魔女学園に騎士一人 〜百合四面楚歌に反逆して逝きます〜   作:まんじゅう怖い、百合も怖い

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魔女学園

 女所帯の学園なんぞ、きっとロクなモンじゃない。そう思っていた俺の勘は当たらずも遠からず、だったらしい。

 

『魔女学園のマナ』

 

 とある同人ゲームのタイトルだ。R-18のRPG、つまりエロゲーであるこの作品は、大魔法使いを目指す魔女達の集う学園で紡がれる敵も味方も女の子だらけな百合RPGらしい。ただ、俺は別に百合に興味は無い、と言うか知識が無い。知っていた理由は、妹がこの作品の大ファンだったからだ。口を開けばこんな世界の素晴らしさを語るものだから、興味が無くても頭に残ってしまった。

 

 と言うか、R-18ゲームの内容を嬉々として語るな妹よ。まあ、それはさて置き、問題はそんな世界に生まれ落ちてしまった事だ。恥明(そうめい)かつ痴的(ちてき)な諸君ならば、女の子ばかりのRPGヒャッホイウヒョヒョと喜び勇みハーレムでも作ろうかと思うかもしれないが、俺は違った。

 

 ──終わりだ。

 

 俺は妹から口酸っぱく言い聞かされていた。

 

『百合に挟まれば惨たらしい死あるのみ』だと。

 

 死とはどういうものか、それはよく分からない。物理的に死ぬのか、精神的に死ぬのか、社会的に死ぬのか。俺は百合と呼ばれる物について全くの無知である。妹が件のゲームについて話す時、よくこう言っていた。つまり、このゲームはその()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に違いない。俺はこう考えている。

 

 妹が言うには、どうにも女子と女子の肉体的、或いは精神的に深い繋がりを指すらしいが。

 

 ……ああ、恐ろしい。誰かと誰かの合間に入るだけで死ぬ? そんな事があり得ると言うのか。まるで点と点を走る見えない高電圧の電流、即死トラップじゃないか。

 

 女と女の間に挟まった瞬間、俺は破裂してしまうのだろうか、それともグズグズに溶けて消えてしまうのだろうか、はたまた存在ごと消えて無くなるのだろうか。

 

 ……怖い、俺は『百合』が怖い。

 

 なのに。

 

『貴君について、我が校への入学を許可する。グリム・ウォーロック』

 

 地獄への招待状は、何故か俺の手の中にあった。死神は、俺を殺したくて仕方ないらしい。

 

 

 


 

 

 

 話せば長くなる──なんて言葉、一度は言ってみたいなぁ、ははは。

 

「あれ……男の人?」

 

 ひそひそと。

 

「魔女、あれが?」

 

 ひそひそと、ひそひそと。

 

「どう見ても不審者でしょ」

 

 ローブを身に付けた少女達の反応は様々だ。

 

 不審者を見る様な目で見てきたり、こそこそと何かを話していたり、そもそも目を合わさなかったり……。俺が最後列の端っこでなければとうに逃げ出していただろう。

 とにかく、カスを扱う様な扱いである事に間違いはない。女子校に男が入って来たってんなら当然だな、納得するよ。俺が()()()()ここに入れられてなかったらな。

 

『……お前は魔女だ』

『いえ母上? 私は男ですが』

『言葉の綾と言うものだ』

 

 母親は高名な魔女だったらしい。しかし今では知るものは居ないと言う。ハッタリか事実か、それは実際に味わった力量の前には些事だろう。

 

『自らの力を知らず、お前を社会に放り出すのは危険だと判断した』

『は、はぁ。で?』

『親への口の聞き方がなってないな。それは後で()()するとして、お前には魔女学園へ進んで貰う事にした』

『……ぇ』

『言葉を失うほど喜ばしいか? ふむ、お前もやはり男か』

『っ、あのなぁ! 男子が女子の数だけで喜ぶなんて前時代的発想だって──』

『私が古いと言いたいのか?』

『──あっ、いやこれこそ言葉の綾と言うもので……へへ』

 

