色々ありました。これからぼちぼち書けていけたらなと思います。
「あのなぁ…何もそんなにくっつく事ァねェだろう。歩きにくいったらありゃしねェ」
夕暮れの住宅街で、赤銅色の髪の青年───千子村正はしがみつくように抱きついて離れない少女───八重樫雫に困ったように話しかける。
事の経緯を説明するのならば簡単で、雫の手の甲にある赤い紋様《令呪》が原因と言えるだろう。
雫が村正を召喚してから、八重樫家は家がひっくり返る程の大騒動が起きた。
無理もないだろう、家族全員から愛されていると言っても過言ではない雫が突然見知らぬ男を連れて来たかと思えば、『彼は自分に喚ばれてきた』と言い出すのだから。
八重樫の家は古い。故に過去の遺物の中にはそういった人智を超えた何かが存在するとは代々の当主の言い伝えに存在はしていた。
その中には勿論、時代が進むごとに眉唾として失伝していったものが少なからず存在する。
それが青年の正体。過去の人物の写し身を現世に甦らせる禁術に等しい術。青年が現れてから倉庫をひっくり返した雫の祖父が見つけた相伝書の巻末に書いてあった術と刻まれた魔法陣によって喚び出されたのが彼だった。
桑名の名工にして、時の政権を握った徳川に最も恐れられた刀工、その初代。
《千子村正》
彼の高名な鍛治師が何故選ばれたか、と言われれば八重樫の家宝がその場に落ちていたからだと推測できる。
『此処にある刀だがよ、中には偽物も紛れちゃいるが大体は
どうやら八重樫の先祖の中に重度の村正ファンがいたらしく、その時に集められていた刀がここに納められていたらしい。村正が手慰みに鍛った無銘故に誰も気づかなかったとか。
然し製作者が村正であれば、それが聖遺物となり勿論制作者本人が召喚されるのは自明の理というものだった。
と、なんやかんやありつつも村正は対外的には『八重樫家お抱えの最近引っ越してきた若鍛治師兼食客』として身を置くことになるのだった。
そこまではなんとか話がうまく進み、八重樫という家がこの地域ではかなり大きな権力を持っていることも由来してかうまく運んだのだが、問題は雫にあった。
村正を召喚したのは雫だ、そして雫には村正に対しての絶対命令権限が目に見える形で与えらていた。『令呪』という形で。
手の甲に焼き印じみた印がずっと刻まれているという事実は、今現代の風潮では非常に良くない。非行や虐待を疑われてしまう事態にも発展しかねない。
勿論雫も嫌がった、「ただでさえいじめられているのにこれ以上そう言った要素を増やしたくない」と泣き叫んだ。
そして、それを解決したのもまた村正だった。
意図せずして召喚したとはいえ主は主。その意向は叶えてやるべきだろうと村正が手ずから手袋を縫い、雫に渡したのだった。
瑠璃色の花の意匠が施された美しくも可愛らしいその手袋を雫は大変気に入り、学校には「稽古での怪我」として通すことで外に出る時は手袋を着用することになるが…
子供というのは幼いが故に残酷で、普段いじめている雫が可愛らしい手袋をつけるようになったのが気に食わなかったのか雫から手袋を取り上げて捨てようとしたのだ。幸いにも雫の幼馴染の少女が村正に伝え、事が訪われる直前に阻止できたのだが、それでも宝物を一度失いかけた雫の心の傷は大きく、「一人で学校に行きたくない」と心情をこぼしてしまう。
故に雫たっての希望もあり、常に村正が送迎を任されることになり今に至る。
「お前さんをいじめてた連中は転校だかなんなりしたんじゃなかったかい。それでもまだ心配か?」
「うん」
「へェ、そりゃまたなんで」
「…私の近くに光輝がいる限り、終わらないもの」
雫が学校の女子に目の敵にされるのは、単純に雫の性格や容姿に問題があるというわけではなく、彼女を取り巻く環境にあった。
八重樫の剣道道場に通う一人の少年、雫の幼馴染の一人である天之河光輝に起因する。
彼は小学生ながらに容姿端麗かつ文武両道、おまけに性格も良いと評判の少年であった。
その光輝少年の通う道場の娘であり同い年である雫とでは、自然に距離は近くなり関わる機会が増えてしまうが故のことが大きく原因していた。
「あー。あの稽古に来る度に儂ンとこにくるちびっ子か…」
光輝少年はまだ子供だ。多少正義感が空回りして思い込みが激しい嫌いがあっても小学生である。
光輝少年が慕っていた祖父に似通う空気を持つ村正を純粋に慕っているのである。
「儂からすりゃ、お前さんがちぃとばかし大人になっちまってるから余計にな。もう何も考えずになんて訳にもいけねェ。それに、マスターが泣いてるってのに何もしないんじゃサーヴァントとしての格好がつかん。まかしときな」
雫は、その言葉を聞いて一層村正の胸元に顔を埋めた。
村正は、基本雫には甘い。色々な意味で。
手袋のこともそうだし、他の門下生の相手で忙しい両親や祖父母の代わりに雫をどこかへ遊びに連れていったりと、雫がしたい、やりたいと思っていても遠慮してできなかったことを埋め合わせるように付き合ってくれる。
その中でも、特に極め付けなのが雫を「マスター」と呼ぶ時だ。
あの召喚の儀式的なものの副産物なのだろうが、村正が雫を「マスター」と呼ぶ時がある。
それは雫一人ではどうしようもない時、本当に辛い時。
いつもそう呼ぶ時には村正は側にいて、ピンチを救ってくれる。
いじめが始まりそうな時は既にその現場に居て未然に防いでくれるし、雫のことを一番に心配してくれる。
精悍な顔つきで、普段は気難しい顔をしている村正が、その時は雫に優しげな微笑みを浮かべてくれる。
───これで恋に落ちるなという方が無理だろう。
村正は自分を「爺ィ」と言うが、外見は20歳くらいの若者のそれだ。
顔つきも童顔っぽさを残しながらも整っており、声も良く通るはっきりとしたもの。江戸っ子口調すらも、彼の魅力を引き立たせる要因の一つ。
そんな男が自分を主人と仰ぎ、いつでも助けてくれるとなったならばどうだろうか。
小学生の女子にはあまりに劇薬だった。
夢を見ていた白馬の王子様よりも強く脳に刻まれてしまった。
年上のかっこいい男の人が自分を大切にしてくれるという事実が、雫の微かな自己肯定感をありったけに癒してくれる。
それだけで、雫は嬉しかった。
「…ねぇ、村正さん」
「あん?」
「村正さんは、いつまで私のサーヴァントでいてくれるの?」
「またそれかい。前にも言ったが、こういう召喚は異例中の異例なんだ。儂にもわからんことの方が多い。だが、そうさな…」
「その令呪が無くならねェ限りは、少なくともはいさよならってことにゃならねェよ。心配すんな。大人になっても面倒見てやらあ」
言いながら、村正は雫の頭を撫でる。
ゴツゴツしていて、硬くて、豆だらけなこの手で撫でられるのが雫は好きだった。
雫の手とお揃いと言ってくれたその手が。
あれから数年。
高校生になっても、雫の心はあの硬い手から離れられない。
超久々に文章を書いたので内容が変じゃないか心配です。
感想や誤字報告よろしくお願いします。
もしやる気があれば地球編の勇者くんサイドも今日書こうかな。