「うん…急に現れてあの太刀筋…強いよ」
憧れの人の話をされてるのに少し誇らしさを感じる。
「それでそいつら、モツなんて抜きやがるからあのくっせー牛の血を全身に浴びて…真っ赤なトマトになっちまったんだよ!くくくっ、ひーっ、腹痛てぇぇ…!」
獣人の青年は目元に涙を溜めながら笑いを堪え、他のメンバーは失笑し、別のテーブルの部外者は釣られるように笑う。
「それにだぜ?そのひょろいトマト野郎、叫びながらどっか行っちまって…もう1人のトマトはアイズに変な礼して逃げたの追いかけんだからよ…ぷくくっ!」
ベルの顔が赤くなる。震える手でズボンを掴み下を向く事しか出来なくなる。何故怒る?自身への侮蔑?憧れへの侮辱から来る感情だろう。いや、それ以上に、この状況で何も出来ない自分への怒りなのだろう。
(悔しい、悔しい…!もっと僕が強ければ…!!)
そんな中、酒場の扉がキィ…と開く。ゆっくりと音のなる方を見ると青年が静かに立っていた。背はベルより少し高いがその格好が“異様”だった。
少しボロの目立つズボンにジャケットを前開きで羽織っているが首から下は透明な包帯を何重にも巻いたのが分かる姿であった。
「いらっしゃいニャ!空いてる席に座るといいニャ!」
色素の薄い肌色にベルと同じ白い髪。そして濁った赤い瞳。お世辞にも幸が薄い表情は空いてる席を探すのかあちこちを眺め、その焦点を一点に定めた。
「君が…ベル、君?」
覚束無い足取りでベルの隣の席へやって来る。
「はじめ、まして。俺の名前は…C4-621。よろしく、ね?」
「6…21?」
この短時間でベルの感情の折れ線グラフはグチャグチャになっていて次から次へと頭に入ってくる情報を処理しきるのは難しかった。
「おばさん…このお金で、おいしいの…ください」
「おばさんんんん!?」
懐から布袋を取り出してミアに渡す621。
いけない!この類の人に「おばさん」呼びは死を願う言葉と同一。故にミアの眉間に青筋が走る。
「??」
「ぐぅッ!」
しかし621の「何か違う事言っちゃった?」とでも言うような無垢な表情を向けられ怒るに怒れなく戸惑うミアがそこに居た。その様子に1部従業員や常連の冒険者は感嘆の声をあげる。
「狩人さん、からお小遣い…貰ったんだ。『これで美味しいもの食べてくるんだ』って…ここから、美味しい匂いがしたから…来てみたんだ」
拙い言葉を紡ぐ。
この風貌でこの言葉使いではいかにもベルとて621に対する教育がされていなかったかが伺いしれた。
「お待たせさん…」
いまだ癒えぬ心の傷を負ったミアより提供されるパスタに621は濁った目を一瞬輝かせる。そして慣れない食器を使い1口ゆっくり口に運ぶ。ゆっくりと深く味わうように噛み締め全身全霊をもって感じる。味も匂いも、見た目も余すことなく五感で感じる。
「………」
そして静かに涙を流す。
この食卓に着く迄に犠牲にしてきたものを、隣に座っていて欲しい人物達を思い浮かべる。
嗚呼、望むなら“皆”と食べたかったな。
「621、口の周りにソースが着いてるぞ。ナプキンで拭いてやる」
「ウォルター、その役目は私が請け負います!ドスコイエアちゃん号を使えばこんなことも出来るんです!」
「戦友、こっちに君に似合う美酒を見繕った。こっちのテーブルに来るといい。なに、会計はスウィンバーンが受け持つさ」
「ダハハ!!おいおいV.Ⅳ…!野良犬なんぞに酒の味が分かるかよ!」
「これは…ノンアルコールだな、そういう匂いだ」
「ご友人!素敵なプレゼントがあるのですがぜひRaDのテーブルまで」
「ビジター、チャティ・スティックだ。どうやらオーネストは多種多様の飲料水を混ぜたものをビジターに提供する事を企んでいるようだ。要件はそれだけだ、じゃあな」
「チャティ…ネタバレするんじゃないよ…まぁ、ビジター、飲んでみなよ」
「…………」
「そう、見届けると言うのね…」
「届かなかったか…戦友…」
「イラつくぜ…野良犬に…憧れたんだ」
「動け…ロックスミス…!まだだ、これから…もっと面白く…」
「新しいご友人…贈り物をくれるのですね…」
「ボス…俺はここ…までだ……笑っ…て」
「選ぶのはいい事だ…選ばない奴とは、敵にも味方にもなれない」
「レイヴン…それでも…私は…人と…コーラル…の…」
「そうか…621…お前にも…友人ができた…」
「621さん?」
「?」
「口の周りにソースが着いてますよ?」
「ありがとう…自分で…拭かなきゃね」
621君、悲しいね。
でも君が選んだんだもんね。
しょうがないね。