 話は長くはない。シンプルな話、母親の不安を払拭する為に俺はこの地獄に叩き込まれた訳である。逆らうだけの力もなく、百合がどうのこうのと言ったって世迷言をと切り捨てられ、俺は泣く泣く従った。庭の植木に植え込まれたのはこの際どうでもいい、今目の前にある信じ難い現実と向き合うには、そんなナイーブな感性は必要無い。

 

「……グリムさん。あの、聞いてますか?」

 

 目の前には、学園の教師の一人が居た。栗色のショートに薄く開いたぼやけた印象の瞳、特徴らしい特徴は無いが、寧ろそれが特徴的。母親の鉄血英才教育のせいで、薄らと感じる実力の高さ。暗殺者か何かを疑いたくもなるが、魔女ならば魔女としか言いようはない。

 

「ええ、ええ聞いてますとも。この世界に私の居場所など無い事くらいは承知してますよ」

「どうしてそこまで悲観的なんですか?」

 

 周囲を見渡し、女が居ない事を確認する。彼女もまた大いなる()()とやらの存在の一部かも知れない。いつ何処から彼女の彼女が現れて俺を挟んで殺そうとして来るか、分かったもんじゃない。

 

「その()、いえせめて()だけでも脱ぎませんか? 後、何故そこまで殺気立ってるんですか」

 

 今の俺の格好と言えば、鎧の上からローブに三角帽子の奇天烈な出立ち。せめて女性ひいては百合との直接接触を避ける為の防護服という立ち位置。そう、俺のモットーは安全第一。

 

「先生、確かにその疑問は最もですよ。でも私だって何でって思ってるんです。仕方ないですよ、理解は要りません。今は見逃して貰えませんか」

「……え、えぇ、分かりましたから、落ち着いてください」

 

 落ち着く? 確かに木目一つ取っても古い神社仏閣を思わせる年季の入った校舎、勿論綺麗で落ち着きもある。しかし周囲のどこで死神と交通事故を起こすのか、全く予測出来ないんだ。四方から銃を突きつけられて落ち着いていられる訳がない。しかしここで暴れで女子達に囲まれるのも本末転倒。

 

「それと、申し訳ありません。グリムさんの様に、男性の方が魔女学園に入る事は前例がなく、グリムさんには本来の寮より少し離れた場所で暮らして頂く事になります」

 

 ここに来てしまった時点で、俺は誰にも興味を惹かれない様な、酷く凡庸で才能が無い存在か、或いは誰とも隔絶した孤高の存在でなければならない。そこは心配要らないつもりだが、あの母親の下で暮らしていると、常識から疑いたい部分もある。前世の妹から得ていた知識をすり合わせ、探り探りやるしかない。

 

「いえ、お気遣い感謝します。寧ろ望んでいるくらいですから」

 

 恭しく礼をすると、こちらこそと言って彼女も頭を下げた。魔女学園と聞いていたからどこまで常識外れなんだと思っていたが、案外真っ当な暮らしが出来るかも知れない、そう思った初日だった。

 

 だが──。

 

 

 

「お姉様、そんな、いけません……ぁあっ!」

「別れのキスだけじゃ、足りないの。もっと──」

 

 ──ひぃぃぃっ! 百合?! 

 

「馬鹿、バカ、ばかっ! 察しなさいよ!」

「……ふ〜ん、何が?」

「あ、アンタがすすすすっ……好きだって言ってんのよ!」

 

 ──きゃぁぁぁっ! 百合?! 

 

「マ〜ナちゃん! あ〜そびましょ〜!」

「ん、リオンちゃん? キミも来てたんだ」

「ふふん、このローブ、似合ってるでしょ〜?」

 

 ──ぁあああああっ! 百合!? 

 

 翌日、授業が始まる前に散歩をしていたら、見るわ見えるわの百合畑。どこもかしこも女子同士でイチャイチャと……俺はその間に挟まらない事で精一杯だった。確か妹が言っていた。『女子同士の愛に不純物は不要』と、俺は男、不純物と見なされるに違いない。もしそうなれば、死ぬ! 

 

 戦々恐々としながら、通路の陰で彼女達を眺めていると、背後に近付く人の気配。

 

「あの、何をしているのですか?」

「しゃぁぁぁっ?!」

「っ、びっくりさせないで下さい! そんな猫みたいに驚かなくても!」

 

 銀縁の眼鏡を掛けた黒髪ロングな女子がそこには立っていた。急いで四方八方上下左右を見遣ったが、どこにも彼女以外の人影は無い。どうやら1人らしい。はぁ、びっくりさせないで欲しい、そう切に願う。

 

「って何だ、ぼっちですか……驚かせないで下さいよ」

「さらっと失礼な事を言われた気もしますが……まあ良いでしょう。貴方はここで何を?」

「この学舎の風紀を知りたかったんですよ……でもこんな有様じゃ、何も知らない新入生は一日目で不登校になるでしょうね。私なら部屋に引き篭もってるかもしれません」

「……っ」

 

 そう言うと、彼女の雰囲気が変わる。まるで、ガチャでレアな品を……特に狙っていた物を引き当てた様な。とめどなく込み上げる歓喜を滲ませた様な。

 

「──あ、貴方もっ!」

 

 っ、といきなり手を掴まれた。何をする気だ。百合に挟もうってんなら全力で抵抗するぞ。

 

()()()()()()()()()()()!?」

「はっ?」

「この学園の風紀は、あまりにも乱れていると! そう思っているのでしょう!?」

 

 先程のクールさとは一転し、目に炎が浮かぶ様な迫力のある表情で俺に詰め寄る彼女。退いていたら、いつの間にか壁に追い詰められていた。左右に逃げるにも、彼女が両手を壁に付け逃げ道を塞がれている。

 

「悲しい事に、この学園の風紀委員は機能不全に陥っていると評価せざるを得ません。軽く見回っただけでも、彼方此方で風紀を乱す輩が乱痴気騒ぎを起こしていました」

 

 確かにそうだ。今日1日で風紀の乱れは嫌という程分かった。少なくとも、俺の安息の地はそう簡単に見つからない事も。

 

「は、はぁ……」

 

 でも初めて知ったよこの学園に風紀委員が居るなんて。

 と言うか、R-18のゲームでマトモに活動する風紀委員なんてのが居るのか、甚だ疑問だが。

 

「私だけでもと思いましたが、志を同じくする同士がこんな所に居たとは。歓喜の涙に堪えません!」

「こ、怖い……」

 

 叫んだかと思えば、いつの間にか彼女は涙の滝を流していた。俺はドン引きしていた。感情のジェットコースターが過ぎる。この子、クール系と見せかけて熱血系か何かなのか。

 

 だが、まだ彼女の熱意は留まることを知らない様で──

 

「騎士の出立ちで魔女学園に入学する方が居て更には男だと聞いた時……私は警戒していました。騎士とは古くから魔女にとって破滅の象徴、それに女性がほぼ全てを占めるこの学園で男の方が入るとなれば、何か不埒な事を考えているのでは……と、浅慮な妄想をしてしまいました。ですが、それは全くの杞憂! 謝罪します。貴方は、その騎士の出立ちは、乱れ切ったこの学園風紀、ひいては今の堕落した魔女に対しての宣戦布告だったのですね!」

「怖いよぉ……助けてかーちゃん……」

 

 入学して間も無くマトモなフリした狂人に絡まれる、俺はやはりとんでもない不運の星の元に生まれてしまったのではないか、そんな気分になってしまう。

 

「おほん! 失礼、少しばかり熱が入ってしまいましたね」

「少し? 嘘でしょ……?」

「本来ならば、まずは名乗るのが礼儀でしたね。申し訳ありません」

 

 少し冷静になったのか、頭を下げる彼女。謝るところはそこでいいのか、と言うと面倒な事になりそうなので敢えて触れる事はしない。見える地雷を避けられる賢人なのだ俺は。

 

「……私は、愚者アルケインの血を引く魔女。名はカーミュラと申します」

「えぇと、カーミュラ・アルケインさん、ですか」

 

 ……いや、アルケインとか知らん。そもそも俺はこの世界の元となっているであろうゲームについては妹から聞いた事しか知らない超絶にわかである。だが、取り敢えずは礼儀として、名乗られたならば、こちらも返さねば無作法と言うもの。

 

「私は隠者ウォーロックの血を引く魔女、もとい魔法使い。名はグリムです」

「ウォーロック? 聞いた事の無い家名ですね。ですが同じ理想を目指す者に、家格などは些事な事です。さあ、グリムさん、共に風紀を正しましょう」

 

 めちゃくちゃ爽やかな笑顔でそう言われると、すごく真っ当な事を言っている気がする。いや、間違いなく真っ当な言葉なのだが、それを伝えるスピーカーが狂気に満ち満ちていた。

 

 彼女は手を差し出したまま、動かない。どうにか逃げ出したかった俺は、薄らと申し訳なさそうに断りを入れてみる。

 

「いや、まだちょっと考えたいかな〜なんて」

「確かに、平時ならば貴方の意思を尊重すべきでしょう」

 

 当然ながら受け入れては貰えなかった。仕方ない、ここは彼女が飽きるまで付き合うべきか。なんて考えていると、兜の鼻先と眼鏡のツルが触れ合う距離まで顔を近付けて彼女は言った。

 

「しかしながらこの学園は今、かつてない危機に晒されています。ここは将来一流となる魔女達の学び舎。風紀の乱れた魔女達がこのまま排出されるとなれば、世界中の魔女達の風紀もまた乱れます。そうなれば、無辜の人々から恐れを抱かれ、かつての魔女狩りの時代へ逆行してしまう事でしょう」

 

 ……正直言って、彼女の言うところの大半はピンとは来ていない。だが聞き逃せない言葉が出てきた事は分かる。

 

 切羽詰まった様子の彼女に、俺は一つ質問をした。

 

「カーミュラさん。世界中の魔女達の風紀が乱れる、と言うのは、世界中の魔女がこの学園の様な状況になると、そう言っているんですね」

「ええ、魔女は長命です。しかし時間感覚は人のそれに通じる所があります。若き日を過ごす学園生活などは、特に強く記憶に残り、一生に渡って影響を与える事でしょう」

「つまり、学園の風紀が、ここで過ごす魔女の性格に影響を与えると?」

 

 なるほど、なるほど。このままだと世界中の魔女に百合の輪が広がると。

 

 そんな世界になったら……俺、生きられないんじゃないか? 

 

「それは……ッ、確かに一大事だ」

「やはり私達は、同志だった様ですね」

「ええ、そんな世界では、私は生きていけませんから」

「……素晴らしい。貴方の様な同志と出会えただけで、この学園に来た価値がありました」

 

 ──入らねばならない、風紀委員に。

 途方もない使命感につき動かされ、俺は差し出された白く華奢な手を取った。

 正さなければならない、この学園の──風紀を! 

 

 

 


 

 

 

 ──思えばこの時、俺は完全に彼女の口車に乗せられていた。アジテーターとしてこの上ない力を持つ彼女の口によって、俺はエロゲーの世界で風紀委員に入る事を選択した。

 

 風紀委員、それはつまり、この学園の恥部に対して最前線で戦う存在である。R-18のゲームの世界では恥部など至る所に転がっていて、それと対峙する組織に入る時点で、俺は僅かにも得られた平穏を投げ捨てた訳で。

 

 つまり、何が言いたいかと言えば、だ。

 

『入るんじゃなかった、こんな学園』

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